第4幕:妖精郷のあるところ
神々が世界から秘匿した地―――故に、【秘匿領域】
様々な伝説が眠るこの地で。
一寸先は闇だった大穴を、紐無しバンジージャンプと墜ちていく中で。
「あーーれーーー……まぶし―――んう?」
移り変わりゆく視界と言動。
突如として、光明を見出した私は。
何と、いつの間にやら。
衝突の感覚なく、ふわふわした芝生の上に座り込んでいて。
……………。
……………。
「ふむ。おかしいね?」
しかし、どうだろう。
草原の上に座り込んでいるのは、私一人だけ。
キョロキョロ辺りを見渡せども。
何処までも続くようなだだっ広い、平面で青々とした草原が続いていくのみで。
特異な事に、空の色が……じゃなくて。
―――皆は、何処へ?
『ルミねぇ、今どこだ』
『ルミねぇ?』
『ルミ姉さん、何処へ?』
『おーい』
『返信してくれ』
鳴り響く怒涛のフレンドメール。
恐ろしきスパムさん。
先行したユウトはともかく。
後発組だったナナミとエナからも、こんなメールが飛んでくるという事は。
「―――もしかして。私だけ、違う所に飛ばされちゃった?」
その事を理解した途端に。
頭に浮かぶ幾つかの仮説。
「でも、そんな酷い……いや、或いは。見えている物が違う?」
それも、あるかもしれないよね。
自分の見たモノを信じる。
それは、大切な事だけど。
世の中では、目に見えるモノだけが真実とは限らない、ともいうから。
状況を整理すれば。
謎を解く鍵は、一緒に居たもう一人の少女だろうと分かり。
「一緒に居るか、確認も無し。メールが飛んできたのは、私だけ?」
……………。
……………。
「うん。多分、そうだ」
ゲームの仕様で考えてみよう。
大穴に飛び込むという混乱が既に存在しているのに、仲間のPL同士を更に別々の場所へ送ってしまうのは、かなり酷。
ここ、何もない原っぱだし。
魔物とか、孤独とか。
私みたいにレベルが低くて寂しがりやな人間は、怖くてログアウトしてしまうかもしれない。
なら、別な場所という可能性は低く。
そして、ここは秘匿領域唯一かもしれぬ入口。
大人数がやってくることが想定される場所だ。
ならば、見えていないという可能性。
寄生はやはりダメという事で、私はソロだし。
ハクロちゃんがパーティーになるのを嫌がってるのって、私だけだし。
「私がパーティーに加入していないから、という事なのかな」
「―――じゃあ、「待ってるよ」……と。コレで良し」
代表して、エナへメールの返信を送り。
一つ伸びをして。
雑貨屋で購入したシートを敷き。
草花のそよぐ原っぱ。
心地よい風を感じながら一人納得した私は、悠々と所持品欄から黒鉄特製レモンティーとクッキーのセットを取り出し。
まずは、一口……と。
サクリとしたクッキーを無糖らしいお茶で流し始めるけど。
「……ふむ。何だろう、この風。ちょっとおかしい?」
ゆったりとした時間での、何気ない気付き。
風向きが、ややおかしい事。
こんな見晴らしのいい平野だ。
当然遮る物なんて無いんだから、風は一定の方角から吹いてくる筈だけど。
まるで、遮蔽物があるように。
方角は同じでも、ちょっと別の場所から吹いて来ているような……。
頭を左右に揺らして考える。
そんな何気ない時間の中で。
【 ユウト からパーティー申請が届きました】
不意に送られてくる申請。
どうやら、あちらも私と同様の解答に行き着いたようで。
片手で紅茶を飲み。
もう片手の指で、一も二もなくOKボタン―――承諾。
「「―――――ぁ」」
「やぁ」
「ん。当たってたみたいだな」
「……何か、スッゲー寛いでるけどな」
「クッキーズルーい」
「ルミ。ジュース、ズルいぞ」
承諾の瞬間。
すぐ近くに現れる、見知った集団。
どうやら、御明算だ。
「―――で、ルミねぇ。絶対、分かってて放置決め込んだよな?」
「メールの文面的に、そうですよね?」
「皆なら、すぐ気づくと思ってね。仕様としては、かなり順当なものだと思うし」
任せたのは、皆なら大丈夫だと思ったからだけど。
私の言葉に。
顔を見合わせて苦笑いするユウトたち。
何かあったのかな。
「……いやさ、なんつーか」
「ルミさんなら。突然一人だけ消えても、全く不思議じゃないですから……ね?」
「―――なるほど? これはしたり」
そういう考えもあるか。
優秀な彼等にしては、解答まで間があったのは。
私の普段の素行が問題だったみたいだ。
反省のしようがないのも困りものだね。
「ところで、気になったんだけど。先に墜ちてきた子たちからは、後発組はどう見えてたんだい?」
私も。気付いたら座ってたし。
どうにも墜ちてきたという感じではなかったんだけど。
先に居た人から見て。
