第8幕:歴史パンフレット
「……わぁ……凄いですねぇ……!」
「うん。本当に――まるで、本当に育まれてきた歴史みたいだよ」
遊覧の次なる目的に選ばれた建物。
私らがよく知る教会図書館の上層に設えられた博物館へと立ち入れば。
客入りは中々のものらしく。
展示品への影響を考慮してか、控えめな灯り。
独特かつ心地よい空気。
やや細長で、奥に伸びていく通路。
それを隔てるよう中央で、同じく奥まで長く設置された、腰ほどの高さのショーケース。
内側には、ジオラマと言うべきものがあり。
材質は分からないからさて置いて。
その情景は、狩猟を行っている様子や獲物の解体……村中で寄り合って祝いの宴会を開いている様子が細やかに再現されている。
ミニミニだけど。
紛れもない、原始的かつ典型的な狩猟民の生活だ。
「この模型は、黎明期……考古資料が残る限り最も古い記録。始まりとなる有史の風景を、順々に再現したものである……と」
「これがエルフの生活、なんですかね……?」
説明書きと見比べながら、長いケースを覗き込むけど。
最も入口側に近い所は、完全に縄文時代寄りの様子で。
まだ先はあるとはいえ。
クオンちゃんの言葉通り、凄く人間的じゃないかな。
妖精さんの生活とは思えないよ。
「まぁ、ね。人間も妖精も、何も変わらないって事だね」
「……夢を壊された気分です」
「今の彼等だって、ゲームの都合か、人間と同じような都市住みだし?」
「ルミエールさん!」
「ダメだよ、館内で大声は。――そういえば。都市であるからには、他と同じように領主様が居るだろうけど。ここって、国の一都市じゃないよね?」
「むぅ………どうなんでしょう」
今更の話だけど。
会話の中で気になったのは、秘匿領域の区分的な話。
帝国や王国の都市は、まだ分かる。
あっちは複数で一つの国だからね。
でも、此処エデンは。
都市単体で完結しているみたいだし、他の地域があるという情報もなく。
この都市自体が国で良いのかな。
あと、領主とか王様とか……そういうの、ハイエルフって言うのかな。
聞いたこともない種族だけど。
友人たち曰く上位種みたいな感じらしいし、このゲームにも居るなら拝んでみたいよ。
……………。
……………。
『―――うちのギルドマスターで、幻想都市アヴァロンの領主をしているんだ』
あぁ、そうだね。
以前出会ったTP、カリスマな騎士くんの話では。
世界には、PLな王様が創った都市国家もあるというけど。
その都市、どの領域にあるんだろう。
もし、秘匿領域にあるなら。
基本的にこっちは、大きな国家が存在していないのかもしれないと考えられる?
それについても。
後で調べてみようかな、なんて思っていると。
「―――コレっ! パンフレットのこのページに書いてありました!」
「んう?」
考えていた私の隣で。
何やら紙をパラパラ捲っていたクオンちゃんが声をあげる。
「都市概要。妖精都市エデンは、複数の妖精種氏族からなる単一国家である……」
「……ほほう?」
「領主を擁さない都市であり、政治は氏族長同士の合議制からなる。トピック、精霊祭。四か月に一度の祭典は、大精霊の意思を伝達する重大な政の場として―――……大精霊?」
黙々と文章を読んでいる最中に。
一つの単語を反芻し。
彼女は、何かを考え込むようにして黙り込んでしまうけど。
すぐに、バッと顔を上げて。
「ルミエールさんっ。大精霊って聞いたことありますかっ!」
ググイと、凄く興味がありそうな感じで尋ねられるけど。
ハイエルフ、大精霊さん。
実態を全く知らない存在には、素直に首を振っておいて。
「精霊さんなら、友達の一人が使役してるから知ってるんだけどね。大精霊さんは聞いたこと無いかな」
「……そう、ですか」
「でも、此処が本拠地らしいし、情報くらいはあるかも。後で下の閲覧室にも行ってみようか?」
「………………」
「教会図書館さ。色々と使い方、教えてあげるよ」
