持たざる少年の日常
兎にも角にも、「神から見放された少年」なんて言われたものだから、勿論周りからはいい目で見られるわけもないのは当然の事で、
軽蔑
憐れみ
失望その他etc.
おおよそ大体の負の感情の籠った視線や言葉は嫌っていうほど感じてきたし、聞いてもきた。
単純に「あらかわいそうに」とか「あの子とは遊んじゃダメよ」から「討伐隊の隊長と回復魔術師を両親に持つと聞いていたから期待していたのに」だの、1番傷ついたので「無能ヘタレのスカーレット」だの、まぁ散々言われたもんで。
まぁ周りの大人がそんなんなら、周りの小さい子どもたちはもっとひどい事してくるのはまた当然で。
小さい頃はそれで色々いじめじみたこともあった。
殴られたり蹴られたり、ひでぇときは魔術系のギフテッド持った連中から大量の魔弾の集中砲火なんてあったっけ。
まぁ、よく言う子ども故の純粋さから来るものってやつだ。大人が僕に対してきつい態度で接してれば、年もいかない子どもならそれが正しいと思うに決まってる。
きっと、「俺たちがやってることは正しいんだ」って思ってたんだろうな。だってそうだろ。ギフテッドを持たないやつは「精霊から見放されたどうしようもない屑」ってのが、一般の認識らしいから。ちょっと前までは魔界の魂の生まれ変わりなんて言われてた時期もあったらしいし。
だから「屑には何してもいい」なんて発想、子どもであればなりそうなものだ。
……個人的にはこんな仕打ち食らってよくグレなかったと思う。でもそれはきっと、数少ない友人や家族のおかげだ。
「ギフテッドなんて持たなくても、きっとあなたには何かの才能がある」って両親は言って、愛情を持って接してくれた。何か自信の持てるものを磨かせるために、必死にお金を貯めて決して安くない学費を払って、初等部、中等部、高等部へと通わせてくれた。
子どもの頃からの親友だって、ギフテッドがないって知ってても、俺によくしてくれたし、応援もしてくれた。
彼、彼女らがいなきゃ、こんなに頑張ろうなんて思いもしなかったし、こんなことに耐えて学校に行き続けようなんて思いもしなかった。
だから、勉強も普通のやつに比べりゃ全然できるし、特に料理、音楽のセンスに関してはそう簡単に劣るもんじゃない、ってくらいには自信はある。へへ、努力の賜物ってやつだな。
それに、周りが成長したという事もあると思うけど、高等部に上がりもすれば、今までのような悪さイタズラの類のものはいくばくかナリを潜めた。
中等部の頃に比べれば、今はだいぶストレスフリーな生活を送れてる。
でも、だからといってギフテッドを持たないものとしての偏見までは消えてくれるはずもなく–––––––––
「……なんで休日にアンタみたいなカスの面拝まなきゃなんないわけ?」
「……僕だって別に君と会いたかったわけじゃないよ。 てかここ僕の家の近くなんだから顔を合わせる可能性なんて考えられなかったわけじゃないでしょ」
「チビで女みたいな格好してるくせに口だけは一丁前ね。ホントムカつく」
こんな風に出会い頭に文句言われたり、道行く人に軽蔑の目を向けられ避けられるくらいのことはまだある。
まぁここまで露骨に突っかかってくるのは目の前のこの女くらいのものだけど。顔を付き合わせて開口一番にこんな言葉をかけられちゃ、露骨なまでに嫌そうな顔になってしまうのも仕方のないことだと思う。
初等部の頃から望んでもないのに進路先ばかり一緒になって、ズルズルと関係の続いてるこの女とその取り巻きを除いて、ここまで飽きもせず突っかかってくる物好きなんざそうそういるもんじゃない。
「ムカつくならとっととどっかに行くか無視すりゃいいのに。『身体強化系ギフテッド』Sランクのオリヴィアなら予定もたくさんあるだろうし僕なんかに構ってる余裕なんてないと思うんだけど?」
「気安く名前で呼ぶなこのスカタン。ゴキブリが目の前うろついてれば何があろうがどうにかして叩き潰そうとするでしょ? それと一緒よこのドブスライム擬き」
「この前はホワイトパールの方で呼んだら怒ったくせに。あと僕はゴキブリなのかドブスライムなのかはっきりして。どっちも嫌だけど」
まぁ、よくもまあこうポンポンと悪態罵詈雑言の類の言葉が次から次へと出てくるもんだなこの人。
そう思って溜息を吐きつつ目の前の、うざったいものを見るような目をしているこの見てくれだけはいい、ネールピンクの髪色をした女を見る。
