六万年前
六万年前
初めての転生
黄金色の光の中で、うとうとと微睡みながら、目の端で地球という星を見ていた。
この地球に、人類というものが誕生して以来、私と同じような意識体が次々と人間に転生するようになっていた。
物好きなことだ。
その時、ふと意識が引っ張られるような気がした。
『私も転生してみたいのですが、ご一緒させてはいただけませんか?』と語りかけてくる存在があった。
私と同じエネルギー体だ。
『初めてのことで、一人では、心細くて』
『いいだろう』 と私は言った。
こういうことでも無ければ、永遠に転生などしないに違いない。
転生そのものには興味も関心も無いと思いながらも、一体どういうことになるのか、という好奇心には手を焼いていた。
『これという目的も無いのですが、転生して帰って来られた人達が、またすぐに転生して行くのを見ていて、一体、何でそんなにすぐに転生するのだろうか、と不思議に思ったのです』
『それは、私も、実は不思議に思っていた』
『一体何があるのでしょうか?』
『ま、一度やってみれば、よくわかるだろう』
『では、よろしくお願いします』
私とその相手は、エネルギーを同調させ、地球に意識を向けた。
エネルギーの波が足元から私達を包み込み、それが頭頂に達した時、意識が消えた。
族長の息子
俺の母親は、『あいつら』と呼ばれる種族だった。
ことばに多少の難があり、肌の色が多少白く、体毛が少なかった。
体毛の多寡が美人と不美人を区別する大いなる基準だったので、残念ながら母は不美人の部類だった。
俺も子供の頃は、母にもっと体毛があればいいのに、と思わないでも無かった。
でも、母は、とても優しく、いつも俺を気遣ってくれていた。
父は、母のそういう優しさが好きだったのだと思う。
父は、部族の長で、旅の途中だった。
俺達は、太陽の昇る方角を目指して、延々と旅を続けていたのだ。
途中、『あいつら』の群れを見つけると、父と仲間達は、情け容赦なく、石の斧で殴り殺した。
その都度、俺の母は、微かに身震いし、人に知られないように涙を拭った。
俺は、そんな母に、内心イライラした。
部族の女達は、母と違って、気が強くて、荒い。
見つかったりしたら、何を言われ、何をされるかわかったものでは無かった。
特に父の妹、俺の叔母は、母を徹底的に嫌い、義姉ではなく、下女のように扱っていた。
父と俺の前では、さすがに多少は控えていたが、「『あれ』なんか殺してしまえば良かったのに」と仲間の女達と騒いでいることは、知っていた。
叔母の娘のアズ、俺と同じ日に生まれた絶世の美女。
体毛の少ない俺と違い、父も顔負けの体毛の持ち主。
俺は密かに憧れ、完璧に無視されていた。
部族の若い男達は、皆一様に、アズに憧れていた。
アズの前で、自分の体毛をひけらかしたり、アズに、野イチゴや木の実をプレゼントしたりしていた。
俺はといえば、手先が器用なこともあり、野花を摘んで、アズに似合う髪飾りを作って、プレゼントし、「ケンて、男じゃなくて、女みたい」とアズに軽蔑されてしまった。
族長の息子と言っても、必ずしも次期族長になれる訳ではない。
体毛はもちろん、胆力、気力、腕っぷしの強さ、統率力等々で、部族の中で一番信望の篤い者、そして、部族の女子供に愛され好かれるというのも、族長の資格だった。
大抵の族長は、三人から五人、多いときには十人ほどの妻を持つが、俺の父の妻は、母だけだった。
母は、俺の後に三人の子を産んだが、いずれも幼いうちに死んでしまった。
十と六の歳を迎える母は、もう若くは無いのに、今も身重の身だった。
巨人族
足跡があった。
巨人族の足跡だ。
子供達は、毎度、足跡の中に寝転んではキャアキャアと喜んでいた。
足跡は、俺達の行く手に延々と続いていた。
「ケン、見て」とアズが言った。
アズの指差す方角を見ると、かなり離れた場所で、巨人族の赤ん坊がハイハイをしていた。
