第19幕:果実や果実
「―――“黒閃”!! ……なァ、スキルは使わないのか?」
「……ッ」
「何か理由でも? 将軍」
「ってか、三対一でも食い下がるかよ……――チィッッ! 平然と柄で剣受け止めんのヤメロッッ!!」
「貴方達だって。そもそも、何で私に――ッ、一体誰の差し金かなぁ!」
「……へへッ、知りたい?」
「これ、言っちゃっていいのかねぇ?」
「別に、禁止されては無いだろ。―――アヴリエル……って言ったら信じるか?」
「……………!」
……………。
……………。
「ふーーむ、何の会話なんだろう。聞いてて全く分からないね――もぐっ」
シャリシャリうましうまし……と。
樹上からは下が良く見えて。
彼女等の口の動きも、角度的に見えてくることがあったけど。
「おいッゴルァ!」
「降りてこーーい!」
やっぱり、まるでわからない。
クオンちゃんと彼等に何かしらの縁が存在するのは確かみたいだけど……。
でも彼等、半魔種って言ったよね?
半魔種が住んでいるのは魔族領域。
今はまだ、人界領域には存在しない特異な種の筈だけど。
そう来ると。
まるで、クオンちゃん迄もが―――何だか下が騒がしいよ。
「―――おーーい! 下りてこいや!」
「登って来ればいいじゃない」
「アンタ落とすだろ絶対!」
「仲間から、お前さんの耐久力は皆無って聞いてるんだ。大方、火力特化の純魔か、支魔……補助系特化の僧侶、だろ?」
「………?」
じゅんま、しま……?
しま……「支魔」かな。
攻撃魔術、特殊魔術と並んで能力値にある……私、魔法適正も全部最低値のEだけど。
「ま、挑発に登ったところを撃墜って算段だろうが、そうはいかねぇ」
「あっちはどちらも三対一だ。どうしようと俺らの価値は揺るがない」
「…………?」
どうやら、首尾よく勘違いが加速しているみたいだけど。
私の脆さが伝わっているのは多分、初対面の時にシャルルートと一緒に吹き飛んじゃったからだね。
本当は、足手纏いでしかないからじっとしているだけなんだけど。
気付けば、近くで戦闘しているのもクオンちゃん達だけになっちゃったし……。
確かに、もう一方は?
流石のハクロちゃんも、弱体化した状態で三対一は厳しいかもだし。
手助けとかしたいけど。
私の実力じゃあ、下の彼等を倒すなんて、とてもとても―――んう……?
『気を引いてて』
……………。
……………。
「……………ほう、ほう。成程、随分と活用するようになってきたね。よし、承り」
ならば、そうさね。
ここは一つ、一席設けるとしようじゃないか。
「そろそろお疲れみたいだね、お二人さん。猿蟹合戦って知ってる? ほら、新しい顔だよ」
「――ぬうッ!」
「このッ!?」
お遊び気分の私に反して。
色々と誤解している彼等は、ずっと気を張っている影響か、やや疲れ顔。
疲労には甘い物という事で。
「ほれ、もう一つ。さあ、もう一つ」
樹上から、私の大好きなピートを差し入れよう。
所持品欄から一個、二個、三個……まだまだ。
木に成っているロートスでも良いんだけど。
これは、後の布石……そして、ポイント還元アイテムを私が独占したい故だ。
我ながら、お猿さんの威嚇だね。
私が猿なら向こうは蟹。
二人は魔術師だから軽装のローブみたいだけど、他の子たちの鎧はまるで甲殻類に見えてくるとも。
……二人は多分ソフトシェルなんだね。
「どんだけ持ってんだアンタ!! この―――ッッ……この果汁迸る果実は―――!?」
「おぉ、ナイススイング」
