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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【短編】~アレイスティ・ロックハンスの場合~

作者: 保科寿明

エルリック・サーガの著者、マイケル・ムアコックに影響を受けた私のささやかな作品。今は亡きチャールズ・ブコウスキーに捧ぐ。短編アレイスティ・ロックハンスの物語。楽しんでください。

 これは皇国レミアム、神聖ザカルデウィス帝国、エギュレイェル公国の三大国のうちの一国、エギュレイェル公国に住まう少年アレイスティ・ロックハンスの物語である。


 彼の名はアレイスティ・ロックハンス。エギュレイェル公国に住まう人間で、ロックハンス一族の末弟。ロックハンス一族とは、吸血鬼しか住まわないとされる永遠の夜のエギュレイェル公国において特例で認められた一族。その最高傑作として調整を受け、アレイスティはこの世に生を受けた。彼には兄弟がいた。長兄ラーディアウス、次兄クリフォード、兄ザンクトゥ、長女ソーン。アレイスティは末弟である。彼の兄姉たちは偉大だった。そして個々に強大な力を保有していた。


長兄ラーディアウスは、長兄らしくロックハンス一族最強の男。現在は皇国レミアムの将軍であり、“剣神”の称号を持つ。次兄クリフォードは世界最強の魔術師。エギュレイェル公国の君主ローゼンメイデンに仕える男であり、屋敷の瀟洒な執事長。兄ザンクトゥはエギュレイェル公国のヴァンパイアハンターのトップに君臨する男。長女であり姉であるソーンは神聖ザカルデウィス帝国の将軍。あらゆる暗殺者たちの女帝。アレイスティは兄姉たちのようにはなれないと最初から諦めていた。兄弟のなかでも最も強大な潜在能力を持ちながら。


ゆえにアレイスティは、兄姉たちからあらゆる戦闘術を叩き込まれている。その訓練の壮絶さを物語るのは、アレイスティの日々の弱音から来る。


「もう……許してくれ」


それでもやらなければならなかった。彼には守るべき人がいたからである。守るべき人というのはひとりの少女であった。当たり前である。この修行の日々を乗り越えなければ、その儚い命を守ることはできないのだ。修行に許しなどない。やらなければ戦えない。このエギュレイェル公国に住まう上級吸血鬼にもあしらわれるようでは、この先到底生き残ることはできない。


「アレイスティ、敵の二手三手先を読むのではなく戦術そのものを読め。剣の道は遠いぞ」


長兄ラーディアウスの檄が飛ぶ。


「こんなことにあと何年続けるんだよ。いつになったら一人前になれるんだ!?」


「馬鹿者が。お前はまだ死線を見切って生きていないから、そんな甘いことが言えるのだ。私に肉迫したいなら自分の力でやってみせろ!」


 少女の名はメイ・ミストーリア。彼女は皇国レミアムの生まれだが、アレイスティが一目惚れしたせいでエギュレイェル公国に連れ込まれ、以降彼女はアレイスティの恋人となっていた。彼女は後悔などしていない。なぜならアレイスティのことを本気で愛していたからだ。守らなければならない、何としても。そうアレイスティに思わせる唯一無二の人間であった。


「ふう、やっと終わった」


「おかえりなさい。アレイスティ、牛肉の煮込みを作ったの。レミアムのレシピだけど、アレイスティの舌にも合うと思って」


「ただいまメイ、いい香りだね。ありがとう」


「食べる?」


「うん。食べるよ……その前にキスしたいな」


「んっ」


修行の後のアレイスティは積極的だった。そして飢えていた。愛に飢えていたのだった。戦闘後のアレイスティはもっと飢えていた。そしてもっと愛を欲していた。それが彼の若さだった。そして彼女も若かった。若かったがゆえに全てを許していた。そんなアレイスティのことを誰よりも心配していたのは、兄姉たちである。戦いに備えなくてはいけないのにも関わらず、己の才覚に慢心し、もっと大切なものを失ってしまうのではないかと。そう思うのは当然だった。実力と行動が比例していないのは危険である。己が強大な力を保有し、全てを守れるだけの技量があったなら。己がより大きな力を求め、運命を打ち破るだけの胆力があったなら…という後悔を抱えさせたくはない。兄姉たちはそこを心配していたのである。


