第12幕:鬼神の双璧
「―――ルミエールさん――っ!?」
「…………るみ?」
彼女の姿が硝子のように砕けて消える。
視界が揺らぐ私たちの目の前で消える。
爆裂と同時に、召喚されたばかりで消えるふわふわのハトたち。
召喚の効果が失われた。
それはつまり、彼女が間違いなくキルされてしまったという事。
今更ながらに状況を解して。
私が目を向けた先にいたのは五人。
革製、金属製に関わらず。全員が全員、全身を覆うように鎧を身に纏っているけど。
先の攻撃と合わせて考えると。
恐らく、白兵と魔術の複合職が混ざってて。
―――様子からして、間違いなくプレイヤー。
いや、それは疑う事じゃないけど。
……分かる。
エルフさん達が用いる防具のように、やや形状が特徴的な兜。
そのの奥に妖しく光る双眸は……朱。
何で、ここに私と同じ【半魔種】が居るの……!?
私の仲間は、魔族領域からは出られない筈……。
「ちッ! すまん、外しちまった……!」
「焦るな。まだ、これからだ」
「あぁ。油断すんなよ。相手はユニーク持ちのバケモンなんだからな」
「……………!」
全部知っているんだ。
でも、知っていて攻撃するって事は……ううん。
どういう事だか、全く理解が追い付かなくて。
何が何だか、まるで……。
「―――ぇ? ……ハクロちゃん?」
視線を向け合う私達は、互いが互い以外を眼中にさえ入れていなかったから。
私自身、それを認識するのに遅れたけど。
「………お前――やった」
「うん?」
「ルミ……やったな?」
魔術を放ったであろう一人へ。
ゆっくりと……否。
幽鬼の様な消え入りそうな動きで歩む銀髪の少女。
ゆっくり、ゆっくりと。
歩み寄る彼女の姿は、何の圧もなく。
だからこそおかしい。
だって、魔物と戦っていた時のハクロちゃんは、自身を誇示するかのように立ち回り。
小さい筈が、まるで魔物が強大な何かを相手取っているかのような錯覚を私に与えていた。
だから、こんな何も感じない筈は……。
「……あー、嬢ちゃん?」
彼女の纏う奇装……俗に言う「ネタ装備」の様相も相まり。
彼等は、緊張感なく少女を見下ろす。
「俺達、一応クエストの最中なんだよ」
「邪魔しないなら特に何もしないから、ちょっと下がってて……」
圧倒的に人数に勝るからとは言え、悪戯に戦うつもりは無いと。
彼等五人は、平和的に言葉でどうにかしようとする。
それが間違いだった。
自分たちのやった事が。
私以外がまるで目に入ってない故の、地雷発言。
やる側は虐めに気付いてもいないという、よくある話。
多分、その驕りと無関心が、彼女の逆鱗に触れたんだ。
「……お前―――絶対に……お前―――許さないッ!!」
「「――ッ!!?」」
それはあまりにも速過ぎる閃光。
小さくて、速い……銀閃だった。
「―――――があッ―――!? 何だ!? このっ……!!」
一瞬で抜刀された大剣の一撃に、なす術なく吹き飛ばされる細剣使い。
……先の強力な魔術を考えるに、魔術攻撃に重きを置いた【魔剣士】だろう。
「……ッ! 成程、やるな。――おい、キャストはそのまま後衛にまわって自分を回復しろ。俺達がやる」
「おう……!」
「――どいて」
「いんや! そっちがその気なら、こっちも容赦しねえ。 ―――合わせろ!」
細剣使い以外は目に入っていないハクロちゃんは、そのまま吹き飛ばした相手に肉薄しようとするけど。
立ち塞がる他の騎士達。
「このネタ装備ロリが!」
「ちょっと不意を突いたからって、ガキが調子に――乗る――……なっ!?」
不意を突いたのは彼等も全く同じ。
かなりブーメランが入ってるけど。
当たらない、当たらない、当たらない……。
曲刀の様な形状の短剣を二本持ちにしたリーダー格の攻撃は、その全てが空を斬り。
てんで話にならない。
速さを追求した武器である筈の短剣が、まるですり抜けるように意味を成さず空を斬るのは意味不明な光景で。
あまつさえ、相手は小さな少女。
その手に握られた大剣は余りに大きく。
「どいて」
「――バケモンPSかよ!! おい、モモると、タンク!! 行かせんな!」
「あ……あぁ! 任せ―――」