その周辺を見ても、赤ん坊だけで、巨人族の姿は無かった。
「ネ、行ってみましょうよ」とアズが俺の手を取って、走り出した。
俺は心臓がバクバクして、喉から飛び出してしまいそうだったが、嬉しくないと言えば嘘になるだろう。
「アズ、アズ」と後ろからおばさんの声が追いかけてきたが、すぐに聞こえなくなった。
アズは部族でも足の早い方だったし、俺もそうだった。
赤ん坊とは言っても、近づいて行くと、小さな山ほどの大きさがあった。
アズは手近な石を拾っていた。
「やめろよ、アズ」と俺はアズを止めた。
「何でよ」
「巨人族だと言っても、まだ赤ん坊じゃないか」
「ケンは、臆病ね、怖くなんか無いわ」
アズは石を握り直した。
「それに、巨人族の赤ん坊は、凄くおいしいって聞いたわ」
「誰がそんなことを・・・」
「前に、お母さんが言ってたわ」
赤ん坊は、突然、ハイハイをやめて、ズドーン、という音を立てて後ろに座った。
俺達は、その反動で地面から飛び上がった。
飛び上がったアズの方を、赤ん坊は手を伸ばしてつかんだ。
「キャアア」というアズの悲鳴が響き渡った。
赤ん坊は、つかんだアズを見ていたが、急に大きな口を開けて、アズを口に入れようとした。
俺は、手近な石をつかんで、赤ん坊目掛けて投げた。
石は赤ん坊の額に当たり、その拍子にアズが手からこぼれ落ちて、地面に転がった。
俺は走り、アズを脇に抱えて、赤ん坊の手の届かない場所まで逃げた。
その時になって、赤ん坊は額から血を流しながら、周囲が揺れるほどの声で泣き始めた。
うおおおおおおん、うおおおおおおん、うおおおおおおん・・・
突然、地面が波打つように揺れ、俺とアズは何度も何度も引っくり返った。
「巨人族だ」という父の叫び声が聞こえた。
追放
結果は、悲惨なことになった。
瞬時で、戦いの準備を整えた、父を先頭にした部族の戦士達は、地響きを立てながら、真っ先に走ってきて赤ん坊を抱き上げた巨人族の女に、片手でなぎ倒された。
後は、戦いというよりも、巨人族の足で踏み潰されないように、男も女も逃げまどうばかりだった。
日が暮れて、巨人族が去った後には、大勢の怪我人が残されていた。
怪我人が怪我人の手当てをするような状態で、あちらでもこちらでも、悲鳴やうめき声がしていた。
俺とアズも薬草を取りに行ったり、薬草を潰して、怪我人に飲ませたり、傷に塗ったりと忙しかった。
この日は誰も食べ物どころではなく、適当な洞窟を見つけたり、木の上に寝場所を作ったりする余裕も無く、その場に、疲れ果てて眠った。
朝になり、俺達は空腹なまま、円陣を組んだ。
「巨人族は、自ら、攻撃をしない」と父が言った。
「何があった」
「ケンが、巨人族の赤ん坊を攻撃した」とアズの母、俺の叔母が言った。
「私は見ていた。
アズまで連れて行ったので、大声でアズを呼んだが、アズには聞こえなかった。
アズは何が起こるか知らなかった。
ケンはアズに勇敢なところを見せたかったのだろう」
「俺も見ていた」
「私も見ていた」
「遠いので、どうすることもできなかった」
「ケン、どうなのだ」と父が言った。
「赤ん坊がアズを食べそうになったので、石を投げた」と俺は言った。
「何をバカなことを」と叔母が言った。
「巨人族は、我らを食べたりはしない。
巨人族が食べるのは、木の実やキノコ、草の葉だ」
「そうだ」
「そうだ」の声が沸き起こった。
アズは下を向いたままだった。
「ケンのせいで大勢が大変な怪我をした。
石斧で打ち殺せ」と叔母が叫んだ。
「そうだ、打ち殺せ」
「打ち殺せ」の声の合間に、『あいつら』という囁きも混じっていた。
母の方を見ることは出来なかった。
きっと心を痛めて泣いているだろう。
「ユルシテクダサイ」と母の涙声がした。
「ケン、コドモ、ユルシテクダサイ」
「子供だって、大変なことをしたら、裁きをうけなければならない」と叔母が言った。
「ワタシ、ケン、イッショニ、デマス。
ユルシテクダサイ」と母は懇願した。
