第21幕:光もいずる大騒ぎ
「やぁ、お帰り。随分楽しんできたみたいじゃないか」
まるで縁日へやって来た姉妹のように、ハクロちゃんに手を引かれて歩いてくるクオンちゃん。
二人共、空いている方の手には幾つかの包みを持っていて。
お土産かな、お土産かな。
私宛の小包だと良いんだけどなぁ。
ズンズンとこちらへ歩きながらも、楽しそうに会話をしている彼女等。
どうやら、先程の空気は払拭されたようで……。
「つーん」
払拭されてる……?
目の前まで戻ってきた二人だけど。
一方は、私の顔を見て先程の問答を思い出しちゃったのか、また顔を背けてしまう。
でも、アレだね。
わざとらしく口を尖らせているその様子が、むしろ。
「可愛いね、クオンちゃんは」
「……そういう所ですよ?」
否、褒められて嬉しくない人間は少ないさ。
彼女だって、紛れもなく褒められるのが好き。
両親親族、皆が褒めごろしっていうのは、子供の成長で後々問題になるかもしれないけど。
外野ならどれだけ褒めても良いとされているってね。
私の言葉に頬を膨らませる彼女。
でも隣に腰掛けてはくれるのね。
新たな客の来訪に、ガサリと音を立てるシート。
さくさくと音を鳴らして上がって来たハクロちゃんも私の隣――となると。
「これは、挟撃の形だ。逃げられないね」
「ん。逃がさない」
「というか、何で逃げる前提なんですか?」
言われてみれば、そうだね。
やましい事も無し。
逃げる必要など、どこにもないのに。
でも、こうして他愛無い会話をしていると、以前との違いがよく分かるんだ。
「―――ふふん。クオンちゃん、前より遠慮が無くなったね。良い傾向だよ」
「ゲームはその方がずっと楽しいって分かりましたから。イジワルなルミエールさんも、そう思いませんか?」
「道理だね」
「さくさく……ふわふわ……うまー」
……………。
……………。
ちょっと待ったハクロちゃん。
その小包、自分用?
大事そうに梱包して運んできたから、てっきりお土産だと思ったのに。
一目でふわふわと分かる白パン、そこへ覆い被さるは表面に模様の入ったこんがりさくさくな生地。
あぁ、紛れもなく。
なんて美味しそうなメロンパン……。
「―――ルミエールさん。私、頑張ってみます」
「んう?」
「遠慮を忘れて、沢山遊んでみます。……あっちでも、こっちでも。色んな人と話して、こんな遠慮のない友達関係になってみたいです」
二重の意味かな。
あっち――現実でも、こっち―――ゲームでも、と。
恐らくそういう意味だろう。
……そうかい。
「だから……その。ちょっと疲れた時は―――」
「私達の所に来ると良い。何も気負わず、遠慮なんかせずに沢山遊んで。また次に挑戦するんだ」
クオンちゃんの悩みの本質。
恐らくそれは、現実とゲーム双方にまたがる問題で。
彼女自身が行動して、時には失敗もして……その上で、自分の中で納得のいく答えを見つける事。
彼女の意思次第でケリの付く問題だから。
だから、私一人がどうこうする事ではなかった。
ゆえに、ね。
ここからは彼女自身の冒険だ。
勿論私はいつでも応援するよ。
「でも、これ……今のところゲームの話なんだよねぇ?」
「―――ふ、ふふふっ。はい、本当に」
どれだけ真面目ぶって話していても、いま彼女が言わんとしている事は「全力でゲームします!」って意味だから。
笑い話にしかならないんだ。
「……何でも、目的があるのは良い事だ。応援するよ」
「有り難うございます」
無論、ゲームと馬鹿にすることはできない。
今はEスポーツの世界大会も多く、ゲーム市場も全盛と言えるほどに栄えてるし。
オリンピックもあるくらいだ。
目標に向かって邁進するのは、評価すべきところしかないさ。
「私、誰か特定の人の顔色を伺うんじゃなくて、皆が楽しめるように、常に動いてくれて。でも、その実誰よりも自分が楽しんでる。そんな風になりたいんです」
「お? おぉーー?」
「凄いね、ソレ。そんな人が……」
彼女の中では、既にかなり精巧に人物像が固まっているようで。
見本みたいな人が、傍に居たんだろう。
「……目標が決まったら、計画的に実践するだけです。いつも通り、コツコツと。勉強と同じですね」
「その通りだとも。何事も続けることが一番。ね、ハクロちゃん」
「……う? ん?」
「勉強頑張ろうね」
「……………ぅ。イジワルだ」
コレも意地悪に該当するのかな。
……いや、確かに?
