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【短編版】ヤンデレ女社長なお姉さんに監禁されて「結婚しよ?」と言われたんですが、よく考えたら働かなくて良いし、好きなものも買って貰えていいこと尽くしなのでは?

作者: 近藤ハジメ

短編でのお試し投稿です。




「ヒモになりてぇ……」


 今年で高校二年生になる、只野ただの樹彩きいろの切実な願いだった。


 俺達はいずれ働かねばならない。


 それが常識であり、労働の義務らしい。


 だが、敢えて言おう。




 労働はクソである。




 何故俺が働かねばならないのだ。

 そもそも仕事と言っても、やりたい事があるわけがない。


 将来の夢?


 そんなものヒモになる事以外ねえよ。


 社会に出たら上の人間と付き合いで酒を飲んだり、お世辞を言ったり、部下ができれば上からも下からも挟まれて、今時はSNSで何でもパワハラだセクハラだと騒がれて…………。


 そんな将来は嫌だ。

 

 俺は自由に生きたい。


 何者にも邪魔されず、好きな事だけをやっていた。


 そんな俺に転機が現れたのは突然の事だった。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆



 ある日の事だ。

 俺は放課後、いつもの様に気怠そうに歩いていた。


 家までの最短ルートで近所の紅葉ヶ丘公園の中を通った方が早いので、俺はいつもこの道を通る。


 今は季節外れでまだ紅葉は咲いていないが、秋になればさぞかし綺麗な紅葉が咲くだろう。


 実際、秋になると毎年の様に人が溢れ、デートスポットとしてテレビに特集される事もあった。


 そんな道を歩いていると何かが目に入った。間違いであって欲しいが、俺の目が正しかったら不味い状況だ。


 急いで駆け寄ると残念ながら俺の目は間違いでは無かった。


「大丈夫ですか!?」

「……ぅ………………」


 そこには人が倒れていた。

 意識はある様なので呼び掛けてみる。


「何があったんですか!?」

「あ……ぅ……」


 ただ、意識があっても返事が出来るとは限らない。


 女の人ーーーーお姉さんは仰向きに倒れている。顔色が悪く、呼吸も荒い。


 返事ができないなら容態はかなりやばいと思われる。


 これは救急車を呼ぶしか……。




 きゅるる〜っ




 その時、お姉さんのお腹から可愛らしい音が響いた。


「え?」

「お腹、空いたよぅ……」


 まじか〜い。






 結局、お姉さんは空腹で倒れていただけだった。

 ちょうど手持ちのおにぎりがあったので、それをあげるとパクパクと食べ進めてすっかり元気になった。


「ふう、助かった……」

「それは良かった」


 こうしてみるとお姉さんはかなりの美人さんだった。サラサラとした黒の長髪と瞳はまさしく大和撫子と言ったところだ。


 スタイルも良くて出るところも出ている。うん。まあ、お○ぱいだ。凄い。何がとは言わないが、凄い。


 年齢は二十三、四くらいかな? とても若く見えるのに貫禄に似た何かが見える。きっと凄い仕事をしているのだろう。スーツもピカピカだ。


「改めて、助けてくれてありがとう。私は大和岬やまとみさきゆかりです」


 そう言ってお姉さんーーーー大和岬さんは名刺を差し出した。

 作法も何も分からないので、とりあえず卒業証書授与式の様に両手で受け取った。


「えっ、大和カンパニーの社長!?」


 名刺を見てさらに驚いた。


 その名刺に書いてある大和カンパニーとは、日本全土に幅広く展開し、それこそ日本一の大企業だ。つい最近も海外進出の第一歩として、造船事業に手を広げるとニュースでやっていた。


 そしてさらに驚きなのは、その社長が目の前にいる大和岬さんだと言う事だ。


 大和カンパニーの社長はメディアに一切の露出をせず、さらに大手の取引先相手でもその素顔を見た事がないらしい。


 それで良いのか?と思ったが、それでも仕事が来るのは一重に社長の手腕によるものだ、と偉そうな人が言っていたが……。


「まさか社長さんがこんなに若い方だったなんて……」

「ふふっ。良く言われるわ」


 にこりと笑うと本当に美人だ。


「でもそんな人がどうしてこんな公園で倒れていたんですか?」

「あはは。それが仕事に集中し過ぎてご飯を食べるのを忘れちゃって……」


 こんなに出来そうな人なのに、残念さんだったか……?


