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太陽の子 六万年前  作者: まきの・えり
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太陽の子1

太陽の子


 一九五五年 履歴書


 ある時、私の元に、履歴書が送られてきた。

 というより、目の前に履歴書が現れて、黄金色の光の海の中でまどろんでいるところを起こされた、と言った方がいい。

『太陽の子』が転生するらしい、ということは、ぼんやりと知っていた。

 私自身、転生を希望したわけでもないので、何かの間違いだろう、と思って、履歴書は、そのまま放っておいた。

 意識すれば、目の端に、地球という青い星が見える。

 転生好きなもの達が、その星でバタバタと転生を繰り返していることは、知っている。

 特に、地球という星に,人類が誕生してから、転生希望者がどっと増えたみたいだ。

 何と物好きな、と思いながら、またも、まどろみかけると、意識を引っ張られた。

『準備所に来てください』と誰かが、私の意識に語りかける。

 ふ。『準備所』なんてものが、いつの間にかできて、転生希望者の管理をするようになっているようだ。

 やれやれ、煩わしいことになったものだ。

 私の意識は『準備所』に入った。

 そのとたん「お待ちください」という声がした。

 音の中に、意識を固定しているらしい。

 中肉中背といわれる人間の姿をして、『役人』という札のついた服を着ている。

服というより、真ん中のくびれた袋のようなものだ。

「意識体のままでは困ります」

『どうすればいいのだ』

「テレパシーもおやめください」

『テレパシー?何のことだ』

『役人』という札をつけた同じようなものが、もう一体現れた。

 まあ、大体のことは、ぼんやりとは知っていたが、私には関係のないことだと思って、注意を払ったこともなかった。

 私の目の前で、二つのもの達は、顔を見合わせている。

 一体、私に何をして欲しいのだ。

 勝手に私を呼び出しておいて、どうすればいいのかわからないようだ。

 すると、『先生』という札をつけたものが現れて、「こちらにどうぞ」と私を案内して、『準備所の準備所』という札のかかった所に連れて行った。

「あなたは、生まれる準備をしているところなのです」と『先生』は言った。

「まず、肉体を固定して、地球の重力に慣れる練習をし、その上で、身体を自在に動かす練習、喉と唇を使って、ことばを話す練習をしましょう。

ここでは、意識から意識に語りかけることは、厳禁なのです。

そして、地球での時の流れを覚えてもらいます。

何しろ、あなたは……」と先生は、手に持っている書類を見て、一瞬、ことばを失ったみたいだった。

「ま、前の転生から、ろ、六万年も経っているんですから」と言った。

 私が、『あの世』を去ってから、あの世の数え方でいう、六万年という歳月が過ぎていたらしい。

六万年と言われても、よくわからないが。

『あの世』での生活よりも、私は、黄金色の光の中で、時に、何らかの姿を取りながら、時には、ただの意識体、エネルギー体となって、あるでもなく無いでもなく、たゆたゆと漂っているのが好きなのだ。

 時に、地球を眺めたりもするが、そこで最初の生命体のようなものになって以来、『先生』の言う六万年前に、もう一度転生しただけで、地球に対する興味を失っていた。

 興味を失うというよりも、元々、何の興味も関心も無かった、と言ったほうがいい。

 それでも、私は、仕方無く、『準備所の準備所』で、『先生』から言われる通りに、『仮の身体』を固定して動く練習やら、『ことばを話す』練習をした。

『日本の歴史』をざっと教えられ、『人体の構造』も教えられた。

 一年という歳月を費やして、ようやく『準備所』へ行くことを許可されたわけだ。

『役人』は、嬉しそうに、私を中に入れて、『日本局・大阪・受付』という札のかかっている場所に案内した。

「今は、その地球の危機や。

我等の故郷、地球の危機や」

 一体、いつの間に、地球が、『我等の故郷』になったものかは知らないが。

 せいぜい、ここ最近のことだろう。

「太陽の子や。太陽の子が転生する」と何人か寄り集まっては、騒いでいる。

「何でやろ」

「一体、何でやろ」


 一九五六年 準備所


 私の目の前には、次から次へと、何千枚という書類の山ができていった。

「それに、一応、目を通してください」と『受付』という札をつけたものに言われて、一瞬で目を通した。

「あかん、あかん。一枚ずつ、こういう風に、読んでもらわんと」と私の前にいるものは、自分で一枚ずつ、書類を読む真似をした。

『転生希望を出した覚えは無いが』と言うと、キッと私を睨んだ。

「何のために、話す練習をしたんですか!

