第5幕:とある少女の受難
私は、とても嫌な女だ。
誰も傷付けたくないから、自分が傷付きたくないから、強く出れず。
人に嫌われたくないから。
嫌な人と思われたくないから。
率直にモノを言う事が出来ず。
いい子にしていれば、周りが笑顔になるから。
小さい頃には、それに気付き。
常に、周りの人達に合わせて顔色を伺っている事しかできなかった。
友達が沢山できて。
優等生と言われて。
誰からも頼られるようになって。
好意を向けられるようになって。
私自身、それが凄く嬉しかったけど―――でも。
否定が出来ないせいで。
静観をしていたせいで、周りの誰かが不幸になる事もあって。
一回でも私が介入して、一言声を掛けてさえいれば、どうにかなっていたかもしれない。
そんな事も、多くて。
……………。
……………。
だから、せめて。
ゲームの中だけは、変わろうと思った。
ゲームの中で変わって。
いつかは、現実で変われる足掛かりに。
現実とも何ら遜色ない、ある意味では凌駕する自由度と評されるゲームで、私も変わろうと……。
―――そうしようと、思ったのに。
「………ほぅ。半魔種、か。珍しい事もあるではないか」
「―――え……?」
出会いは、突然に。
目の前には、見た事もないような美形の男性が居て。
……何がいけなかったのかな。
【オルトゥス】のソフトが初期ロットだから?
私が、「限定」という言葉に惹かれて、よく分からない種族になってしまったのがいけなかったの?
じゃあ、やり直し……は、出来ない。
だって、ログインしたらコレだから。
いきなりコンニチハだから。
このゲームは、一度限りの冒険だと聞いた。
自分の分身であるプレイヤーを創ったら、やり直しは聞かないというから。
もう、消去も出来ない。
「―――あの……その。……ここ……は?」
よく有るゲームと同様。
初期設定をして、キャラクターを作成して。
初めてログイン。
その地点が此処。
目の前の男性同様、私も困惑していて。
「己は、知らぬのか?」
「えっと……。別の世界から来たんで……す――ぁ」
「あ?」
「あのっ、今の無し――じゃなくてっ!」
「……………」
私、本当に何言っちゃってるんだろう。
失言だった。
今のは完全に失言。
頭がおかしいと思われないかな。
目の前の男性……。
黒髪はともかく、漫画やアニメでしか見た事の無い紅い瞳で、やや尖った耳を持つ男性は、所謂軍服……黒地の礼服を着ていて。
凄く仕立ての良さそうな服装も。
あの、勲章みたいな奇麗なのも。
ちらりと、横目で見れば。
彼自身が座っているソファーも、敷かれた絨毯も、調度品も……部屋全体も。
全部が全部、凄く豪華な感じで。
(―――この人、凄く偉い人っぽいよね……?)
未だ、設定が行方不明だけど。
もしかして、この人に召喚された口……とか?
でも、この人も。
何だか、困惑しているみたいだし。
しかも、こんな偉そうな人に、いきなり失言で、「今の無し」って……。
大丈夫かな。
最悪、牢屋の中とか?
いや、でも。
流石にオンラインゲームの中でそれは、ちょっと……。
「――ふむ。そうか」
「ひゃ! ゴメンなさい!!」
「良い。其方……さては、【異訪者】という存在か」
いほうしゃ?