「ここのところ、兄さんたちの訓練がしんどくてさ。今日なんか殺す気かと思ったよ」


「でも良かったじゃないの。今日来たあのお兄さん、私知ってるわよ?ラーディアウス将軍でしょ?光栄だと思わなくちゃ」


「はいはい、あぁ旨いな……この料理。なんかまた腕上がった?」


「いつも通りよ」


この頃のアレイスティは少々…というよりかは完全に未熟であった。彼女は見抜いていた。彼の未熟さたる所以は自分の存在にあるということに。そこまで分かっておきながら彼の傍を離れないのは、彼自身に気付いてもらいたかったからである。というのも、その未熟さの原点は、“メイさえ守れれば自分はどうなっても構わない”といった思考から来るものである。彼女は分かっていた。“自分の身さえも守れぬ者は誰も守れない”ということに。兄姉たちと同じく、彼女は若かったが、大人であった。この夜、アレイスティは夢を見た。過去の夢である。


「アレイスティ、お前には覚悟が足りない。だから今から試してやる」


「ザンクトゥ、俺の何を試すんだ。兄さんなら分かってくれるはずだと思ったのに」


「いいや分からないね。メイだったっけか、お前の連れ込んだ人間は。この国だと……知っているよな?吸血鬼以外の人間、ましてや他国から人間を連れ込んじゃいけないって。人類解放区ならともかく、本土の中央に置くなんて、どうかしてるぜ」


「どう試すんだ。兄さんを倒せばいいのか?」


「無理だな。だから、こうしよう。俺に一泡吹かせてみな!」


 この夢は現実に起きたことである。兄であるザンクトゥがアレイスティの覚悟を確かめるべく課した試練の話。その試練の内容は大いに難しいものであった。未熟な彼に課せられた試練、その内容は、“上級吸血鬼の悪事者をひとり始末すること”である。上級吸血鬼の力は、訓練された人類程度では到底敵わない強力な生命体。ザンクトゥならば問題なく始末できるが、この頃のアレイスティにとって上級吸血鬼とは、天と地ほどの差がある相手であった。


「さあ、この試練を受けるか!アレイスティ!」


「受ける!」


「ならこの上級吸血鬼を狩ってきな。それでお前の覚悟を量ってやる」


一枚の紙を渡された。手配書である。エギュレイェル公国内に出回っているありふれた手配書。その手配書に載っている上級吸血鬼を狩ってくれば、メイの入国の件は本国に黙っておくという話であった。彼は戦わざる得ない状況に立たされてしまった。だが、やらなければいけない。やらなければ、戦わなければ、メイを本当の意味で恋人にすることができない。彼はその上級吸血鬼を追って本国へと足を伸ばした。


「ここらへんで正解なはずなんだけど……」


「ははっ!人間!このエギュレイェル公国の本国に何の用だ?」


「お前だな?この紙にあった顔と同じだ。お前が吸血鬼の悪事者というのは間違っていないな?」


「その通りだ!お前に俺が狩れるかな?」


「狩ってやるさ。お前を狩ることで俺の大事なもんが守れるなら、狩ってやる。殺してやる」


「雑魚がほざくじゃねえかぁ!」


荒野に小屋があった。その小屋には血なまぐさい臭いが支配していた。他国から人間をさらってきては食うという悪行を繰り返していたからであった。その上級吸血鬼は決まって幼い少年と少女をさらってきているのであった。その臭いを嗅ぐだけでもアレイスティの胸は苦しくなっていった。だからこそ殺さなければいけない。彼の勘がそう訴えていた。


「こちらから行くぞ。人間!」


上級吸血鬼は直線的な踏み込みだけで驚異的なスピードを叩き出した。アレイスティはその勢いにうまく反応はできていた。反応はできていたが、対応ができていなかった。上級吸血鬼の右の拳がうなりを上げる、血を纏ったかのような軌跡を輝かせながら。彼はガードしたが、大きなダメージを負ってしまった。その威力は今まで狩ってきた下級の吸血鬼よりも遥か上、住む世界が違う一撃だった。


