彼らに感じる負い目、みたいなもの
演奏をひとしきり終えた後、ちょうど見計らったかのようにお手伝いの時間が終わりを告げる。日が沈みかけるころ、店の一角に設置された木製の時計が優しい音を立てて鳴る。それがいつも、僕がここでの仕事を終える目安にしているものだ。
店長に簡単な挨拶を済ませ、店を出る。その際に店長に、「さっきの友達2人が外で待ってるから、早く行ってあげな」と言われたので足早に店を出ると、ドアの目の前でサキ先輩とシルヴィアが、目の前の街路樹に体を預けて待っていた。
「お、来たねフィス。さ、帰ろうか」
「待っててくれてありがとう。待たせちゃってごめん。二人とも」
まさか店長に言われるまで待ってくれてるなんて思ってもなかったからちょっとびっくりしたけど、こうして待ってくれるのは素直にうれしい。
「もう、そんなことないよ! これでも20分も待ってないし! それよりも、フィスの演奏すっごく上手くて聞き惚れちゃったよ―。また聞きたいなぁ」
「ふふ、ありがとうございます。僕のピアノでよければ、いつでも」
「あぁ、音楽の知識に疎い僕でも、あれはいいなって思ったよ。流石だね、フィス」
「もう、ほめたってなにも出ないのに……。シルヴィアもありがとう。」
ほら、早く行こう。帰るの遅くなっちゃうから。なんて照れ隠しのように前に出て歩き始める。
発展した町を出て、畑が一面に広がる開けた道を歩く。ここはクリオネに住む農家さんが所有する畑で、その季節ごとに様々な野菜を見ることができる。歩くだけで楽しい。
そんな畑を見て、楽しみながら、シルヴィア、サキ先輩と談笑する。
その時間はとても楽しいひとときで、朝のオリヴィアの一件とか、店でちょっともやっとしたこととか、全て頭から追い出すことができていた。
けど、
そんな中、急に。
何かが背中にぶつかり、鈍い痛みを感じた。
「痛っ!?」
何度か同じような痛みを感じ、後ろを振り向く
「え、どうしたのフィス–––––––––!?」
僕のうめき声に反応し、遅れて後ろを振り向いたサキ先輩とシルヴィアが目を見開く。
10メートルほど先にいるのは何人かの子供たち。僕たちに背を向け、走り去っていく
そして、僕たちの足元には、
石が落ちていた。
おそらく、あの子どもたちにぶつけられたのだろう。だってほら、あの子どもたち、石握ってるし。
「な、あの子たち、フィストになんて危ない真似っ……! こら、待ちなさい!」
「まって、サキ先輩。別に大丈夫ですよ。相手は子どもなんだからそうカッカしなくても」
「フィスト、そんな問題じゃないよ……! 石を投げるなんて、もし当たりどころが悪かったら……!」
怒るサキ先輩をなだめながら、僕の胸のから湧き上がる黒いものを必死に押さえつける。
そう、こんなの、いつものことじゃないか。だからなんともない。なんともないんだ。
そう言い聞かせていた、すると、
「……無様だなぁあいつ。確かギフテッドもってねぇとかいうやつだっけ?」
「あっは。ちょっとマリック直球すぎ。もっとオブラートに包んであげなきゃ」
「え、じゃあなんて言ったらいいの? ゴミムシとか?」
「もっとひどくなってんじゃん。やば」
続け様にゲラゲラ笑って、そう言いながら通り過ぎていくカップルが一組。あれは見た顔だ。
確か中等部とかで同じ学年だったやつだ。名前は忘れた。まぁ、そんなことどうでもいい。今、問題は別にある。
「あいつら……。よくもまぁあんな汚い言葉を聞こえるように言えたもんだな……!」
「なんで……? なんでみんなあんなにフィストのこと……! もう私限界っ……!」
佐倉さんとシルヴィアが鬼の形相をしてる。あのカップルには見えないアングルで。
この2人は僕が酷い目に遭うたびに、いつも心配してくれる。それは嬉しいんだけど、でも、同時にこうも思ってしまう。
あぁ、まただ。
また、2人にいらない苦労をかけてる。
僕が、本来持つべき力を持たないせいで。
僕が、こんなにも不甲斐ないせいでーーーーーーーーー。
そう思うと、自分がとても恨めしくなる。
「もう、2人とも、いいんだよ。こういうのは気にしないに限るんだって。一々イライラしてたらもっとつけあがるんだからさ。だからほら、落ち着いて、ね?」
そして、ここまで親身になってくれる2人に対して、こんなことしか言えない自分にも腹が立ってくる。
本当に、彼らの気持ちを無下にしてるようにもなる。
でも、これ以外、僕に何が言えるんだろう。力を持たない、でも、彼らに苦労をかけてることに負い目を感じてる僕に、何が。
やはりというか、なんというか、僕の今の言葉を聞いて、二人は少しむっとしたような表情になる。
先に口を開いたのは、シルヴィアだった。
「フィス、昼の時も言ったけど無理しすぎだ。君、今すごく――――――」
そう、シルヴィアは言うと、少し言うのを躊躇うように言葉を詰まらせる。が、決心したような面持ちになり、言葉を続けた。
「すごく、辛そうな顔してるぞ」
「え……?」
そう言われてはっとなる。顔に手を当てて初めて、自分の眉間にしわが寄っていたことに気づいた。
くそ、なんでこんな時に、こんな表情を。そう思うと、無性に自分のほっぺたを思い切りひっぱたきたくなる気分に駆られた。
こんな顔見られたくもない。そう感じてうつむくけど、サキ先輩はしゃがんで僕の顔を覗き込む。そして、真剣な顔で僕に語り掛ける。
「そうだよフィスト。こんな時くらい、私たちにつらいこと隠さなくったっていいんだよ……。なんで君は、私たちに大事なところを隠すの? 君は私にとって、大事な……」
サキ先輩はそこまで言って、でも何かその先の言葉に思うものでもあるのか少し言葉が淀んでしまって聞こえなくなる。けれど、大切な親友である、的な言葉を続けてくれているのは分かった。
その気持ちは、素直にうれしいんだけどな。
でも、どうしてこんなに後ろめたい気持ちになるんだろう。
どうしてこんなにも、彼女たちの気持ちを、素直に受け入れられないんだろう。
いつの間にか、歯が食い込んで血が出るほど、唇をかみしめていた。
彼女もしばらく目を伏せていたが、やがて何かを決意したかように勢い良く立ち上がる。
「ねぇハリソン。まだ、あの人たち近くにいるはずだよね。私、あの人たちに一つガツンと言わないと気が済まないんだけど」
「うん、そうだね。フィスに言われてたから今まで我慢してたけど、今日という今日は……。フィス。先に帰っててくれ。すぐ戻るから。多分あの二人クリオネに向かったはず……!」
「え、ちょっと二人とも――――――」
やめてくれ、僕なんかのためにそこまでしなくていいのに、そう言おうとするけど、さっきの表情を見られてしまったからか二人はもう決めてしまったようで、僕の言葉を聞き入れてくれそうにない。
僕の言葉がすべて終わらないうちに二人とも「行こう」と言い走り去っていってしまった。