第17幕:濃い濃いロール
「どうです? そこそこ良いポイントを獲得出来たんじゃないですか?」
「……6862rp……うん」
「あと少しで七千か」
「6862ロートスポイント……。果実の個数に換算して約七十と八個分である……と」
そもそも点数にならない実が存在するのも厳しいが。
やはり個体によってポイントに誤差があるな。
収穫の割合的には、まだ青く未成熟な緑果実が最も多く42個、半熟の黄色が29個。
完熟の赤が七個と。
真っ赤な果実は、割合的にも極僅か。
その上高高度ばかりに存在していて取るのが難しく、落ちている果実は形が変形していたり噛み跡が付いている物ばかりで、価値が下がると。
二時間近く粘ったが。
完璧な形の赤ロートスはたった二個だけだ。
「アルにも換算できないかなぁ」
「金策してぇよなぁ、俺もなぁーー。ノルドさんの店で売って貰って利益割合で貰うってどうだ?」
「もう農園主だね、ソレ」
気分は完全に果樹園での果物狩りと言ったところだろう。
実際、これがかなり楽しく。
食っても旨いロートスの採取。
モチベーション維持として誰が最もポイントの高い果実を採れるかで競争しているが、現在一位はリスクの高い木登りから生還した恵那だ。
流石に得意技だけある。
「―――そちらさんは、調子どうです?」
と、やや離れた低木に登っていたPL達がおりてくる。
和平交渉をしていた人たちだな。
「こっちは、ぼちぼちですね。七十個くらいです」
「ほーぅ。良い感じっすね」
「んじゃ、そろそろ少なくなってきてんで、あっしらんそろそろ移動しようと思いんす。平和的な採取、ありがとござんした」
大精霊祭初期は色々あったが。
現在の俺たちは奪い合いに発展しないニコニコ穏やか作戦を実行中。
相手を刺激しないように行動しているうちに、こうして平和なひと時を享受できたわけだ。
去っていくPL達を見送る中。
会話中は口をへの字に曲げていた七海が呟く。
「平和的―――平和的ねぇ……?」
「何か文句あるか。初期の悪行を知ってる奴は、一人も生きちゃあいないんだ。森は広い、戻ってきてもやり返すのは難しいだろ」
「優斗サイテー」
何とでも言うと良い。
もし吹き飛ばした連中がまた戻ってきても、同様にカモにしてやるだけだ。
やりようは幾らでもある。
「んじゃ、再開するか」
「何時くらいまでやる? 優斗」
「今が……十五時か。今日は予定あるメンバーが居ないからゆっくり出来てるが、次もこうはいかないからな。行けるところまで……」
「十八時までやっちゃいますか?」
「私はそれで問題ないけど?」
「……採取に飽きるかどうかの問題だな。今はマシだが、いずれ少なくなった狩場の奪い合いも増えるかもしれない。んで、将太―――将太?」
友人の意見を聞こうと周囲を見渡すが。
どうやら、すぐ近くにはおらず。
神隠しか?
フラフラ何処か行くヤツでもないんだが……。
「オイ、皆!! ちょっとこっち来てくれ―――ッ!!」
野郎の良く通る声が響く。
森の中に出していたせいで、何度も誤解を受け。
送還していた筈だが。
いつの間に、また召喚したやら。
枯れ葉が積み重なる地面すれすれを浮遊する橙色の球体を覗きながら座り込んでいる将太。
「ショウ君、どうかしましたか?」
「アトミックが―――俺の集めたロートス喰いやがった……!」
「「え」」
……………。
……………。
『すげぇぇぇ―――マジッ? 精霊マジ!? ナカーマ! ―――ママぁぁ! この子飼っても良いか!?』
『誰がママだ、誰が。ちゃんと世話するって約束できるのか?』
『するぅ!』
『……まさか、初めて見る精霊が仲間になるなんて思わなかったなぁ。運良すぎない?』
『わぁ――こっち来た。ねぇ、触れる? 噛まない? この子』
『口ねーじゃん!』
『そもそも顔がないですね。……ちょっと温かいです』
『よぉぉぉし―――お前は、アトミック!! 俺の燃える意思だ!!』
『『爆発しそう』』
……………。
……………。
「いや待て、お前ェェ! どっから食いやがった!? 歯は? 口は? 怖いわ! というか何で今迄黙ってた! 食えるなら食えるって言え!」
無論、返答はなく。
低空飛行を続けるほわほわ。
「……だから。口無いんだって」
「喋れるわけないよね」
「いやだって―――食ってる!!」
精霊、本当に食事するのか?
