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ルーキスinオルトゥス ~奇術師の隠居生活~  作者: ブロンズ
第五章:ハイド編

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幕間:追憶の小旅行(上)




「海メッッッチャキレーなんですけどぉ! 本当に、あそこで泳いで良いの!? しかも私達だけで!?」

「興奮してきましたね……」



 車窓に手を当てて一喜一憂するナナミとエナ。

 年少組をこっちに連れてくるのは初めての事だから、見える青全てが新鮮なんだろうね。


 実際。

 潮の香りが混じった空気は、実に新鮮で夏を感じさせ。


 

「―――良い香りだ。……今回の案内役。有り難うございます、佐内さん」



 私の声の先。

 運転席に座すは、執事という概念が服を着ているような敏腕秘書。

 四十代半ば程の彼は、巌さんの秘書さん。

 佐内さんっていうんだ。


 彼は今回、案内役として私たちのお世話をしてくれるという事で。

 今も、安全運転を心がけるままに口を開く。



「―――いえ、いえ。こうしてルミ様や学園の生徒達を送迎できるとは、嬉しい限りですよ。お嬢様とご一緒に海へ向かった昔を思い出すようです。私も、此度は旦那様の分まで楽しませて頂きましょう」

「巌さんは、やっぱりダメだったと」

「えぇ、政務で絡めとっておきました。子供の遊びに目上の立場である大人が、など。最早害悪というもの」

「その通りかも。流石佐内さんだね」

「……さりげなく主に毒吐いてないか?」



 海千山千の巌さんも、身の回りを握っている佐内さんには敵わない。

 策略と気付いていても脱出は困難だ。

 彼、学園の理事長以外にもお仕事多いし。


 今頃は、秘書の補佐なしで仕事をする大変さを久々に実感しているだろうね。



「確かに、超目上の人はいないけど。目上の教師は? アリなの?」

「ルミさんは―――まぁ、保護者だし。同じ目線で遊んでくれるから」

「理事長さんと水遊びは、ちょっとな。……あぁ~~ふかふか……この車って幾らするんです?」



 皆、乗ったばかりの時とは一転して、リラックスのまま座席に身を擡げ。

 ショウタ君の疑問を聞き届けた佐内さんの片眼鏡……なんて物はないけど、何故か車のバックミラーがキラリと光る。 



「そうですね……。当時は三千万程でしたが、やや趣味よりの型落ちではありますので、現在の価格では二千万程でしょうか」

「……さん……にせ……ん?」

「――というか、今更なんですけど……この車って、リムジンですよね?」

「ショーファードリブン……そう、俗に言うリムジンだね」



 リムジンと言えば、黒塗りでダックスフントみたくながーーいイメージがあるけど。

 本来は、お抱えの運転手が運転する事前提の車を指す。


 つまり、必ずしも長いわけじゃない。



「……長いですね」

「ね。ながいよね」



 まぁ、これも長いんだけど。


 黒塗りの車に、大きく手の加えられた内装。

 右と左で向き合うようにして配されている横長のふかふか座席。

 