「………はい!」
彼女がこういう情報をあまり知らないのは分かっているから。
先んじて言葉を回してあげる。
色々と事情があるんだろうね。
出来る限りサイトなどを利用せず、ネタバレを避けているとか。
特に、戦闘ばかりやっていると。
情報的には脆弱になってしまうのは避けられないし。
「……あ。それで……此処、ですね。観光ランキング二位。博物館トゥリス・アウルムは、妖精都市の大名所。編集者イチオシ」
博物館の情報も、その紙束に載っているらしい。
館の成立年など、略歴から始まり。
展示物や館内概要まで様々。
読みやすい活字に纏められたソレは写真のような物も付いて、分かり易く。
大きく載ったトピック。
「目玉である竜骨は必見……!」
なんとまぁ、熱の籠った文章。
コレを書いた人の情熱と、下調べの緻密さ、こだわりが見えてくるようだ。
名所ランキング一位となる【世迷いの森】も。
三位の【中央区議会】も。
番外、都市果物巡り……都市果物巡りも。
無意識に目が行くと同時に、読み手が足を運びたくなるよう誘導する、計算された書き方だし。
……果物―――多分、プロの仕事で……。
「……凄いね、これ。今迄に貰ったどのパンフレットより完成度が高いよ。まるで、O&Tの新聞みたい」
「都市の入口で、桃色の髪のお姉さんが配ってたんですけど……ルミエールさんは貰ってないんですか?」
「うーん、私が都市に来た時は男性だったね」
彼等もまた、気儘なPLだから。
一つの都市でずっと行動している訳じゃないだろうし。
これらの完成度もバラバラ。
だからこそ、個性があって。
新しい景色、自分にはない視点からの楽しみ方が出来るんだけどね。
……話が一段落着いた頃。
パンフレットの一点に視線を集中してソワソワしていたクオンちゃんが、「ところで」と話題を転換させる。
「ルミエールさん。この、竜種の骨……見に行って、良いですか?」
「うん、行ってみようか」
これ、私も気になるよ。
化石になる際に無くなってるだろうけど、目玉だと言われるくらいなら、見ないのは損だし。
ジオラマの続きを追いつつ、私達は歩き出す。
……………。
……………。
ジオラマのあらましはこうだ。
初めは狩猟のみによって成立していた彼等の生活は。
やがて大きな川の流域、森の近くに小規模な村が立つ。
暫くは、そのままで。
複数の村落ができ、狩猟から農耕に食糧生産が転換したような風景が広がっていた小世界。
しかし、ある時を境に。
まるで天から与えられたように。
建築行程の経過すらなく。
大地に、突如として長大かつ複雑な石の構造物が立つ。
時間だけ飛んだみたいに。
「―――これは、数千年前と推測される、旧妖精都市の再現である」
突然、文化的な生活が始まる。
妖精が高度な文明を育む。
何があったのかも示唆されず、突然こんな文明と建築が興るなんて、奇妙も奇妙で。
しかも、模型の説明文には。
「秘匿領域で出土した遺跡と、帝国の要塞都市に存在する長城の材質が全く一緒なんだって。これは、ヒストリーの匂いがしないかい?」
「ミステリーですね……。同じ種族の文明なんでしょうか?」
「技法だけならともかく、材質も造りも一緒だからね。実に奇妙な話だよ」
どうやら、この都市には大きな謎があるみたいで。
まだ行った事の無い要塞都市も含め、考察が捗りそうだ。
とはいえ、今は別目的。
2人で細長の通路を抜けて。
遂に展示スペースにやってきた私達の視界に、様々なモノが映り込むけど。
やはり目に付くのは、全長二十メートルはあるだろう巨大な骨で。
目玉として展示されているのは、太古の昔実際に生きていた竜の化石らしいよ。
早歩きで足を進めるクオンちゃんについて。
私も先客さん達の横へ加わるけど。
大人数で見れる説明。
大きなプレートに書かれた説明文には、興味深い記述。
「―――当竜種は、骨格の形状から、現代の竜種とは根本から異なる。創世紀の古代種【真竜】の骨格と推測される……わぁ……!」
