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ルーキスinオルトゥス ~奇術師の隠居生活~  作者: ブロンズ
第五章:ハイド編

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第3幕:世界喰らいの大穴




「マリアさん、な。……ルミねぇが気に入った理由が分かったよ」

「ふふふ……だろう?」



 彼女の後姿を見送り。

 こちらへと振り向ったユウトは、自然と顔を綻ばせる。


 珍しく緩い顔なのを見るに。


 相当気に入ったんだろうね。


 とても珍しい事だ。



「―――なぁ、航。カメラないか?」

「うーーん、残念」

「それに、もう戻っちゃいましたよ」

「久しぶりに仏頂面が取れたと思ったんだけどねぇ。何でか、コロコロ変わって不機嫌に……へへっ。多感な年頃なんだねぇ?」



 でも、それだけ珍事だから。

 他の皆に、あの手この手で茶化されて。


 折角の笑顔が一瞬で消失。


 でも、これも仲間故かと。


 顔を顰めたユウトは、一つ溜息を吐き。

 そのまま、急かすように言葉を切り出す。



「一応、目的は達した。マリアさんもお開きとは言っていたが―――この後は、どうする?」



 そう、今後の事なんだけど。


 大規模ギルドの事を考えるに。

 また、彼女が一緒になって遊ぶというのは、かなり先の話で。


 それ迄、この先へ行く事を待つのは現実的じゃない。


 そもそも、彼女自身は。

 既に、新たな世界……秘匿領域へ行った事もあるだろうし。



「うーん。ここはやっぱり、あと少しって所だね。ログアウトしなきゃっていうのは、あるんだけど……」

「ここ迄来てお預けって言うのも……ちょっと酷だしな?」



 なれば―――先へと進む。


 どの道……いや。

 定められた道が、すぐそこに存在しているんだからと。



「じゃあ、決まりだ。手っ取り早く、入り口へ飛び込みに行くか」



 話は纏まったようで。

 活気のある大通りを抜けて歩き始める皆の後ろに付いて、何も知らない私と、知らないであろう少女も行く。 


 マリアさんに誘われた段階では。

 余りのスケールの大きさに、本領域への到着は時間が掛かるだろうと思ったけど。


 この都市にさえ着いてしまえば。


 案外、そうでもないようで。



『―――あな?』

『つまり、そういう事らしいんです』

『私達も、とんでもなく深くて大きいって事しか知らないんだけどね~~』


『というか……ね』

『場所のネタバレされたんだよなぁ……』



 それは、ナイトールへ到る道中で聞いた話。

 秘匿領域への、そもそもの行き方。 


 実は、この世界における人間種は、基本的な会話が可能な生物――知的生命の中で、最後に生まれた種族らしく。


 彼等が生まれ落ちる以前。


 今より遥か、神代の世界。


 地底の神々が生み出した魔物。

 地上全土を呑み込む様な、その圧倒的な物量に、只蹂躙されるだけの妖精、小人などの亜人。

 

