第15幕:始まる大精霊祭
「苦節数日うぅ……。待って、待って、まって……―――ようやくって感じだねぇ! 大精霊祭!」
「短すぎだろ」
「登校日だって挟んだんだもん! もーーイヤだ!」
「凄くすごいストレスたまりました。宿題なんてやってられません」
学校に居る時と遊んでいる時では性格が変わる。
或いは、仕事やバイトの時とはまるで違う……というのは、この二人にこそ適応されるべき言葉だろう。
女子グループにおける中心の所以たる人当たりの良さは霧散。
この上ない我が儘な性格への変貌。
語彙力の著しい低下。
精神の退化、幼稚化。
諸々の症状に、近しいクラスメイト男児二人は見て見ぬふりを敢行しているが。
俺にとっては昔からよく見た光景だ。
「なーー、優斗。作戦なんだけどよ? 今からでも看板書いてヒッチハイクするとかどうだ? ウェルカムって」
「……止まる人いる? ソレ。というか、他パーティーと協力しようって提案だよね?」
その話は却下した筈だったんだがな。
一応勝負事で、ギルドポイントも平時通り加算されるんだぞ。
エンジョイ勢もいるだろうが。
それ以上に、TPも目立つし。
当初考えていた、知ったパーティーとのチーミングは難しいだろう。
何より、そもそも手を組むのは好かない。
裏切られた回数など知れず、だ。
しかも、こと今回に至っては―――
「全裸でやってりゃ、馬車一台くらい止まってくれんじゃねえか?」
「それ、パトカーじゃないかな、多分」
……バカの将太は放っておいて。
俺は、辺りを見渡し。
油断なく視線を彷徨わせる仲間へと耳打ちする。
「恵那。向こうの方にいる連中って」
「GR2位―――【古龍戦団】です。個としての強さでは、【円卓の盃】に引けを取らないと言われている、最強ギルドの一角ですね」
「―――エナリアさん? 今GR2位って言った?」
「……おいおい。マジか」
「……案外、来るんだねぇ」
そう、今回のイベントにはヤバい連中も来ていた。
攻略優先の最上位レベルは、こういうサブイベントにはあまり来ないのが常なのだが……。
やはり最前線に劣らぬ秘匿領域。
TPの多くが流入しているらしく。
気付いた恵那は暗記科目が得意分野ゆえ、その辺りは流石だろう。
「―――さぁ、役に立ちました。夏休み課題の数学ノート写させてください、優斗」
「はぇぇよ。もっと頑張れ」
……まぁ。
暗記科目以外は壊滅的ともいうが。
どういう原理だろうな。
ぞろぞろとPLが集まって来るは、妖精都市の外部に存在する【世迷いの森】
都市外部に必ず一つは存在するとされている固有ダンジョンの一つで、外周部から深部までが存在する妖精種にとってのチュートリアルダンジョンだな。
数十メートルレベルの樹木が群生し。
常に夕暮れの秘匿領域に在って、奥地が伺えない程の暗さ。
野生の香りに混じって匂うのは……熟した果実の芳香か。
まさしく大自然。
現代日本からほぼ消えたような広大な世界だな。
「―――お待たせいたしました、異訪者の皆様」
クエストの目標地点に集められた俺達。
今か今かと開始のアナウンスを待ち受ける者達へ、樹上から拡声器を通したような声が響き。
するすると降りてくる人影。
今だ樹上……太い枝木の上に着地した存在を遠目に見れば、妖精種。
髪も瞳も緑ずくめのエルフがそこには居た。
「ではッ! 今年の大精霊祭を開催すると致しましょう。進行はわたくし、妖精議会の一員――リシリュー・カルクニオが務めせていただきます」
「「……………」」
「―――良いですね、狩人の瞳だ」
見下ろす妖精種。
その翠玉の様な瞳が細められ、集まった者たちをぐるりと見渡した男は。
咳払いと共に言葉を続け。
「コホン。えーまず、この祭りの起源からですがーー―――」
「野郎は引っ込めぇぇ」