「でも、ご飯は食べないとダメですよ。ご飯を食べると力も出るし、何より美味しいものを食べると凄く元気になれますから」

「……はい」


 しまった、言い過ぎた。

 大和岬さんがしょんぼりしてしまった。


「ま、まあ、お仕事も忙しいそうですもんね」

「そ、そそそ、そうなのよ! 仕事が忙しかっただけで、普段はちゃんとご飯食べてるから!」

「は、はい」


 これは普段も食べてないな。

 でもまあ、それでも死んでないって事は身近にはきっと、不健康を指摘してくれる人がいるんだろう。秘書とか、多分。


「まあ、それなら良かった。元気になったみたいだし、俺はこれで」

「あっ、待って!」


 アニメも見たいし、早く家でゴロゴログダグダしたい。座っていたベンチを立って帰ろうとすると、制服の袖を引かれて止められた。


 なんだろう。何故か頬を赤く染めて、そわそわしている。


「せめてお礼をさせて? ね?」


 たっぷり間を溜めて、大和岬さんはそう言った。




 断ったのだが、結局は大和岬さんの押しの強さに負けてお礼を受ける事にしたのだがーーーー。


「すげー……」


 そんな馬鹿みたいな感想しか出てこなかった。


 紅葉ヶ丘公園から少し歩いた場所に大和岬さんが買ったマンションがあった。


 だが、そのマンションは近所では通称、ゴールドタワーと呼ばれている超お金持ちの人しか住めない程に豪華なマンションなのだ。


「ほら、早く入って入って」

「あ、はい」


 驚き過ぎて自動ドアの前で立ち止まっていると大和岬さんに急かされてしまった。


 慌てて自動ドアを通るとマンションと言うよりもホテルの様なロビーに出た。

 床は大理石では無くフカフカの絨毯で、豪華な椅子やテーブル、何故か熊の置物まで置いてある。


「お疲れ様です。オーナー」


 するとフロントから随分とガタイの良い三十代程の男性が出て来た、謎の貫禄を感じる。


 そのまま大和岬さんに対してスッとした所作でお辞儀をした。


 って、え?


「大和岬さんがオーナー!?」

「うん、そうなの。このマンション、私が建てたんだよね」


 軽い感じでとんでもないことを言われた気がする。


 このマンション、見た目だけじゃなくて中身も相当で、噂によると地下にはスポーツジムや体育館まであると言われてる。


そんなマンションを建てるって、 大和岬さん半端ねぇ……。


「お荷物が届いておりましたが、如何されますか?」

「いつも通りでお願い。それとこの方はお客様だから、生体認証の登録もしておいてね」

「畏まりました」


 大和岬さんの言葉を了承するとすぐにフロントに戻っていった。


 それが普通なのか、大和岬さんもそのままエレベーターに向かった。ボタンを押すとすぐに来たのでそのまま乗り込む。


「あの、生体認証って……?」

「ああ。このマンションの防犯面を考えてね、実はこのマンション中に最新鋭の生体認証機能が付いた防犯カメラが設置されてるの。ほら」


 と指を差された方をみると確かに天井にカメラが付いていた。何の変哲もない普通のカメラに見えるのだが……。


「フロントまでなら誰でも行けるのよ、基本的にね。でもそこから先は生体認証を登録していないとエレベーターに乗る事すら出来ないの。他にもトイレや従業員室、非常階段ですら入れないわ」

「凄い徹底的ですね」

「最近は物騒だから、他のマンションでも防犯対策くらいしてるでしょ?」


 確かにそうだが、警備のレベルが違う。

 普通ならせいぜいが監視カメラや警備員くらいなのに生体認証って……。


 流石はリッチマンションだ。


 そんな話をしていると、振動も音も全くしないエレベーターが最上階の六十三階に辿り着いた。


「さ、最上階なんだ……」

「そりゃあオーナーですから!」


 えっへん、と胸を張った。そのせいで大きな……って、やめろ俺!