あと、自分の使い魔に一人で勝手にキレんな。
絵面がシュールすぎるぞ。
「ねぇ、確かに木の実噛み跡付いてるけどさ。もしかして、今迄木の実に付いてた虫食いってコこれじゃない? この子噛まない?」
「懐かしい台詞ですね、ソレ」
「いつぶりだ、その問答。初めてプレゲトンに行った時以来だよな。……精霊の食事か」
改めて、視線を足元のふよふよへ落とすが。
仲間達が騒ぐ中、本人……本精霊は議題になっている事すら認識しているか怪しい所で。
フラフラと飛んでいく球体。
その方向は一定で。
何らかの考えがあるようにも見える。
「……ご主人置いて行っちゃいました。お詫びに沢山実っている方向でも教えてくれてるんですかね」
「え? ここに来て穀潰し有能か?」
「じゃあこっちの穀潰しいらないね」
「ペットの方が有能とか、飼い主お払い箱じゃん」
「将太いらないね」
「またこの流れか! テツん時にやっただろ!?」
「―――取り敢えず、向かってみるか」
……………。
……………。
「―――――おーやーー? また分身ですかぁ? リンちゃん」
アトミックの向かった先には、確かに今迄より明らかに多くの果実がなっていたが。
それに加えて、球体が一つとPLが一人。
薄緑色の髪を持つエルフ。
そして、球体。
偽物でもなんでもなく……緑色……アトミックとは別個体の精霊だ。
「緑―――精霊……?」
「そちらはぁ、橙精霊さんですかねーー? いえー、語呂が悪いのでオレンジ精霊さんにしましょう。わたし、ドルイドさんです。よろしくですぅーー」
「いや、それ普通に語呂悪……あ、ども。ギルド【一刃の風】のショウです。コイツは相棒のアトミック」
それは、犬の散歩中が如き様相で。
ふわふわを従えて挨拶するテイマーが二人。
ドルイド……木属性術士の俗称だな。
魔法の基本属性には上位の派生があり。
将太が普段使っている火属性の上位派生【炎属性】を始め、水の上位【氷属性】、地の上位【闇属性】、風の上位【雷属性】などがあるが。
木属性などは特殊派生。
同時に複数の属性を伸ばした先の景色で。
地と水の複合である【木属性】、水と火の【霧属性】、火と風の【嵐属性】、風と地の【無属性】の四種だな。
後は特殊な光属性と。
……月とか陽、星なんて幻の属性が存在するとも聞くが。
そちらは見た事も無い。
「……その精霊、テイム済っスよね。何処で会ったんです?」
「この森ですよーー? リンちゃん以外にも、森には同じ緑色の子とか、赤色の子とか、今日も水色の子とか? 沢山います。遂さっきまで色々な人に追いかけられてたので、ちょっと大変だったんですーー」
「わぁ、カラフル……ま?」
「えぇ……?」
「精霊に気に入られすぎだろ、もう大精霊だろ」
浮かぶアトミックをツンツンと突きながらマイペースな口調で呟く女性。
だが、発言内容が理外過ぎる。
野良精霊とは、超レアの存在。
そう何種類も目撃できる物では断じてない筈だ。
「分かりませんね、何故なんですかね、どうしてなんですかね、どうすれば良いんでしょーね? 追いかけられるのは嫌でーーす」
「……あーー、なんつうんすかね。俺もさっき出してて他の人たちに誤解されたんで」
「一端ステータス画面から」
「選択して召喚解除しては?」
「―――お? おぉ……かいじょ……!」
「そうですか、そんな手がありましたかーー」
「「……………」」
本当に今迄思い至らなかったのか。
簡単な説明を聞いて、いそいそと自身のステータスパネルを操作し始める女性だが。
……本当にやり方を知らないようで。
すぐ指を止めて首を傾げた彼女へ、将太が教導に掛かる。
「―――あ、画面共有できます?」
「こうです?」
「そうです。んで、ここのボタンです」
「これを?」
「そっちポチポチ、こっちポチポチ。召喚する時も同じでーーす」
「……なるほどーー。教えていただいてありがとうございます、ショウさん、お仲間さん達も」
「でわーー、機会があればまたお会いしましょーー」
ではがでわに聞こえる位に眠くなるような声のまま。
トン、トンと地を蹴る女性。
跳躍、それだけでどんどん姿が小さくなり。
彼女は森の深みへ消えていく。
……本気ではない筈だが―――滅茶苦茶【敏捷】高そうだな、あの人。
「……また、印象に残るキャラ付けだな」
「でも、ああいう人が精霊に好かれるのは解釈一致ですね。如何にも自然に優しそうな人です。エルフですし」
「雰囲気あったよね、エルフだし」
「それに比べて、ウチの神社娘は何でなんやろねぇ?」
「腹が黒いからだろ」
NPCやテイム可能エネミーから好かれる――即ち好感度。
ステータス画面から確認できる事項として。
NPCからの好感度数値なんてモノがあって。
普段からノルドさんと親しくしているルミねぇなんかは、明らかに高そうだが。
これが、恐らくそうでもなく。
好感度は個人個人ではなく、都市ごとに設定されている物で、所謂「評判」みたいなもの。
一人二人から好かれていても意味はない。
そもそも、このゲームで最も人口が多いのは戦闘中心のPLゆえ。
気にしている者なんて殆どおらず。
そもそも簡単に上がるもんじゃない。
NPCからの依頼を受けて、コツコツ上げたりするもんだしな。
それがエネミーに関係があるかは怪しいもので。
効果があるというネットの話も眉唾だ。
「……色んな人の好感度が高いとか。あのドルイドさんはそういう手合いなのかね」
「あり得るな。だから精霊からも……」
「食うなっつってんだろうがぁ!! 実のポイントが下がるゥゥ!!」
逆に、こっちはどうして精霊に懐かれたんだ?