「何をバカなことを言っている。
お前の腹には族長の子供がいる」
「コドモ、ワタシノコドモ、アイツラ」と母は言った。
皆は一様に、下を向いた。
自分達の心の底を見たように。
「追放にしよう」と父が疲れた声で言った。
俺と母は、食べ物も水も何も持たずに追放された。
父も叔母も、俺と母の方を見なかった。
もちろん、アズも。
あいつら
母は、ずっと泣いていた。
泣きながら、おおきなおなかを抱えて歩いていた。
「泣かないで、お母さん。俺がついている」
俺は石を拾い、木の蔓を引きちぎって、木の枝に結びつけた。
石斧のつもりだったが、石の重みで枝が曲がってしまい、不格好なものになった。
何も無いよりはマシだろうが。
しばらく歩くと母は泣き止み、聞いたことのない歌を歌い出した。
「その歌は何?」部族では聞いたことの無い歌だ。
何を言っているかもわからない。
「ワタシノ、クニノウタ」
「クニ?クニって何?」
「ワタシ、スンデイタ、クニ」
元いた部落のことだろう、と俺は思った。
あいつらの部落。
母は、また歌い始めた。
「やめろよ、あいつらが来る」
そう言ったとたん、遠くから同じような歌が聞こえてきた。
すると、母は、もっと大きな声で歌うのだった。
「やめろったら」
言わないことではない、あっちからもこっちからも歌声が聞こえる。
歌声に取り囲まれてしまったようだ。
「ラーヤ」という声がした、と思ったら、周り中をあいつらに取り囲まれていた。
石斧で殴り殺される、と身構えたが、誰も石斧を持ってはいなかった。
「ラーヤ、ラーヤ」と先程の声の主が母の手を取った。
「ウイン」と母が言った。
母とウインは、俺の目の前で、ヒシと抱き合った。
そして、俺には全然わからない、あいつらのことばで、話し始めた。
「ケン」と母が言った。
「ウインハ、ワタシノ、オット、ケンノ、チチ」
あいつらの国
そこには、母や俺と同じような体毛の薄い人間が沢山いた。
それだけではない、部族の父やアズのように、体毛の濃い人間もいる。
頭の毛の白い人間やら、赤い人間やら、腰の曲がった人間までいる。
俺の目も頭もぐるぐると渦を巻いているみたいだ。
あいつらのクニというのは、随分遠かった。
途中から、俺と母は、ケモノが引っ張っている箱のような乗り物に乗せられた。
箱のような乗り物の周りには、光る石斧を持った戦士達が並んでいた。
俺達を殴り殺すつもりは無いようだった。
そんなことより、母の言った「ウインは私の夫、ケンの父」ということばが、耳の周りでワンワン言っている。
耳の周りを回っているだけで、耳から中には入って来ない。
俺の父は、あの族長の父ではないのか。
母だけを妻にしていた、あの体毛の濃い、勇敢な父ではないのか。
だから、俺だって、アズだけを、できたら妻にしたいと思っていたのだ。
それなのに、母の方が二人の夫を持っていた、どう考えたらいいんだ、一体。
しかも、母は、もう十と六歳の年寄りのはずなのに、まだ十と二歳ぐらいに見えるほどに若くなってしまった。
しかも、いつもあのウインという『夫』と一緒にいる。
「ケン、コッチニ」と言われても、母と夫の話していることが全然わからない俺としては、遠慮して小さくなっているしかない。
「ケーン」という可愛い声がした。
その声の方を見ると、俺やアズと同じ歳頃の少女がこっちを見ていた。
やはり、俺はすぐに体毛の濃さを見てしまう、母親や自分の体毛の薄さが、ずっと恥ずかしいことのように思って来たので、つい気になってしまう。
やった、アズほどではないが、美人の部類に入る、体毛の濃さだ。
「私は、ウドゥ」と言われて、俺はまた、飛び上がるほどに嬉しかった。
「ウドゥ、俺のことばが話せるのか」
「俺のことばって。これは、私のお母さんのことばよ」
「そうなのか」だから、体毛も濃いんだな。
「お母さんが、ラーヤ様に頼まれて、私がここに来たのよ」
「ラーヤ様って?」
『様』?