 それを見かねたのが、天上の神々で。


 心清き亜人の為に用意された逃げ場所は、やがて彼等の楽園となり。


 しかし、その隠れ家は。

 空の上でも、地上の何処かでも……その実、地下空間ですらないと。



 聞くだけでは、非常に難解な話で。



 ただ一つ確かなのは。

 地上より消えた世界へと到る道は、余りに暗い……昏いと。



 ……………。



 ……………。



 大通りから、徒歩で坂道を下る事数分。

 最早NPCさん達の姿はなく、まばらに存在していたPLさえも、少し離れれば姿は見えない程に、一寸先は無。


 前方は本当に()だけど。

 踏みしめる砂の感触と、横風の多さから探るに。


 やってきたのは、広大な砂浜。


 となれば、広がるのは大海原。


 深い霧に満たされた海辺。

 ……その筈なんだけど……果たして。


 海にしては、さざなみの音が全く聞こえず。

 そもそも、この都市は三国の境であり、海などは存在しない立地で。


 やがては、身体が濃霧へ適応を始め。



 景色に目が慣れて来て。



 ようやく、理解できる。



 浜の先に見える宵闇。


 何処までも続く暗闇。


 その正体は―――底の見えぬ、巨大な虚空。



 恐ろしき、深淵の入口だった。



 ポッカリとくり抜かれたように。

 地の底から、風だけが吹き抜け。

 奥底には、まるで巨大なナニカが存在して、寝息でもたてているかのような音が耳を撫で続ける。


 ソレは、今に。


 今にも、眠りから醒め。

 この途方も付かないような巨大な口で、世界を飲むだろう……と。



 そんな思考を隆起させ。

 実際、大昔の人々も同じ感想を抱いていたのだろう。




 故に名付けられたのは。



 この道の名は、【世界喰らいの大穴】




 秘匿領域と人界を繋ぐ扉。

 或いは、ここと、ここではない何処かを繋ぐ門。



「おーー」

「これは―――凄いね……」



 思わず、感激も止む無し。


 世界遺産待ったなしだよ。


 高層ビルを山と束ねて、そのまま丸ごと放り込めそうな巨大な穴へ向けられる視線。

 一斉に目を奪われる私達。


 余りの威容に、平衡感覚さえ失われたような気が。


 深淵が、私を誘っているような気さえしてきて。


 本来なら……。

 本来ならば、底の見えぬそれに、ヒトは生理的恐怖を覚える筈なのだろうけど。



「―――やっと、秘匿領域……っ!! 妖精種や小人種以外の種族もいるんですかね?」

「……どうなんだろうな」

「私達も楽しみたいから、出来るだけ情報サイトを覗かないようにしてるしーー?」

「待ってろエルフッ!!」

「……うん。早く、行こうか……!」



 新しい小説を読み始めた時。

 彼等の年齢で言わせてもらうのなら、全く新しいゲームを始めた時。


 未知との遭遇というのは。


 いつだって、心躍るもの。


 恐怖なんて、とんでもない。

 皆、凄く楽しみみたいだよ。



「でも、本当に……あぁ。飛び込むって事で良いんだろうけど……本当に、魂ごとスポンって持っていかれちゃいそうだよね? ハクロちゃん」



 いま、この高鳴る思いを共有せんと。


 私は、隣の少女へ声を掛けるけど。

 彼女は、果たしてどんな感想を―――んう……?



 ……………。


 

 ……………。



「―――あれ、ハクロちゃんは……?」

「「え?」」



 おかしいね。

 ほんの十秒前には、確かに。



「というか。さっき迄、間違いなく隣で覗き込んで………ぁ」



 ……………。



 ……………。



「もしかしてだけど……」






「「持ってかれたぁぁぁ―――――っ!!?」」






 スゥッと穴に入って。


 そのままスーーって。


 まるで導かれるように、自然に入って行っちゃったのかな……?

 彼女なら、それも普通にあり得る気が……。




『まだ、こない?』




 心配に溢れる私たちの元へ、すぐにメールが到着して。


 これは、間違いない。

 小さな剣士、深淵の中で一人歩き。


 

「「……………」」



 そして、その事実とメールは。

 決心の暇さえ与えず、プレッシャーとして皆へ圧し掛かり。


 一番手が名乗り出れば。


 誰か一人でも飛び込めば。


 皆、次々に飛び込まざるを得なくなる物。

 しかし、そういう意味では、実際の投身現場を目撃していない彼等は、一時の安心を得るため、更なる生贄を欲している訳で。



「―――という訳で……誰が最初に行くんだ?」



 ショウタ君が疑問を提示。

 慎重な声色で、議論の糸口を探り始めて。


 こうなるのは、明白だけどさ。


 こうなってくると、もう一つ。


 その後も、ほぼほぼ明白。

 この五人のやり取りをよく知っている私には、よーく理解できて。



「言い出しっぺの法則って知ってる?」

「流石に反応良いよな、お前は」

「本当にね。将太君って、反射神経? 動体視力ぅ……っていうの? そういうの、凄いよね~~?」



 凄くふわっふわだね。

 間違いなく、そのどちらでもないし。



「魔法も、私の中で一番ですからね?」



 それは、確かに。

 メンバーには魔術師が一人しか居ないんだからね。


 少し考えれば。

 明らかに、おかしいと分かる誉め殺し。

 しかし、次々に賞賛される本人は、冷静で客観的な分析などできなくなるのが常というもので。



「……そりゃ、まぁ。俺の炎は深淵も照らす紅蓮の……」

「あの戦鎚さんと被ってるし」

「暗くてもアトミックがいるしな。これは、決定だ。墜として死亡ログが出なければ確認完了っと」




「うん、うん―――うん……?」




 言い出しっぺさんは、すぐさま後ろから押され。

 巨大な穴の前に立たされる。


 これ、アレだよね。

 海賊が捕まったり捕まえたりした時に、板の上を歩かせてサメの餌にするっていうアレ。



 どうしてこうなったのかな。



「あーーーっと、ちょっとタイム! おれ、ついさっき高所恐怖症になったんだよ! だから放して……放せェ!」

「大丈夫だ。すぐ放してやる」

「意味が違うっ!」

「大丈夫です。私達が隣に居ますから」

「そうそう。傍で支えてるからね」

「逃げないように矢を番えながら言わないで! あと背中短剣でツンツンすんのやめーや!」



 あぁ、逃げられない。

 