 それはさておき、エレベーターから降りたんだが扉が真正面の一つしかない。消火器が一つ置いてあるくらいで、そこには何も無かった。


 キョロキョロと周りを見渡しているとそれに気付いて大和岬さんが答えてくれた。


「あー、このワンフロア全部私のなんだ。一部屋しかないし」

「え!?」

「ついでに言うと屋上もね」

「はあ!?」


 き、規格外過ぎる……!


 で扉を開けて、玄関に入った最初の感想はと言うとーーーー。


「広っ!」


 そのままの意味だ。広い。

 吹き抜けの様になっていて、空間的にも開放的になり太陽の光が玄関を照らしている。

 そして玄関の隣には大きめのシューズクロークがあって、軽く百足くらい置けそうだ。


「ふふっ。ありがとう」

「あれ、こっちの扉は?」

「そっちは屋上への階段だよ〜。あとで連れてって上げるね〜」


 シューズクロークの隣にある扉に目が行った。

 そう言えば屋上も大和岬さんが所有しているのか。

 

「ささっ、どうぞどうぞ」

「あ、お邪魔します」


 勝手なイメージで外国みたいに靴のまま上がると思っていたんだが、普通に靴を脱いで上がるみたいだ。


 玄関から真っ直ぐ歩いて廊下を進むとリビングに出た。

 リビングは吹き抜けになっていて、一際大きな窓から明るい太陽が見えた。クーラーも効いているので涼しいのに、凄く陽当たりも良くて心地が良かった。


「えっと、君の……」

「あっ。俺、只野樹彩です」


 そう言えば俺は名乗ってなかったな、と今更ながらに名前を名乗らせて貰った。


「そっか、只野樹彩、きいろ君ね」


 ふふっ、と大和岬さんが嬉しそうに笑った。


「それできいろ君の好きなアニメっていつから始まるの?」

「あー、七時半からです」


 時計を見てみるとすでに六時になっていた。丁度、お腹が空いて来る時間帯だ。


「それなら、良かったらご飯食べていく?」

「えっ、いいんですか!?」

「もちろん! 腕によりを掛けて作るから、そこのソファで待っててね!」

「ありがとうございます」


 言われた通りにソファに座って待たせてもらう事にした。


 ソファは革製では無くて、俺好みの布製だった。革だと通気性が無くてお尻に汗疹が出来て痛いんだよなぁ……。


 ふう。楽しみだなぁ。


 大和岬さんの料、理……?


 そこで俺は大和岬さんと出会った経緯を思い出していた。


 空腹で倒れていた大和岬さんが、本当に料理出来るのか!?


