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Kiss and Trans

「……ん。とても美味しかったですよ。お母さん。ご馳走様でした」

「……すっげえ食いっぷりですね。パエリア何皿食べたんですか……? 結構こんもり盛られてた気がするんですけど」

「ええっと……3皿くらいかしら。何よ。美味しかったのだから仕方ないでしょう?」

「ふふ、いいのよ。張り切って作りすぎちゃったし。むしろ美味しそうに食べてくれてたから嬉しいわ」


 さて、キスしろだの、したくないだのやいのやいの騒いでいるうちに夕食ができてしまったらしく、下から母が呼ぶ声が聞こえてきた。

 なので、取り敢えずご飯を済ませてから話をゆっくり進めようということになり、うちの家族にクリムゾンさん(家ではフレイヤって偽名で通ってるけど)を含めた5人で夕食を取ることになったんだけど。


 クリムゾンさん、めっちゃ食べました。

 パエリア(大盛り)を3皿、スープを4杯、それに加えてムニエル2切れをぺろりと平らげてました。


 ルーナがこんなに食べてそのスタイル……」なんて羨ましいような妬ましいような視線を送ってたけど、いやホントにその通りで。

 食べたものどこに消えたんだろう。お腹が膨らんでる様子全くないし。


 それに、こんだけ食べたクリムゾンさんもそうだけど、うちの母さんもめちゃくちゃ作ったな。「張り切りすぎちゃって……」なんて苦笑いしてたけども。味もいつもより凝ってた気がする。

 まぁ、逆にそれが結果功を奏した、なんて、怪我の功名もいいとこだな、なんで関係ないかと思うくらいには、彼女の食欲が凄まじかったってことだろう。


「そうそう! 若いんだからいっぱい食うに限るぜフレイヤちゃんよ。ったく、フィストももうちょい見習って食うようになれよ。相っ変わらず食わねぇなあお前はよぉ」

「いや流石にここまでは不可能だよ。それに、一応平均くらいは食べてると思うんだけど」

「……確かにお兄ちゃん、男の人にしては食べなさすぎ。もっと食べてもいい」

「ルーナまで……。何をそんなに怒ってるのさ。さっきから嫌に機嫌悪いけど……」

「……知らないよ。もう」


 んで、父さんは彼女の食欲に感激したのか、満面の笑みでうんうんと頷きながら食後のコーヒーを啜る。ちなみにこの人も結構食べる人で、大きめのお皿がそばに二つほど積み上がっている。


 それはいいんだけど、僕の食べ方に文句つけるのはやめてほしいんだけどな。んで、ルーナはいい加減機嫌直してよ。さっきからジト目でこっち見てくるから食べるのに集中できなかったじゃんか。


「ふふ、久しぶりに、楽しい食事ができたような気がします。ところで、歯を磨いてきたいのですが、洗面所の方はどちらにありますか?」

「あら、それならこの部屋を出てすぐのところにあるわよ。いってらっしゃい」

「はい。では、お先に失礼しますね」


 彼女は椅子から立ち上がると、綺麗な歩き方で洗面所へと向かった。すぐに歯ブラシを擦る音が聞こえてくるあたり、彼女は結構手際のいい人なのかもしれない。なんて関係ない事を考える。


「……綺麗な人ねぇ。きっと彼女、結構いい所の家庭で育ったのかもしれないわね。それが急に天涯孤独、か。きっと辛かったでしょうに……」

「そうだな……。おいフィスト。しっかりフレイヤちゃんの面倒、見てやるんだぞ。助けてもらったなら、その恩に報いねぇと男じゃねぇぞ」

「うん、そう、ですね。頑張るよ。うん」


 父親母親共に、先程の話を思い出したのか、しみじみとした雰囲気になる。けど、彼女の正体を知ってる僕としては、この雰囲気に違和感しか感じない。故に、どうしても空返事になってしまう。うん、仕方ないと思うな。