 両サイドからナナミとエナが圧をかけ。

 さぁ行けと背中を叩かれている状況を、彼は振りほどけない。



「あ。将太、良かったね」

「そうだな。合法的に女性とお触りが出来たじゃないか」

「なんか思ってたんと違うのぉぉぉ!!」



 流石はショウタくんだね。


 その往生際の悪さは健在。


 これは、まだ暫く掛かりそう……。



「な、なぁ……? やっぱ、ジャンケンで決め―――」

「早く行って(ください)」






「―――――うわああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」






 でも、なかったか。



 ……………。



 ……………。



 いやはや、悲しきかな。

 彼の仲間には、情なんて欠片も存在していなかったみたいだ。


 皆、手だけでなく、足も引っ張り合ってるんだ。

 私には、とても真似できないよ。



 両脇から背中を強く押され。



 悲鳴と墜ちていく姿を目に。



 砂漠に墜ちた針を探すように。

 虚空へのまれた彼を見逃すまいと、私は瞬きを忘れて穴を覗き込むけど。




「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ……………」




 断末魔の悲鳴が。



 ……………。



 ……………。



 ―――突然―――ぷつりと途切れて。



 どれだけ深い穴でも。

 地下へ続く穴である以上は、切断されたように音が途切れるという事は無い筈なんだけど。



「やっぱり……本当に、世界が違うのかもしれませんね」

「どういうこと?」

「悲鳴、半ばで途切れたじゃないですか」



 その不可解な現象について。


 淡々と議論を始めるエナ達。


 たった今、人を突き落としたとは思えない冷静さだ。



「……なんか。女の子って怖いんだね? 優斗」

「今更か? あと、俺に意見を求めるのは止めてくれ―――よっと」



「………ぇ?」



 これ、本当に日常なんだよね?

 ユウトたちは、常時パーティー崩壊の危機でもやってるのかな。


 まるで、朝の挨拶のように。


 友人の肩を軽く叩くように。


 トン……と。

 隣で覗き込んでいた友達の背中を、ゆっくりと押すユウト。



「じゃあな、航」



 そのまま、ワタル君の身体が前のめりになって……。



「―――まぁ、そう来るだろうなとは思ってたよ」

「……………ッ!!」



 未だ浜を踏みしめていた一方の脚を軸に。

 燕尾服のまま、華麗に一回転したワタル君は、疾風とユウトの脚を掴み。


 そのまま、自由落下と。


 仲良く墜ちていく二人。



「……バカなのかね? あの二人も」

「バカなんですよ」



 そして、聞こえるべくもないから。


 残った二人は、言いたい放題。

 呆れかえったような白い目で穴を覗き込んでいるけど、少し前の自身たちの行動を思い返しはしないのかな。


 ここ迄の時間、僅か一分。

 私が介入する暇もない程に華麗なパーティー崩壊。


 もう、参加して良いだろうか。



「じゃあ。そろそろ、私たちも行くかい?」



 皆が待ってるんだ。

 時間も押しているし、久しぶりの紐無しバンジーと行こう。



「ルミ姉さん。私、映画のワンシーンみたく、抱き締めてもらいながらが……」

「あっ! ソレズルい! 私もそれが―――」



 本当に久しぶりだし。


 基本技で攻めようか。


 私は、挨拶の為に二人へ向き直って背面の形をとり。

 そのまま、つま先で浜を軽く蹴る。



「じゃあ、二人共。私も、お先に失礼―――っと」

「「えぇ……っ!?」」



 こういうのは度胸だ。

 奈落へ身を躍らせるのが怖くて、どうして冒険が出来ようか。


 幾多の先人に倣い、私も虚空へ。


 暗い、昏い大穴へ。

 まるで、世界その物を呑み込みそうな程に深い暗闇へ、身を躍らせた。

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