第18幕:強大な筋肉ダルマ
「……―――変態です、射貫きます」
「「ちょ!?」」
ポージングを決める巨漢と、如何なる要因か動けない俺達。
奇妙な様相の森の中。
最初に動いたのは、冷めた顔の恵那だった。
「“一の矢――剛岩ノ槍”」
彼女の言葉通り、正確無比な矢が放たれる。
同時に二本か。
一度に複数の矢を番え、放つ。
無論、現実では非効率だろう。
満足な威力もなく、的にもロクに当たらないと聞く。
だが、ゲームならばできる。
……確かにオルトゥスは現実に限りなく近い物理法則をイメージしているが、同時に開発チーム曰く、「ゲームだから」で片付けられる空想の夢を楽しんでもらいたい、とかで。
弓はロマン武器。
補正込みでも扱いにくいが、その分練度の高いTPでも愛用する自由度の高さを誇る武器だ。
そして、剛岩ノ槍。
矢が槍の如き重さを纏った、相手の武器を弾く事に特化した攻撃スキルだが。
「―――成程!!」
寸分違わず男の顔に吸い込まれた先制の強撃。
相手の武器を弾く事に重きを置くゆえ、防がれる可能性すら織り込み済みの筈だったが。
刃と鏃が接触し、微かに揺れた大剣。
しかしそれきり。
往なされる一撃。
武器を握る男もまるで仰け反らず、後退せず……隙が無い。
「見事なりぃ! しかして、我が筋力補正の前には、そのような薄壁など恐るるに足らず。コレをもって、開戦と見た。まずはうぬらからよ!」
「うおっ!?」
「力こそ、ムゲンのパゥワァァーー」
冗談じゃないぞ、この筋肉ダルマ。
筋力偏重かと思えば。
遠距離戦闘の間合いから、文字通り一瞬で前衛の俺へ距離を詰めてきた巨体。
男は、スライスと言わんばかりに大剣を横へ薙ぎ。
「……ッ!」
「甘い! そのような回避などぉ―――」
前方へのスライディングで回避するも。
奴はハンマー投げが如く、横薙ぎの剣を一回転。
再び、背後から肉薄する鉄の塊。
返す刃へ対抗すべく剣を振るが、姿勢が姿勢だけに威力が足りず、増してや質量の差。
そのまま押し切られ。
背中へ面の一撃が炸裂、身体が進行方向へ思い切り吹き飛ぶ。
「―――ッ―――ッ……!!」
「優斗、ダイジョブか――肉離れ」
「……どんな野球だ。一気に八割減らされたぞ。死ななかっただけマシなのか? どんな威力だ? 筋力と敏捷どっちも特化とか無理だろ!?」
「無限に出てくるな。まぁ、流石にトッププレイヤーって事だよなぁ……?」
将太の隣に着地。
しつつ、戦慄を覚える。
大型獣並みの膂力もあり。
小型獣のような敏捷もあり。
人の形に詰め込んだ竜を相手にしているような……いや。
まさか、本当に?
「なぁ。最上位のギルドには、特異種族も沢山いるって聞くが。お前……人間か?」
「「……!」」
「―――ほう、分かるか。確かに、吾の種族は【竜人】というモノである。竜の膂力に人が敵う道理なしよ」
「竜人……おいおい」
「噂自体は聞いてたけど、へぇ……?」
「木の上から飛び降りて大丈夫だったのも、そういう事なの?」
考察の暇はないが。
何かしらの種族特徴はあるだろうな。
トップギルドの中には、【ユニーク】の職業と同様、転生の方法が不明な希少種族への進化を独占している者達も存在するという。
俺らも、竜人の存在は不確かな伝聞として知ってはいる。
とは言え、まさかこんな場所で会うとは思わないだろ……。
「増して、吾は竜と人の融合。まさに無敵なり!」
「いや、それは知らん」
だが、全員がそうなら早々に拡散されていた筈。
これまで公には隠しきっていたというなら、竜人とやらはコイツだけ、或いは極少数だろう。
外見も完全に人間種だしな。
こちらの話を聞かない割に、雄弁な野郎に対し。
俺たちの選択肢は、一つ。
端から、尻尾を巻くなんて選択は存在しない。
「ね、優斗。逃げるぞとか言わないよね?」
「それだけは無いですよね」
集ってきた仲間たちに疑問を投げかけられるが。
無論、だとも。
「まぁ、アレだ。戦闘中に聞いて悪かったが……元より、アンタが竜人とかは関係ない」
「……ぬ?」
「目の前にいるのは、サーバー二位の最上位ギルド団長。今回のイベントによるキルは通常時判定――と来れば」
航が恭しく腰を折り。
七海が獣のように笑い。
樹上へ跳んだ恵那が弓を引き絞り、将太が木の後ろへ隠れる。
「「ギルドポイントゥ―――ッッ!!」」
「団長殺し―――ボーナスうま、うま、だよな……!」
今の俺たちには、アレは宝の山にしか見えない。
よく喋る宝箱、鴨葱……或いは、財宝をため込む神話を持つ邪竜ファフニールって所か。
「……………」
今、一瞬素に戻ったか?