「……ねぇ、お兄ちゃん。本当にいいの? それで」

「え、ルーナ。何さ、急に」

「あの人に助けられたって話。本当にそのままでいいの? 誰かに勝手に守られて、馬鹿にされてばっかりで、悔しくないの?」


 さっきからずっと不機嫌だったルーナが、おもむろに口を開く。その雰囲気そのままに、僕に向かって言葉を投げつける。


 それは、まるで、

 かねてからの不満をぶちまけるような、

 やり場のない怒りを曝け出してるような、

 そんな感じだった。


「昔から、ギフテッドがないってわかってから、ずっとそう。仕方ないって、諦めて。勝手に1人で納得してる」

「ちょ、ルーナ、なんで、今、その事」


 息が、少しずつ苦しくなる。なんで今、ルーナがそんな事を言うんだろうっていう困惑ももちろんあるけど。


 少しずつ、僕の内面を抉られていくような、そんな感覚がして、息が、苦しくなってくる。


「お兄ちゃん、昔はそんなんじゃなかった。そんなんじゃなかったよ。お兄ちゃんはもっと、もっと–––––––!」

「ルーナ!!!」


 母さんが大声をあげて静止する。 ルーナの言葉がどんどん荒くなるのを見かねてか、少し諌めるように。

 

「それ以上はやめなさい。お兄ちゃんにも、色々あるんだから、ね?」

「っ––––––!」

「あ、おいルー……行っちゃったよ」

「まぁ、心配すんな。お前を取られた気がして拗ねてんだろうよ。明日にゃ元通りさ」


 だと、いいけど。確かにあいつ、昔から甘えんぼな所、あったからな。ちょっと寂しかったのかもしれない。それに、確かに不甲斐ない所を最近見せすぎだな。兄貴失格かもしれないや。


 もっと、僕に力があればな。と思う。夕方の一件が思い起こされて、ぎゅっと拳を握りしめた––––––––けど、そこで彼女との契約(キス)のことが思い起こされて、頭をブンブンと振る。いやいや、ありえないありえない。


 いくら力が欲しいと言っても、だからって大切な《《初めて》》をハイと渡せるかと言ったら話は別だ–––––––。なんて考える。


 そんなことを考えていたからか、だいぶ、妹にかけてやる言葉を考えられるくらいには落ち着いてきた。



 その、刹那。


 町中に、鐘の音が鳴り響いた。

 危険を知らせる、鐘の音だ。


 はっとなって二階へと駆け上がる。

 窓の外を見ると、魔獣の群れが街に向かって流れ込もうとしているのが見えた。

 身の丈を超える牙を持つ象やら、鋭く長い爪を持つトラのようなものから、千差万別だ。


「ふむ。大方、あの程度の勢力であれば、土地を奪おうとしているのでしょうね」


 気づけば横に、クリムゾンさんが立っていた。歯磨きを終えたのだろうか。歯磨き粉が少し頬に付いてる。

 気づけば、父さんと母さんが外に出ていく様子が見えた。父さんは魔獣の討伐、母さんはその援護だろう。薬を作る材料を持っているのが見えたから。


「あの2人から子供たちを部屋から出さないようにとの言伝を受けてね。妹さんの方にはもう伝えておいたから、心配はいらないわ。暫くは出てこないでしょう」

「そう、ですか……。あの、大丈夫ですよね。あいつらくらいなら、この街にいる討伐隊員だけで、なんとか––––––」

「なるとは思うけど、被害は出るでしょうね。探ってみた感じ、そこまで練度の高い戦闘員はいないみたいだもの。下手をすれば死者も出るんじゃないかしら」

「そんな……!」


 彼女は口についた歯磨き粉を拭って、平然と言う。あくまでなんてことないかのように、ドライに言い放つ。でも、僕からしたら、戦慄するほどの脅威。


 そんな。そしたら、父さんたちも危ないってことになるじゃないか……! 

 どうしよう。父さんも母さんも前線に出る役割を担う人達だ。その分、危険も大きい。


 不安で、心臓が張り裂けそうだ。


「でも、私の力を使えば、被害を出さずに済むわ」

「え?」

「私と契約して、私があなたに力を貸し与えれば、難なくあの魔獣どもを一掃できるってことよ」


 彼女はぐっと僕を引き寄せ、肩に手をかける。

 要は、今ここで契約しろってことか。そうすれば、この街の危機を回避することができるぞ、と言いたいんだろう。


 でも、そのためには–––––––––、


「キス……しないといけないんですよね。でも、でも……!」

「……あのね、四の五の言ってる場合なの? 街だけじゃない。貴方の家族まで危険に晒されてるのよ」


 心の準備が。そう言おうとしたけど、僕の態度にイラついたのか、彼女は荒々しく詰め寄り、僕を壁に押しつけて顔を抑える。彼女の可憐な顔が目の前に近づき、思わず目を背けてしまう。