「―――――“夢殉”」
「「―――はっ――――!?」」
茫然自失から立ち直った大盾持ちで重装の騎士。
恐らく、戦士系最高峰の防御を誇る【堅牢騎士】
彼が立ち塞がったその瞬間。
また、一線の銀光が走った。
大盾での防御……その間をすり抜け、重厚な鎧へ一撃を走らせる大剣。
その異常に、私は気付く。
魔物、NPC、PLの攻撃に関わらず。
本来、何らかの攻撃が着弾した箇所からは必ず紅いエフェクトが発生し、ショックングになり過ぎない程度の被弾描写が成される筈。
でも、アレは。
鎧は何の朱も描写せず。
そもそも、弾かれもせず。
空を斬るかのように五体を素通りし。高体力、高防御力を基本としている筈のタンク職が、何が起きたかもわからないといった顔で硝子と砕け散る。
あれは、【致命攻撃】
体力関係なく、急所を断たれた際に発生する判定。
でも、それが全身鎧に包まれた相手に発生する事は、絶対的にあり得ない筈で。
「モモるとが―――いちげき!?」
「何なんだコイツはよ!?」
……強い。
信じられないけど……私でも勝てるか分からないくらい位に強い。
何者? ハクロちゃん。
大剣士って聞いて、耳を疑って。
ちょっと笑っちゃいそうになって……でも本人がソレが良って言うならって。
暖かい目で見守ろう、とか。
おこがましい考え過ぎだよ。
堅牢騎士が一撃で消え。
その僅かな……たった一瞬の動揺が走る瞬間にも。
地を蹴る彼女は包囲をすり抜け、後衛へ退避していた細剣使いへ肉薄。
「―――――うぅ!? “暴風いっ……ッッッ!!!」
「“夢殉”」
遂に、細剣使いの首を断つ。
全身を鎧に包んでいたにも関わらず、またしても一瞬で。
同じ人間同士の戦い、五対一の状況で敵を蹂躙する事の難しさ。
FPS、PVPゲームでそれを為す事の難しさ。
それは、誰もが知るような高難度の筈なのに、袋の中からモノを取り出すように容易く目的を達して、跳ねるように隣へ戻ってくる少女。
「……ゴメンね、ハクロちゃん」
「……ん?」
戻ってきた彼女へ。
放心から立ち直った私が、最初に発せた言葉はソレ。
謝るべき事は幾つもあるんだけど。
でも、今一番は。
「あの人たち。多分、私の事を追って来たんだと思う。だから、私の所為なの。……ゴメン」
私の所為で、嫌な思いをさせちゃったことへの謝罪。
仲間がやられたら誰だって怒る。
それが悪意の無い魔物とかならしょうがないで済ませることもあるかもだけど、相手はPL。
ちゃんと害意があって。
害意を持って攻撃して。
庇われるままに生き残ってしまった私が悪いんだ。
「友達、だから」
「……え?」
だけど、ハクロちゃんは。
彼女は、敵へ向けられていた静かな激昂とはまるで異なる、感情が切り替わったかのような優しい言葉を掛けてくれる。
そして、表情すらも。
今迄の無感情な物じゃなくて、何処か柔らかい。
彼女自身の本質が見えるような、本当に純真な笑顔で……。
「クオンは、ルミの友達だから。ルミは、何度も助けてくれたから。だから、私も。ルミの友達、クオンを助ける」
――――――。
――――――。
こんなに小さいのに。
小さいからなのかな。
それは、欠片程の怒りや迷惑心も混じっていない、純粋な優しさ。
凄く、すごく暖かい感情が、友達の友達という理由だけで、今日出会ったばかりの私へ向けられているという驚き。
その衝撃で、私自身も。
混乱している中で幾重にも浮かんでいた一時の迷い全てが吹っ切れる気がした。
……そして。
迷いが無いのなら、あんな人たち。
「………ありがと、ハクロちゃん」
「ん……!」
「でも、私の蒔いた種だから。後は全部任せてくれる?」
「ん、良い」
―――私の敵じゃない。
むふー……と。
許すとばかりに頷く彼女に見届け役を一任し、前へ出て行く。
「―――――マジで、あの幼女何者……くそっ。キャストの魔術が無いのは痛いな」
「多少のイレギュラーは想定内だろ。リーダ。代わりに俺とマルクでやるぞ」
「……おう、合わせる」
「“雨流――五月雨”」
「“炎天直下”!」
低威力広範囲の水属性攻撃と、高威力単体の火属性攻撃……?
