第1幕:TPギルド長の受難
「秘匿領域―――って……。まさか、簡単に行けるルートが解放なんてねーー?」
「凄い話ですよね。私達も、その内……って位の考えでしたし」
「情報の先行入手、な」
「僕達、一度もそんな話聞いてないし」
「情報網って、やっぱり大事なんだなーー。流石は、大規模ギルド様」
皆、口々に褒める褒める。
「ふふふふ……っ。もっと褒めても良いのですよ?」
そして、マリアさんが喜ぶ。
これが、永久機関なのかな。
【秘匿領域】直行。
それは、私にとっても嬉しい話で。
今までは、伝聞で情景を推測するだけだった場所。
店主君の故郷でもある地域へ行けるという、敏腕キャッチセールスもかくやの触れ込みだった。
裏技とかじゃなくて。
元々、運営……管理者たちの意図が混じったモノらしく。
イベントを色々やる予定だから。
是非沢山のPL達に来て欲しいと。
そういう企画らしい。
でも、一応は未公開情報。
ゲーム内で、NPCさん達の会話が片鱗を見せる程度で。
まだ準備の段階でその情報を入手出来るなんて、数の利はやっぱり凄いんだ。
「……それで。今更なんですけど。本当に、俺達も良かったんですか? マリアさん」
「えぇ……! 勿論ですわ、ユウトさん」
隠された幻の領域を見つけんと。
南部の学術都市と、王国の国境線沿いを征く調査隊。
隊長は勿論、その在処を知るマリアさんで。
同行者は、私とハクロちゃん。
当初の二人に加え、お誘いを受けてすぐに駆け付けてくれた風の子さん達。
本当に自分達も良いのかと。
改めて尋ねるユウトだけど。
出発した後になって聞くのもアレで。
全然ダメな素振りも無かったし。
事実、隊長さんは、まるで気にもしていないようで。
「元より、これを恩などとは考えていませんわ。抜け駆けとはいえ、すぐに、運営から公表される情報。そして、海岸戦線での奮戦。皆さんなら充分に資格アリな実力者だと、私も理解していますの」
「いやァァ……」
「へへへへ……」
「照れますね」
「自らの実力で行けるのでしょうけどね。こうして、私もご一緒出来る事に意味がありますわ。……そう、ここで仲良くなって、安心して私のギルドに……」
「あ。スミマセン」
「「ゴメンなさい」」
「即答ォ! ……ふふッ……! 流石はルミエールさんのお仲間さんですわぁ……こふッ……!」
皆で会話を楽しみつつ、歩く。
どうやら、本当に安全らしく。
魔物の脅威も無ければ、何らかのPK集団も待機してはいない。
……でも。
本当は、こんな楽じゃないらしい。
何せ、秘匿領域へ行けるルートは、どれもが【周辺難度:B】
エネミーさんのレベルボーダーは40~55
レベルだけなら、下弦騎士さんにも匹敵する程らしく。
現在の環境では、非常に高難易度に設定されているというから。
ユウトたちですら。
こちらへの冒険は後回しにしていたらしく。
しかし、流石はTPのマリアさん。
「私達のギルドは、独自に団員の多くがルートを開拓済みなのですわ」
「おぉ……」
「強い」
「さすマリ」
「さすマリやめて下さる?」
彼等【戦慄奏者】は勿論。
その団長であるマリアさんも、アンロック後の転移が出来るようで。
「なして、また歩いて行こうとしているんです?」
「飛んで行けばすぐですよね?」
「決まってますわ」
決まってるらしい。
これ、彼女の口癖の一つだったりするのかな。
「―――ルミエールさん」
私が、少し考えていると。
彼女からお呼びが掛かり。
「はいはい?」
「私達は……その。友達ぃ――友達、ですわよね?」
「うん、勿論」
「……ふふ。では―――友達と遊ぶのに、友達を助けるのに、損得勘定など必要ありませんのよ!」
「「……………!」」
「皆さんとただ遊ぶ為だけに、今日のギルドはオフですの! さぁ、ズンズン参りましょう!」
そう言いながら。
彼女は、我先にと案内を続けてくれる。
「お? ……おーー」
ハクロちゃんの手を引いて。
連れられている少女が、嫌がる素振りを見せないのも。
純粋に楽しんでいるという事で。
「……うん。何か……さ?」
「あぁ。なーんか、ちょっと俺たちの想像と違うな?」
そんな中。
私は、ショウタ君とワタル君が顔を見合わせている事に気付き。
その会話に疑問を覚える。
「―――想像って、どういう事だい?」
「なんて言うんすかね」
「ちょっと、耳を憚るかもしれない話題なんですけど……」
気になって尋ねた所。