「何年もの間、行方がわからず、ウイン様が、ずっと行方を探していたのよ。
森の中で、護衛の兵士と侍女が殺されていたので、もう生きてはいないのではないかと、ウイン様は嘆き暮らしておられたの」
瞬間、俺の脳裏に、あいつらと見れば、アッという間に、皆殺しにする部族の習慣が浮かんだ。
アズは、巨人族の赤ちゃんがおいしいのだと言っていたっけ。
「でも、良かった。こうして、ラーヤ様だけでなく、ケンまで帰って来てくれて。
それに、ラーヤ様のおなかには、赤ちゃんまでいるし」
お母さんのおなかの赤ちゃんは、あのウインというヤツではなく、俺の族長の父の子だ。
「けど」と俺は恐る恐る言った。
「あのウインて人の子じゃないんじゃ・・・」
「ケンてば、何を言ってるの。
子供は国の宝なのよ。
だから、ケンも私も国の宝」
クニのタカラ、聞いたことも無いことばだ。
「ケン、明日から一緒に、勉強するのよ、わかった?」
ベンキョウ、それは何のことだろう。
教育
最初は、歌ばかりを歌っていた。
あいつらのことばで出来た、意味のわからない歌を。
ウドゥは、驚くほど沢山の歌を知っていた。
そして、もっと驚いたことには、あいつらのことばも喋れるのだ。
「ケンだって、いずれ、いくつものことばを話せるようになるわ」とウドゥは簡単に言う。
「ことばさえ通じれば、誤解することも無いし、どの種族とも仲良くできるのよ」
俺の脳裏に、またも、あいつらを皆殺しにしていた部族の姿が蘇る。
ことばが通じれば、皆殺しにすることも無くなるんだろうか。
本当に、そうだろうか。
そう思いながらも、俺は半ばウドゥに引きずられるようにして、歌を覚え、ことばを覚えて行った。
かたくなに、着るのを拒んでいた、あいつらの服も、たまには着るようになった。
皮蓑は勇者の証だと、ずっと信じてきたのだけど。
腰がスースーするような、薄っぺらい紐を編んだような衣服。
でも、俺は段々と、このクニに染まって行った。
長い旅をしなくても、食べ物は沢山ある。
果樹園と呼ばれる場所には、木の実や果物がなっていて、畑と呼ばれる場所には、色々な草が生えている。
放牧場には、命懸けで戦わなくても、おとなしい動物達が、食べられるのを待っていた。
ことばが通じれば、どの種族とも仲良くできる、そう信じるようにもなっていた。
母は、体毛の少ない女の子を産んだ。
その前の三人とは違い、その子は死んだりしなかった。
ナカンと名付けられた、俺の妹。
体毛は薄いが、とても可愛い、と俺は思った。
ウドゥは、まるで自分の妹のように、ナカンを可愛がった。
そして、ナカンを母と共に大切に思う、父のウインを見ていているうちに、俺の中から、族長の父の姿が消えて行きつつあった。
結婚
十二歳になった、俺とウドゥは、周囲の祝福を受けて結婚した。
父も母も、俺達の結婚を喜んでくれた。
俺達は、それまで住んでいた両親の家を離れ、国の外れにある年寄り達の住む場所に間借りしながら、自分達の家を造り始めた。
家造りに習熟した、年寄り達と、毎日、あーでない、こーでない、と話し合いながら、ウドゥの希望の花と実のなる木のある、石造りの家を建てるのだ。
まだ結婚していない若者達や子供達も、大勢でやってきて、石を探して来たり、石を削ったり、石を組み立てたり、と手伝ってくれた。
そのうち、ウドゥに子供ができたことがわかり、ウドゥは家造りの現場から離れるのを、大変残念がりながら、母親になるための勉強やら体操やらをやり始めた。
まだ木は花や実をつけてはいないけれど、我が家は完成し、毎日、沢山の人が遊びにやってきた。
子供も次々に生まれた。
一人も死ぬことは無かった。
俺は、自分の信じられないような幸せを、誰に感謝していいのかわからなかった。
両親の最期
母のラーヤが二十歳で、眠るようにして亡くなり、父のウインも後を追うようにして亡くなった、二十二歳だった。
二人は、住んでいた場所に、隣り合わせて、葬られた。
十五から十八が人々の死ぬ年齢だったので、二人は長生きをした方かもしれない。
けれど、心の底の方に、大きな穴が開いたような気がした。
「淋しくなったわ」とウドゥが言った。
「淋しくなった」と俺も言った。
子供達も「お祖母ちゃんは、どこにいるの?」「お祖父ちゃんは?」と二人を探した。
「死んでしまったんだよ」と俺は言った。
「死んでしまうって、どういうこと?」と三歳のウインが言った。
この子は、俺の父の名を授けられていた。
「どこにもいなくなってしまうって、ことでしょう?」と母の名を授かったラーヤが言った。
「それは違うわ」とウドゥが言う。
「お祖父ちゃんとお祖母ちゃんの名前は、あなた達と一緒に生きている。
名前というのは、その人を顕すのよ。
二人は、あなた達と一緒に、そして、私達と一緒に、今も生きているのよ」
ウドゥは、その後、子供達を連れて、俺の両親の家に行き、壁に両親の絵を描いて、子供達に言った。