俺たちの反応が想定外だったか。
柄にもなく目を丸くした男は、僅かに困惑の表情を決め込むが。
「―――……よかろう。掛かって来るが良い」
また、すぐにどっしりと構える。
やり合ってくれるなら、こっちも問題はない。
先に戦闘の意思を見せたのは向こうだ。
「……何ですか?」
「いや、何でも」
先に攻撃したのはこっちだが。
「……まず俺が行く。航、頼んだ」
「オーケー。じゃあ、いつも通りの配置で行こうか。全回復したの?」
「問題ない」
俺が最前線にいる間は航が他のメンバーを指揮し、航の戦闘中は俺が指揮する。
頭脳を二分した集団戦スタイルが俺たちの定石。
「―――――“迅雷一閃”―――“骨刀斬”」
速攻で発動する技と、愛剣【骨董斬鬼】による武器由来の固有技。
複数の攻撃スキルを同時に使用して距離を詰める。
「よい動きだが、重さが足りておらん!」
「一緒にすんな、火力特化」
一撃、二撃、三撃……。
真正面から、大剣の技を避けつつ攻撃するが。
打ち合う程に筋力負けしている俺が押し込まれ、徐々に体力が減少していくのを感じる。
スキル使ってまでこれか。
いや、筋力だけじゃない。
紛れもなく、この男はプレイヤースキルも怪物だ。
「練達のPLほど、相手の挙動を見る、目の動きを見る。……同じように、相手は目の動きを誤魔化す」
「……………ぬ?」
「なあ。TP的には、裏の裏ってどう思う?」
だが、問題は無し。
敢えて初心者のように、目線を次に攻撃する箇所へ向けて。
攻撃を大振りにして目で追いやすくし。
そうする事で、俺の動きを記憶させ続けた。
俺の挙動を常に観察するように、上半身の動きを追うように誘導し続けた。
全ては、一瞬の差し込みの為。
「斬れ、ナナミン」
「おうさッ “真・神経締め”!!」
「……………な―――ぬうッ!?」
小柄な少女の体躯。
低く……低く、四つん這いに限りなく近い程の前傾姿勢。
その上、相手は俺の上半身ばかり見たがる変態。
俺の背の後ろに隠れた彼女は死角も死角だ。
ルミねぇに言わせれば、ミスディレクション。
何もない筈の場所から現れた暗殺者が、革鎧の継ぎ目を鋭く切り裂き。
スキルの効果である麻痺が、敵の身体を拘束……。
「―――――面白いぞッッッッ! 見事な一撃だ!」
いや、これは……?
出来てない……のか!?
「反射されたぁ!! 麻痺攻撃効かない装備かなぁ!?」
七海の言葉が早いか。
確かに麻痺が入ってないらしく。
一瞬で武器を振り上げた奴は、正面に居る存在……俺目掛けて大質量を振り下ろす。
いや、当たったら即死だ。
大剣士はコレだから厄介だな―――ッと。
「これも、避けるか? その上、吾がまともに一撃受けるとは……。さても、さても……やはり、うぬら、やりおるな。ならば―――吾も見せよう、我が異能の真骨頂を――」
「航! 狩人!」
「オーケー、“二ノ白打”」
戦闘中に瞳を閉じて頷いている敵。
いろいろ言ってるが、待ってやる必要などなく。
奴が何かする前に。
無防備な姿へ同時に距離を詰めた俺と航が前後から攻撃を繰り出し。
狩人……恵那が密かに動く。
「ふむ。前、後ろ……か?」
「……ッ!!」
「―――かたッッ!?」
「そして、弓。飛来せし矢―――と……否。二度目は無いぞ、暗殺者」
「うそぉっ!?」
相も変わらず、瞳を閉じたまま。
大剣が一回転、航の拳打が弾かれ、俺も後退による回避を余儀なくされ。
その間、恵那の放った矢が弾かれる。
指令がなくとも動いていた七海の一撃も、身体の回転により往なし。
奴は大きく跳躍、包囲から抜け出る。
まるで全方位見えているようなふざけた動きだが……否、まだだ。
「出番来るとはなぁ―――“獄・炎天下”!!」
大きく跳躍した奴の着地予想点へ、将太が特大の魔法を放つ。
コレで、詰み……の―――
「吾にはこういう手法も、ある」
突如、中空の男が自らの得物を真下へと投げる―――大剣が大地へと突き立ち……。
柄へと片足で着地、その場で大きく跳躍。
一拍遅れて、魔法による大爆裂。
爆発はその間に突き立った足場……大剣のみを覆い。
衝撃がこちらの頬を撫で。
再び宙へ跳んでいた男は悠々と爆心地へと着地し、己が武器を回収する。
手傷はあっても、満身創痍には程遠く。
……………。
……………。
「正直言わせてもらって、バケモノ過ぎるな。今ので仕留めきれないとなると―――どうする?」
「……ははは」
「まだまだよ、好敵手。吾が力を、異能を―――存分に堪能するがいいぞ!」
元より怪物だったが、今はそれ以上。
……変化したのは、あの時だ。
俺と航が同時に攻撃した時――奴が瞳を閉じた途端、動きが変わった。
というか、今もずっと目を閉じてんだぞ?