「はよ始めろーー」
「校長先生かお前はーー」
飛ぶ飛ぶ、ヤジが飛ぶ。
この位は聞いてやれと思わなくもないが、確かに早くクエスト内容も聞きたいな。
司会は気にせず定型文の様な言葉を続け。
それを聞き流すPL達。
「わぁ、成程……。今度もう一回トゥリスアウルムに行って……」
興味深そうに聞き入っているのは、俺たちの中では航くらいだろうか。
議会がどうとか。
供物がどうとか。
右へ左へ流れていく単語の列。
ここら辺は、大精霊祭の情報を見た時に聞いたようなものが多いな。
「―――という事で。我らが信仰する精霊様は、悪しき心の持ち主には靡きませぬので、皆様清い心をお忘れなきように……――おや?」
そんな中、一つの単語に初めて話へ興味を持つ俺だが。
今まで淡々と言紡いでいた男の視線があちらへ向き、此方へも向き。
「ほう……ほぉ……?」
その目線を手繰れば。
「―――なぁ、皆。今の視線って……やっぱり」
「……将太、お前だな」
「だよなぁ。野郎と運命感じたくねえよ。やっぱ、アトミックの所為か?」
「それ以外ないよねぇ」
今回のクエストによる報酬はいまだ不明だが。
やはり、考察として最も挙げられていたのが超激レアテイムモンスターたる「精霊」だろう。
参加者全員配布はまずないだろうが。
何の因果か。
それを既に仲間にしているのは、やはり珍しく。
今迄も、仲間の一人が視線を集めたりもしたが。
「あなた方の中には、精霊様を既に―――成程。彼等は世界中におりますゆえ、そういう事もございますか」
妬みなどとは、また別の手合いに感じる視線。
何を考えているか分からない、何処かで良く見たような顔だな。
……その後、幾つかの説明があり。
俺達は概略を理解する事になった。
大精霊祭……そのルールは至って単純だ。
【妖精都市】に隣接するこの場所。
固有名、【世迷いの森】
不思議な現象が絶えず発生し、特異な魔物が生息するこの森を自由に探索し。
樹上、或いは熟して落下している「果実」をより多く手に入れる。
基準は不明だが、新鮮である程、形や艶が良い程高得点らしく。これはスキルや職業関係なく、木登りが得意なヤツが重要になって来るな。
チュートリアルダンジョンゆえ。
森林外周の領域難度はEだが。
やはり、奥へ進むほどに敵は強力になっていく仕組み。
当然、果実も深奥程豊富な為。
高得点を狙うのならやはり奥地だろう。
「祭りにおける禁則事項は特にございません。世迷いの中、貴方達は自由にこの祭りを楽しまれると良いでしょう。以上を持ちまして祭事運営からの説明は以上となります」
「では、皆様―――大精霊祭開幕です、奥へお進みを……!」
「「おおおおおぉぉぉぉぉぉぉ―――――ッッッ」」
男の言葉が合図だったか、彼の言葉に反して一斉に鳴り響くメール。
クエストに関する告知かと。
すぐに視線を落とすが。
周りから聞こえる怒声に違和感を覚え。
顔を上げれば、目先で起こる乱闘。
いや、そもそも。他のPL達は我先にと押し合いながら森中へと歩を進めており。
メールを見る動作を取ったのは……俺たちだけ?
……………。
……………。
『アナウンスだと思った? 残念、私さ。焦らず、ゆっくり収穫頑張って。押し合いは危ないからね』
……………。
……………。
「………ははっ」
どうやら、送られてきたのは只のフレンドメール。
何というべきか、なぁ。
あの人は、本当に……。
「―――じゃなくて。送信速過ぎないか?」
「何という迷惑メール」
「一斉に来たよね。タイムラグは? むしろどうやったらそんな発想になるの?」
「――どうする? 優斗」
「上手くルミ姉さんの意思を汲み取ってください。私はもう考えました」
簡単に分かるさ。
こんな時こそ焦らず、冷静に俯瞰して見ろ。
そういうメッセージだろう?
