第22幕:ふよふよの球体
「………ふむ―――ふむぅ……?」
ふよふよと、或いはほよほよと。
突然に私の隣に現れて、当然とばかりに浮遊を続ける小さな太陽。
本当にそのまま太陽なら、今頃私は蒸発コースだったろうけど……成程。
彼、ほんのりと温かいね。
その辺はあの子と同じだ。
……つまり―――この子、精霊?
成程。改めて、よくよく見れば色が違う。
アトミックちゃんがややオレンジに近い……所謂橙色とすれば、この子は蜂蜜の様な黄色。
こうして淡く光っていると黄金色にも見える。
「……………」
「初対面だよね。私はルミエール。して、君は一体何者だね?」
当然に気になるから、何故か当然のように隣でふわふわしている推定精霊に対し、自己紹介と。
私は再び彼の正体を知る為に声を掛けてみるけど。
ふよふよ、ほよほよ。
こちらを伺うように、ただ浮かび続けるまん丸の球体。
その姿を見ていて、思わず考える。
……………。
……………。
……この子達って、「真球」なのかな。
ほら、二点法とか三点法で計測するアレ。
完全にまん丸の球体はこの世に一つとして存在しないって言われているらしいけど、果たして手も足もない球体生物たるこの子らは―――じゃなくて。
「……………」
「どうしよう。仲間になりたそうに見てるなら、捕獲用アイテムとか用意したほうが良いよね。えぇ……と、ボール、ボール―――あ、ピートとか食べる?」
喋らないならどうするべきかと。
初歩的な方法として取り調べカツ丼作戦を思い付いた私は、ご飯を出そうと【叡智の窓】を呼び出すけど。
その中で、ある一つの些細な変化に気付く。
……名無し……って?
これまでに何十と開いたシステムウィンドウ、ステータス欄に、見た事の無い項目が追加されている。
そして、興味深さに続きを見れば。
――――――――――――――――
【Name】 ネームレス (Lv.5)
【種族】 神霊種 精霊
【基礎能力】
体力:7 筋力:0 魔力:0
防御:10 魔防:10 俊敏: 10
――――――――――――――――
……出てきた。
普段私がステータスを開くのと同じ要領で、それが見られる。
これは、紛れもなくこの子の能力値で。
ならば、アレも出来る筈だ。
前にショウタ君が見せてくれたような感じで……。
で、多分ここをこうして種族解説に切り替えれば。
――――――――――――――――
【Name】 ネームレス (Lv.5)
【種族】 神霊種 精霊
【解説】
精霊。凋落せし天の欠片。
精霊は欺瞞を嫌い、多くの感謝を
好む。光の精霊は自由と希望を是
とする。
――――――――――――――――
なんとまぁ、大雑把この上ない。
素材とかの解説画面って、もうちょっと色々な情報が見られる筈なんだけど……驚く程スッキリ簡潔だ。
分かるのは、この子が推定光の属性という事。
そして………感謝、と。
私は、確かにPL情報から見れるNPC好感度とかは高いけど、或いはその影響?
でも、これは都市ごとのモノ。
トラフィークが一番高くて、何故かリートゥスも高い。あとはフォディーナとか他の都市がどっこいみたいな中で。
肝心なここエデンとかは、所謂初期値。
【好感度:中庸】で普通だから……。
何でだろ。
この都市での評価とかは、さして高くもない。
浪人宜しく、評判を聞きつけて仕官しに来たという訳でもないだろうに。
というか、欺瞞だよ。
騙したり、欺くのが嫌いって事だよね。
完全に道化師たる私の天敵みたいな感じなんだけど、私の元で働くにあたり、そこの所規約とか契約書の確認はしなかったのかな。
「……ところで、このステータスとかの項目って。完全に私の個人情報の筈だよね。―――じゃあ、君は既に私の仲間なのかい? 私に相談もなく? 履歴書の提出も面接もなく?」
「…………」
「どうなんだろうね? 私のステータス欄に君の情報があるって事は、君を好きにして良いって事じゃないのかな。口を割らないと、取って食べちゃうよ? ブラック企業の馬車馬だよ?」
やや口を尖らせつつ。
両手を構えて脅しをかけども、ただふわふわと上下左右に動くだけ。
当然、彼は喋らないみたいで。
というより。
ずっと彼って呼んでるけど、そもそも性別あるのかね。
「ねぇ、この期に及んで、事後みたくなっちゃってるけど、一応聞いておきたいんだ。本当に私で良いのかい? 後戻りできないよ?」
「……………」
「―――よし来た。じゃあ、君は照明係くんだ」
そうなんだよ。
色々な都市で小さな公演を行うにあたり、作家とか司会とか道具係とか、色々欲しいと思う人材はいるけど。