「これで、いつでも、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんに会えるでしょう?」
ウドゥの絵が、とても生き生きとしていたせいか、それ以後、亡くなった人の絵を描くことが流行となり、この国で、定着してしまったようだった。
亡くなった人だけでなく、生きている人や動物や花や果物の絵も、描かれるようになった。
俺達の最期
俺達の国は、豊かで平和な国だった。
様々な言語を話せる人間が多く、他の部族との交易も盛んに行われた。
この国に来る者を拒むこともなく、飢え衰えた部族にも手を差し伸べた。
望めば定住もでき、果樹園や畑や放牧場を見学に訪れる者にも門戸を開いていた。
俺とウドゥも二十歳を迎え、視力は衰え、足腰もかなり弱ってきた。
「お父さん、お客様がお見えになったわよ」とラーヤが言った。
「アズという方」
アズと聞いて、遠い記憶が呼び覚まされた。
俺の初恋の相手、アズ。
今では笑えるほど、体毛の濃かった娘。
「もう、行ってらっしゃいよ、ドギマギしていないで」とウドゥが笑った。
ウドゥには、アズとのことを全部話してあった、女というのは、そんな昔の話でも、よく覚えているものだ。
「誰がドギマギしている、誰が」
アズも俺やウドゥと同じ歳、立派なお婆さんだ。
ところが、広間に出た俺は、驚いた。
体毛の濃い、アズそっくりの若い娘が立っているでではないか。
もう一つ驚いたのが、横に立っていた若い男だ。
まるで、俺の族長の父親に瓜二つだった。
「ケン」とアズが俺の手を両手で握った時、一瞬のうちに、俺は子供時代に戻ってしまった。
心臓がドキドキして、口から飛び出しそうだ。
「アズ」アズの娘なのだろうか。
「母から聞いていた通りの方だわ」とアズが言った。
やはり娘か。
「母は、あなたのことばかりを話していたわ。
巨人族から救ってもらった話は、それこそ、何度も何度も聞いたわ」
そうだったのか、アズ。
俺の胸の痛みは、わずかに軽くなった。
「あなた達がいなくなり、母は、族長の妻になったの。
これは私の弟のウルベ。
私達は、あなたの弟妹でもあるのよ」
俺の弟と妹、その響きは甘美だった。
俺の子供の頃の気持ちを引き出し、俺は、昔に戻って、自分の体毛の薄さを恥じた。
二人は完璧な部族の一員だった。
俺は請われるままに、アズとウルベに、この国のことを話し、この国を案内し、肉や果樹をご馳走した。
ウドゥはラーヤと共に、二人に絵や歌を教えた。
「何て、豊かで素晴らしい国なんでしょう」とアズは感嘆の目を向け続けた。
二人は自然に、この国に溶け込み、この国の一員となった。
ウルベとラーヤが話しているのを見ると、まるで遠い昔の父と母のようだった。
遠い昔の父と母、「あいつら」と蔑まれていた母と俺。
ある日、飲む水は苦く、兵士達は、国の端で起こった小競り合いで出払っていた。
「お父さん、何かイヤな感じがするわ」とラーヤが言った。
「水が苦い」とウドゥが言い、水をにおった俺は、痺れ草が入っていることを知った。
「皆に知らせないと」と言ったが、足が動かなかった。
「お父さん、石斧で武装したヤツラが大勢いる」とウイルが妻子と共に家に来た。
その後の出来事は、まるで悪い夢を見ているようだった。
よろよろと広場に出てみると、当り一面は血の海だった。
そして、石斧を掲げたウルベとアズが、他の武装集団を叱咤激励して、この国の民を殺しているのだった。
燃えているのは果樹園か、放牧地の家畜達は追い立てられて、悲しそうな声をあげていた。
「ケン、良くやったわ」とアズが言った。
「さすがは父の息子。
あいつらを全滅させた功績は、あなたのものよ」
アズは大声で笑った。
「母が、あなたなんかを気にかける訳は無い、あいつらの仲間のケン」
「俺は、この女をいただく」とウルベの背には、気を失ったラーヤが。
「ケンさんよ、長い間、ご苦労だったね。これはご褒美だ」
と石斧が私の頭を強打し、私は死んだ。
死後
意識体に戻った後も、私の驚愕は去らなかった。
なぜ、平和で豊かな国を、ああまで残虐に踏みにじることができるのか・・・
『私は転生する』とウドゥの声が聞こえた。
では、ウドゥも殺されてしまったのか。
『ラーヤを、娘を助けないと。
一緒に行きましょう、あなた』
私は、ウドゥに背を向けた。
『もうイヤだ』と私は言った。
『もう二度とイヤだ』
ウドゥ、私の妻だったものは、私が背を向けている間に、消えていた。
自分の傷を癒すかのように、私は十重二十重に、自分の周囲に黄金色の光を集めた。
その後も地球では、平和で友好的な民族が、野蛮で強欲な民族に滅ぼされていった。
私は、徐々に、地球に対する興味を失って行った。
黄金色の光の中の安らかで安全な場所、そこでだけ私は幸せだった。
そして、知らぬ間に、地球では、六万年という歳月が流れていた。