 リラックスして会話と景色を楽しんでいるうちに、もう目的地傍だ。



「ほら、そろそろだよ。前方に見えているけど。ようこそ、黒川セントラルオアシスへ」

「「……………!」」



 建物自体は、学校の校舎と同じくらいの横幅かな。

 二棟構成の十階建てで。

 海岸の傍に建てられ、周りには住宅街もなく……自然の緑と海の蒼が一望できるホテル型。


 これが、あくまで型だから……。



「―――すごぉ……。あれ、全部私有地なんですか……!? 冗談じゃなくて……?」

「そ。白峰グループの所有する避暑地だよ」

「しらみね……って、ハクホウワークスの?」

「詳しいね、スミカちゃん。そのハクホウさ。色々やってるみたいだけど、ハクホウワークスを任されているのがトワの一族なんだ。一応世襲らしいからね」

「―――わぁぁぁ……もう意味わかんない……」

「そろそろ降りるよ」



「「はーーい」」



「は、はい……!」

「……分かるよ、姫野さん」

「俺達も分からん。ワカラン」



 今回の小旅行の参加者は、ユウトたちいつもの五人にスミカちゃんを加えた六人。

 そして、私と佐内さんだ。

 こういう場所に来たとて、皆の話題は学校かゲームの事が主だろうし、同じゲームをしていて仲も良いクラスメイトを誘うのは当然の事と言えるだろう。

 勿論私個人としても、お詫びがしたかったし。



「では、宜しくお願いしますね」

「お任せを」



 私達が車を降りると、佐内さんはすぐさま運転を交代。

 車庫入れは施設側の人がしてくれるらしく、彼はそのまま先導するように屋内へ私達を招く。


 こういうの、いつもワクワクするよ。

 エントランスの扉を潜る、この時が。



「―――……本当に広いな。迷いそうだ」

「実際何度も迷ったよ。ホテルじゃないから、入り組んだ道もあるし。さぁ、迷わないように、ちゃんと付いて来てね」

「手つなぐーー」

「繋ぎましょう」



 部屋数も凄く多いからね。

 大廊下を行く中で、木製の統一された扉が用意されている隣には、また別のカラーの扉が複数。

 独特な物では、一際大きな扉に、金属錠。

 何枚か古びたお札が張り付けられている部屋もあって……。


 ユニークな通路だ。

 遊び心が違うよ。



「あの、佐内さん。何か、スッゴク触れちゃいけないみたいな部屋あるんですけど、聞いちゃ駄目なヤツですか?」 

「――あぁ、そちらは……」



 スミカちゃんの疑問に、言葉を濁しつつ。

 彼は、ちらりとこちらへ視線を注いでくる。


 勿論、私だって覚えているよ。


 

「懐かしいね。昔、私が監禁されていた部屋だよ」

「……へぇ……!」

「ここにルミさんが……!」


「「―――……なんて―――?」」

「……まさか、ここかよ」

「そ。色々あったのさ。中学生の頃、夏休みに誘拐―――じゃなくて、一緒にトワに連れられてここに遊びに来て……」



 ルミを私だけのものにーーとか。

 色々あったけど。

 今はエリートなキャリアウーマンとして一流企業に務めているから、私の更生プランは完璧だった筈。

 


「サクヤと会って、トワと会って。ユウトと、ナナミと、エナと会って―――今は、ワタル君とショウタ君、スミカちゃんもいる。満ち足りた人生だね」

「まだ二十代ですよね?」

「どんだけ波乱万丈な人生歩んだらそうなるんですか?」

「本当に意味わからないんですけど」



 スミカちゃんも合わさって、いつもより賑やかだね。

 でも、これからもっと賑やかになるんだ。 



「―――さぁ、話している時間がもったいないよ。海水浴に行こうか」



 ……………。



 ……………。



 部屋へ辿り着いて、荷物を預けてすぐ。

 私達は海へ向かい、海の家みたいなコテージに備え付けられた更衣室へ入る。

 建物自体が男女別々に設えられているのは流石だ。



「恵奈ちゃん? 七海ちゃん?」



 けど、何だろうね。

 不満があるわけでもないだろうに、スミカちゃんに心配されている二人は。

 鏡を見て何をしているのか。



「成長……これから、成長……うぅ」

「……この格差はなに? というか、澄香ちゃん完全ノーマーク……! 戦闘力が……着痩せなの!?」

「―――えぇ、と?」



 二人はまだまだ成長するさ。

 それでも、スミカちゃんには及ばないだろうけどね。



「あ、あの……成長する、よ? ……多分」

「私達はこんなフリフリに頼らなきゃいけないんだよ!?」

「ノーモアフリフリ……!」

「えーーと……」



 海岸デモだ。

 


「気にしなくていいんだよ。人はみんな違うからこそ、小さな輝きでも目に入るんだから」

「ルミ姉さんだけには言われたくないです」

「気にするに決まってんじゃん!」

「……あの……、私もワンピースは持ってきましたけど、ルミ先生凄い装備ですね」



 話を転じさせようと努力してくれる。

 ナイスだよ、スミカちゃん。


 流石クラスのマドンナだ。

 クールのエナ、愛嬌のナナミ、仏のスミカの通り名は伊達じゃないね。



「麦わら帽子、ワンピース、パレオ。海辺の三種の神器さ。あまり日焼けする訳にもいかないからね。どうだい、純白の完全装備は」

「「……………」」

「本当に、完全装備……」



 スミカちゃんがボソりと「向こうとは違って」なんて言っている隣で。

 先程まで唸っていた二人は、どうして向かい合うのかな。



「じゃーーん」

「けーーん」



「「ジャンケンポン!!」」



 どうして拳で語り合うのかな。

 アイコでしょ、アイコでしょ、アイコでしょ、アイコでしょ……。



「勝ち! ふふんっ!」

「………ッ」

「恵那が見破れるのは悪意だけ! サトリになってから出直してきなぁ! ははははっ! さぁ―――ルミねぇ!」

「――あ、うん」



 本当に何だろう。



「ふふふ……念入りに塗ってあげるッ」

「……ぐくぅ―――!」

「ねぇ! そろそろ良い!? 二人とも去年と性格代わり過ぎてないかなぁ!! 特に恵那ちゃん!」



 ……………?

 あ、もしかして日焼け止めの話だった?