「ぐっ!ぐふぁ……!!」


「その程度か人間!まだまだ終わらんぞ!」


このままでは殺されてしまう…そう考えるのが妥当だった。なのでアレイスティは己の持つ武器すべてに命運を託した。


「サイレス・ダガーならば傷をつけるだけでもさあ!」


「ほう、そんな武器を隠し持っていたのか」


「くらえよ!」


サイレス・ダガーとは傷つけた者の精神を破壊する武器。彼はこの土壇場で小細工を選んでしまった。それが更に状況を悪化させていくこととなる。


「でぇぇぇいや!」


「ぬぐ!?」


苦肉の策であったが、アレイスティも踏み込みを入れ、スピード勝負を挑んだ。意表を突かれたのか上級吸血鬼は何もせず無防備の状態で、彼の斬撃を受けてしまった。腕である。腕に傷を負った上級吸血鬼は少々苦悶の表情を見せ、そして笑った。


「で?どう狂えば正解なのかな?ハハハハハッ!!」


「効かない……なんで!?」


「当然さ!俺は下級吸血鬼とも、ただの上級吸血鬼とも違う!貴族なんだよ!この程度の魔力の作用で狂うはずがなかろうがぁ!」


アレイスティはものうげな表情を隠せなかった。一種の絶望に似た感情を抱きつつあった。この上級吸血鬼の貴族を倒さなければ、メイの存在が認められなくなってしまう。そればかりか、自分がここで命尽きてしまう。どっちに転んでも誰も守れなかった肉塊になってしまう。それだけは避けたい。悪あがきもしたい。手段は残されているのだろうか。今の自分にそんな抵抗を許せるだけの覚悟は、技量はあるのだろうか。黙ってやられるつもりは、最初は毛頭なかった。僅差でもいいからさっと片付けて終わりにするつもりだった。ハンターとしてのプライドもあった。何もかもが無駄なのか?否、そんなはずはない。これは試されているのだ。この絶望こそ乗り越える試練だと。


「冥府の爪、夜ヰ刃、この武器で攻める。正攻法だ」


「諦めて正面から俺を相手にするのかい?いいねぇ!来いよ!」


冥府の爪は空間を立体的に移動できる暗器のひとつ。そして夜ヰ刃とは彼にとっての主武装、世界で最高の硬度を誇るガドラムを鍛造して出来上がった刀で、東方の国カミシニの逸品。この二段構えで立ち回る。彼は兄姉たちに感謝した。手段をこんなにも増やしてくれたことを。それぞれの武器がアレイスティの邪魔をしないことにも。そう彼は歩く武器庫、扱い次第で格上を圧倒せしめる。


「最初の一撃で俺を仕留めておくんだったな!行くぞ!」


アレイスティは冥府の爪を木の枝に引っ掛けて宙を舞った。


「サーカスの練習でもしてんのか?」


「その逆だよ。お前がピエロになる番だぁ。吹っ飛べぇ!」


縦に振ると大車輪のように回転し、その遠心力で夜ヰ刃を一閃した。下から上に一閃された刃は凄まじい剣風を巻き起こし、それは上級吸血鬼を真っ二つにできるほどには充分な威力であった。小細工ではなく、真正面から挑むという奇策は功を奏した。しかし、彼は上級吸血鬼という生命体をまだ理解していなかった。人類では到底無理なことを簡単にやってのけるのが、化け物の特権である。


「ぎ……ざ、まぁ。お……れの、さ……いせい能力を甘く見るなよ!」


最悪の展開である。アレイスティの放った渾身の一撃が水泡に帰した瞬間、彼は自分の詰めの甘さを後悔した。こんなことになるならばもう一撃加えるだけの体力を残しておくべきだった。最初にあの攻撃をまともに食らわずにいれば、もう少しは動けたかもしれない。己の未熟さが呪わしい。こんなことで、こんなところで死ぬ運命ならもう少しは…。“もう少し”という言葉が彼の脳髄を支配していく。アレイスティは諦めにも似た感情を抱きつつあった。