「仕方、ないでしょ……! それに、なんで僕なんですか。ギフテッドを持たない、何もない僕なんかに、貴方みたいな高名な精霊が憑依するなんてそんなこと––––––––!」


 半分言い訳のように、そんなことを彼女にぶつける。もう、ヤケ起こしてるみたいだな。

 でも、事実でもある。精霊から見放された存在なんて揶揄されて、馬鹿にされてきた。故に、そんな力を持つなんてこと、「諦めた」はずなんだ。


 それなのに、どうして。


「……はぁ。呆れた。本当に、現代に何も伝わってないのね」

「え?」


 彼女は心底呆れたように溜息をついて、首を振る。そして、続けた。


「貴方は膨大な魔力を持ってる。この世界で2人といない、膨大な魔力をね。それは、私たちの大きな力を行使するために備わったものよ」


 信じられない言葉を聞いて、目を見開く。

 そんな、僕に、そんなに魔力量があるのか?だってそんなこと、8歳の時、何も聞かされて–––––––。


「つまりね。貴方のギフテッドは『《《精霊の憑依》》』。私たちを憑依させることが貴方に与えられた『力』なの。だから、特別な力なんて、何も持つ必要がないのよ」


 彼女がそこまで言い終わった瞬間、待ってましたと言わんばかりに地鳴りが響く。窓から微かに、煙が見えた。


「さて、もう貴方に与えられた選択肢はふたつよ。私とキスするか、それとも外の討伐隊員を見殺しにするか。さぁ、どうする?」

「言い方に悪意ありすぎませんか……?」

「事実なんだからしょうがないでしょう? ほら、早く!」


 彼女は急かすように、僕の顔を無理やり自分の方に向ける。彼女の焦ったような顔が目に映る。

 精霊の憑依。僕にしかそれは出来ないらしい。彼女が嫌に僕にこだわってたのはこれかよ。

 確かに、びっくりするし、少し嬉しくもある。僕にそんな力があったなんてって思うよ?


 本当、キスさえなければね。

 キスが全てぶち壊してるんですよ。


 あぁ、でも。やるしかない、のか。僕がやるしかないのか。なら、じゃあ。


「全く、脅さないでくださいよ、もうっ!」


 本当に、四の五の言ってられないな。

 彼女の口を、思い切り唇で覆った。


「っ!!!!」


 初めて、感じる感触。暖かくて、柔らかい感覚が唇全体で感じられる。ふわりとしたような、甘いようで、苦いような。不思議な感覚だ–––––––。

 彼女は僕が唇を重ねるのに応じるように、僕に体を、唇を更に寄せてくる。


 その時、何かが、僕の中に流れ込んでくる。

 光に包まれ、何かが僕の中に流れ込んでくる。

 暫くその光は、僕たちを包む、そして、


 収束した。


『ようやく、その気になってくれたのね。時間がかかり過ぎよ。挨拶がわりでしかないものに何をそんなにためらう必要があるのかしら?』

「いやそんな風に考えられ……、もういいや、うん、もういいや」


 なんだろう。僕なんて何もないなんて思ってたら、『精霊との憑依』なんていう唯一無二の力が実はありました、なんですごく嬉しい展開なはずなのに。


 なんだろうねこのやるせなさ。

 すっごく大事なものを失った気がするよ。

 まぁそんなこと言ってる暇なかったんだけどさ

 

 後ろを向くと、クリムゾンさんが半透明になって浮いている。要はこれ『憑依』している、ということなのだろうか。

 

『さぁ。早く行きましょう。時間が惜しいわ』

「あぁ……僕の、初めてが……」

『……キス一つでなんでこんなことになってるのかしら? 本当に』


 彼女か何か呟くけど、聞こえない。

 もう、してしまったものは仕方ない。それに、確かに彼女のいう通り、今は一分一秒が惜しい。

 そう自分に言い聞かせて。部屋のドアを開け放った。

 

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