第9幕:提示版を覗こう
私は、所謂エンジョイ勢と言える。
少なくとも、「ガチ」ではないね。
初見が大好きで。事前情報は控えめ。
説明書とかは最初に読み込んでおくタイプではあるけど、それでも載っているのは基本と言えることだけで。
所詮は予備知識を持つだけ。
当然、前回の旅も初見ばかりだったけど。
……何というかな。
本当に何も知らないというのは、固有名詞を聞いて尚その概要を知らないというのは、二日前に味見をした段階の「アレ」と同じくらい味気ないモノで。
「―――んっ……んん……ん?」
少し寝覚めが悪いね。
気になる症候群が尾を引いたせいか、起床時刻は恐怖の午前11時……!
幸い、既に時期としては夏休み。
私は部活顧問とかしてないから。
休日出勤は無しで。
一応、頼まれたやる事とかはあるんだけど。
それよりも、一つ。
この知りたい症候群がいつまでも尾を引かないように。
今日は、掲示板とやらの査察をしてみようと思っているんだ。
「こういうのを―――そう、巡回っていったかな。ユウトたちが楽しみの一つだって言ってたけど……トワもそんな事を言っていたような?」
何にせよ、一度触れておいた方が良いかもね。
提示版なんて、ゲームを始める前……数か月前に一回触れただけで。
あの時は、何も知らない状態だったし。
一先ず、毎日のルーティーンとして、湿気が上がる前の布団干し。
それが終われば。
待っているのは、お楽しみだ。
………そうとも。
終ぞ私は、パンドラの箱(寸胴鍋)を開いてしまったんだ。
「ふふふふ……百と数時間……いや、休ませる工程で多少盛ったけど。遂に完成だ」
これこそ、私の集大成。
エキュメ……エスパニョール……フォンドボー。
ホテルで出された料理の説明で、幾度となく聞いた事のある言葉の数々。
それを、私が使うようになるとはね。
幾多の時間を掛けて。
幾多の香味野菜を犠牲に。
タマネギによる幾多の涙、幾多のワインが流れた先に、じっくりじっくりと時間を掛けて作り上げた傑作。
そう――これぞ、丸ごと牛タンシチュー。
ほんの数か月前までは殆ど料理なんてしなかった私が、ここまでのモノを作ろうと考えるなんて。
こんな手の掛かる料理を作ろうと思ったのは、実は店主君の影響。
彼、手の掛かるモノが好きみたいなんだ。
人のお世話も、料理のお世話も。
でも、こっちでは彼の様にはいかない。
あちらで言う料理とは、煮たり焼いたりの行程というよりは、ボタンをポチポチする類のモノだから。
向こうで私の料理が壊滅的になるように。
此方の料理上手が、あちらでも上手とは限らないし。
その逆も然り。
とはいえ。元々料理が好きで、それ目的でゲームを始めた人は、躍起になってレベルを上げるだろうし。
向こうで試しに【料理家】になって。
こっちでも料理にチャレンジするようになるのは良い傾向だ。
『向こうで料理をする事の利点――アピールポイントは?』
『光熱……電気代はともかく、水道、材料費の削減だろ? あと、新たな味を求められるし、料理のインスピレーションを得られる』
『現実でも再現可能と?』
『うん。似たような味の食材とかは想像つくだろ? 有名な料理研究家とかにもデータを提供してもらってな。材料を探すのは完全にプレイヤー依存だが、現実的に旨いものを組み合わせれば大抵は上手く行く。あとは、こっちで再現だ』
トワとの会話だけど。
向こうの料理は、複雑なパラメーターとエンジンによって構成されるから。
無数の食材を用いて。
唯一の料理を作る事も可能。
手間が掛かり過ぎない分。
少ない労力で、理想の味を研究する事も出来ると。
「まぁ、手を掛けて作るのも楽しいんだけどね。仕上げに、生クリーム」
純白の一枚皿に、ブラウン色の湖畔。
中央に大きく横たわるは肉塊の陸地。
そこへ、ウェディングドレスの白を加え。
最後に、口紅……ルージュを思わせる朱。
彩と、パプリカ等の温野菜を乗せれば。
「おーー。いいよー、新婦さん。別嬪さんだよー」
完成したソレは。
ナナミやエナの言う「映え」というのがよく分からない私でもカメラに収めてしまう逸品で。
「問題は、味だね」
味見などせず、ほくそ笑んで食卓に着く。
時間的にお昼ご飯の扱いだ。
日本において、最も食事が豪華な時間時は大抵が夜だけど。
西洋の諺では、朝食は王様のように、昼食は王子のように、夕食は貧民のようにとも言う。
では、果たして。
お昼にこんなに豪華な食事を食べて良いのか。
……………。
……………。
そんな思考を振り払うように。
私は神様気分で陸地へとフォークを落とす。
「むむ……柔らかで、トロリ……と。肉汁が実に――これは、いけないね。ワインが欲しくなる」
「……昼前から、お酒と―――ぁ。全部コレに使っちゃったんだ」
誘惑に抗えず、またまたほくそ笑みながら立ち上がろうとして、思い出してしまう。
むむぅ……そうだ。
マリネの時に、全部空けちゃったから。
もう、葡萄酒はこの家には一滴もない。
「……はぁ」
思わず、溜息を一つ。
料理の配分ばかりに目が行きすぎて、食生活の配分への意識を怠らないように。
いずれ皆に料理を振舞えるように。
もっと、上手にならないとね。
◇
食後。
何かしらの作業をするとて、立つのさえも億劫になる時間。
こういう場合。
人間の行動は数種類に分かれるよね。
このまま横になってゲームをするのが廃ゲーマー。
多分、レイド君とかが該当するけど。
果たして、生活習慣病が心配で。
腹ごなしに運動しようとするのがスポーツマン。
ココは、サクヤなどが該当。
あまり激しい運動はダメだね。
少し座って休息を取り、それから行動するのが慎重派。
ここにはトワが該当。
身体への負担も小さいし。
気分で行動できるから、私向けでもあると言えるだろう。
「……ぁ。そうだ、掲示板。先日の秘匿領域の都市が……」
先の食事の官能的な余韻で完全に忘却していたけど。
思い出したのは、先日の疑問。
手早く食器を片付けた私は、ほぼ新品に近い端末を引っ張り出し。博物館を訪れた時に、今度調べようと思っていたワードを打ち込んでいく。
で、これは少し前に購入した物。
トワにお勧めされた最新版のパソコンだね。
打ち込むワードは。
げん……幻想都市……。
アバ?