ハクロちゃんが預かり知らない所とは言え、教師(仮)がゲームの中でまで勉強しろというのは、かなり意地悪なのかもしれない。
『―――――皆さん、お待たせ致しました。特設ステージへちゅうもーーく』
と、そんな風に考えていると。
拡声器でも通したかのようにボリューム満点、しかし耳に優しい声が聞こえる。
『大型イベントクエスト【精霊と大きな樹の実】の便乗企画。ギルド【戦慄奏者】主催ライブ、その開始を宣言させて頂きます』
自分で便乗って言っちゃうんだ。
今更だけど、彼女は歌だけじゃなくてトークショーとかの司会も向いてるかもね。
明るさも愛嬌も抜群だし、ボキャブラリーも豊富そうだし。
『演目はご注目頂いている通り。勿論、飛び入りでの参加も受け付け中ですわ。ギルド単位でも、個人プレイヤーでも。便乗の便乗。募集や喧伝の為に、悩んでいる方は今すぐ受付へGO―――ですわ!』
……指されているのはステージ上に大きく張り出された看板。
今が開会式で、次が彼女のライブ、ギルド団員による炎の料理対決、そして自由演目からの閉会式。
都合、二時間と少し。
自由演目が長引く事も想定して三時間と。
自由演目は、参加者を募っているようで。
団員募集を行いたいギルドとか、自分の能力を誇示したいPLを募集して各方面に恩を売っていくスタイル。
流石は王手ギルド経営者だ。
「―――わぁ……マリアさんって凄いんですね……! 団員さん達にも凄く慕われてるみたいで……」
「マリアは凄いぞ。お菓子作れる」
「今もGR五位だしね、彼女のギルド」
「……ランク五位?」
「聞いてないのかい? 彼女、サーバーでも屈指の有名人で、トップギルドの団長もやってるユニークスキル持ちなんだけど」
「聞いてませんけど―――!? 何でそんな人もお友達!? というかまたユニーク!」
熱心に誘われてたくらいだし。
てっきり、さっきお茶会に行った時に本人から聞いたと思ってたんだけど。
「……ちょっと誘われただけで、別にいつでも待ってるくらいしか言われてないし、そもそもあんなに優しそうな人がトップギルドの団長なんて……えぇ?」
そう、そうなんだ。
彼女自身は万人受けするタイプの人柄の持ち主。
でも、どうしてか。
よくない噂みたいなのが偶に出ているみたいで。
他のトップギルドの人たちからすれば、戦いにおける戦略とかでなく、取り敢えず数を集めて圧倒する彼女の方針が良く無いモノに見えるっていうのは、まぁ理解も出来る話だけど。
……前者は何処から煙がたったのか。
それも、私気になっているんだよね。
考えている間にも。
閉会式が終わったステージ上では、一人の少女が言霊を紡ぐ。
『fry―――海原を征け、一筋のヒカリ』
『Sink―――例え全てが水底に沈んでも』
『彼は征く―――私を抱きしめ―――虚なる像を祓い、征け、征け、征け―――』
以前、この都市へ向かう中で、私は彼女が歌うオルトゥスにおける神話の戦いをモチーフにした曲を聞いたけど。
今回は、また別の歌……オリジナル曲らしく。
絶望の水底に沈みそうになったお姫様を、光の王子様が助けてくれて。
そのまま、水平線を走ってどこまでも。
幻想の終末からすたこらさーーと。
そういうテーマだとか。
うん―――虚なる像……きょぞう?