皆は、マリアさんの所属する団体について、あまりいい評判は聞かないらしく。
作戦などあったものではない、数の暴力による無戦術プレイ。
団員による他ギルドへの嫌がらせ。
地位の高さにかこつけた資源や狩場の独占。
……その他、諸々。
大人数だと気が大きくなるとか。
自身が確かな地位にいることで、増長してしまうだとか。
そういう話は多けれど。
確かに、聞く限りでは、ちょっと顔を顰めてしまうモノで。
「―――でも、な。……あれ見てると……どうだ」
……………。
……………。
「旨い。料理上手いな、まりあ」
「ふふふっ……」
「ノルドの次に上手いぞ」
「負けましたわ!? どなたか存じ上げない方に……!!」
「……いえ。ダイジョウブです。こうして餌付けして、料理のレベルを上げて。いずれは、ハクロさんを私のギルドに……」
「ん。ぎるどに?」
「―――ぇ? はっ! また口に!?」
………ふむ。
凄く乖離しているね。
その噂、彼女自身には全く当てになってない。
「なんていうか、さ? マリアさん、凄く純粋みたいだし……普通に性格良くない?」
「エナ判定白の時点でな」
「アホ可愛いよなーー」
「流石に失礼ですよ。……いくら、その通りでも」
むしろ、こっちが性格悪いし。
先導してくれる二人の後ろでヒソヒソ話なんて、ちょっと……ぁ。
「―――きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」
幾ら、安全ルートとは言え。
魔物が全く出ないという訳ではないらしく。
大きな蛇さんがこんにちは。
ひょこりと顔を出した瞬間、マリアさんが可愛い悲鳴を上げて。
「ハクロさんすごぉぉぉぉぉぉ!! 可愛いィィィィィ―――ですわ!!」
あっさり魔物に襲われ。
あっさり彼女は蹲って。
あっさりと、一刀のもとに斬り伏せる隣の少女。
やっぱり、マリアさんはアレだよね。
「前も思ったけど。マリアさん、戦闘は得意じゃないよね?」
「えぇ、そうですわ!」
私の声が聞こえたのか。
まるで、誇りに思っているかのように。
一瞬で蹲っていた体勢から立ち上がり、髪を掻き上げながら、彼女は頷く。
「じゃあ、ナカーマ」
「いえ。わたし、それでも無職さんよりは戦えると思うのです」
「はい、はい! 私、前から知りたかったんですけど、どういう職業なんです?」
「ふふふ……気にになりますの?」
「ますの」
「教えて下さる?」
「……将太? 優斗?」
「えぇ、宜しいです! 特別に、教えてあげますわね!」
突然増殖した御嬢様たちの声を受け。
さながら、舞台に上がったヒロインのように。
彼女は気取った仕草で話し始める。
「私の一次職は―――【歌姫】!!」
「言霊歌という、まじないのような歌を放つことで、自陣に属する味方、又は範囲。私自身の指定に応じて、多種多様な能力支援を行えるのです!」
「範囲が大きければ、個々への付与は小さくなり。人数が数える程なら、本当に凄い能力上昇を与えられますのよ!」
成程、ユニークな力だね。
本当に、サーバに一人しかいないから良いものの。
「……壊れてるな」
「攻撃にも守りにも使えそうじゃない?」
「うん。それこそ、自分一人に掛けて……」
「あぁ、ワタルさん? 実は、自身には使えない制約がありますの」
良いバランスだね。
仲間たちが皆強化されるというのは凄いけど、人数によっては雀の涙の加護だろうし。
彼女に戦闘力がなければ。
優先的に狙われるから、護る為に人員を割かなければいけないと。
見て分かる弱点もある。
「重ねて。言霊歌は、ちゃんと旋律を遵守する事、対象へ歌が届く事が大切で。元々の雛型が頭に浮かぶ歌詞、楽譜のみなので、練習も必要ですわ」
「………楽譜?」
「それって……」
「上手く起こして歌にしないと、そもそも使えないって事なんですか?」
「えぇ、音を外しても、効果半減ですわ。私は、偶々――そう、偶々そっちの知識があったので、うまく使いこなせたのです。あと、わたし、声も大きいので!」
確かに。
「……楽譜見てもリズムとか分からんわ」
「素人はねェ……?」
「やっぱさすマリ?」
「と言うか、さっきから扇動してくれてたけど……」
「えぇ! 私個人は、対人戦では役立たずですの! ハクロさん万歳ですわ!」
……………。
……………。
なんて自信満々なんだろう。
マリアさんは、本当に己の役を割り切っている感じだよ。
