日常の続きはバイト先にて
先のオリヴィアのように、ギフテッドを持たない者に対する風当たりは未だ強い。まぁ偏見というのがすぐに消えてくれるものであるならば、小さい頃の苦労なんてしてないだろうし、仕方ないと思うしかないのかな。
それに、ネガティブな視線を向けてくる人が存在する一方で、表面上だけかもしれないけど、好意的に接してくれる人もいる。
あの後–––––––––オリヴィアとの不毛な会話の末に溜まったストレスそのままに、自分の住む街の隣にある「クリオネ」という街まで赴いていた。
ここは魔獣という、魔界に住む生き物たちから国を守る為に組織される「討伐隊」の支部がある町故に、そこそこの規模に発展している。
あと水資源がめっちゃ豊富。それ故に町のいたるところに古代に作られた噴水やら井戸があり、これが芸術的嗜好をふんだんに凝らされて作られているため、美しい景観づくりに一役買っている。
魔界に住む生き物たちは、ちょこちょこ人間界に顔を出しては食料を奪ってトンズラしたり、村を占領したりする。魔界がこちら側に及ぼす人的、物的被害はかなり多く、その額はかなり高くつく……らしい。
そんな奴らから国を守るため、ギフテッドを扱うエキスパート達が魔獣達を撃退するため小隊を組み、それぞれが国の治安維持のため日夜働く組織。それが討伐隊だ。
……前置きが長くなってしまったけど。
とにかく僕は、そんな討伐隊の人達が多く集まるこの街のとある飲食店で、楽器の演奏のお手伝いをさせてもらっている。
なにもここの飲食店、「快適な食事を楽しんでもらう為」だとかなんだとかで、そこそこの腕をもつ演奏者に生でピアノを演奏させている。まぁこれの評判は上々で、売り上げもそこそこいいらしい。この生演奏を聴く為に来る人もいるくらいだとか。
一応僕は「自分の才能探し」の一環でピアノ、ウッドベースを弾けたから(組み合わせが意味不明とはよく言われるけど)父親のツテで審査を受けさせてもらい、見事合格。それからは週に2回ほどの頻度でここで演奏させてもらっている。今日はそのお手伝いの日だからここにきた訳だけど––––––––––、
「ありゃフィス君、今日の演奏は随分と荒いね。どうしたの?」
「え、そんなに荒かったですか……?いつもと変わらない風に演奏してたつもりだったんですけど……」
「うん、なんか鍵盤の叩き方がいつもより強いなと」
あんまり調子が良くなかったらしい。自分の意図しないところで演奏の質が落ちてしまっていた。この店の店長が心配そうにこちらを見ている。
恰幅がよく、優しそうな顔をした男性。僕に好意的に接してくれる数少ない人の1人だ。
おそらく先のオリヴィアとの会話をまだ引きずっていたのだろう。あの野郎とも思うけど、それを仕事にまで持ってきてしまったのは自分の責任でもあるからなんとも言えないな。
「すみません。朝少し嫌なことがあって。それ引きずっちゃてたかもです」
「ほぅ……、大方君からたまーに聞く『嫌いな女の子』とまた何かもめたりしたかな?」
「……すごい。大当たりですよ。よくわかりましたね」
「まあね。ここの所君が不機嫌の時に話聞くと大体その子の話になるし」
伊達に数年君のこと見てないよ、と自慢げに胸を張る店長が何か少しほほえましくて、クスリと笑みがこぼれる。
この人は僕の父親の高等部時代からの級友で、一時討伐隊で親父と同じチームでもあったらしく、その関係からかはわからないけどここに来た当初から僕のことを偏見の目で見ることなく、よく面倒を見てくれていた。
辛いことがあればこうして相談に乗ってくれたし、飲食店の常連さんとも仲良くなれるよう色々なことを教えてもらったり、気を利かせてくれたりしていた
こんな店長さんであったからこそ、僕はここで楽しくやってけたのだろうな、とぼんやりと考える。