「タイトルは、【黄金の水平線】……うぅ~~~ん……? 何か……何処かで」
「どうかしたのか?」
「いや、何処かで覚えがあるような、無いような――うん? 何がモチーフの歌なんだろうね?」
「不思議な感じですね。頭の中にイメージが湧いてくるような……ロック調みたいな感じもあって……航海の様子、とか?」
童謡のような懐かしさを持ちつつ、アイドルみたく現代風に英単語を取り入れ。
更には何処か荒々しい、力を感じさせる。
歌詞を合わせると、クオンちゃんの言う通り……海――海賊とかのイメージかな。
マリアさんのユニーク職業。
【歌姫】は、その場にいるだけで広範囲の仲間へ微弱な能力強化を与える特殊な職業で。
能力自体は、今は必要ないけど。
彼女、本当に歌が上手なんだよね。
果たして、音痴な人でも美声になるような、何らかの補正が乗るのかは分からないけど。
そんな事は関係なく、彼女は己の全てを燃やすかのように精一杯と謳い上げ、一分一秒に全力を注ぐ。
次の事なんて考えていないかのように。
この、魂を震わせる歌は。
間違いなく、彼女の持つ情熱があるからこそ。
いかに能力があろうと。
淡々と行われる機械動作に感動などないから。
「マリア様ぁぁぁ!! ステキぃぃぃぃ……こっち見て!!」
「歌姫様ぁぁぁぁ!!」
ほーら、熱狂的なファンも沢山いるみたいだし。
これは、私からも「さすマリ」と言いたいね。
『―――surface surfer―――水平線の……はるか彼方まで』
「ルミ」
「サーフィス、この歌だと多分水面だね。表層って意味だから、本当は先にウォーターが付くけど。サーファーはそのまま」
『―――so far……振り返らず』
「ルミ」
「ソーファー。これまでとか現時点まで、とかだけど……過去って訳してるんじゃないかな」
時折出てくる単語で知育を兼ねつつ、歌に聞き入る中。
それが最後の一節だったのか。
御嬢様な見た目に違わない優雅な一礼と共に、割れんばかりの拍手が響く。
単にイベントクエストへ来て、通り道だからと歩いていただけの人たちも、いつしか足を止めているみたいだ。
「……ライブってネットでしか見た事ないんですけど、実際はこんな風なんですね」
「アイドルも軒並み3DとAI、ホログラムの存在に代わっているからねぇ。今はあまり見られないよね、現実では」
「コレも現実じゃない」
「「……ははは」」
今日日、生身のアイドルとかは殆ど見ないし。
週刊誌を賑わわせるスキャンダルとかも、完全に鳴りを潜めるようになっているけど。
こういうのが無くなるのは、寂しいね。
「ぶらぼー、ぶらぼー」
「もうちょっと感動したような顔してくれません?」
「ルミは無理だぞ」
人の見せる輝きっていうのは、確かにあるから。
神業とか、奇跡の歌とか。
そういうのは、成し得ること、出来る事が大きく制限された人間という存在が出来るようになったからこそ、大きく賞賛され、評価されている訳で。
全部作りモノに変わっちゃったら。
どれだけ凄くても、壮大でも
感動は、やっぱり減少してしまうから。
「……良い物だね。本当に」
『さぁ、そろそろ身体もあったまってきました! 続きましては―――新曲、少女の見た夜明け!! ですわ! ―――ふふふっ』
「今ウィンクした―――ッ!! 私によっっ!?」
「僕にじゃないのか!?」
「間を取って俺氏でござす」
「……マリアさん、今こっち見てましたね」
「ね。手でも振ってあげようか」
「ん? おーーい」
『~~~~~乗ぉぉってきましたわーーッッ!! さぁ、次は全力の全力で参ります! ミュージック、すたーーと!!』
おぉ、マリアさんが更にバーニングウーマンに。
最早本当に燃えているようにさえ見えるよ。
……あ、もしかして。
タイトルの黄金とか夜明けとかって全部、彼女の事だったのかな。
◇
『……本当は無限に歌っていられそうなのですけど。尺の問題で、私に残された時間は少しですの。なので、最後の一曲を―――』
その後も、全力が伝わる勢いで全ての演目を歌い上げ。
彼女は遂に、手に持っていた拡声器を置く。
でも、まだ最後の歌が残っている筈で。
マリアさんは胸を張って壇上へ立ち。
機器を通すことなく、お腹の底から張り上げるような声で宣言する。
「一緒に歌いましょう!! さぁ、皆さん壇上集合です!」
自由だなぁ……流石はマリアさん。
その一言で、彼女の歌声に感化された人達がステージへ向かう。
最初は遠慮していた人も。
皆が向かうのなら、自分もと。
彼等の数はすぐに膨れ上がり、我も我もと一団を形成していく。
……さて?
