プロローグ:初心者応援パック
「ルミエールさん! 私に付いて来てもよろしくてよっ!」
ふむ……。ふむ……?
ちょっと、アレだ。
よく分からないね。
彼女の狙いは、一体なんなのだろう。
「マリアさん。それは、どういう事なんだい?」
「決まってますわ!」
決まってるんだ。
それは、申し訳ない事を。
……………。
……………。
ある夏の日の事。
私が、例の如く商店二階で寛いでいると。
例の如く、お客さんが来て。
最初は、いつものハクロちゃんかとも思ったけど。
定休日で店主不在の中、店の扉を開けてみると―――これが意外。
扉の向こうに居たのは。
ボリュームある、ロールの掛かった茶髪。
澄んだ緑色の瞳。
女性としては平均的な身長で、やや目じりのつり上がった女性。
ギルドランキンク5位。
トップギルドが一つ、【戦慄奏者】ギルド長であるマリアさんだった。
彼女とはフレンドで。
海岸都市で出会ってからは、良くしてもらってるけど。
………それでも。
第一声が、今のアレは。
出会い頭の挨拶としても、やっぱり、ちょっと分からないよね。
「付いて来ても……あぁ。もしかして、デートのお誘いなのかな」
取り敢えずは、立ち話もなんなので。
彼女を店の中へ招き入れ。
話を聞くことにしたけど。
「ででででででッでーーとぉ―――っ!?」
「違うのかな」
「いえっ! これを好機とか思ってないです! そちらからそんな事を言われて、「あ、コレもしかしたら絶好の機会だ」なんて思ってないですわっ!」
思っているみたいだ。
とても、正直な子で。
マリアさんとはメル友だけど。
やっぱり、忙しいらしくて。
ログインしていても、本当にメールでのやり取りばっかり。
今のところは。
近況メールのプロであるハクロちゃんと良い勝負だね。
「あいやっ!? ちっ――違うんですの!」
「違うんだ」
「えぇ……! 今のは言葉の綾でして、私は―――」
―――ピンポンチャララ……と。
再び鳴り響く呼び鈴。
私は、また席を立つ。
「ちょっと、待っててね。お客さんが来たみたいなんだ」
「タイミングぅぅぅ……!」
「弁解は聞くからね」
「もう、全く信じてない感じの台詞ですわ!」
さて、さて。
今度は誰なんだろうと。
いつも通りの、ヘンな呼び鈴を受け。
扉の前に立った私は、ゆっくりと木製のソレを開くけど。
「はい、はい。お待ちどうさま……おや、誰も居ない」
「ルミ、しただ」
「おや? ――元気そうだね、ハクロちゃん」
今度は、いつも通りハクロちゃん。
私がログインしていると、高確率でやって来て、外に連れ出してくれる頼もしい存在。
引きこもりには得難い友人だ。
「どっか、いこう?」
「それも楽しそうなんだけどね。実は、お客さんが来ているんだよ」
「………ん」
「大丈夫。良い子だから、紹介するよ―――さぁ、どうぞ?」
「ん、お邪魔するぞ」
これは、いい機会だし。
2人を引き合わせるのは良い事だろうね。
性格から考えて。
喧嘩に発展する可能性は、限りなく低だ。
「ルミエールさん? 随分と可愛らしい声が聞こえましたけど―――ふぁ」
「あ、マリアさん? こちら、ハクロちゃん。古代都市で活動してる、新進気鋭のPLさんだよ」
「………ちっちゃ……かわ……!」
「ハクロちゃん? 彼女は、マリアさん」
「お?」
「トップクラスのギルド団長さん。凄い人だよ」
「おぉーーー」
衝撃を受けたように固まるマリアさんと、感心したように万歳するハクロちゃん。
さぁ、役者が出揃ったけど。
どういう化学反応を起こすか。
私は、一歩下がった位置で若い二人の様子を見守る事にして。
……………。
……………。
最初に動いたのは。
やはり、社交性に勝るであろう女性ギルド長。
「貴方、かわっッ――……ではなくて」
「……………?」
「んんっ! 今日の私は、ルミエールさんに用があるのです。お人形さんみたいにかわ――んん! ではなく、貴方は、お呼びじゃありませんのよ」
「……よく分からないぞ?」
ちょっと咳払いが多すぎるね。
私も、流石に聞き取れないよ。
「それに、貴方―――やっぱりかわ……ふん……!」