ここでは、テレパシーは禁止です!」

 どういう趣味をしているのか、『日本の歴史』で習った、鉄兜をかぶって、十二一重という何枚もの重ね着をしている。

「私は、転生の希望は無い」と仕方無く、声に出した。

「何ですと!転生を希望しない!そんなはずは……あー!」とその人間は、一枚の書類を取り出して、じっと見ている。

「この前の転生が、六万年前……」

そう呟くと、私を、ぼうっと見ている。

「え?ほんまに、その後、一度も転生してないなんてはずは……」と言いながら、書類を次々と見ている。

 何千枚もの書類も、ほとんどが、『○○○年 地域 性別 両親の名前 両親の職業、両親の略歴 両親の現住所 魂の修行の目的』という表にすべて『無し』と書かれており、最後に『転生せず』という判が押してあるだけだ。

『太陽の子の母親になるんですって?』と誰かが語りかけてきた。いわゆる、テレパシーだ。

『私は断ったんだけど。勇気があるわね』

 誰だろう。

それに、何の話をしているんだ。

『太陽の子は、これまでに、一度も人間になったことはないそうよ。

地球を太陽から切り離す時にだけ、ちょっと起きて、後は、ずっと寝ていたの。

それが、どういうわけか、今回、転生を希望したらしい。

転生には、両親が必要だから、両親を準備しようとしているところよ。

けど、準備局の選んだ大抵の両親は、太陽の子が拒否して、自分で指名したらしいわ。


私もその一人で、あなたも候補者の一人なの。

他にも何人かいたけれど、全部、尻込みして、あなたが最後の一人なのよ』

 最後の一人と聞いて、なぜか、微かに心が動いた。

『もしも……あなたが引き受けるのなら、私は、あなたのサポートに回るわ』

 人間に転生した私の守護役になるというわけか。

『太陽の子の守護は、自信がないから』

『じゃあ、太陽の子には、守護がないのか』

『誰もが、母親役を断ったのは、母親と守護をやらなければならないからよ。

太陽の子の守護ができるのは、太陽ぐらいのものでしょう』

 誰かの声が、聞こえなくなった後、私は考え始めた。

 一体、いつ、自分の意識が芽生えたのだろうか、と。

 私は、いつ、誕生したのだろうか。

 地球ができる前にも、私は、いたのだろうか。

 私の意識が生まれたのは、蛋白質とアミノ酸の結合する前だったのか。

 太陽の子が、地球の誕生に関わったのだとすると、その時、私は、どこにいたのだろう。

 私は、その後で生まれたのだろうか、どうやって?

 準備所の人間が言うように、地球は、私の故郷でもあるのだろうか。

 地球が無くなった時、私の意識も消えるのだろうか。

 それとも、地球とは関わり無く、意識は永遠にあるのだろうか。

 六万年前の瞬きする間のような人生を思った。

 あの時、私の、今の私の意識は、一体、どこにあったんだろうか。

 三十五億年前、今の私の意識は、どこにあったのだろうか。

 転生するということは、今の私が消えるということだ。

 永遠の生命が消え、瞬きする間の束の間の人生が、自分の全てになる。

 そんなことに、耐えることができるんだろうか。


「……ということになってますけど、それでよろしいでしょうか」という声が聞こえてきた。

「では、次に、上のものに会っていただいて」

『受付』という札、鉄兜と十二一重が目に入った。

 私は、まだ準備所にいて、書類の山に埋もれていた。

『上のもの』?