「どうだい? 二人共。いま、すっごく歌いたい気分だと思うんだけど」
「ん。行きたい」
「……そうですけど……ルミエールさんは?」
こうして煽っといてなんだけど。
それはちょっと、ね。
「ほら。ハクロちゃんみたいな、素面でも可愛い子とかは良いんだけどさ? 見た目大人かつ真顔で歌っている人が壇上に居ると、盛り下がりそうじゃないかな」
「……確かに」
恥ずかしくても精一杯に歌い、その空気を楽しめる。
そういう子たちにこそ、あの場へ登る権利はある。
今の私にはそれが無いんだ。
「行っておいで。私がこの目に確と焼き付けてあげるよ」
「……………」
「いこう、クオン」
「―――……絶対その内歌わせます」
「楽しみにしてるよ」
手を引かれていく中、言葉を残すクオンちゃんだけど。
本当に、学校の打ち上げとかでありそうな気がするね。
で、折角私の友人たちがあんな楽しい事をしているんだから。
保存用にカメラ機能が欲しい所。
でも、今迄にも何度か探した事はあるけど、そういった機能がないらしいのが残念だ。
O&Tの新聞とかには写真も載ってるし。
多分、二次職由来で取得できる機能だと思うんだけど……。
「さぁ、皆さんで!! マイクなんて無くても良いんですわ!」
「「おおおぉぉぉぉぉ―――ッッ!」」
これまた、すごい熱量だ。
人を惹き付け続けるマリアさんを軸として、壇上に集った人たち、人数の多さから乗り切らず周りを囲む人たち。
そして、結局向かわなかったけど、見物している人たちが。
皆が口ずさんでいるのは、小学生でも知っているような有名な曲。
全員が登場人物として歌いあげる。
これは、そんな、優しいライブだ。
「―――――……うん、眩しいね」
あまりに眩しいものだよ、これは。
……思い出されるは、日本神話の有名処「天岩戸」
弟であるスサノオ神の行いに怒って、引きこもりになってしまった光の化身アマテラス大神。
世界から光が失われたことを憂いて、神々は一計を案じ。
まさかの、岩戸の前でどんちゃん騒ぎ。
光の化身であるアマテラス大神様も、遂には気になって出てきてくれたっていう話。
この熱狂、この明るさ。
あの純真なマリアさんを始めとして。
皆が精一杯、元気いっぱいの笑顔で謳い上げていると、本当に光も出てきそうな気がするよ。
……クオンちゃんは恥ずかしそうに歌い。
……ハクロちゃんはいつも通り半眼で。
しかし、声だけは元気一杯。
幾重もの複雑な歌声は中々どうして、一纏めの形となり。
全体を補助するように、優しく包むように、マリアさんを始めとした彼女のギルド団員さん達が歌う。
「本当に―――素晴らしいライブだよ、これは。世界平和の縮図そのモノじゃないか」
「……ね、君もそう思うだろう?」
「……………」
……ふふ、そうだろうそうだろう。
言わなくても分かるさ。
そんなに身体を輝かせて、嬉しそうに右へふわふわ左へふわふわと。
とても楽しそうに。
思わず、私も左右に身体を揺らして……。
「―――――んう? アトミックちゃん?」
眩さを感じ、隣へ目を向ければ。
いつの間にやら私の隣には、何処かで見たようなふわふわさんが浮遊していた。