ずっと考え事をしていたのもいけなかった。
本当に、緊張で頭が真っ白になって……。
しかも、知らない言葉。
固有名詞に混乱して。
「―――近頃、人界と秘匿の領土において。異界の智慧を持つ存在の来訪が続いていると、報告を受けた。少数ながら、我らが領土でも……な」
私のおかしな様子に頓着せず。
興味深そうに現状を伺う男性は、言葉を続けてくれて。
「未知の生物でなし、未知の種族でなし。奇怪な事に、種として我らと遜色がない……と。其方も、そういう手合いなのであろう」
「あ―――いほうしゃ……プレイヤー。……成程」
人間種、小人種、妖精種、半魔種。
要領は良い方だから、ゲームの種族や用語はすぐに覚えられたけど。
人界領域。
秘匿領域。
魔族領域。
彼等が暮らしている場所に、突然現れた存在。
そんなの、私達で間違いないよね。
なら、私も【いほうしゃ】なんだ。
「神出鬼没とは聞いておったが、よもや我の私室へ顕れるとはな。実に、よい機会だ」
「……………」
「女」
「……………」
「―――黙る、と。その反応。ここに出現したのは、受動的な物であるのか? ゆえ、混乱していると?」
「……あの―――その……」
「何か、答えるがいい。それとも、やはり―――我の首を狙う下手人か? この場で処断を望むか?」
あ、コレ。
何かしら応えないと駄目なヤツだよね。
今更だけど、この人腰に剣下げてるよ。
当然、私は本物なんて見た事もない―――え? もしかして本物なの?
いや、ゲームの中だし。
絶対本物で……首とか、刎ねられちゃうのかな。
(―――何か……なにか、言わないと)
ゴメン遊ばせ?
お日柄もよく?
只の学生に期待されても困る挨拶だよ。
学生にも出来て、かつ相手を怒らせないような、当たり障りのない……って。
また、私。
こうやって、逃げてる。
「凄く、混乱しています。それで―――なのですけど。あ、あの……恐れながら、貴方様の御名前は?」
でも、それ以外出来ないから。
今まで、一度も本気で使った事の無い言葉遣いで尋ねて。
小さく頷く男性は。
一先ず、返答に納得したみたい。
「我はジュデッカ。冥国タルタロスを統べるモノ、四祖魔公アヴリエルが壱」
「しそまこう?」
「……うぬ。ならば――言葉のみが通じる其方には、軍部元帥といえば分かるか」
ぐんぶげんすい……軍の、元帥。
つまり―――将軍とかよりも偉くて、軍人な人達の中では一番偉い……。
……………。
……………。
「―――女、何故平伏する」
「ゴメンなさい」
思わず平伏しようとして。
すぐに元の直立に戻って。
第一村人とか言うけど。
絶対、一番最初に会っちゃいけないタイプの人だよね。
というか、本当に。
何で私はこんな所に居るんだろう。
彼は、さっき。
珍しい事もあると言っていたし、プレイヤーが目の前に現れるのって、絶対に「当たり前」じゃないよね。
領土だけシステムで決められて。
座標は適当とか?
それとも、只の設定的定型文?
異訪者は必ずここに現れて、こんな風にこの人と話すのが通例とか……。
「……して、其方の名は。あるのか?」
「ぁ……ス―――クオン、です」
「す・くおん?」
「クオンです」
名前を付けたのなんて、遂さっきだし。
ゲームが余りに自然で。
この男性も、多分AIなんだろうけど、そう思えない程に自然な会話だったから。
危うく、本名が出かけたよ。
「なれば、異訪者クオンよ。其方へ問おう。いま、其方がすべき事は――何であるか」
「……牢屋、とか。いった方がいいですか?」
入りたくはないけど。
自分から入る方が、まだ平和そうだと思ったんだけど。
「ならん。まずは、其方の身体検査だ」
「え?」
帰って来たのは、予想外の言葉。
このゲームって、判別B……年齢制限12歳以上だよね?
そんな事されちゃうの?
