In The Mirror
「××月××日、8時31分27秒、××××を強制わいせつ罪の罪で逮捕する」
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一週間前、ボクは通りすがりの女の子に性的暴行をした。
動機はただただその子があまりにも魅力的に見えたからだった。
人通りの少ない道で学校の下校途中であろう中学生のその子は意外にも黒いリュックを背負っていたが、気にせんとばかりに神々しさを感じるブロンドの髪が存在感を醸し出していた。
服装も3層くらいに折り重なったフリフリの付いた黒いスカートに、上も同様に黒を基調としたフリフリの柔らかそうな袖や襟の洋服。頭にはヘアピンでとめた小さなハットを被っているというより乗せているに近い形だ。唇は赤いリップが塗られている。それは所謂、ゴスロリファッションというやつだった。
ボクは一瞬にして心を奪われ、気付けばその子に向かって歩いていた。
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10年前
ボクは小学校を卒業するころには自分の事がそれまで会った誰より好きだと思う様になっていた。
母には褒められることが多く、同級生の女子と良く遊び、かと言って男子ともバランスを取って仲良くし、特にハブられることも無ければ寧ろ頼りにされるような子供だった。
小学生ながらも自分を優れていると思った。
ある日、ボクの母親が持病の悪化により急逝した。
ボクの友達からも慕われるくらいに幼く優しい母親はボクがボクを好きという理由の中の一つだった。
そんな母親を失ったボクは意外にも悲しいより、母親のように強い人間に成らなければならないと思った。
一方、片親となってしまったボクに父は少しでも心の支えになろうと少しのわがままや欲しいモノも買ってくれるようになった。
一年もすれば満足感によりわがままも言わなくなった。というか元からわがままは少なく父にとって手を焼くほどでもなく父親なりに真摯に聞いてくれていた。
子供ながらもそんな父親を感謝している。
2年後
中学生に上がると父親とも仲良くなった。夜には将棋をし、談笑し、話の中では24歳で童貞を捨てたという自慢にもならない自慢を聞かされるくらいに壁が無かった。休みの日には一緒に遊園地に行ったり、長い休みには旅行にも行った。
海外にも行った。その海外旅行の一つでアメリカに行った時だ。明確には思い出せないが酒を売りにしている店に間違えて入った事があった。しかし、そこには個性的にファッションをする人たちがいて、衝撃を受けたのを覚えている。
ある日、ボクは父親が仕事から帰っていない、家には自分ひとりの時に母親の部屋に入った。
その日、同級生の女の子と話していて母親がどんな人だったのかという事を訊ねられ、もちろん優しい人だったと応えた。
しかしそれでもなぜか応えきれていない気がして、ほんの少しだけ母親を知りたくなって部屋に入ったのだと思う。
父親は一切手を付ける様子はなかったから部屋の中は母が亡くなって遺品整理もせず亡くなる直前ままだろう。
入って母親の懐かしい匂いが不思議と感じた。残っている筈もないのに。
中を見ると一番初めにドレッサーが目を惹かれた。
そこには元から取りつけられている大きな鏡の横に手鏡が置いてあった。裏面には少し不気味なデザインが掘られていた。持ち手の部分には家族の姓である『来未』と母の名が掘られてあった。手に持つと母の名前を丁度握り、鏡を通して母を感じれた気がした。
次に惹かれるように引き出しを開けるとそこには化粧品が沢山あった。
気付くとボクはそのドレッサーの前で不慣れな手つきで化粧するようになっていた。
勿論初めは下手だったけれど毎日雑誌を立ち読みし覚えて練習するようになっていた。
そして、数日、父のいない間に化粧をし、父が帰るまでに化粧を落としを繰り返した。化粧の度自分の写真も撮った。
化粧をすることにより服も揃えるようになった。女性用の服を。
父親から毎月与えられるお小遣いで十分服一式は揃えることは出来、集めるのもスムーズだった。
中学生2年に上がるまでには完全に女性だと勘違いされるんじゃないかというくらいには化粧が出来るようになった。
ある日、自由な服装をしていい学校に通っていたボクは女装をして学校に向かいたくなった。同級生のアニメ好きの一部の男子にも話題になっているファッションで。
家を出るまでは父親も仕事に出ていて、帰りも遅く見られることも無く問題は無かった。
手鏡で顔のメイクをチェックし、ウィンクまで練習してみたら思った以上に上手く自分でも可愛いと思うくらいだった。
準備も万端。しかし、学校には行かなかった。
学校用のリュックを背負い、電車で東京に遊びに行った。
相変わらずの人当たりの良さでその場であったばかりの女の子とも仲良くなったりもした。
電車で地元の駅に着くと、ちょうど自分と同じ学校の生徒が下校する時間帯で、見知った顔とすれ違った。
声を掛けようと思ったけど普段とまったく違う姿をしている自分の事には気付かないだろうと思い顔を隠した。
電車に向かう人たちを避け、帰路に向かった。