「加減ってわけでもないよな。ピット器官でもあるのか……?」
「それ、熱感知ってやつ?」
「見えてないところまで完全に認識してやがるからな。竜も蛇も同じ、案外可能性は高い」
人間の視野で追いきれない死角からの攻撃すら対応して来るともなれば、有利は手数だけ。
仕切り直し、といった所だが。
双方が睨み合う中……否。
目を閉じている男を俺達が睨み付ける中。
―――近付いてくる、複数の足音……これは。
……………。
……………。
「やぁやぁ、ロランド。随分派手にドンパチやってんなぁ?」
「――カールか」
……どうやら、敵さんの仲間だな。
で、こちらもそれを認識した仲間とアイコンタクトを取るが、当然「マズい」という結論。
たった一人に全員で掛かってコレだ。
一人一人が超の付く精鋭であろう集団と戦えば、全滅は必至。
「カールよ。あれなるは、光の落とし子【精霊】……紛い物でなし、純然たる天の欠片ぞ」
「……ん?」
奴らの視線が、やはりこちらへ向く。
正確には、俺たち……の後ろでコソコソしている将太……の周辺を飛び回るまん丸へ向く。
「―――ほぉ、ほぉ? マジだわ。半ばまで諦めてたが、まさかそんな事になってるとはな。ナイスだ、ロランド。野郎ども、加勢すんぞ」
「「おおぉぉぉ!」」
「モドキじゃない本物だぁ!」
「俺たちのギルドにも念願のふわふわ精霊様をお迎えだぜェ!」
……………。
……………。
「―――なぁ、将太」
「……あ?」
「もう、そろそろキレて良いぞ、お前」
「……良いの?」
「良いの。―――今日一デカいのをくれてやれ」
簡単な会話を終え。
後衛である将太が前へと進み出て行く。
さて、どうなるか。
「おっし。仕切り直しだ、五人組さん。見たところ、今迄多対一でやってたんだから、卑怯とは言わんよな?」
「―――あの……」
「まぁ、不幸にもコイツの相手だ。元が何人組だったかは知らんが……」
「いや、ちょい待って欲しいんだけど。なぁ、アンタ等?」
「有り金全部置いてって貰うからな」
「……ねぇ。秒だけ聞いて?」
「悪いが、全員で掛かる。逃げたいのなら逃げてくれ。勿論何処までも追い縋ってやる。さぁ、狩りの始まり―――」
「「おおおおぉぉぉぉぉぉ!!」」
「―――だぁーーかぁーーらッ! 違うってぇぇ―――のッッ!!」
「「おぉぉぉぉ……お……?」」
奴らの勝鬨が止まる。
今にも襲い掛かる寸前、律儀にも急停止した男共は一斉に首を傾げる。
「「お?」」
「違うってぇ―――何が?」
「この精霊さん」
「元々、ウチの子なんで」
「大迷宮産の天然精霊さん百パーセント。一緒に冒険してきた正真正銘のナカーマ。テイム済み、アユオケ?」
「………ナカーマ?」
「「イエス、ナカーマ」」
「……………待ってくれ、状況を整理する」
どうやら、カールと呼ばれた男は話の分かる人だったようで。
円陣が組まれる。
ヒソヒソと会話が始まる……が。
「――確か、精霊……テイムモンスターってよ?」
「譲渡無理だな」
「キル?」
「ノードロップ」
「精霊捕獲で有名になったオルトゥス配信者のやってみた動画」
「逃がしてみた、配信停止」
「後悔先に立たず」
「現在失踪中」
声がデカいやつばかりなのか、漏れなく全部聞こえていて。
やがて話が一段落したのか、屈強な男たちはこちらへ向き直る。
「あー……つまり? アンタ達はただ冷やかしでイベント参加に来ただけで。うちの大将が、聞く耳も了見もなく突貫しちまったって事か?」
冷やかしではないが。
まあ、大筋は間違ってはいないので肯定を返す。
「そ。まるで聞く耳持たない木偶の坊だ」
「……む?」
「いや、「む」じゃねえよ」