後から来た人は。どのように見えていたのかという問いなんだけど。
「あぁ、それは―――」
『お。しょーた? どうした?』
『……また仲間に裏切られた』
彼等の複合見聞録によると。
まず、ハクロちゃんの目の前に突然、パーティーから追放された魔術師さんが現れて。
『なぁ。なんで掴み合ってんだ?』
『『……………』』
追放後に仲間割れしたお仲間さん達が現れて。
『―――わっぷすっ!! ―――草! 芝!』
『……………此処は……平野?』
それから暫くして。
最後に現れたのが、ナナミとエナと……。
そして、何故かいない私。
皆、首を捻ったらしくて。
現れたという言葉から分かるけど。
ゲームの仕様上。
上から落ちてきたのではなくて、ワープしてくるような視覚効果らしい。
「ホントに、一人だけ異世界に飛ばされてなくて良かったですよ」
「簡単にやられちゃうからねー」
「それは、勿論。気付いてくれて良かったよ。こんな草原だし、魔物が出ないとも限らないからね」
「気付いたのは航と優斗っすけど」
「ほぼ同時に考え付いてましたよね」
おぉ。流石に、団長とブレーンだね。
未だに先の件が引いてるのか、不敵に笑いながら睨み合う悪友ふたり……そして。
思い出したように。
目を細めて女性陣へ視線を注ぐショウタ君。
「ところで、お二人さんや。……俺にごめんなさいは?」
「「はい、ゴメンなさい」」
古くより伝わる伝統芸能とはいえ。
あんな事をされれば、根に持つのは当然で。
これは、アレだね。
ナナミとエナがショウタ君に謝る光景は、かなりレアだ。
ちゃんと謝れる、良い子達で。
誠意があるって、素晴らしい。
「巻き込むなんて。酷い奴だな、航」
「どうして僕が穴に落ちるような運動エネルギーが発生したか、優斗は覚えてる?」
だって、こっちは謝らないから。
それが出来るだけも偉いんだよ。
謝罪を頂いて満足したのか。
肩を竦めたローブ姿の魔術師さんは、女性陣から目を離し……晴れて自由になった彼女等を含め、今この場に来たばかりの私達は、改めて景色に目を移らせる。
……………。
……………。
大穴に飛び込み勇んで。
深い暗闇を超えた先。
そこで私達が見たのは、とても地下とは思えぬ光景だ。
まず特徴的なのは。
何処までも続いている、橙と藍の色が混合した、黄昏色の空で。
色とりどりの草花が咲き乱れ。
ふわふわの芝が一面を支配し。
幾つもの筋に分かれ。
何処までも続いていくような、街道。
―――そう、街道。
「奇麗―――なんだけど……これ、さ。歩くしかないの?」
「マジかぁ……」
「ログアウトの時間、更に伸びたらちょっと眠いかもしれません」
「素直にナイトールで宿借りれば良かったかもね」
あとちょっとだけという考えだったけのに。
まだ先が長そうなのは、困るよね。
「失うものがない無敵の無職はともかく、こっちは無理だからな。……無難に、とっとと歩くか?」
「うーーす」
「虚無虚無です」
「いちいち無を付けてくるのは当てつけかな?」
仕方がないから。
一刻も早く都市へ辿り着こうと。
私がお茶会セットを片付けた後、皆で踏み出し。
サクサクの草原を出る。
街道は何処までも続いてるけど。
何故か、反対側の道はすぐそこで途切れていて。
途切れた先は草原だし。
当然、私達は奇妙にも道が途切れている後方ではなく、道の続く街道へ歩き始めるけど。
【―――深く―――深く―――瞳を閉じて】
「「……………!!」」
突然、システム的なアナウンスのように。
歌うような、淡く、優しい声が聞こえて。
「「―――ルミさん?」」
「私じゃないよ」
一斉に注がれる視線。
どうしてそこまで疑われるのかは心外……いや、心当たりしかないけど。
私の否定に。
皆、顔を見合わせて。
「―――ねぇ。これ、どう? 罠の可能性は?」
「ない……かな」
「こんな所で初見殺しなんてされたら、今頃公式サイトが大荒れだ」
「従ってみるのもいいかもしれません」
想定外の出来事に、一度冷静になりつつも。
皆、若さゆえの純粋さでその声に従い。
私もまた。
マリアさんの歌のように奇麗な声に、身を委ねる。
……………。
……………。
「―――――わぁぁぁ……!」
「「……………」」
「本当に……これだから、オルトゥスは辞められないな」
変化は、本当に突然だった。
私達が降り立ったのは、街道の脇にあった草原。
確かに、その筈だった。
だけど、瞳を閉じると。
仲間の声以外は、何処かおかしな風の薙ぐ音のみがあった聴覚に、街中の喧騒が聞こえ始めて。
淡い光明が差す……。
賑やかさが増す……。
再び瞼を開いたとき。
真後ろには、巨大な大穴。
真正面には、街道ではなく……天下の大通り。
本当に、狐につままれたような気分で。