やはり一番は、照明係。
欲しい時に欲しい場所を照らしてくれる係が欲しかったんだ。
「うん、そうしよう。私とキミ、これで二人。あとの係は全部ハト君達に押し付けて、劇団結成、だね?」
「……………」
「さても、さても。面白くなってきたじゃないか……っと」
嬉しさに、一人と一精霊の世界に浸り過ぎてしまったけど。
当然に、精霊さんは激レアな存在。
もしも周りの注目を大きく浴びてしまおうものなら揉みくちゃに―――と思ったけど、どうやらフィナーレの熱気のお陰で、誰もこちらを見てはいないようで。
皆の視線が注がれるは。
仮設ステージ上で歌を締めくくると共に大きく手を振る彼女等。
……それはつまり、だ。
今に、役目を終えた二人が戻ってきてしまうという事で。
「―――どうしよう。どうする?」
あぁ、ダメだ。
クオンちゃん達が戻ってきて、私の隣で彼がふわふわなんてしてたら。
私の好きなサプライズが出来ない。
それはもう、淡々とした紹介だ。
その上、この人の多さの中で、彼が精霊だと知られててんやわんやになったら、クオンちゃん辺りがビックリ叫んで他の人たちに見られて、結局揉みくちゃ。
……彼を隠さなきゃ。
確か、ショウタ君も普段はアトミックちゃんを送還してたし―――あれ?
もしかして、“小鳩召喚”とはやり方が違う?
一声で送還OKの音声アクティブ型じゃない?
コレ、送還方法を探す時間が足りないかも。
「―――えぇ、と。プリーズ、フリーズ」
「……………」
なら、もうかくれんぼしかないよね。
私の言葉に、ちゃんと意図が伝わってくれたようで、浮かんでいた彼はシートの上へと着陸。
ハクロちゃんが置いていたメロンパンの箱の中でピタリと静止する照明係君。
箱の中が何故か不自然に光ってるけど、黄昏色の空とマッチして分かりにくいからセーフ。
………いや、まだだ。
更にバレないように、箱の隙間へ同じくらいの大きさであるピートでも敷き詰めて……黒っ。
黄金色の一個だけが不自然過ぎる。
“小鳩召喚”は、彼がハト君達に突かれるだけだし。
“縛鎖透過”は論外。
“境界製作”で二重底作戦?
否、潰れちゃうし狭いから可哀想。
“感覚共有”は……そうだよ、メロンパンを食べている時に味覚を共有させてもらってさえいれば―――じゃなくて。
……………。
……………。
「ただいーまーー」
「うぅ……緊張したぁ……。ぁ、ルミエールさん? 私達が歌ってるのを撮ったりとか、変な事とかしてなかったです―――何やってるんですか?」
「果物の選別。アイテムボックスに何が入ってるかを把握しておかないとね。腐るし」
「腐るのか?」
「腐らないですよね?」
むふー、と上機嫌で帰って来たハクロちゃん。
同じく上機嫌だったけど、私がコソコソ何かしていた可能性を考えて懐疑の視線を送ってくるクオンちゃん。
二人を迎えた私は。
何とかシートの上に多量の果物を出し、仕掛けを終えていた。
「箱の中にもあるな。黒、白、青、緑……黄金?」
「何でその流れで黄金色―――これ……あれ? ピートって白か黒しか無いんじゃないですか?」
「食用色素さ。行きつけの雑貨屋で買ったんだ」
主に手品用にね。
トラフィークから出られなかった頃は、手慰みによく黒ピートを塗って遊んでたんだ。
後は、髪色変えられないかってね。
当然、食用色素で染色なんて出来なかったんだけど。
……しかし、これら色素は原色の組み合わせで出来るような通常色のみの販売で。
黄金色なんてカラーがある訳もなく。
「……何か、ちょっと光ってる?」
「黄金だからな」
「……いや、そういうんじゃないような……」
黄金のソレは、まさしく生ピート。
温かくて、元気に飛び回る不思議な品種だよ。
「……コレ、どうするんです?」
「あ―――あぁ、大丈夫、だいじょうぶ。何もなかったよ」
「?」
「噛み合ってないぞ。変なルミだ」
「……ね。何か企んでるかも。食用色素って、あんまり入れすぎると味が変わっちゃうんですよね?」
「ありがちだね。大抵は全部無味無臭だけど、視覚的要素もあるっていうし―――これは? 違う―――これは?」
「やっぱり何か企んでます?」
二人がそこらの色付きピートへ興味を示している間に。
如何にか送還しないとと。
私は、画面操作を続けるけど。
明らかに目立つ黄金色へも目を向けつつだと、どうにも画面に集中できず。
「……んーー、どーれーにーしようか……これ。ルミ、一個貰うぞ」
「ハクロちゃん、まだ食べるんだぁ」
……んう?