「ふんふんふふ〜んっ!」


 オープンキッチンでリズミカルに包丁で何かを切っている大和岬を見て、余計に心配になった。


 それから小一時間ほどが経ち、食卓テーブルの上には豪華な食事が並んでいた。


「お、おおっ! 凄く美味しそう……!」


 良い意味で期待を裏切られた。

 美味しそうで、思わず晩御飯がカレーの時みたいに涎が湧き出て来た。


「ふふっ。まあまあ、料理は見た目じゃなくて味が大事だから……!」

「た、確かに!」


 忘れていた。確かに料理は見た目も大切だが、一番は味だ。

 見た目は綺麗なのに味が最悪って言うのも漫画のテンプレだ。


 二人で向かい合う様に座って、手を合わせた。


「「いただきます」」


 食卓に並んだ料理は色鮮やかで唐揚げとエビフライ、サラダがあってさらには味噌汁もあり最高だ。


 流石にこのラインナップで不味く料理するのは難しいと思うのだが、侮ってはいけない。

 漫画のヒロインとかは悉く不味く料理できるのだ。


 さて、実食だ。


 まずはエビフライにタルタルソースを付けて…………あむっ。


「ど、どうかな?」


 不安そうに顔を覗く大和岬さんに、少し声を震わせながら素直な感想を言った。


「…………滅茶苦茶美味しい」


 うん。本当に美味い。

 今まで食べたエビフライの中でもサクサクで中身は弾力があってとても美味しかった。


「本当っ!? よかった〜!」


 それから外はカリッとして噛み応えのある唐揚げに豆腐の味噌汁、シャキシャキした食感のサラダも本当に美味しくて、普段は少食な俺が三杯もおかわりしてしまった。


「ご馳走様でした」

「お粗末様でした。ふふっ、凄く美味しそうに食べてくれて嬉しかったよ」

「いや、本当に美味しかったですよ」

「ありがと〜!」


 自分が振る舞った料理が美味しいと言われて、嬉しそうに大和岬さんが微笑んだ。

 ただ、少し疑問に思う。


「……こんなに料理上手なのに、なぜ空腹で倒れて?」

「ギクっ!」


 そう。正直、大和岬さんの料理は今まで食べた中で一番美味しかった。

 こんなに美味しいのはきっと沢山の練習をしたからだろう。食べる人に向けての沢山の気遣いも感じれたし、料理が好きな人は食べるのも好きってイメージがある。

 それなのに自分は空腹になるって言うのは、少し矛盾してる様な気がする。


「あはは。実はそれ、秘書の子にも言われたことあるんだよね……」


 苦笑いをしながら「いやあ、お恥ずかしい」と照れ臭そうに頬を掻きながら言った。


「実は私、自分の事になると無頓着になるみたいなの。仕事に集中しちゃうと自分の事は忘れてたり、二の次にして後に回しちゃうんだよね。普段は秘書の子が管理してくれるんだけど、三日くらい風邪で寝込んじゃって……」


 ああ、なるほど。と納得してしまう。

 

 特に社長の仕事は激務そうだし、休む時間もそんなに取れないだろう。


 その秘書の子のお陰で今までなんとかなっていたみたいだが、風邪で三日も休んでしまったのなら、大和岬さんは三日間も何も食べていなかった事になる。


 飲み物は飲んでいただろうし、今まで何とか三日も耐えていたと言う事か。たまたま見つけたのが俺で良かった……。


「食器、ありがとうね」

「いえ。このくらいはしますよ」


 食べ終わった食器をシンクに持って行って、皿洗いを手伝わせて貰った。


 ヒモを目指してると言っても、俺もある程度の常識は弁えている。


 二人で並んで皿を洗っていると夫婦みたいだな。


「おっと、もう始まる時間だね。シアタールーム行こっか」


 ん、シアタールーム?

 大和岬さんが、何かとんでもない事を言った様な……。


「え〜っと、コーラとポップコーンでいいかな?」

「あ、ありがとうございます。あっ、持ちますね」

「ふふっ。ありがとう」


 トレイの上にコーラを二杯とポップコーンを運んで、リビングに来るまでにあった部屋に入った。


 扉を開けると映画館が広がっていた。


 いや、シアタールーム?か。かなりデカいスクリーンに部屋の中央に置かれた二人用の椅子があって、スクリーンの隣には大きなスピーカーが設置されている。


 いや、やっぱり映画館だな。これ。


「このスクリーン、200インチあるんだよ」

「200!?」


 200って、俺の家のテレビの十倍じゃないですか!