いそいそと周囲のロートスを拾っている将太。
手に乗ったロートスへ即座に留まる精霊。
……マジで食ってるみたいだが。
多分、主が手に持っている食べ物は食べて良いと認識してるのだろう。
何度目かの怒声に最早気にする事もなく。
各々採取に戻り始める仲間達。
俺も、そろそろ始めるかと一人と一匹から視線を外そうとした。
―――まさに、その刹那だった。
視界の端に映った不自然な黒。
巨大な樹木とも異なる不自然な黒点――木の実とも異なる何かが墜ちて来ているような影ができて。
将太の丁度真上目掛けて、何かが……ん―――?
こんな状況、前にも。
……………。
……………。
考えてる場合じゃないな、コレ。
「―――将太、高速移動だ!」
「へ? ……は―――!?」
タックルをかまして野郎の位置をずらす。
それと同時に揺れる大地。
「「……………ッ!!」」
それは、嘗て何処かで体験したような衝撃。
俺たちの目の前に。
遥か上空……恐らく樹上から何かが落下してきた流星。
―――それは、やはり人のカタチをとっていた。
「……おい。無事か、姫様」
「――トゥンク。……ダメっすよ、優斗さん。いきなりお姫様抱っことか、乙女になっちゃう」
衝撃を軽減するままに抱えていた紙装甲術士へ声を掛けるが。
一瞬でそれを後悔する事になる。
助けなきゃ良かったな。
「ねぇ……これ、もしかしてデジャブった?」
「凄く、既視感がありますよね」
「……ん? どゆこと?」
「ホラ、前のクロニクル戦争で将太がキルされたとき」
「……ぁ」
降って来た敵将個体の暗黒騎士に吹き飛ばされた時のことだ。
あの時はまるで見せ場なかったもんな。
一気に顔が無表情へ変わっていく将太だが。
それに合わせるように。
あの時を彷彿とさせるような、重厚な声が耳を撫でる。
「……吾は、【古龍戦団】団長ロランドなり。其方等は、PLで相違ないな」
……………。
……………。
また、随分と濃いやつが来たな。
「……なぁ、恵那。ひょっとして、俺達に疫病神でも憑いてるんじゃないか?」
「……只の厄日です。橙色です」
「……厄日だよね」
「……うん、厄日よう」
「「がーみ~~」」
「オレの顔見ながら言うんじゃねえよ!! 多分俺の所為だけどさぁ! メッッチャ目線貰ってるけどさぁ!?」
言葉を交わしながらも、只ならぬ雰囲気に陣形を整え。
現れた男と相対する俺たちだが。
サーバーギルドランク二位【古龍戦団】
PL最強の一角―――その団長を名乗った男は、絶えず動き回る焦点の合わない目を、ようやく合わせ。
ただ一点を見つめる目を細め。
低く、ひくく呟く。
「……その光球。我々が探し求めるテイムモンスターの精霊と見受ける」
「うーん、想像通りに凄く嫌な予感―――あ、いや」
「えぇ、と。この子はですね?」
「―――みなまで言うな。分かっている」
そうか。
分かってくれるなら……。
―――ズン!! ……と。
奴の持っていた巨大な剣が大地へ突き立てられ、腕を組んで頷く姿に思考が逸れ。
慌てて意識を戻すが。
「渡すつもりは毛頭ない、力づくで奪え……。そう言いたいのであろう?」
違う、そうじゃない。
両の手が空いた筋肉質の巨漢は、仁王立ちのポージングを決めながら言葉を締め。
続いて、二頭筋を主張する。
更には俺達に背を向け、背筋アピールが始まる。
「―――ムンッッ。さぁ、存分に語らうとしようか。無論、それぞれが武器、鍛え上げた肉体。それら全てをもって、語らうとしようぞ」
「……ええ、と。一から説明しますと……」
「来るが良い。名も知らぬPL達よ」
「―――ねぇ、聞いて? というか聞け」
「……なぁ、俺たちさぁ」
「一体、何を見せられているのでしょうね」
「ツッコミ待ち?」
「完全にコントになってんじゃん。てか全然話聞いてくんないじゃん」
全く俺の話を聞かないTP野郎に対し、困惑を露わにする仲間たち。
俺自身も、言いたい事は多々ある。
どっから落ちてきたとか。
何で、あの衝撃で無傷なんだとか。
そもそもこの精霊は、既に将太のテイムしている相棒だとか。
まぁ、それより。
―――――ロールプレイ濃すぎんだろ、コイツ。