 上も下も無い世界に、いつの間にか、上のものができていた。

「あのう……」と十二一重は、言いにくそうに言った。

「足が消えてますけど、気、つけてくださいね」

 完全に姿を消してやろうか、または、液状になってやろうかと思った時に、また、声が聞こえてきた。

『お母さんになるもの。

僕も真面目にやるから、あなたも真面目にやって』

 真面目?何という訳の分からないことばだ。

『僕は、あなたよりもずっと前から、人間になる練習をしている。

一度も人間になったことがないから、これは難しい。

でも、ここでいう何年もの間、練習をしている』

 ということは、これが、『太陽の子』か。

『僕』ということは、 人間の男になるつもりか。

『あなたが転生してから、二十二年後に僕が生まれる。

その間もずっと、僕は人間になる練習をする』

 冗談じゃない。

 勝手に、私が、母親になることに決められては困る。

 大体、人間になることなんかに、もともと興味も関心も無い。

 いくら、準備所で勝手に決めても、私は、いつでも、元の場所に戻って、自分の好きな状態でいることができる。

『あなたは、もう、このことを受け入れている』

 微かな笑い声がした。

 笑い声。

 六万年前に、何度か笑ったことを思い出した。

それ以後、笑ったことがないことも。

 別に、笑う必要も無いせいだが、肉体に閉じ込められてみるのも、六万年ぶりにいいかもしれない、と微かに心が動いた。

『僕は、楽しみにしている』


 一九五六年 上のもの


 一瞬で行こうと思えば行ける場所に、乗り物に乗って出掛ける。

『上のもの』のいる場所に。

「あの、すみません。気、つけてください、頭が消えかけています……」と案内してくれたものが言った。

 意識を自分のものでもない仮の身体に集中する。

 というか、身体を形作って、その形態を保つ。

中々難しい。

 私は、まだ、転生する意志を固めているわけではないから、性的に未分化で、男でも女でもない。

または、男でもあり、女でもある。

 重力場が作られているが、そんなものは無視しようと思えばできる。

 そういう制約を受けるのは、あんまり嬉しいことではない。

『上のもの』のいる場所に着いて、少し気分が晴れたのは、そういう制約が外されていたことだった。

『上のもの』は、形態を保っていなかったし、重力場も無かった。

 で、私も人間の形態を離れて、ただの意識体として、相手と出会った。

『ここでは、お好きなように』

 テレパシーも、OKのようだ。

『三十六億年ぶりかな』と『上のもの』は言った。

『あの時は、お互いに、無関心な状態だったが。

私は、ただの細菌だったし』

 さすがに、全然、覚えはない。

 私も、ただの有機体で、意識などは無かったはずだ。

『まあ、私は、その頃から、ここにいて、様々な意識と付き合ってきた。

 後から生まれた意識からすれば、人間で言う「神様」みたいな存在になってしまった。

 あなたみたいな境涯に憧れはするけれど、ま、これは、これで、面白くもある。

 原始のウイルスワールドのパラミクソ・ウイルスだったこともあれば、ムーやアトランティスの巫女や神官もやった。

 キリストの守護者だったこともあれば、仏陀の従者の一人だったこともある。

 つい最近では、野球選手というのもやってみた』

 これは、私が『太陽の子』の母を引き受けるという前提で、話が進んでいるのだろうか。

 どちらかと言えば、母よりも、父の方が……

『あなたの守護役は、決まっている。

 六万年前、あなたの子供を産んだものだ。

 その後、キリストの母になり、今回の日本では、女帝と呼ばれたこともある。

 以来、女性として過ごしている。

 正直に言えば、彼女に、太陽の子の母親役を引き受けて欲しかった。

 ところが、彼女は、キリストでこりたと言う。

 あなたにしては、不本意だろうが、太陽の子は、最初から、あなたを念頭に置いていたようだ。

 彼自身、人間に転生したことはない。

 彼は、エネルギー体以外のものであったことはない。

 伝説になっているが、彼が、太陽から地球を分離した。

 彼が、地球の創造主だと言われている。

 というのも、私にも、それ以前の記憶がないからだが。

 地球が創造されて、私に意識が芽生えたのか、または、地球の創造が、意識を意識として、覚生させたのか……

 私には、わからない』

 同じようなことを考えてるのだな、と私は思った。

『彼は、地球時間の二十年前から、転生の準備を始めた。

 それが、なぜなのか、私にはわからない。

 彼の目的もわからない。

 ただ単に、人間に転生してみたかっただけなのか。

 または、地球に、その必要があるのか。

 彼に聞いても、ただ笑うだけだ。

 これは、恐ろしいことだ。

 人間に転生したこともないのに、笑うことを知っている。

 今では、誰よりも、人間らしく、また、誰よりも、人間らしくない。

 我々の故郷の地球を救うために、転生するのか、または、考えたくもないが、彼が創造した地球を破壊するために、転生するのか、私にもわからない。

 ただ、二十年前から、人間に転生するという彼の意志が明確なことだけはわかっている』

『で、私に、そんなものの母親役をやれと?』

『わかっている。これは、困難な仕事だ。誰もが尻込みをした。

 今の意識を持ってやれるのなら、引き受け手もあっただろうが、人間に転生するということは、今ある全てを忘れ去り、手放さなければならない。

 今の意識、今の生活、今の平安を全て捨てなければならない。

 今わかっていることも忘れ、今できることもできなくなる。

 一度死んで、何もないところから、生活を始めなければならない。

 それに、まだ、太陽の子の父親役が決まっていない。

 少なくとも、あなたと同じ時期に転生しないといけないんだが。

 母親役同様、なり手がない。

 最悪、私が、転生することになるだろう』

『父親の守護のなり手は?』と私は尋ねた。

『……今のところは、いない』という答えだった。

『いない?