 すげぇ……。


「ほら、座って座って」

「あ、はい」


 鼻歌混じりに大和岬さんがテーブルにコーラとポップコーンを設置して、準備万端の状態が出来た。


 リモコン一つでこの部屋の全てを操作できるみたいだ。シアタールームの照明が消え、スクリーンにテレビが映し出された。


 そのタイミングで丁度、好きなアニメの放送が開始された。






 本編がたった二十分の短いアニメだったと言うのに、この巨大スクリーンで観るのは最高だった。

 ポップコーンとコーラがあるのも相まって、まるで短編映画を観ている様な特別な気分になれた。


「最っっ高でした!」

「ふふっ。お気に召してくれて良かった」


 大和岬さんも少し満足そうな顔をしている。このアニメも何やら気に入った様で、予告までばっちり観入っていた。

 ふふ。普及活動に貢献したぜ。


「さて、きいろ君。この後、暇?」

「え、暇、ですけど……」

「なら良かった。御礼としては物足りないと思っててね」

「いや、十分過ぎるほど貰ってますって!」


 美味しい食事に映画館級の設備でアニメ鑑賞、至福の時間だった。

 たかがおにぎりを分けただけなのに、これ以上のことをされたら立つ背がないよ。


「なら、ここから先は私の自己満足って事で、ね?」

「そ、それなら……」


 ここまで


「ねえ、きいろ君って露天風呂とか好き?」

「大好きですけど、まさか……」

「露天風呂あるから、入っておいで」









「はっ! ここはどこだ!?」


 気が付くと俺は露天風呂に入っていた。


 くっ、露天風呂の誘惑には勝てなかったか……。まあ、ここまで来たら露天風呂を満喫しよう。


 流石に六十三階にある露天風呂だ。風景は良くて、すでに暗くなって夜景がよく見える。

 湯加減も最高だ。それに本格的な枠組みで、石を用いられている。ここが温泉旅館だと言われても疑わないぞ。

 ただまあ、六十三階でなんで普通に露天風呂に入れるんだ?って話になるだろうけど、多分呼吸困難にならないように酸素を送ってるとかなんとか、何らかの対策をしているんだろう。もう何が出て来ても驚かないぞ。


「あー、良い湯だ〜」


 最高だよ、本当に。

 人を助けると良い事あるんだなー。


 実は俺、無類の風呂好きだ。

 毎回湯船に浸かると一時間は出ないし、最長だと三時間ってこともある。

 そんな俺にとって露天風呂は巨大スクリーンアニメと同じくらいの魅力だった。


「ああ、ここに住みたい……」


 思わずポツリと呟いてしまう。

 

「ああ、ヒモになりたい。養って欲しい。もうこの家でずっとダラダラ過ごしたい。自堕落な生活に堕落してやる」


 だって仕方がないだろ。

 将来の夢がヒモな俺にはこのマンションは魅力的過ぎる。


 このマンション、俺が好きな要素が詰め込められ過ぎてる。


 シアタールームに露天風呂、美人で料理上手でお金持ちなお姉さん。


「ああ、もうお姉さんと結婚しようかな……」


 なーんて。


 ふわぁ、とあくびのついでに背伸びをしようとしたその時ーーーー。








「きいろ君、ちょっといいかな?」

「っ!!?」








 バシャンっ、と水飛沫を上げながら腕をお湯の中に引っ込めた。

 

 あれ、脱衣所の方からお姉さんの声? 何で? どうして?