あ、ちょっと待った。
どうして、躊躇いもなく黄金色さんに手を伸ばしていくのかな……あぁーー。
―――ぶにッ
「……ん?」
「どうかしたの? ハクロちゃん」
「……熟しすぎだ」
「え?」
「ルミ、このピートもうダメそうだぞ。ふやふやに腐ってるぞ」
「……うそ。本当だ、何かブニブ二してる。おかしいね、アイテムボックスに入れておけば大丈夫な筈なのに……」
それはまずいよ二人共……!
積まれてた果物と間違えて精霊さんを鷲掴みにしたハクロちゃんは、そのスクイーズが如き不思議感触に顔を顰めて揉み続け。
隣のクオンちゃんも続く。
……精霊さんの感触って「ぶにッ」なんだ。
軽くつついた事しかないから芯の感触まではよく分からなかったんだ。
軟体動物?
「……………」
私の言葉に従い続けているのか。
二人の手で揉みくちゃにされている中でも、不動の姿勢を取り続ける黄金生ピート君。
「……え、なに? この……ふわふわぶにッ―――って、やっぱり光ってるような」
「何かあったかいぞ」
「というかピートじゃなくない?」
「……食べ物なのか?」
「―――さっきからなんか振動してない? 何かのアイテムなのかな?」
本格的に怪しみ始めた二人と。
そろそろ我慢が利かなくなってきたか、バイブレーション機能みたく小刻みに震えるまん丸。
うーん、可哀想すぎる。
後日のサプライズにしようと思ってたけど、もうこれはダメそうだ。
助けてあげないと。
「ゴメンね、もう良いよ、動いて良いから早く逃げて」
「ぇ!?」
「ぁ」
承認を得たと。
すぐさま浮遊を開始したソレは、私の頭の上に着地。
どうやら、完全に私の言葉に従ってくれるみたいだ。
以前、大迷宮でショウタ君が皆にアトミックちゃんをけしかけた時みたいに。
「え、え? 魔物―――!?」
「ん……アトミック?」
「核爆弾―――!?」
で、二人だけど。
ハクロちゃんは目を丸くしつつも、知っている故に存在を受け入れ。
逆に、物騒な言葉を聞いたクオンちゃんは私の想像通りに飛び上がる。
当然、大声にささやかな注目も向くだろうけど。
けど、今なら。
彼は私の手中に在るし、周囲から隠す事も可能で。
ササッ、とね。
取り敢えずは膝元にでも誘いつつ手で隠して……。
「……色が違うな。ルミ。もしかして、精霊捕まえたのか?」
「実はそうなんだ」
「え……?」
普段寡黙でも、ちゃんと分析しているハクロちゃんは彼の正体に思い至ったようで。
「これが―――精霊……? 確かにふわふわで、まん丸で……でも、精霊って凄く希少なんですよね? いつから?」
「……さっき?」
「「さっき」」
「二人が歌ってるときに? 隣に座って来たんだ」
「……そんな、ライブで偶々有名人と同席したみたいに―――で、でも。凄いです! おめでとうございま……す?」
混乱から立ち直ったのか。
先程までちょっと私を避け気味だったクオンちゃんは、まるで自分の事のように喜んでくれて。
祝われるって、とても嬉しいんだ。
ハクロちゃんも万歳してるし。
また一人、愉快な友達が出来て。
今更だけど、今回の催しの成果は大豊作の万々歳といった所かな。
「で、ルミ。精霊、名前は?」
あぁ、まだ名乗っていなかったね。
ふふふ……よく聞いてくれたとも、ハクロちゃん。
この子のデータ、ネームレスってなってるし。
多分、これから私が好きに名前を決めて良いって事だと思うんだ。
だから、予定通り。
この子は……。
「この子の名前は―――照明係君だよ……!」
「……ぇ。ださ」
「ん、ダサいな」
「ヒドくないかな」
二人共、そんな表情消して言う事じゃないだろう?