お気に召さなかったかな。
私が渡す果実を避け続けていた彼等は、次第に果物へ対し攻撃的になっていき。
一方の術士さんは杖で果実をスイング……割れたピートから果汁が噴き出る。
あぁ、勿体ない。
破片が残ってたら後で回収して……。
「小癪過ぎるぞ女ッ! 食べ物粗末にしやがって!!」
「私はあげただけなのに」
「確かに! ……じゃねえ! 降りてこ―――ィッ!?」
そしてもう一方の彼は、片手で振り払った黒果実が夥しい煙幕を生む。
いけないね。
それは特製ピート弾だ。
煙玉の上位種、大煙玉の上からピートの皮をペタペタしたアレ。
また新しく作らなきゃだけど。
それを杖で割ってしまい。
彼等二人は、たちまちの内に煙幕へと包まれ。
「ん、隙だらけ」
「―――はッッ!?」
「――――――ッッ誰―――ッ!?」
音もなく忍び寄っていた、姿も見えない相手に切り刻まれたのだろう。
俯瞰している私でも、煙の中までは見えず。
煙が晴れて現れるは一つ……否、二つの影。
彼女は、身の丈に合わない剣を払い。
地面へ突き刺してこちらを向く。
煙に飛び込んだまでは見えたけど。
不明瞭な視界の中で、どうやって彼等の位置を感知しているのかは、今更過ぎて聞く気も起らないよ。
「……ルミ。食べ物粗末だぞ」
「ゴメンね。落ちたのは後で私が美味しく頂くから―――ときに、騎士くんたちは?」
「倒した」
「三人もいた筈だけど」
「全員倒した」
わぉ、流石ハクロちゃんだ。
私が空中演目で遊んでいる間に、カメラ外でやっちゃうなんて。
「メール、受け取ったとも。大分文明の利器の扱いを心得てきているね」
「ん、多様性」
……多用してるって言いたいのかな、恐らく。
ともあれ、これで騎士くんたちの内五人をハクロちゃんが倒す大金星。
「後に残るは……」
未だ樹上に立つ私が、接敵している彼女へ視線を移すと。
「喰らいやがれ“雨流―――五月雨”!!」
「コレでぇぇぇ―――!」
「終わりだァァァァァ―――“紅蓮崩刃”!!」
……向こうも佳境だ。
騎士くんの一人が水刃の雨を、残りの二人が斬撃を。
たった一人へ向けて放っているという事実。
向けられた少女は舞うように、身体を沿わせるように水刃と平行に動く事で魔法を回避し。
えぇ……?
剣を下に構えたまま、相手の斬撃へ対抗する意思も無いかのように敵へ飛び込む。
でも、それじゃあ。
ただ斬られて、キルされちゃう筈で……。
「うん、終わりだね―――“黒鎧生成”」
「―――――何……?」
しかし、一体どういう理屈だろうか。
何と、耐えた。
騎士リーダー君の、赫色に輝く一撃をまともに受けて、立っていた。
……………。
それは、つまり。
攻撃動作を終えてしまった彼等の懐へ潜り込んだ、という事。
「なんっっで―――ッッ!!?」
「凄いよね。どんな攻撃も、全快の状態なら一回は耐えられるんだ、コレ」
「………!」
「全快……!?」
「そ。あなた達の攻撃、まだ一撃も受けてないの」
「―――ッッまだだぁぁぁぁぁ!!」
決定打になっていただろう攻撃を耐えきられた―――彼等はそれが予想外だったのか。
或いは別の要因があったのか。
一瞬だけ、動きが固まって。
何とかリーダー君が衝撃から立ち直るも。
武器を下に構えた切り上げる前の形―――俗に言う八相の構えを取って飛び込んだクオンちゃんは。
「―――――“黒幻・炎刃滅却”」
刃を、斜め左上へ振るう。
刀身に発生した、一目で魔法と分かる大火力の。
黒い、炎……?