「―――よし。取り敢えず、歩いてくか」
◇
「うま、うま、うまー。この実メッチャ旨いじゃん。幾らでも入るな」
「ねぇーー」
「そうですねー」
「食べ過ぎるとバッドステータス貰うから。程々にね?」
俊敏に下方修正だな。
要はデブるって事だ。
ゆっくりと歩きながら、時折樹上から降ってくる果実を回収。
いつの間にやらそこそこ深く踏み入って来たが。
木の実――ロートスの果実は、緑から黄、赤色と熟していく掌大の果物らしく。
より赤い方が点数が高いが。
一個一個を取り合う程少なくもないらしい。
だから、勝負の必要があるならば。
より群生する場所の取り合いで。
味自体も、南国果物の様な濃厚な甘さがありつつ、水分が多いと。
確かに、これは止まらない旨さだな。
「優斗も、食べすぎだよ」
「……止まらないんだ。俺に収穫させない方が良い」
「何その中二病みたいな……やっぱり、木には登らない方針で行くの?」
「そうですね。優斗を実験台にして確認した通り、余り皆で登り過ぎるのも危ないかと」
「実験台言うな」
木登りが得意なのは俺と航と恵那の三人。
その三人で登れば良いと思うかもしれないが。
高い物だと数十メートルは下らない高さ故、時間が掛かり。
試しに木に登っていると、やって来た他PLの魔法で一網打尽にされるという事が早々に発覚し。
しかし、登った方が果実が回収しやすく高得点が期待できると。
良く出来た仕組みだ。
幹の太さに反して。
案外、木を蹴っても少量は落ちてくるらしいし。
魔法で木を攻撃して、落ちてくる果実を回収しようとしている人たちもいるようだ。
この辺の収穫の仕方は万別だな。
より深部を目指してスタスタと固まって歩きつつ、果実を探して辺りをぐるりと一瞥する俺たちだが。
そんな中でも。
何気ない仕草で他PLを伺う樹上の連中は多く。
『いまいまいま……。今ならイケる……!』
『下のあいつ等は?』
『大丈夫、特にこっちに関心ないみたいだし、多分平和主義……』
樹上で果実を回収していたPLたちの会話は。
恐らく、そんな感じだろう。
俺がルミねぇに教わったのは、【読唇術】などの技だが。
実の所、そう簡単な技術では決してなく。
充分に訓練を積んだ者でも正答率が五十を超えることはほぼない。
それが長く複数の会話なら猶更で。
出来るのなどは、あの人くらいだ。
で―――結構上の方に全員で行ってる人たちも居るんだな。
もし攻撃を避けれても。
飛び降りたら普通に死にそうで……ふむ。
………ざわ……ざわ……。
「恵那、将太。あそこの連中狙い目だ。――よく狙って撃て」
「「りょ」」
将太の魔法である炸裂する火炎弾“炎天下”へ、恵那が燃えにくい素材の矢を埋め込んで射出。
スキルで矢の指向を操作してぶつけると。
いつもの手だが。
「「――――――――――!!?」」
ドカン……と。
撃墜され、消滅する影。
上手く避けた者も、そのまま炎塊に追い縋られた事への驚愕で落下と。
PKのポイントも旨いな、このイベントは。
平時とキルの扱いが同じなのも良い。
イベントクエストの時は別仕様になる事が多いからな。
「―――血も涙もないのかね、ウチのリーダー」
「うん。人の心とか無いのかな」
「聞こえてるぞ」
「でも、どうなのかな。ロートスの果実を多量に集めて、ポイントへ変換する。獲得したポイントで様々な報酬と交換。精霊サンの方、特にノーコメントだったよね?」
「触れられなかったからと言って無いとは限らないさ」
あの後来た本当の公式通知も、結局リシリューさんの説明とほぼ同じだったが。
これだけ事前情報で「精霊関連」とお膳立てされているんだ。
精霊の発生条件……。
何かはあるだろう。
恐らく、隠れフラグの様な物が、必ず……。
「出来るだけロートスの木は傷付けない方針で行くとか、どう? 蹴ったり爆発させたりとか」
「……あり得るよな」
「好感度稼ぎならもう無理っぽくないっすか? リーダー命令の所為で」