「創世の時代、ねぇ」
そういった記述は、今までに何度か見たモノだ。
今より遥か昔、人間や亜人さん達が生まれる前……地底の神々と天上の神々との間で起こった大戦は、人知の及ばない戦いで。
天上神らの眷属である天使。
編隊を組み空を統べる彼等は、剣の一振りで百の魔物を穿った。
しかし、地底神ら。
彼等の眷属も負けてはおらず。
「七十二柱の真竜……。地底の神々が天の神々を引き摺り降ろすために生んだ魔物の王たち」
本物かレプリカかはさておき。
その一柱が、この骨格なんだろう。
私が竜を見たのは一度きり。
クロニクルの折だけど。
今の世界に存在する竜種は、まがい物だと言わんばかりに猛々しく翼の骨を広げる巨大な骨。
死して尚威厳を失わない圧力。
憧れみたいな目で見つめる少女。
その横顔は、屈託のない笑みに変わっていて、とても可愛いけど。
「クオンちゃんは、竜が好きなのかな」
「―――はい……!」
対象がこんな禍々しい骨さん。
とても面白い子だよね。
昔は、何々系女子というのが流行ったらしいけど。
女の子でこのレベルまで竜が好きっていうのは、私でもあまり聞いたこと無いんだ。
彼女と同じ景色に立つ為。
彼女の考えを考察する為。
此処は、一つ。
彼女に倣って、私も熱心に見物してみようかな。
「墜落した真竜は海へ還り、姿を消した。形を残したものは非常に珍しい資料である。当骨格は帝国の鉱山都市にて出土し―――ふん、ふん……ふん? 寄贈者、クラウス・F・ビスマルク―――ほほう」
説明書きを読み込んでいく中で、最後尾に控えめに小さく載っていた名前。
それは、知った名で。
寄贈って言うのは、他人に提供する事だけど。
どうやら、貴重な竜骨をタダでくれたらしい。
なんて気前のいい人だろうか。
一度しか会った事ないけど。
帝国北部と秘匿領域は地理的にかなり離れてるし……あの人の性格なら、これも何らかの打算込みなんだろうね。
こんな所まで名が届くくらいだし。
各国とも一定の交流があるのかも。
「知っている人ですか?」
どうやら、私の独り言が聞こえていたようで。
気になったのか、尋ねるクオンちゃん。
彼女は知らないみたいだ。
「彼は、ビスマルク侯爵だよ。ほら、前回のクロニクルで魔族に襲われた、帝国北部にある重要都市の領主様」
「……………ぁ。領主様……なるほど」
「因みに。変態候なんて呼ばれてて、恋の多い人らしいから。可愛いクオンちゃんは、北部へ遊びに行くとき注意だよ」
「え」
「私でも求婚されたことあるし」
「えぇっ!?」
そんなこんなで冗談を交えつつ。
じっくりと時間を掛けて、そこそこの広さを持っている博物館を巡って。
……………。
……………。
「―――んんーー、良い夕焼けだ。風も一定で涼しくて……そろそろ日も落ちてきたみたいだし、私はログアウトしようかな?」
「……あの。ここ、ずっと夕方です」
博物館を出る頃には、空も黄昏色。
幾ら遊んでも空の色が変わらない夏の休みとは言え、今日は随分遊んだよ。
クオンちゃんとも沢山話せたし。
今日は、とても良い日だったね。
「……あの、ルミエールさん。その……あの……」
「どうかした?」
「あのっ、また一緒に遊んでもいいですかっ!」
で、お別れに際して。
彼女は、迷いなくその言葉を紡いでくれて。
「勿論だよ。じゃあ、フレンド登録しようか」
「――はいっ!」
大切なフレンドが増えて。
名残惜しいと感じつつも、私は一歩下がって、サヨナラを。
当初の緊張した様子は最早なく、はにかむような魅力的な笑顔を浮かべて。
楽しかったと全身で表現しつつ駆けていく少女。
その動きはとても軽やかで。
向こうよりも良い感じだね。
……聞いていた話と、大分齟齬があるのは当然として。
本当に、優しい子だよ。
或いは、彼女の知らぬ間に。
私は、さりげなく原因の究明と、悩みの解消に乗り出せるのかな?
「……またね、スミカちゃん」