「いえいえー。私達も一応、冷やかしじゃなくてもっとお仲間にしたいなーって感じだったんですよぉ? なーのに、その人がいきなり襲ってきてぇ……」
「野蛮人は嫌いです。筋肉モリモリの巨漢ならもっと嫌いです」
こういう時に最も効果的なのが女性の言葉。
己の言葉が武器と理解している七海と恵那の精神攻撃。
それは、中々に効いたようで。
彼等の中では、団長こそが悪、邪竜という結論で確定したようだ。
「その――なんだ……。済まねェな、アンタら。見ての通り、コイツは話の通じない手合いなんだよ」
「でしょうねェーー!」
「……あーーやっぱり怒ってる?」
「うん」
「仲間キルされた?」
「されてない。被害なしだったから届け出は出さないんで、はよ帰って?」
「「……………」」
「はい、すみません。―――解散だ、解散。また別行動で野良探しに行くぞ」
謝罪もそこそこ。
さっきの勢いが反転したか、気まずそうに眼を背け去っていく彼等。
精霊がどうこうなど気にせず、ギルドポイント目当てに掛かってくる可能性もあったが。
弱小など取るに足らんという事だろうかと。
「―――おう、そうだ」
そう納得した俺たちだったが。
まだ何かあるのか?
この流れのまま、気が変わらんうちに帰って欲しいんだが。
「―――詫びついでに、リーダーの坊や。名前聞いて良いか? ギルドの」
「「……………」」
航たちの「どうしようか」という視線を受ける。
だが、別に問題は……。
………悪用は出来ない。
出来る筈などない。
しかし、妙な得体の知れなさを感じるな。
あの、まるで考えが読めない瞳は。
◇
「ロランド。マジで、頼むぜ?」
「すまんな」
「十、零で自分達が悪いヤツでしょう、あの状況。悪党にも仁義はあるんですよ?」
全くもってその通り。
本当に楽じゃないな、これがウチの旗印だと。
今回のイベントも、そうだった。
態々【薄明領域】の攻略を中止してやってきたゆえ、本来ならもっと成果を上げるべき筈だったのだが。
どうにも上手く行かず。
勿論、その理由は。
ギルドの最強戦力が、忽然と姿を消していたからで。
「でも、本当に見逃してよかったのか?」
「弱小でも、潰せば良かったのにな? PK推奨だぞ、このゲーム」
「まあ、そこは……」
「カールさんにも考えがあるんだろ?」
「……あぁ、無論。なんせ、アイツ等全員生きてたってんだからな。悪感情で覚えられるより、こっちのが断然良いだろ?」
「「……………?」」
「どういう事です?」
「―――分かんないなら、良いわ」
屈指のゲーマーたる俺達の誰もが「最強」と認めるロランドの実力は伊達じゃない。
如何に5対1だからとは言え。
誰一人討ち取れず。
挙句、普段は使わない奥の手、空間識さえ自分から使いたがる奴らとか……。
「楽しかったか? 親友」
「うむ、非常に」
「……なら、良いか」
「ロランドさんが気に入る連中、と。……今更ですが、勧誘しておけば良かったっすかね?」
「だから、そのためにいつでもスカウト出来るように名前を控えたんだろうが。あんなセンスある連中、取らぬは損だ」
「しかも、精霊持ち」
「そういう事。ここは素直に退いて恩を売りつつ、今のうちに唾付けとこうってな。頭の回りそうな坊やも居た、向こうも理解してるだろ」
「成程? ……汚ねェな、色々」
「つばとか、カールさんじちょうって知らねえのか?」
「……ボケしかいねぇのか? ウチは」
……………。
……………。
「―――ま。まだ、その時じゃないさ」
だが、その名前。
また聞く事になった折こそ、勧誘の時。
確と覚えておこうじゃないか。
このバカ共の代わりに、参謀の役割を持った、俺がな。