色んな所に出かけたことはあるけ東京は初めてだった。意外と面白く、様々なファッションが溢れているという事に感動を覚えた。
友達も増えたし自分の事を改めて好きになった。
そんな事を考えながら有頂天になっているところでボクは激痛を覚え、背後から誰かに何かをサレテいることに気付いた。
白いフリルの付いた黒い傘と、頭に乗せていたミニハットは地面を転がり、前に倒された拍子に擦りむいた手首からは赤い液が流れ袖のフリルをにじませていた。地面と空が反転するほどの恐怖だった。
覚えているのはピアノが入っていそうなバッグが地面に落ちていたということぐらいだった。
ボクはそれ以来、女装をしなくなった。
成人する頃には、なぜ自分が女装をしなくなったのかも忘れていた。
衝撃のあまり自分の事を嫌いになっていたのも、自然と好きに戻っていた。
7年後
父と2人だけで暮らし12年が経ち、相変わらず仲は良いが、ボクの仕事の都合で学生の頃みたいには遊びには行けなくなっていた。
7年ぶりにふと、出かける前に母親の部屋に入った。あの日以来一切入っていなかった。
あの手鏡が床に置いてあった。
自分はドレッサーの上にちゃんと置くようにしていたから他の誰か――父親がボクが入らない間に入ったことがあるんだなということが分かった。ボクはなぜか胸をなでおろした。父親はすっかり母を忘れてしまっているのかと思っていたからかもしれない。
安心と共に少しくすっと笑えた。
鏡を見ると、そこに移るのは僅かに髭の生えた背にピアノを背負う自分だ。
「やっぱ髭似合わないな」そんなこと思いながらもボクは今の仕事仲間に出会えたのも自分のおかげだと思い、やはり自分が好きだと思った。
こうして見ると女装をしていたことが懐かしくなった。
「ん?」
見ていると一瞬鏡の中に女装をしポーズをとった中学生の頃の自分が映った気がした。
勿論、それは昔の自分の事を思い出して景色が重なったのだろうと思い込み、若干恥ずかしい気持ちになりながら、手鏡をドレッサーに戻した。
懐かしさと恥ずかしさに複雑な気持ちになりながら部屋を出ようとしたところで後ろから、
パシャンッ
という音が聞こえた。
振り返ると手鏡が床に落ち、鏡の部分が割れていた。
仕方なく、ボクは割れた鏡の破片を拾い集め、ゴミ袋にまとめた。
「父さんが帰ったら謝ろう」と思い、ボクは仕事に出掛けた。
昔よく歩いていた道は相変わらず、人通りが少なく、少し気分が良かった。
そういえば、ボクは恋人が出来たことがない。自分が好きすぎるからかもしれない。
そんな事を考えていた最中、ボクが歩く先に特徴的な格好をしている人が歩いているのを見つけた。
そして、初めて恋をした。
恋を、知った。
思い立ったが吉日というようにその子を呼び止めようとしたボクは心が奪われたように、まるで乗っ取られたかのように、乗っ取るかのように、手探り、――その身体に後ろから覆いかぶさっていた。
周りには黒く、淵にフリルの付いた傘が転がっていた。
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「××月××日、8時31分27秒、来未美来を強制わいせつ罪の罪で逮捕する」
1週間後――現在
手錠が掛けられたボクは死ぬわけでもないのに走馬灯のように様々な事を思い出していた。
なんでこんなことを考えてるんだろう、ボクは。
ボクが女装をしなくなったのは何だっけ。
しかしそういえば、よく考えてみるとボクはその子を正面から見ていないはずなのに、服装なら後ろから見てもあらかた把握できるかもしれないがなぜこんなに詳細に知っているのだろう。相手が傘をさしていたにも関わらず。
正直今思い返してみると全く魅力的には見えなかった気がする。
うっすらとその顔が頭に思い出してくる。
まったくもってその子の未来を考えると魅力などかけらも感じられなかったな。
そこで、ボクは忘れようとした。
手錠をかけたボクの背で父親が叫んでいる声が聞こえた。振り向くと手にあの手鏡を持っている。そういえば謝るのを忘れていた。
父親は10年以上ぶりにひどく怒った表情をしている。
父が持った手鏡の破片が反射する――
そこには人の顔が映る。
人の顔――
そこにはボクの周りにいる筈の警察は映らずボクだけが映った。
いや、それはボクではない――
少女――
女装をしている――
少年――
泣いている――
少年――――
美しい――
ボ――――
ク――――
するとさっきまで忘れようとしていたボクが襲った被害者の少女――いや、女装をしている少年の顔が――――
――――「待っ!」
⚠ ⚠ ⚠ ⚠ ⚠ ⚠
パトカーに揺られながらボクは様々な事を明確に思い出していた。
――なぜ、女装をしなくなったのか。
――なぜ、後ろ姿しか知らないはずの細かい服装まで知っているのか。
――なぜ、それまで誰にも恋をしてこなかった自分が、その時だけ恋をしたのか。
――鏡に映った人が誰だったのか。
――父が、何を言いたかったのか。
終わり
初めてホラーを書いてみました。
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