 よく分からないけど。

 あんまり長居をする意味もなく。

 他の皆も待っているだろうという事で、着替えも終わって落ち着いた私達は砂浜へ出て行く。



「―――良いね。風も穏やかだし、相変わらず危ない貝の破片もないし、石ころもないし」

「フナムシいないし」

「ぬるぬるワカメもないですし」

「普通に綺麗じゃダメなのかな……?」



 で、出てきたは良いけど。

 優斗たちは、私達よりも早く出てきているだろうし―――あぁ、居たいた。



「―――佐内さん、凄い筋肉ですね」

「いえ、いえ。昔取った杵柄ですよ。まさか、私まで誘ってくださるとは、ははは」

「くくく……航、いっちょ遠泳勝負でも申し込んでみるか?」

「……良いね」



 理知的な航君は、これで体育会系でもある万能型。

 特に水泳競技が得意らしいけど。


 ……ふむ。

 ユウト、悪い子だね。

 結果が分かっていてけしかけようとしてるよ。



「やめておいた方が良いかな、ワタル君。佐内さんはサクヤと同じくらい凄いんだ。泳ぎも得意だし、素手で熊狩り出来るし、この前理事長室に新しい剥製飾ってたし」



 話の輪に入るようにして歩いていく。


 気持ちの問題か、彼等は私達のコテージに背を向けていたし。

 本当は後ろから近付いてビックリさせる算段だったんだけど、この方が自然だ。



「―――――女神」

「……………すっご」

「全員集合、で。……似合い過ぎじゃないか? 皆」

「まーね」

「フリフリは正義です」

「………あはは。久しぶりの海、恥ずかしいね。ゲームばっかりで身体が……はは」

「似合うだろう? 四人で選び合ったからね」



 去年の水着じゃ合わないかもというスミカちゃんを合わせ、四人で買ったんだ。

 長い黒髪の恵那は白のフリフリが良く似合ってるし。

 元気系の七海は深紅のフリフリで太陽二倍チャージ。

 

 スミカちゃんの黒ビキニも、大人っぽくて実に良い。

 


「「……………」」



 駄目だ、完全に見惚れちゃってる。

 他に人が居ない分、ここに集まった絶景が強調されちゃってるからかな。


 暫くは若い人達に任せて、私は一早く品評から外れ。


 

「……脱出マジックには広すぎるね」



 で、海だ。

 遠目からも分かる、透き通って水底の白砂が伺える程に透度の高い海水。

 まさにスケスケで……。

 


「―――ってか……あの、佐内……さん? さっきの熊がどうたらって、ゲームの話ですか?」

「えぇ。ヒグマは厳しいですな。ツキノワグマなら」

「……あの。ゲームの話してます?」



 そう言えば、そんな話振ったね。

 サクヤと二人一緒ならヒグマも行けるのかな。

 


「では、皆様。ごゆっくりどうぞ。毘逸罵隷(ビーチバレー)などは? 淵泳(えんえい)の話などもされていましたが、如何です?」

「……あ、遠慮しときます」

「あ、貧弱ナンデちょっと勘弁してくれませんかね」

「佐内さん佐内さん、浮き輪ありますか?」

「えぇ、ございます」

「あの……大きいカメさんの浮き輪、ありますか?」

「ございますとも」

「あの、私あんまり泳げないんですけど、ビート版とか……」

「はい、そちらも」



 女の子、皆浮遊具常備するんだね。

 よく見るんだけど、水に身体を浸さず、ただ浮き輪に乗って揺れているだけ……って、どうだろう。

 楽しいのかな、私もやってみようかな。



「―――本当に広いよな。流石、トワさん所のプライベートビーチ。……ここならナンパされないな、ルミねぇ」

「ははは」

「最高記録は、十秒後だったか?」

「はははは」



 ナンパされてから、次にナンパされるまでの時間、なんて。

 どうしてサクヤとトワは測ろうとしたのかね。

 

 悪い遊びが下世代に遺伝してるよ。



「さ。ワタル君が泳ぎ方教えてくれるって言うし。ゲームの中も良いけど、実際に遊べる機会は貴重だからね。いっぱいチャージしておくと良いさ」

「ゲームも捨てたもんじゃないけどな。……海岸都市の沖合いで遺跡が見つかったとか」

「ほぉ、遺跡……!」



 ……と、いけないけない。

 トワの言う通り、ゲーム脳になっているのかもね。



「ちょっとぉ! なにまた二人で話してんのさ!」

「ルミさん、俺たちと一緒に地平線へ泳ぎません? いや、むしろあなたが黄金の地平―――ぐぇ」

「……えぇ、コーチとして協力お願いできますか? 僕一人だと、ちょっと」

「「ナンパ?」」

「「ノー」」

「いや、絶対ナンパ居たよね今」


「ルミ姉さん。浦島太郎ごっこしませんか?」

「―――……んう?」



 そんなこんなで、当初の予定通り一泊二日の小旅行が始まり。

 私達は存分に海を満喫したわけで。

 出てきたのが丁度午後一時くらいだから、都合四時間近く遊んだことになるのかな。

 私は後半疲れ気味だったけど、やっぱり若いって凄いね。



「佐内さんすげぇぇぇぇぇ―――!!」

「砂浜で50メートル六秒台!?」



 ……………。



 ……………。



 本当に皆、若いって凄いよ。

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