……何であろうと同じかな。
そもそも、こんな拓けた場所かつ正面からの遠距離魔術なんて、手の向きや武器の向きで予測できる。
皆に避け方も当て方も教えてる事の筈なのに。
それを知らないって事は。
彼等は確かに私を知ってはいるみたいだけど、私が直接指揮している部隊の仲間じゃない。
鞘に収まる剣に手を掛け。
ステップするように術を回避。
「―――おぉっ!!? 相変わらず馬鹿げた―――いや! マルクは援護! ディラン、合わせろォ!」
「「おう!!」」
……けど、彼らも。
連携にはかなり慣れてるね。
あのリーダー格が適切なタイミングで私へ双剣を振り下ろす。
連続回避は危険だし武器で受けるけど。
「良し! その首―――ィィっ!?」
「――嘘だろ!?」
当然、その隙をもう一人が狙ってくるよね。
一方の連続攻撃は刀身で。
もう一方は柄頭で防ぎ。
停止する剣を尻目に身体を捻って、返す刃で鎧と兜の間を切る、衝く、叩く。
それを二人同時に、隙が出来た方へ放つだけ。
「ッ……ッ……やっ、止め……ぁ……!?」
「ディラン!」
「体力切れ、だね。リーダーさんは後どれ位? もう半分切ったよね?」
「……バケモンがぁ!!」
先の彼女の様にはいかないけど。
鎧の上からでも、脆弱な箇所を狙って斬りまくれば、そこそこのダメージは蓄積し続ける。
一撃で死にはしないというのは、大きな利。
それだけで、普通の戦いなら折を見て、仲間に任せて回復すれば十分だから。
「だから。皆全身鎧、なんだよね? 私を倒すために」
「――ッ。マルク!!」
「ダメだ! 巻き込んじまう!」
対剣士の最適解。
絶対に【致命攻撃】の判定が発生しない全身装備を纏い、体力が減らされれば後衛へ回りつつ複数人で押し切る。
隙をついて魔術で吹き飛ばす。
その発想に誤りはない。
けど、常に仲間を巻き込むように回り込めば後衛は動けない。
いや、そもそも。
作戦自体は良いけど。
「全然足りないよ。ノーリスクでやりたいなら、今日の五人全員と、あと前衛二人と、殲滅特化の純魔術師三人は欲しいな」
「――――あほか――ッ……ッ」
「じゃあ……後一人だね?」
言葉の途中で砕ける身体。
これでリーダー格もキル。
後は、最後に後衛へ回った……なんて言ったっけ。
「マルクさん、だっけ」
「……………」
肯定って事で良いのかな。
無言で武器を構える相手。
近接より魔術寄りの構成な筈なのに、逃げずに戦う気なんだ。
好都合。
地を蹴って肉薄し、そのまま長剣を振るう。
「それ、勇気じゃなくて蛮勇って言うんだって。忘れた? 私、【騎士王】とも戦ったんだよ?」
「――ッ!! ぐッ…く……クソッ!!」
精彩を欠いた相手の剣は、それでも速いけど。
本当に、速いだけ。
「貴方の攻撃。確かに速いけど、純正の剣士じゃないから軽いし、そもそも正直すぎるし……せっかくの適性が全く生かされてない。全く脅威に思えない」
職業による適正値。
それは、あくまで最大値。
その身体に、どれだけのポテンシャルがあっても。
どれだけの才能が有っても。
一般人の魂が、アスリートの身体を扱える?
獅子の五体を御しきれる?
「――貴方には、無理だよね?」
「……ッ………ぁ」
だから、脅威足りえない。
最強の魔族に教えを受け。
怪物揃いの同僚に倣い。
最強のPLとも戦った私には。
彼らの動きは、まるで強者の肉体に宿った赤子。
その体力を的確に削り、こうして計算通りの動きで命を刈り取る。
「………終わり」
「おーー」
これが、私の戦い方。
真正面から相手を嘲笑うように踏み潰し、徹底的に蹂躙尽くす。
どういう訳か。
【暗黒卿】というユニークに適性を持ってしまった私の戦闘だ。
◇
「――クオン、大丈夫か?」
「うん。ありがと、ハクロちゃん。……その、聞かないの?」
「何が?」
……………。
……………。
「………ふふっ。何でもない」
本当に優しいんだ、ハクロちゃんって。
でも、実際。
私自身、全く理解が出来ていないのが現状で……何故半魔種が秘匿領域にいるのか、どうして味方の筈の私を襲ったのかが全く分からない。
ううん、そもそも私には多くの情報は入らない。
だって、PLだし。
管理職の立場的にはアレだけど。
あまり多くの情報が一個人のPLに集まるのは、どう考えても不公平。
そういう意図かは分からないけど。
私には、人界側の情報は入らない。
そういう風になっていて。
勿論それは人界側、魔族側のPLともに同じ。
現実のネットでも、互いに情報の規制と統制が掛かっている状態の筈だ。
「……うん、そうだよね。その筈。――どうしよっか?」
「ルミの回収」
少しの休息と、敵PLからのドロップを確認してから。
会話もそこそこに歩き出す私達。
でも、私には今凄く気になる事があって。
隣をてくてく歩く彼女へ、さもぽっと出の世間話のように会話を振る。
「ハクロちゃんってさ。一回目のクロニクルには参加したの?」
気になるのは、無論この子の存在。
短期戦しか見てはいないけど……多分、あの時戦った最強より強いPLの存在で。いずれ敵対する可能性もあるだろう事を考えれば、卑怯でも聞いておきたかった。
勿論、詮索に答えてくれるかは微妙だったけど。
彼女はコクリと頷いてくれる。
「したぞ」
「何処の防衛戦?」
「………? 何処だっけ」
……まぁ、これはこれで。
凄く可愛いし?