……そう、黒炎。
焔を纏う長大な一閃が、地平線を縫うように―――三人の騎士を纏めて覆う。
「****ッ!! 覚えてやがれぇぇぇ!!」
「俺達は絶対にアンタを―――――うぼぁぁぁぁ」
「また、負けたァァ―――」
……………。
なんて清々しい子達なんだろう。
ところで、何か聞き取れない単語あったけど……ゲームの仕様に、口汚い言葉は反映されないってあったような。
「するするするりーー……っと。ね、ハクロちゃん。あれ凄くない?」
思えば、あそこから加勢も出来た筈だけど。
それだけ彼女の力量を信用していたのか。
もう剣を動かすつもりは無いという意志表示だったのか、地面へ突き立てたままの彼女へ私は言葉を掛け。
ハクロちゃんは、本当に珍しい事だけど。
大満足とばかりに目を輝かせて相槌を打つ。
「ん。やっぱり強いぞ……。戦いたいな、クオン」
「おぉ」
それは凄い戦いになりそうだ。
でも、ハクロちゃんは【剣聖】で納得できるけど……。
私の中に在る、「クオンちゃん一体何者なんですゲージ」がまた上昇するね。
敵が消滅したのを確認し。
やはり体力がギリギリだったのか、赤色の回復薬を服用しつつこちらへやってくるクオンちゃん。
「……二人共……その。見ちゃった、よね?」
でも、なんでだろう。
大立ち回りを見せ、勝ち誇ってもいい筈の彼女は。
外的要因ではなく、自身の行動を見られたことに対して怯えたような表情で。
その表情。
まるで、昔のサクヤやナナミを見ているようじゃないか。
まぁ、それはそれとして。
「……ん、ん?」
「見たって―――何がだい?」
「……え」
こくがいせいせいーー、とか。
えんじんなんちゃらーーとか。
あの炎がぐわーーってなってばしゃーーってなったのは見たけど。
「あの火属性のスキルみたいなのがどうかした? ゲームなんだし、別に口上を述べるのに痛々しいとか無いだろうけど」
「羨ましいぞ。ハクロ出来ないからな」
「……あ、いえ―――ぇ?」
どうやら、何かが噛み合っていないみたいで。
そのまま、彼女は俯いて考えるようなそぶりを見せる。
多分、癖の一つだね。
……なのでその間、おもむろにハクロちゃんの視界を塞いで遊んでみたり。
「ほい。ハクロちゃん、何か見えた?」
「……みえない」
「もしかして、本当に見えてない―――そういう事なの? だから絶対に大丈夫だろうって―――……」
「ナカーマ?」
「仲間」
「「わはーー」」
「―――……この、なに……? 何だろ。やっぱり、この二人が例外過ぎるだけ? 絶対普通じゃないよね二人。それとも、こっちのPLの平均がこれなの? 流石に失礼かなぁ? でも、他の人で試すのも――ゲーム友達いないし……えぇ……何で?」
「何でもさ」
「……ルミエールさん?」
「色々と、ゲームの仕様みたいなのがあるんじゃないかな。私の友達にも秘密のアイテムとか職業持ちさんが何人かいるし。取り敢えずは、また考えようよ」
本人的にも、あまり探られたくない腹なんだろうし。
わざわざ弾劾する必要もないさ。
彼女、正直すぎるし。
言葉に出ちゃうのも無意識だろうし。
無意味に優しい子を困らせたくはないからね。
「……ですね。また、別の時に考えます」
「それで良いさ。にしても、クオンちゃん。本当に強いんだね?」
「……あはは」
「強かったぞ。やっぱり、戦い―――ん?」
と、これはどうしたことだろう。
「二人共、どうしたんです?」
「んーー」
「メールだ」
今日もきょうとてよく鳴るメールだけど。
私とハクロちゃんだけに同時に来るって事は、告知でもなく共通の友人だよね。
察する所、ユウトたちが……。
「マリアだ」
「……ふむ」
どうやら、そうらしいね。
共通のメル友だし、事前に来ているって話は聞いていたけど。
……………。
……………。
どうやら、一つのお誘い。
イベント真っ盛りのこの森でライブをやって、更なる宣伝を図るという中々の計画を実行するらしい。
で、私とハクロちゃんにもそれを見て欲しいと。