……いや、アヴァロン……お。
「―――幻想都市アヴァロン。秘匿領域に存在する、異訪者の治める都市国家である……と。これだ」
やはり、というべきか。
所属は妖精都市と同じ。
どうやら、秘匿領域は自由な都市国家が多い傾向にあるみたいで。
或いは。
その内、PLの国家が乱立する事になるかも分からないね。
……………ふむ。
やはり有名処ゆえか。
何とも呆気なく、気になる症候群の元を早々に終え。
秘密主義なのか、短い概要を見終わってしまうけど。
私はそのまま、検索結果として出てきたサイトのtopページを開き、他にも収集できる情報があるかを確認していく。
これも当初の目的だ。
――――――――――
98:リョウマ
月光の上弦騎士、牙兵団の十二勇士、黒鉄の永久機兵団、死喰らいの刈鎌師、宵闇衆……
クエスト文の常連はこんなもんでござるヨ
99:名無しの武闘家
帝国の近衛を忘れてるぞラストサムライ
マジ、正規軍が強すぎな世界感なぁ
100:名無しの精霊弓士
後は、冥国の四騎士とか?
魔族関連の情報はクロニクル以降全く聞かないけど
101:名無しの任侠
というか、上弦騎士あたまおかしい
レベルボーダー70越えが当たり前だったは……
そもそも下弦で50越えだし
ああいうのって、レベルとは別途で戦闘パラメーターあるだろうけど、多分白兵とかもAはあるだろうな
102:名無しの堅牢騎士
というか魔族側ズルすぎぃィィィィィィ! 俺も暗黒騎士成りたい!
103:リョウマ
ござるネ
104:♰暗黒騎士♰
半魔種なりてぇぇぇぇぇ!!!!
初期ロットずりィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ
――――――――――
書き込みの多くは12聖天とか。
又は、高レベルのNPCさん達に関する情報が占めていて……これは所謂、ガチ勢向けの情報共有場所というやつだ。
彼等の名前……自己紹介的な一次職も。
あからさまに3rdだと分かるような強そうな物ばっかりだし。
かなり賑わっている板の一つだけど。
ガチ勢向け……は、敷居が高いね。
上弦騎士って、この前ハクロちゃんが任命されたアレだろうし?
彼女レベルが……何十人?
それと同格みたいに列挙されているNPCの軍隊? がこんなにある所を見ると、私では想像も出来ない世界だ。
他に、今人気なのは。
世界感考察板……【O&Tの最新考察。ガチで全部わかったった】、【僧侶A「ワイ聖職者。四天神って本当に信用できるん?」】
薄明攻略板……【前線要塞にちょっかい売ってみたったww 上弦騎士強すぎwww】
雑談板……【可愛いNPCの画像貼ってこうYO】、【悲報:白峰、遂にON大量生産してしまう……】
続々と更新される情報。
興味惹かれるものからどうにも出典が怪しいと思われる情報まで、様々な記事が創られていく。
……………。
……………。
「速報……大速報? 【夏季の妖精パンナ祭り開幕inエデン】―――これ、例のアレじゃないかな」
同時アクセス数一位。
今この瞬間で最も見られている板は、確かにタイムリーで。
――――――――――
209:名無しのエルフスキー
夢のエルフさん食べ放題って本当ですか!?
好きなだけ食べて良いんですか!?
ナンパして良いんですか!?
210:名無しさん
ガセっぽかったけど、マジらしい
211:名無しさん
ま?
212:名無しのニンジャ
ま
213:名無しさん
ま? 簡単に行けるって事?
ナンパし放題ってこと? おかわりもあるじゃん
214:名無しの聖戦士
ま。ちな、最初に見つけたのうちのギルドな。
【戦慄奏者】を宜しく。
福利厚生充実、悪い遊びを教えてくれる優しい先輩完備、報酬歩合制、募集要項:団長を崇拝する事な。
215:名無しさん
信者だ! 処せ!
216:名無しさん
歌豚だ! 処せ!
――――――――――
情報を握っているのって、優越感があるよね。
でも、どうやら。
マリアさんの所は、握っていた情報を公に公開する事にしたらしい。
どうせ公式発表されるからと、マリアさん自身が公にする事を判断したのか。
或いは、沢山いる団員さん経由で流出しちゃったのか。
何にせよ、良い傾向だ。
渋滞する前に妖精都市へ辿り着けたのも良い事だし、幾らもしないうちに沢山のPL達がやって来て、また賑やかになってくれることだろう。
―――そこからも、幾らかの情報収集を経て。
目に疲れを感じたのと、お腹の重さがマシになって来た事から、私は画面から目を離して。
ほれ、パタリと。
まだ新しいノートパソコンを閉じる。
「―――お出かけでもしようかな。切らした食品の購入と、ワイン……うん、気分転換だ」