「くそったれ。もうダメか」


「再生は終わった。次は何をしてくれるんだ。えぇ!?」


「遠距離に持ち込めれば何とか……」


アレイスティは距離を取った。できるだけ離れたのだ。ここにきて持ち込める戦法はひとつしかない。遠距離戦ならば時間だけは稼げるかもしれないと踏んだのだ。彼のもう一つの武器であるブラスターレイは、あらゆる物体を破壊せしめる弾丸を無限に撃ち続けることができるサブマシンガン。それは二挺あった。殺せなくても、足止めくらいにはなるはずだ。彼は一度逃走した。


「どこに逃げるんだ人間!」


「どこでもないさ。ただ間隔空ければ何とかなると思ってよ、まずはこれを食らえ!」


けたたましい銃声が鳴り響く。当たらなくてもいい、当たったら儲けものだ。そんなことを考えながら彼はブラスターレイを撃ち続けた。その大量の銃弾を縫うようにして、赤い閃光がアレイスティを襲った。それはあの上級吸血鬼が行っている攻撃であった。上級吸血鬼は皆“血獄”という能力を持っている。虚数変動による防御不能な攻撃が行えるので、食らった者は確実なダメージを負うことになる。最初に放った右の拳も、これを纏っていた。遠距離でも転用可能で、上級吸血鬼は遠慮もなしに放っていた。


「どうしたどうしたどうしたぁ!!こんな銃弾じゃ俺を捉えることなんて無理無理ぃ!!」


「くそ!本当にこのままだと……」


「よく頑張った。お前の覚悟は俺に届いたぜ」


 兄、ザンクトゥの姿が隣に見えた。ザンクトゥはただ一発の銃弾を撃ち込んだだけで、アレイスティをここまで追い詰めた上級吸血鬼の額を撃ち抜いたのだった。その撃ち抜かれた額から次第に灰になっていく。


「う、うあああああああああああ!!!!お前何をした!誰だ!」


「ロックハンス、ザンクトゥ・ロックハンスだ。覚えておきな」


「あのザンクトゥ……ハンターのトップに君臨する人類、俺はなんて相手に狙われてしまったんだ」


「死後の世界で悔みな。カスが」


「ち……く……し」


畜生と言いたかったのだろうが、その前に顔全体が灰になり、やがて全身が灰に変わった。アレイスティは疲れていた。この上ない疲労感に襲われた。そのはずである。今まで上級吸血鬼を殺す仕事などやってきたことなどないのだから。ザンクトゥは知っていた、自分も過去はそういう経験がある。だからこそ、厳しかった。


「立て!みっともねぇ戦い方しやがって。まったく」


「不合格か?」


「合格だ。よく諦めなかったな、普通だったら逃げて然るべき状況だった」


「ありがとう。兄さん」


夢から覚めた。そして彼は隣で眠っているメイを確認すると、安堵の表情を浮かべた。自分はまだ未熟者であることを再確認させたかのような夢は、アレイスティにとって精神衛生面上、良くないことでもあった。メイを守れるだけの力が欲しい。そんな些細な希望さえ、このエギュレイェル公国では本当に些細なものであった。兄ザンクトゥに助けてもらえなかったら、今頃どうなっていただろう。そんなことを考えると、途端に恐ろしくなった。これから先、もっと力がいる。より強い敵を倒せるような力がいる。この細く白い体を守れるだけの力が。彼はものうげに部屋の天井を見た。


「どうしたら兄さんのようになれるんだ。なぁ、誰か教えてくれ」


 朝は来ない。このエギュレイェル公国では、すべての時間が夜だ。夜は永かった。アレイスティは夜を断つ刃になれるのだろうか。それはまた、後で語られることになるであろう。



~アレイスティ・ロックハンスの場合~



完読ありがとうございました。要は書き殴りに近い感じです。また、別のキャラクターの物語が読みたいというリクエストを頂けましたら、熟考の末、結論を出します。では、また会う日まで。

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