「いや、木自体にダメージは行ってないかもしれないし、ギリセーフかも」
現代の文化人類学において、人間の信仰の始まりとされているのは、万物に霊が宿っているという概念「アニミズム」だ。
それがヤオヨロズなどの多神教に繋がり、一神教へ集約される。
ならば、コレも。
樹木へダメージを与えただけ精霊好感度みたいなのが下がる可能性はあり得るか。
博物館の記録も、人類学的な要素が多かったしな。
「取り敢えずはその方針でやってみるか」
「そうしますか? 構わず樹木へ攻撃をしてる人たちも多いですけど―――」
「精霊が出たぞおぉぉぉぉぉ―――――ッッッ!!」
「「……お?」」
近いな。
轟くと言わんばかりに大きな男性の声に、自然と視線が向き。
……………。
……………。
―――――ソレを捉えた瞬間、俺は癖のように鑑定を使用した。
――――――――――――――――
【Name】 精霊? (Lv.5)
【種族】 神霊種
【基礎能力】
体力:10 筋力:0 魔力:0
防御:50 魔防:50 俊敏: 100
――――――――――――――――
……………。
……………。
成程、精霊だ。
将太のアトミックで慣れているから分かる、ロートスの果実程の大きさである球体。
今回のカラーリングは淡く光る灰色。
曰く、ふわふわなほわほわ。
精霊のカラーが個体で異なるのも情報通りで――しかし、何故名前にクエッチョンマーク?
アトミックはちゃんと「精霊」だったぞ。
しかも、魔力ゼロって。
「あの人たちと一緒に追いかけた方が良いんですかね」
「結構激戦になりそうじゃない? 俊敏も凄く速そうだし。なら、むしろ無視して農家したほうが……」
「ファームもアリだよな。どうだ? 鑑定結果」
「……よく分からん」
「どういう意味だ?」
こうして議論する中でも、刻一刻と時が過ぎるが。
そんな時。
不意に、今迄目を細めてソレを観察していた七海が顔を顰めて呟く。
「―――ねぇ、ちょっと。あれ……何か、違くない?」
「……うん?」
「優斗の「よく分からん」と言い……違うってのは?」
「クエッチョン――はてなマークの事か?」
「はてな? ……いや、そうじゃなくて―――――あ。“情報看破”」
……………。
……………。
――――――――――――――――――――
【Name】 セイレイノモドキ (Lv.5)
【種族】 ―――
臆病な精霊が生み出した陰陽の影。
何人も現象を捉える事は出来ない。
【基礎能力】
体力:― 筋力:― 魔力:―
防御:― 魔防:― 俊敏:100
【固有能力】
・虚ろなる影
不死属性獲得、下位鑑定SKILL反射
――――――――――――――――――――
「……………うわぁぁぁ、性格ワルッッ!」
「ね。もうあれ恵那じゃん」
「ななみ……??」
「不死属性って事は――っていうか、能力値なしって。あれって永遠に攻撃しても倒せないって事だよね?」
あぁ、そもそも体力が存在しない。
つまり、あのモドキは魔物というよりは一種の現象や技、スキルの扱い。
……そこに投影されているだけ。
どれだけ攻撃しようと、空を切っているのと変わらない。
追っている連中は、我を忘れ。
鑑定の発想すらなく。
一部の者が「偽物」と叫んではいるが、取り合いの最中に飛び交っている情報などガセと信じる事は無く、それが消えるまで不毛な行動を強いられることになるのだろう。
「―――けど、逆にハッキリした。精霊が生み出した存在って事は、居るには違いない。確かにこの森には野生のアトミックたちが居るって事だ」
「たちって事は――大量に……?」
「地雷原か何かか?」
「茶化すな、言葉の綾だ。ここは、さっきの仮説通りに―――穏やかニコニコ作戦で行くぞ」
「「なんて―――???」」
「優斗のニコニコなんて気持ち悪いだけです」
地雷原に突き飛ばしてやろうか。
吹き飛ばしてくるのは精霊ではなくPLだろうが。
取り敢えずは、出来る限り平和に――という建前で行動することにしようか。