「詰まる所。彼女の狙いは、イベントの集客力とアイドル的宣伝効果で荒稼ぎ……。感動しました、入団します……ってーーなる?」
「ルミ入るのか?」
「中々の計画だと思うよ」
入るかは別だけどね。
けど私、彼女の歌のファンなんだ。
人間とは、本能的に仲間を増やしたいと考えるもの。
こちらはひと段落ついてるし。
ならば、ここは一つ。
新しい友達にも、彼女のファンになってもらうのはどうだろう。
「ねぇ、クオンちゃん。一緒にライブ行かない?」
「……………へ?」
◇ ◇ ◇
「……ってなわけで、また負けちまいました」
「すんません、アールさん」
「「すんません」」
最後の一人がベッドの上へ現れ。
一縷の望みをかけてはいたが、やはりダメだったか……と。
リスポーン地点へ回帰してきた彼等は、待機していた男へと謝罪する。
「いえ、いえ。良いのですよ」
そして、その謝罪を一身に受けたNPC。
アールと呼ばれた金髪の男は、笑顔を崩す事もなく首を振る。
「戦における勝敗とは、最終的な勝利者になればよいだけです。それに、失うものがある者とない者では、価値は全く異なる物。我々からすれば、この場での勝利は重要ではありません」
言い回しがやや複雑ではあるが。
彼等PLからすれば、その言葉は僥倖と言えただろう。
「クエストの成否に拘わらず、報酬はお渡しする約束になっております。どうぞ、お受け取り下さい」
「……アル、大量獲得……!!」
「毎度ありです!」
手ずから受け取るは、山の金銭。
PL同士なら【叡智の窓】による一括の譲渡が可能だが、相手がNPCの場合は一度そのまま受け取る必要がある。
しかし、彼等は皆その労を厭わずニヤリと笑う。
至福の労働、と言うべきか。
金は幾らあっても困らない。
このゲームでは金銭「アル」が占める価値の比重は非常に大きいので、猶更だろう。
「「……………」」
だが、それでも。
何処か奥歯に物が挟まったような顔を隠せぬ彼等が、本当に求めていたのは。
「あ゛ぁ゛ーー。でんも、確かに惜しかったなぁ……」
「あの人がつんぇぇのは知ってたんよ。下調べもしたんよ。聞いた通り生真面目な本人の助言生かして再戦したんよ」
「言い訳のタワマンかよ」
「いや、もう一人バケモノ居るって聞いとらんやん。将軍レベルもう一人とか、ま? 人界どうなってんの? これで先の戦争負けたの? ―――というか術士組さん達?」
「「……………」」
「チミら何してたの?」
「……よく分かんにゃい」
「果物切ったら煙がもわーなって、なんか死んでた」
「遊んでない? ソレ」
盛り上がる会話。
だが、結局は誰の所為でもないと。
攻める空気もいつかは霧散し、彼等は悔しさを糧として次への考えを巡らす。
「―――最後に、一つ。なァ、アールさん。勝てば、将軍の持ってるユニークスキルを奪取できたんだろ?」
「えぇ、その通り」
「……はぁ」
「ま、そこら辺は次の楽しみにしておこうぜ。今日は、解散って事で」
「「おつーー」」
報酬の使い道を考えるもの、未だ引き摺るもの。
思い思いに考え、そして去っていく異訪者たちを見送り。
NPCの男は静かに息を吐く。
「―――奪取の条件は、一対一の戦闘で勝利を収める必要がある……と、ふふッ。彼らは良い戦力なのですが、ねぇ」
……………。
「いえ。何分、異訪者は統率に難がありますので」
命令はあまり聞こうとせず。
己の判断を信じる。
指揮系統などからは完全に外れた、理外の傭兵。
確かに、有事には活躍する事もあるが。
平時にやられては、たまらない。
言わば、何でもありの戦力。
それがNPCから見たPL……異訪者の評価。
それは、人界、魔族領域共通だろう。
PL、NPC……この世界の主役とは。
行き着く先はどのような景色か。
思考の挟む余地などなく、決められた台詞のままに。
システムに定められた存在である彼もまた、ゆっくりと影の中に溶けていく。
「では、私は皇都へ戻らせて頂きますよ。報告はこの伝令にお任せを」
『―――――』
「……えぇ。またお会いしましょう。四祖魔公様」
全ては、定められた物語の分岐に沿って進み続けている。