「我の前に突然現れた、未知の存在。武器がないとも言い切れぬ。暗殺を――刺客である可能性を疑うべきであろう」
「………ぁ」
ごもっともだった。
◇
「―――あ、ボス? いつもの訓練に付き合って欲しいんですけど、今時間あります?」
「姫様、ご相談が」
「というか、ご相談があれば何なりと」
「ゴメン、ちょっと呼ばれてるの」
勇み足で歩く私に、掛けられる声。
私と同じ、半魔種としてログインしているPLだ。
【ON】のハードウェアは、徐々に安定的な供給が始まっていると聞くけど。
ハクホウワークスの新世代ソフト。
肝心の【オルトゥス】は。
未だ入荷待ちが多くて。
しかも、現在出回っているのは、ほぼ後発品だから。
初期生産版の限定特典。
キャラクターの初期作成に【半魔種】が出るソフトは、全体の数パーセント程と言われているくらいに少なくて。
私達の中にも。
自由に動き回れる組―――冒険家になった人は多いらしいけど。
私達は、政府に帰属した組で。
現在は、一つの目的に向かって邁進している。
「急いでいるから、ゴメンね? 目指せ、半魔種の地位向上」
「「おーーす!」」
現実世界での、今ある結果。
それらは、全部が全部、私がただ流された結果の産物だったけど。
この運動だけは、私が主導した。
皆に声を掛け、やろうと言った。
所謂、キャンペーンクエストというもので。
現在の魔族領土。
この地方は、完全に「魔族」という人たちの為の領域だけど。
研究の為に連れてこられた、普通の人間種さん達といった他種族の子孫も暮らしているから、魔族との混血である半魔種も居て。
迫害とまでは行かないけど。
ちょっとした差別を受けている。
だから、彼等の地位を向上させて。
魔族となんら遜色ない生活をさせてあげられるように、同じ種らしい私達は働いている。
勿論、簡単じゃないから。
コツコツやってるけど。
第一次クロニクルで、私達が人界のPLたちに勝利したことで、今はかなり見直されているらしいんだよね。
……………。
……………。
考えながら回廊を行き。
辿り着いた部屋の前。
スキルの【黒鎧生成】で鎧を纏いつつ。
私は、重厚な扉を叩く。
「―――来たか。入れ」
部屋の主は在中。
呼び出しておいて居ないとか。
そんな酷い人じゃないからね。
「……お呼びですか、ジュデッカ様」
「うむ。捜したぞ」
そう、ジュデッカ様。
魔王陛下が支配する冥国タルタロスの管理者―――四祖魔公の一人。
軍部元帥。
この国で、最も強い魔族。
普通、こういうのって。
トップに君臨している魔王様が最強……とかが通例だけど。
魔王陛下。
魔族とかじゃなくて、本当に神様らしいから。
ズルいよね、魔族。
神様が味方なんて。
「―――其方が我の前に現れ、一年以上が経った」
入室し、挨拶もそこそこ。
ジュデッカ様は、すぐに本題に入る。
この人、効率主義なんだ。
……私が初めてオルトゥスをプレイしたのが、発売月である去年の12月で。
今は7月も後半。
現実の一日は、こっちでは二日だから。
計算は間違っていない。
―――そっか。
もう、そんなに経つ計算なんだよね。
そして、彼がそういう台詞を言うって事は。
「……では、以前より仰っていた計画を?」
「話が早くて助かる」
人界には三つの国があって。
その内二つは、現在PLの拠点にもなっているというけど。
残る一つ。
皇国を、魔族領土にするという計画を、私は以前聞かされていた。
凄く壮大なんだけど。
私も、管理職だから。
一端を担わされちゃうのかなぁ……なんて、思っていたんだけど。
「しかし、その件にあたり。其方には、別任務に就いてもらおうと考え、召喚したのだ」
「……………!」
もしかして、出向?
テスト勉強とかでログインが少なかったから、管理職交代とか?
固まる私に。
彼は、怪訝な顔で口を開く。
「別任務が、それ程までに驚く事か」
「………ぁ、いえ」
「……ふむ。何を考えているかは問わぬが、ゆめ、忘れるな。其方が敗北に墜ちるまで、其方の地位が崩れる事は無い」
「―――は」
流石、叩き上げの元帥。
様子を訝しんだのも一瞬で、私の考えていたことを、すぐに見抜いたらしくて。
………えーーと。
「では、任務とは……?」
先の思考を誤魔化……払拭するように。
話が逸れていたから。
改めて自分から尋ね。
ジュデッカ様は、それを語る。
「世界喰らう深淵の底。城塞の神が眠る地」
「―――秘匿領域へ向かうが良い。世界を知り、己が世界を広げるのだ。四騎士が一、ヴァディス・クウォよ」