「失礼する、ね」


 返事をしなかったからか、お姉さんが入って来た。するといつの間にか着替えたのか、ショートパンツにブカブカのTシャツと大分ラフな格好になっていた。

 手にはお盆を持ち、その上には炭酸強めのレモンジュースがコップと一緒に乗せられていた。


「えへへ……。本当は日本酒を飲むと美味しいんだけど、まだきいろ君は未成年だからね。こっちで我慢してね」


 そう言って、レモンジュースをコップに注いでくれた。湯船にプカプカとお盆が浮かんでいるのも風流があって良い。


 結婚とかの事に付いては聞いてこないし、大丈夫だろ。


 グイッ、とコップを煽ると喉越しの良い炭酸が喉を通ってとても旨い。


「ああ、もう……。最高」


 露天風呂に入りながら、美人なお姉さんにジュースを注いでもらって……。


 俺は幸せ過ぎる……。



「今日はありがとうございました」

「ふふ。此方こそ、助けてくれてありがとう」


 露天風呂から上がるとすでに21時なっており、流石に遅い時間だから家に帰る事にした。


 大和岬さんは家まで送ると言われたが、流石に女性に夜道を遅らせるなんて事はさせられない。


「それじゃあ……」

「あっ、ちょっと待って」


 そう言って、大和岬さんは懐からスマホを取り出した。


「ライン交換しましょ?」


 口元までスマホを持っていって、不安そうに上目遣いで見た。


 別に断る理由もないので交換した。


「それじゃあ、また今度ね」

「? それじゃあ」


 挨拶をして部屋を出た。

 帰る時は生体認証を登録して貰ったらしく、楽々と通り抜けられた。


 美味しい夕食に巨大スクリーンでのアニメ鑑賞、そして露天風呂。


 今日はぐっすり眠れそうだ。









 きいろが出て行った後。


「イヒッ」


 大和岬紫は不敵に笑った。


「イヒヒヒヒヒヒッ!」


 さらに天を仰ぐ様に高笑いを上げる。


 そのままの勢いで、服を脱ぎ去りながら走って露天風呂に向かった。


 そして裸になり、湯船に飛び込んだ。


 湯船に飛び込んでから少し経って、大和岬紫は浮かんで来た。




「ああ……! 私、きいろ君に包まれてる……!」


 