マリアさんは、何度も何度も顔を動かし。
ハクロちゃんの姿を上下と眺め。
やがて、幸せそうに顔を綻ばせたかと思いきや、何かを振り払うかのようにかぶりを振る。
「とても、強そうには見えないですわね」
「ハクロ、強いぞ?」
「……あ、それは失礼を。……ですが! いくら貴方が強くても、所詮は一人……! サーバー最大の団員数を掲げる大団長、唯一無二のユニークである私にこそ、ルミエールさんは相応しいのです!」
自身の武器を最大限と誇示し。
それを相手にも認識させたマリアさんは。
サラッと自身の髪を撫で。
どうだと胸を張りつつも、屈んで小さな少女と同じ目線で話すという技術を見せてくれる。
……優しい。
「まりあ、ユニーク?」
「えぇ……!」
そして、畳みかけられたハクロちゃんは。
やはり、マイペースに確認を取り。
「お揃い。ハクロも、ユニークだぞ」
「…………へ?」
「――ハクロちゃん。ソレ、教えて良いの?」
「まりあ、ルミの友達じゃないのか?」
「うん、友達だけど」
「……………!!」
「じゃあ、問題ない。ルミの友達に悪い奴いないからな」
うーーん、……それはどうかな。
レイド君とか。
同じくユニークさんなんだけど。
ちょっと――かなり――結構悪い子な気がするけど。
首を捻る私を他所に。
ハクロちゃんは、マイペースに自己紹介を始める。
「ハクロは【剣聖】のハクロだぞ。あと、ルミの親友だ」
「なっ!? しんゆ………!! ―――はれ? 今、なんて?」
「しんゆう?」
「いえ。そちらも大事ですけど、その前ですわ」
微笑ましいやり取りだ。
まるで姉妹みたいだね。
ハクロちゃんは、困ったように顔を顰め。
自身の言葉を思い出す。
「……………うん? ハクロは、剣聖のハクロだ」
「……けんせい? ――あぁ! 【剣聖】ですわね!」
「ん」
「その剣聖だね」
「えええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッ!!!?」
「めちゃめちゃユニークっぽいですわ! 強そうですわ!」
「ん、強いぞ」
「次期12聖天だからね」
「12聖天……って―――えぇぇぇっ!? シュトラント伯さまと同じ、最強NPC!?」
「ハクロちゃんは、その弟子なんだ」
……………。
……………。
「―――え? いや……ぇ? 何かの夢ですの? ―――えぇぇッ!? 何ですのッ!? わたし、高度な心理戦を仕掛けられてますのぉ……!?」
「……ルミ、また悪い事してるのか?」
「どうなんだろうね」
「また」は心外だけど。
そうなのかな。
今は、誰も彼女を騙そうなんて考えてはいない筈だけど。
フラフラとよろめいたマリアさんは。
やがて、目の色を変えて、ハクロちゃんへ詰め寄ると。
「あ……あの、ハクロ……さん?」
「んん?」
「お菓子――食べます?」
「ん。食べるぞ」
「ふふふふふふふふふふふ……!!」
懐柔しようとしてる。
前から思ってたけど。
彼女は、人材マニアさんなのかもしれないね。
「ところで、マリアさん。用事を聞いている最中だったけど。一人なんて、随分珍しいし―――どうかしたのかい?」
「………ぁ。そうでし―――あぁぁ……っ!?」
さながら、わんこそばのように。
次々と餌付けを行っていた彼女は、私の問いかけに反応し……たのも束の間。
焼き菓子が手を離れ。
いつかのポーションのように宙を舞い。
「―――んむ……っ。うまーー」
すかさずハクロちゃんが回収。
それを見届け。
胸をなでおろしたマリアさんは、思い出したように私へ向く。
「そうでしたわ! 私としたことが、忘れる所でしたわ……!」
「中級者応援キャンペーーン……!! 地下の楽園を見に行きましょう――ですわっ!」
……………。
……………。
「「?」」
「これは、お誘いですの。お抱えの情報屋が発見した、まだ公式の告知もされていない情報。いまならば、先んじて抜け駆けし放題!」
話がちょっと見えてこないけど。
「………ん?」
「それは……つまり?」
「つまり! 今なら【秘匿領域】へ行きやすいってことですわ!」