ちなみに今は別の人達がバンドで演奏をしているため、ピアノを担当している僕は手持無沙汰だ。だからこうしてくっちゃべる時間があるわけだ。いわば休憩中、ブレイクタイムだ。その時はこうして店長さんやこの店に来てくれるお客様と楽しく歓談している。店長曰これも大切な仕事、とのこと。
で、その店長は僕に向かってグッとサムズアップして話を続ける。
「まあ、その子にまた何かされたってならおじさんにいいなよー。ここにいる人たち全員で守ってやるからさ! なあ皆?」
「おうともよ! でもまあ、まずは舐められねぇようにガタイだけでも良くしとかねえとだなぁスカーレットの倅よぉ……」
「お、なんだぁ? 特訓なら俺たちが全力で付き合ってやるぜ! 何なら今からでも表出て稽古つけてやろうか?」
店長さんの一声に応じるように、筋骨隆々とした男の常連さん達が集まってきて僕を囲む。この店に来る人達のほとんどは討伐隊の人達で親父と知り合いということもあり、僕に偏見なく接してくれる。この人たちの存在も、ここで楽しく働ける要因の一つだ。
「あはは、ありがとうございます……でも今は仕事中なのでまたの機会に……って、わわ」
嬉しいんだけど圧が凄いな。たくましい体に気おされ苦笑いになってしまう。あと僕そんなにひょろっちいのかな。オリヴィアにも女みたいっていわれたし。
少し、体鍛えた方がいいのかも……? なんて考えながら話していたら、突然後ろから誰かにふわっと抱き寄せられる。
「ちょっと。うちらのアイドルのフィスに何吹き込もうとしてんのさ。『かわいい』フィスのイメージを崩すような真似しないでくれる?」
「そうですよ。こんなにかわいらしい見た目と性格してるんですから守ってあげようと思うのが普通だと思います。 で、その女に何されたんですかフィスさん? 場合によっちゃ……」
「……お姉さん方僕見た目ちょっとコンプレックスなんでそれやめていただけると助かります。あと皆さん目が据わってます。怖いです」
……女の人達は女の人達で心配してくれてるのは伝わってくるけど喜びづらいな。中性的な顔してるのコンプレックスなんですよ。かわいいよりもかっこいいって言われたいよ男としては。
まぁ、ここの女の人達にこんなこと言われるのは茶飯事だし、もういいや。
ホントはよくないけど。
普段は聖女のような優しそうな顔をしてるのに今は般若のような顔になりかけている女性に、ほら、スマイルスマイル。となだめながら抱き着くお姉さん方をぐいぐいと押し返す。顔が赤いのを隠すためにうつむきながらだけど。
「あ、顔赤くなってる。かわいい」
だからやめてって。それ言わないで。
そんな他愛もないやり取りを常連さんとしていたところ、ドア付近からベルの鳴る音が聞こえる。来客みたいだ。
僕はドアに顔を向けて元気よく声を出す。接客業において元気は命だと思うよマジで。
「いらっしゃいませー! ……って、あら」
そう思って、威勢よく声を張り上げる、けど、次の瞬間に出た声は随分と気の抜けた声になったような気がする。
何故って、2人友達が来たからだ。
小さい頃から、僕にギフテッドがないと知ってもなお、僕に対して友好的に接してくれる、たった2人の友達。
「やぁ、フィス。相変わらず楽しくやれてるみたいで何よりだよ」
金髪の髪色に背丈が高く引き締まった体をした男。
シルヴィア・ハリソン。親父の上司にあたる魔獣討伐隊クリオネ支部長の一人息子で、人間界に3%しか存在しないとされる「自然系」ギフテッドの持ち主。
そしてもう一人は、
「やっほフィスト! 久しぶり! 一生懸命働いてる君をお姉さんがねぎらいに来てあげたよー!」
サキ・セイントエールズ。僕より2つ年上だけど天真爛漫とした雰囲気でに目を細めて笑う姿は僕より少し幼く見える。これ言ったら怒られるから言わないけど。
そう、この二人は、友達。何でも話せて心開ける、親友だ。
そしてそれと同時に、
「……うん。来てくれてありがとうハリー、サキ先輩」
僕にとっては眩しすぎるほどの、至ることのできないほど遠い———————、憧れだ。