名前はオリヴィア・ホワイトパール。初等部の終わり頃から僕に何かと突っかかってくるようになった目の上のたんこぶ的存在。
初等部の頃といえばいじめてくるやつはそりゃたくさんいたけど、こいつの場合は大方の連中がやってきたような集団で暴力を振るったり陰口を叩いてくるわけではなかった。
ただ、その代わりににこんな風に目を合わせたかと思えば口汚く罵ってきたり蔑んだ目で悪態ついてくるわけで。
個人的には初等部の頃受けた仕打ちとはまた別のベクトルで「めんどくさい」し「ストレス溜まる」。
しかも僕にギフテッドがないとわかってから今に至るまでネチネチ飽きもせず続けてる。僕としてはその継続性を是非どこか別のところで活かしてほしいと常々思うところだけど。
それに、初等部入りたての、7歳くらいの頃、まだ僕にギフテッドがないってわかるまでは多少お互いいがみ合っているところはあったとは言え、彼女はまだいくばくか穏やかな性格をしてたはずだ。
「ほんっと、昔っから口だけは減らないよね。アンタ。『魔術系ギフテッド』Dクラスの雑魚にすら敵わないクセしてさ」
彼女は侮蔑の念がこもったような目で僕を見つめ、一つ、手のひらサイズ程の石をひょいと拾い上げる。
「これ以上うだうだ言うってんなら、ここで軽く捻ってあげてもいいのよ?」
そしてその石を見せしめのように、握り潰す。石は鈍く砕ける音を立てた後、彼女の手のひらから細かくなって落ちていった。
そんな彼女を見て、彼女をこうたらしめた理由はこのギフテッドによるものだろうな、とおおよその予測を立てる。
−−−−−−精霊が使う能力の縮小版ともされるギフテッドは、4つの能力群から1人につき1つだけ、8歳になる年の初めに精霊から授けられる物であるとされている。
水や炎、雷などの自然界に存在する力を借り受け扱うことのできる「自然系」、
自分の身体能力を強化することのできる「身体能力強化系」
様々な素材から魔法を使って物を錬成することができる「錬成系」
己の魔力を練り合わせ、魔弾として飛ばしたり回復させる魔法を使うことのできる「魔術系」
オリヴィアはこの4つの中で身体能力強化系のギフテッドを有しており、今後の成長期待度や現段階の能力の程度を加味してつけられるギフテッドの総合ランクで最高のSランクを叩き出している。
将来的には総合格闘技において王者にもなれるだけの素質を秘めていると言われるまでだ。
まぁ、俗にいう「天才」というやつで、
皆から将来を期待される存在だ。
思えば8歳の頃からだ。彼女がギフテッドを授かって、僕が授けられなかったとき、彼女の普段の態度と、僕に対する当たり方が大きく、より辛辣になったのは。
側から見たら調子に乗ってるとでも見えるだろうか、これ。見に余る力を持って、舞い上がってる人に見えるだろうか。
でも、実際のところ彼女は強い。元々武道家一家の末娘という事もあって、それ相応の訓練も積んでいるし、然るべき場所でそれ相応の結果を出してる。
それ相応の訓練を積んで、かつ才能もあって、実力もある。
高飛車になる理由は揃ってるな。まぁ口は昔から少し悪かったけど。
彼女は、持つべき物を持って生まれた人間だ。
対する僕は、本来持つべき物を何も持ってない。
どんなに人より少し誇れる物を持ってても、そこの劣等感は完全には消えてはくれない。
まだ、こんなこと考えるくらいには引きずってたんだな、僕は。昔のことも、自分自身のことも、全部。
……どんなに努力しても、みんなと同じ位置に立てないのかと思うと、唇を思い切り噛み締めたくなる気分だ。
そんなことをぐるぐると考えていたからか、暫く無言になっていたみたいで。
そんな僕を見て彼女は、興味を無くしたようにふう、とため息を吐いた。
「……ほら、ね。あなた、このことに関して突っ込まれると何にも言えなくなっちゃうじゃん。そのくせして背伸びして突っかかってこようとするんだからムカつくのよ」
そう言うと彼女はくるりと背を向ける。これ以上付き合うつもりはないと言いたげだ。そっちから突っかかってきたくせにと思うが、今は言わないでおこう。
「じゃあね。自己嫌悪だけ一丁前に拗らせた無能さん。せいぜいそのまま大人になって、人生無駄に浪費してなさい」
そう最後に一言だけ悪態をついて、彼女はスタスタと歩き去っていった。