 至福の表情を浮かべてそう言った。


「もう全部飲んでしまおうかしら。ああ、でもそれじゃダメね。このきいろ君に包まれている感覚は忘れられないわ」


 そしてかれこれ二時間は湯船に浸かっていた。……あと我慢出来ずにちょっと飲んでしまった。


 たっぷり堪能した後は二階の自室に入る。


 その部屋の天井、四方の壁、床の至る所まできいろの写真が飾られていた。

 ただ、その写真はどれも今日撮ったものばかりだった。


 海老フライを齧るきいろ君。

 唐揚げを頬張るきいろ君。

 シアタールームでアニメに夢中になるきいろ君。

 露天風呂に浸かるきいろ君。


 ああ、どの写真も素敵。


「あっ、そうだった。石橋はちゃんとやってくれたかしら」


 パソコンを付けると手筈通り、きいろの自宅の映像が流れていた。


 きいろ君の自宅に石橋に命令して取り付けた監視カメラだ。


 これできいろ君の私生活が覗ける。


 今日はもう疲れたみたいね、ふふっ。寝顔も可愛いわ。


 さて、とっておきの動画も見ましょうか。


 露天風呂を隠し撮りして録画した映像だ。


 シャワーを浴びて、シャンプーを押して、湯船に浸かって……。


「あはっ、凄い綺麗な身体よね……」


 じゅるり、とヨダレを垂らす。


 ああ、好き。好き。大好き。


 初めて会った時、あれは運命だ。


 倒れていて、優しく助けてくれて……。


 そう言えば……。


「ここに住みたいって言ってたよね! 私と結婚したいって言ったよね!」


 当然の様に露天風呂にも盗聴器を仕掛けてあった。




「明日迎えに行くね、旦那様……」









 朝、目が覚めると驚くほど身体が軽かった。

 昨日の露天風呂が効いたのかもしれない。


 その代わりに、自分で作った朝ご飯を食べたんだが味気無かった。

 あんなに美味しいご飯を食べた後なら当然かな。


 ああ、しばらくは舌に残った味が抜け切らないだろうなぁ……,


 そんな呑気な事を考えながら道を進んだ。


 今日は日直の仕事があるので早くに起きて家を出た。

 この時間帯は今日初めて通るのだが、まだ人通りは少なくて異様なもの静けさが漂っていた。


 と、その時だ。この辺りだと珍しい真っ黒なハイエースが向かい側から走って来た。


 邪魔になるかと思って、端に寄って道を譲る。


「えーーーー?」


 ただ、ハイエースは俺の目の前で止まったのだ。いや、それだけなら別に普通だ。そこの家に住んでいるかもしれないしな。


 おかしいのはハイエースの中から出て来た、身長2mは超えていそうな大男達が俺を車内に引き摺り込んだのだ。


 叫ぶ間もなく、薬品の匂いがする布を当てられて俺は意識を手放した。







「ここ、は…………ッ!?」


 目が覚めると同時に驚く。


 何故なら、俺は首に太い首輪を嵌められていたからだ。完全な首輪で、少なくとも力では取ることは出来ない。足にも鎖でベッドに繋がれて、完全に行動を制限されていた。


 引っ張っても取れないし、諦めて部屋の様子を見た。


 その部屋は質素だった。六畳ほどの広さだが、必要最低限の俺が寝ていたベッドだけしか置かれていなかった。


 異様とも思えるこの部屋だったが、俺は記憶の中からこの部屋に似たのを見た様な気がする。


 そう。この壁紙も床も天井も、つい先日にーーーー。




「あっ、きいろ君、目が覚めたんだねっ!」




 バタン、と扉が開くと天真爛漫な笑顔を浮かべた大和岬さんが駆け寄って来た。


 尻尾があればぶんぶんと振ってそうな勢いだったが、多分この人が……。


「俺を誘拐したのは大和岬さんなんですか……?」


 面倒な回り込みはせずに直球で言った。

 駆け引きとかは苦手だし、真正面から言った方が分かりやすい。


 俺がそう聞くと大和岬さんは考える様に顎に手を置いた。


「んー? 誘拐なんてしてないよ?」


 そして、そう告げた。


「だって、これはきいろ君を招待したんだから!」


 普通なら何をぬけぬけと、と言うかもしれないが、この人は本気で言っている。


 この人は本気で俺を招待したと思っているんだ。


「本当はね、きいろ君の学校が終わるまで待とうと思ったんだけど、我慢出来なくて高橋さんにお願いして連れて来てもらったの」


 大和岬さんは反省する様にしょぼん、とする。


 これだけとんでもない事をしているのに……。

 いや、それも


「そ、それで今日はどんな用件で……?」


 とにかく、こう言う時はあまり刺激しない方がいい。


 かなりやばい状況なのは間違い無いが、こう言う時こそ冷静にならねばいけない。


 するとにこりと笑って、大和岬さんは一枚の用紙を俺に差し出した。




「ね、きいろ君。結婚しよ?」




 その用紙とは、婚姻届だった。


 すでに妻になる人の欄には大和岬さんの名前が記入しており、夫の欄だけが空白だった。


「ね? 結婚しよ? きいろ君の夢は知ってるよ。きいろ君は働かなくてもいいから、私がお金を稼ぐから! 何でも買ってあげるよ? 行きたいところがあったら連れて行ってあげる! 私が幸せにしてあげる!」


 結婚って、何言ってるんだ、この人は。


 そんなの…………って、あれ?



 俺の夢はヒモになる事ーーーー大和岬さんは社長で大金持ち。



 あれ、この結婚ってむしろ好都合じゃね?


 大和岬さん、超絶美人だし。お○ぱいでかいし。働かなくて良いし、好きなもの買ってもらえて……。


 いやいや、だからと言ってこの状況で結婚って。


 ……。


 …………。


 ………………。




「結婚して下さい!」




 うん。この最高のチャンスは逃せないよね! 


「ふふっ。婚姻届、出しに行こっか!」


 こうして俺は大和岬さんと結婚した。






 ただ、この時の俺は知らなかった。


 この大和岬紫と結婚するのが、どれだけ大変な事か。これから送る事になる結婚生活が茨の道になる事を。




 ヤンデレ女社長との結婚生活が今、始まる。



最後まで読んでいただきありがとうございました!


短編版ですので、ここで終了です!


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[良い点] 文が読みやすくてとても面白かったです。 [一言] 連載して欲しいです。
[良い点] 連載を願いします [気になる点] ヤンデレ社長どうなるんだろう [一言] もう一回言いますけど連載をお願いします!!
2021/09/12 12:48 中二病でも恋がしたい
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