先程経由した、【中立都市ナイトール】とよく似た都市風景が、そこには広がっている。
目立つのは、長耳さん。
今までに降り立ったどんな都市よりも、妖精種であろうNPCさんが多くて。
不思議なのは、上から落ちてきた筈なのに。
その大穴が、街道が途切れていた後方に、祀るかのように柵で囲われて存在していること。
これが、【秘匿領域】
天上の神々がオルトゥスの地上世界から秘匿した、幻の領域。
希少種族の楽園かと。
私は、思わず感嘆の吐息を漏らす。
「だから、風が……何ともはや。後ろに歩き始めてたら、一体―――というかあの穴、もしかして。向こうとは天地が反転しているのかな?」
「「すごぉ……」」
「ブラジルの人だ……!」
「凄いとは聞いてたけど。これは、想像以上だね」
PLは、冒険家だから。
あの途切れた道は、道の続いている方に歩くべきだという暗喩なのかな。
後ろに歩いてたら、また墜ちてたとか。
天下の運営さんが、本当に酷い。
別の場所に転移なんて悪どい事しないだろうという先程の信頼を裏切る行為だね。
「やぁ。ようこそ、冒険家さん達。ここは、エデンだよ」
「あ、ども」
「お疲れ様です」
複雑な心境ながら。
歩き始めた皆に倣い、街道ならぬ街中へと踏み込んでいくと。
村人Aさんロールプレイ。
こんな所にもいるのか。
村や都市の入口付近に立って、街の名前を言いながら手製パンフレットを渡してくるお仕事……否、趣味。
でも、こんな所に居るって事は。
そのPLさんの実力が生中なモノではないという証明でもあって。
隠れた実力者、なんて恐ろしい。
「……えーーと? 都市エデン―――って」
戦慄を覚えつつ、改めてパンフレットに目を落とすと。
表紙に描かれているのは、【世界喰らいの大穴】と、白亜の都市風景。
よく有る、観光名所の抜粋みたいな感じで。
でも、エデンって。
何処かで聞いた……いや。
何度か、見た事があるよ。
「エデン。妖精都市か」
「あぁ、それか」
「エルフの初期スポーン地域に設定されている都市だね。ルミねぇも知ってる筈だよ?」
そうだ、思い出した。
四か月前……私がゲームを初めてプレイした日に、妖精種の初期開始地点として紹介されていた都市か。
あの強面な店主君も。
最近もお店に来てくれる、吟遊ブラザーズも。
皆、ここから来たんだ。
何故か、感慨深いけど。
「―――でも、どうなんだろう。私達はマリアさんのお陰で此処に来れたけど……逆に、この都市から帝国に行くのとか、凄く大変じゃないかな?」
吟遊ブラザーズも。
出会った時のレベルは、今の私より明らかに低かった筈だし。
同じ道を通ったわけじゃないよね?
流石に一桁のレベルじゃ、難しいし。
「それ。チェンジ・リングっていう、特殊なアイテムがあるらしいんです」
「チェンジリング?」
それ、アレだよね。
西欧の伝説……妖精が自分の子共と人間の赤子を取り替えるってヤツ。
「使用すると、人界の重要都市に転送してもらえる、使いきりの初期アイテムですね」
「一度行ったら戻れない。そこは公平性の憂慮らしい」
「……面白いね」
ここと通商都市などが同様の難易度だからこそ出来る事なんだろう。
こっちも、初期開始地点の一つだから。
「という事は、この一帯の周辺難度も低かったり?」
「多分ね」
「穴にさえ飛び込まなければ、高難度はそうないんじゃないですかね」
「墜ちて早々都市ってのも不思議な話だが。手間も省けたし、これは僥倖だな」
「おう、やっと眠れる」
「……だね」
会話から伝わってくる解散の空気。
皆は、もうログアウトのようで。
もう、大人の時間らしい。
……………。
……………。
「じゃあ、またね」
「ルミねぇ、まったね~!」
「休みの予定、相談しておきます」
あまり眠気を感じさせない元気な様子の皆は、手を振って。
宿屋らしき建物へチェックイン。
今更だけど。
現実世界では未だ高校生である彼等が、さも自然に旅をして、宿を取るって、面白いよね。
現実だと、凄く大変だし。
実際、私も大変だったし。
ゲームって、本当に面白いね。
「でも、まだまだだよ」
世の中には、大人の時間というものがあって。
暗くなってからが本番なんだ。
幾多の出会いと別れを経て。
幾多の笑顔が見たくて。
幾多もの旅を重ねて。
その末に隠居して、まだ大好きな旅を楽しめるだなんて。
本当に、とっても素敵な事だ。
「―――あぁ、楽しみだとも。この都市は、どんな冒険を提供してくれるのかな?」
ナイトールは、あくまで中継都市みたいなものだったから。
規模も、小さかったけど。
エデンは紛れもなく重要都市。
秘匿領域の要であろう地域で。
もう少しだけ歩こう……と。
明日への楽しみをもう少し増やそうと、私は黄昏に染まる往来を歩き始めた。