 それでは、私が、太陽の子の母とその守護、太陽の子の父親の守護をするということか?』

『……最悪、そういうことになるだろう……』

 そんな馬鹿な。

 何もかも失った上、夫にも子供にも、誰からのサポートもない?

『どういう理由があるのかは不明だが、守護役のできそうなものは、全て出払っていて、今はいない。

 じきに戻って来るとは思うのだが。

 太陽の子が、転生の意志を固めて以来、今まで人間に転生したことのないもの達が、大勢、人間に転生し始めている。

 恐らく、ま、これは、あくまで、私の想像なんだが、太陽の子の転生に合わせて、人間になる予行演習をしているのだろう』

 いやはや。大層な話だ。

 それで、この私を、母親役として、まず、地球に送り込むということか。

 何だか、面倒くさくなってきた。

「私は、降ります。

 正直なところ、地球がどうなろうと、私には関係がないし、何の関心もない」と私は、練習した通り、声に出して言った。

「まあ、そう言うのも、もっともだ」と相手も声に出して言った。

 それで、お互いに、ひどく打ち解けてしまったのは、不思議な話だ。

『準備局』というのは、人と人を分離させる。

 人間になるには、全員が一つであってはいけないからだろうが、それは、ひどく居心地の悪いものだ。

 で、私は悟った。

 身体を固定させたり、声に出して考えを述べるというのは、分離したものを、何とか近づけるためなのだな、と。

「私もこんなところで、準備局の局長なんかをしているが、正直、こんな荷の重い転生なんかはしたくない。

 何万年、何百万年、今と同じでいいと思っている。

 地球での修行など、何の役にも立たないと思うし。

 あれは、麻薬みたいなものなのだろう。

 ま、麻薬を使ったことがないので、その効用しか知らないが。

 一度人間に転生したもの達が、なぜ、あれほど、何度も何度も転生したがるのかが、私には謎だった。

 多分、何らかの作用があるのだろう。

 ここにいると、転生したもの達は、瞬く間に戻ってくる。

 そして、また、転生を希望するのだ。

 なぜだ。

 私には、ただの執着としか思えない。

 自分が、こうしたいと思うことのうち、決まって、大部分をやり残して戻ってくる。

 そのやり残した部分を何とかしようと、また、転生する。

 しかし、同じことだ。

 同じ部分をやり残して戻ってくる。

 何でかと言うと、また、最初から始めるからだ。

 何もやらなかった所から始める。

 本当に、お笑いだ。

 何度も、同じことばかりを繰り返す。

 ここで、見ている限り、同じところでつまずいて、また、転生してやり直そうとする。

 ま、私も、時々は、軽い気持ちで転生してしまうがね……」

「ふーん」と私は、うなった。

 何度も何度も、同じことを繰り返す。

 ま、今の状態も似たようなものかもしれない。

 幸いなのは、一瞬として、同じことはないということだけだ。

 心の平安に変化はない。

 だが、一瞬として、同じ心の平安ではない。

 私の心に、むくむくと沸き上がってきた想いがある。

 私なら、同じこと、つまりは、同じ間違いを繰り返しはしないだろう、と。

 この心の平安は、どのような形に押し込められようが、どのような状況に置かれようが、崩されることはないだろう。

「私も、それは思った」と相手は言った。

 私の意識はオープンなので、意識に曇りのないものには、全部わかってしまう。

「人間でいう、『好奇心』というものだ。

 私も、自分には変化がないと思う。

 まして、あなたと三十六億年ぶりに、タッグを組むということにも、心が動く」

 ふっと、私は笑った。

 六万年ぶりに。

「仕方がない。

 女になる練習も必要だな」と私が言うと、

「私も、男になる練習をしないとな」と相手も言った。

「サポートは、太陽の子が転生する時期に、来ることだろう」

 そうならばいいが、と私は思った。

「そうそう。

 地球から月を分離したという『月の子』が、つい、さっき、転生を希望したらしい」

『月の子』か。

『太陽の子』同様、伝説になっている。

 太陽の子が、地球を生むために動き、月の子は、月を生むために動いた。

 以後は、どちらも、転生をしていない。

「まだ、正式な確認を取ってはいないが、月の子も、母親か父親役に、あなたと私を上げているらしい」

 上のものと私は、自分でも思ってもみなかった笑い声を上げた。

「冗談じゃない。

 太陽の子だけでも、充分尻込みする」と私は言った。

 私達は、意識が途切れそうになるまで笑った。

「月の子の両親になら、なり手は他にもいる」と上のものは言った。

 そして、身体を固定させ、百八十センチほどの身長になり、登頂部に黒い髪を生やした。