それを理解してか。
皆、感じ入るように。
凄く温かい目を彼女へ向けるようになっていて。
「で―――その……今更なんですけど」
「はい、ユウトさん」
「その情報、凄く価値があるのでは?」
「―――はれ?」
「……ホラ、例えばですけど」
「その情報を取引材料にして、ルミ姉さんやハクロちゃんに入団を迫るとか、出来るかもしれなかったですし」
「そこら辺、考えなかったんすか?」
「……………ァ」
「「あ?」」
「―――そうです! そうすれば良かったんですわ!!?」
………可愛い。
「うううぅぅぅぅぅぅ……不覚! でも! 仕方なし、ですわ!」
「「切り替え早」」
「大丈夫です! 能力値までは見せてませんので―――はい? 何ですの? ハクロさん」
最後の一線は守り切ったと。
額の汗を撫でる仕草をした彼女だったけど。
クイクイと。
下の方から服の袖を引かれ。
「まりあの能力値、見たいぞ」
「「……………」」
「いえ。その……」
「代わりに、ハクロの能力も、見せてあげる」
「見たいですわっ!?」
「見せただけはダメだぞ。ユニークの保護無しだ」
「成程! その手が―――ぐぬぬぬぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……!!」
先に防衛策を潰され、対等な交換条件を持ちかけられて。
マリアさんは、迷いなく指を動かす。
見せてくれるみたいだ。
……でも、良いのかな。
「……なァ。これ、別に俺たちにも見せる必要とか―――」
((しーーー!))
「え? 何ですの? ヒソヒソ話は良くないって……」
「まりあ」
「あ、スミマセン……ゴメン遊ばせ」
―――――――――――――――
【Name】 マリア
【種族】 人間種
【一次職】 歌姫(Lv.39)
【二次職】 料理家(Lv.5)
【職業履歴】
一次:術士(1st)聖術士(2nd)
歌姫(――)
二次:吟遊詩人(Lv.3) 料理家(Lv.5)
【基礎能力(経験値0P)】
体力:20 筋力:10 魔力:52(+25)
防御:10(+15) 魔防:30 俊敏:25
【能力適正】
白兵:E 射撃:E 器用:B
攻魔:E 支魔:EX 特魔:A
―――――――――――――――
……………。
……………。
ハクロちゃんとは、完全な正反対で。
また、極端な手合いだね。
一人だと本当に無害だけど、仲間がいると凄く厄介なタイプだ。
あと、二次職も高くて。
転職して二つ取ってるし。
今まで出会ったPLの中では、トップクラスに育ってるよ。
【自堕落促進】がないのに、これなんて。
さては、天性のダラダラ気質……失礼か。
「EXって……ヤバ過ぎ」
「そっちは規格外だが。特殊魔法がこんなに高いのも、初めて見たな。器用も普通に高いし」
「二次職も、随分レベル上げてるんですね」
「趣味にも全力なのが私の流儀ですの。それでこそ、一流のプレイヤーと……」
「―――まりあ、本当に器用なのか……?」
「……………」
「さっき、クッキー落としてたぞ」
「……………能力補正は悪くありませんの。それは、私のおちょこちょいの所為ですの」
ハクロちゃん?
そういうのは、聞いてあげないのが良い友達だよ。
「二次職、吟遊詩人はどうして?」
「それは……その。名前が格好良いと思いましたので……でも、料理も良いかなって」
「楽しんでますね」
「一番良い楽しみ方だねーー」
「ま、俺たちの楽しみは」
「―――専ら……コレ、だよね?」
それは、突然の事で。
前衛組が道先を睨む。
それに合わせるように。
今迄の静けさが嘘のように、横道から魔物が出て来て。
「―――んじゃ、私たちは。軽く運動と行こうかね?」
「はい。何時でも撃てます」
皆、準備万端。
戦う覚悟など聞くまでもなく。
今現在、唯一の疑問としては。
「マリアさん。あと、どれ位で着くのかな?」
「もう、殆ど目的地ですわ。最後の最後で戦闘があるのは、ゲームのテンプレですのよ?」
「「ですのですの」」
そうだったのか……!
じゃあ、私は下がっといて。
後ろでヤジを飛ばすとして。
「お嬢さん。一緒に観戦は如何?」
「是非!! ……と、言いたい所ですが―――私も、トップギルドの団長。二次職だけの小娘ではなくってよ」
「おぉ……?」
「皆さんが居るなら、何も怖いモノなどありません!」
「見せてあげますわ! 私の奥義―――神々の御伽歌を!!」