「じゃ……じゃあ――そうだ。敵将個体とか見なかった? 凄く強そうな感じの魔族なんだけど」
「……ありぎえり?」
「そこは覚えてるんだ」
「アイツ、強かったしな。ハクロ、強い奴は好きだぞ」
アリギエリ――アリギエリ・スム。
冥国四騎士……正確には私を抜いた三騎士の一人。
私の同僚。
生粋の武人肌で、不義や不正を何より嫌う巨漢のNPCだ。
彼は三騎士一の肉体の持ち主で。
どんな物理攻撃も意味を成さぬ純金の身体を持つ。
……そう言えば。
次に会った時の成長が凄く楽しみな剣士が居るって言ってた。
あと、一生忘れない恥辱を受けたとかも。
もしかして、それって。
「何か、恥ずかしい事とかさせた?」
「?」
「……だよね」
反応の可愛さに癒されるのも良いんだけ、私も油断しすぎだよね。
彼女がそういうロールプレイの好きな子……ビジネス天然だった場合を考えれば。
あまり多くを話さないほうが良いのに。
ハクロちゃんがあまりにも無害そうで。
気になったことを、何でも話してしまいそうになる。
というか。
戦闘中の話、普通に聞かれてたかもしれないし。
多少頭の回る人が情報を整理すれば、すぐに私が何らかの形で半魔種、魔族と関わってるって分かっちゃうよね。
……どうしよう。
「あの……ハクロ、ちゃん?」
「ん」
「私の言った言葉とか、話したこととか。他の人には内緒にしてくれる?」
「良いぞ」
「わぁ……即答。ルミエールさんにもだよ?」
「分かった」
なんて分かりの良い。
本当に、すっごく純粋で可愛い。
抱きしめたい。
……のに。
どうして、あんなに強いのかな。バグだとしか思えない。
「ハクロちゃん、すっごく強いよね」
「クオンもな。戦いたいぞ」
「……それは、私も……じゃなくて。また今度で、ね。ところで、ハクロちゃんはどんな職業に就いてるの?」
出来るだけさりげなく、こちらが聞かれないように。
あと、騙しきれるように。
これを無意識にやってるあたり。
……やっぱり。
私って、本当に最低の女だ。
「ん。ハクロは【剣聖】だぞ」
「……………」
「あと、【釣師】だ」
「……………」
―――――とんでもないミスマッチ。
何一つ一致しない。
初手の衝撃で九割を減らされ。
最後の一割を二撃目で削られたような感じ。
「そ、そっかぁ………うん。なんて言うか、渋い……ね?」
「ん?」
歩きながら、首を捻る彼女。
渋いと言われたのが分からないのだろう。
でも、釣師って。
まーーったく彼女のイメージに合わないし。
けんせい―――剣聖? ……それ絶対ユニークじゃん。
現段階の転職は、3rdが限界。
上位である4thへの進化は、未だ制限が掛かっていると言われているから。
そんな三段階で。
けんせい、なんて名が使われる筈はない。
本当に、聞けば聞く程に彼女の事が分からなくなっていく感じで……。
「なんだろう。その―――えっと。ルミエールさん、来ないね。そろそろ鉢合わせになると思ったんだけど……」
「来ないと思うぞ」
「え?」
「ルミは、絶対に来ないと思うぞ」
……………。
……………。
……え、何で?
メンタルの問題かな。
でも、ルミエールさんくらい何があっても動じなそうな人なんて、見た事ないし……。
「ルミ、凄く弱いからな。ここに来る前に魔物に食べられるぞ」
「………oh」
「だから、早く迎えに行こう」
もしかして、ルミエールさん。
アレが本当に真面目な戦闘スタイルだったの……?