 顔は、まだ現れてはいない。

「こんなものか。

 野球選手の時の肉体に執着があるようだ」

 私も、身体を固定させた。

 顔が最初にできた。

 太い眉、大きな目、鼻と口は小さい。

 次いで、黒髪を登頂部から長く垂らした。

「ふーむ」と上のものは唸った。

「いわゆる、美人だな。

 では、私も」

 太い眉ができ、大きな目と大きな鼻、口も大きい。

「いやいや。これでは、西洋の魔女だ」と言うと、目が少し細くなり、鼻と口も少し小さくなった。

 私は、人体模型図で習った通り、女性の肉体を固定させた。

 胸と尻を大きく、胴体にはくびれを入れる。

「細かいところは、生まれた後で、修正が入るだろう」と上のものは言った。

「履歴書を見た限り、私の人生は、太陽の子が生まれるまでだ。

 その後、ここに戻って、必要なサポートを送る役に徹しよう。

 とにかく、忙しくなるだろう」

 とにかく、忙しくなるだろう、と私も思い、いつの間にか、母親役をする気になっていたことに、気付いた。

 履歴書を本気で読んだのは、その後のことだ。


 一九五六年 準備所


 余り幸せとは言えない自分の人生を読むのは、奇妙な気持ちのするものだ。

「あのー、お気に召さなかったら、書き直しもできます」と準備局の十二一重は、私の顔色を伺いながら言った。

「これは、まあ、こういう人生でどうでしょうか、という第一稿ですんで、太字で書かれたところ以外は、いくらでも訂正できます」

「両親の名前が太字になっているけれど、自分で選ぶことはできないの?」と女ことばの練習だ。

「ええ、それは精神的に強靱なDNAの家系ですから。

 両親共ですが、特に母親の方ですね。

 太陽の子の母親からは、精神的に強靱なDNAを受け継ぐ必要があるもので」

「父親からは?」

「肉体的に強靱なDNAです。 

 何しろ、太陽の子は今回初めて人間に転生するので、下手をすると肉体や精神がボロボロになってしまう恐れがあります」

「ふーん」

 何か、物事全てが太陽の子を中心に回っているみたいで、何となく面白くなかった。

 中々、人間的な感情が芽生えたものだが。

「ま、別にどうでもいいわ。

 とにかく、太陽の子を産んだらいいわけね」

「はい。そうなんですが。ご自身の人生なので、もっと真剣に考えられた方がよろしいかと……」

「何言うてんのよ。

 両親の名前も決まってる。

 夫になる相手の名前も決まってる。

 太陽の子を産む日も決まってる。

 夫の死ぬ日も、自分の死ぬ日も決まってる。

 他に何を付け加えろて言うの!

 私の転生の目的は、自分の人生やなくて、太陽の子を産むだけのことなんでしょうが!」と習った通りに、ヒステリーを起こしてみた。

「ま、まあ、それは、そうなんですが。ほら、ここの『才能』という部分が空欄になっておりますね。

 ここに、自分の欲しい才能を書き加えるとか、『容貌』という欄に、自分のなりたい容姿を描くとか、『資産』という欄に人生で欲しい資産を書くとか。

 『オプション』の欄には、その他の望み、もちろん、同時代のものでないと無理ですが。

 ここに、『オプション一覧表』もありますし」

「わかったわ」と私は、『才能』の部分に

『予知能力』

『テレパシー能力』

『この世とあの世を行き来できる能力』

『念動力』

『念写能力』と書いた。

『容貌』では、考えられる限りの美貌や魅力を書き、上のものの前で披露した形態を立体的に添付した。

『資産』の欄には、『未だかつて、誰も手にしたことのないほどの資産』と書いた。

 ここまで書くと、『オプション欄』に書くことが無くなった。

 でも、『ありとあらゆる素晴らしい経験をすること』と書いておいた。

 十二一重は、重ね着のしすぎのせいか、私の書いたことが不安なのか、額から汗をしたたり落としていた。

「これでどう?」

「は、はあ。こんなことを書かれた例はありませんので、上のものと相談しまして……」と額の汗を十二一重の袖で拭いている。

 と、見ている間に、書いた文字が変化し始めた。

『才能』欄は、『ある程度の予知能力』『ある程度のテレパシー能力』『ある程度の念動力』に変化した。

『容貌』欄は、なぜか変化しなかった。

『資産』の欄は、『十億』に、『オプション欄』は、『ある程度の素晴らしい経験をすること』に変化。

「これって反則」と私は言った。

「だって、そうでしょう。

 人間の世界に適応する準備局やのに、こんな非人間的なことして、いいと思ってるの?」

「じ、自動修正システムが作動したものと思われます」

「あ、そう」

 いい加減な話だ。



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