第三話 見たモノ
第三話
「い、いるよね?」
「黙って」
「あ、はい」
「……」
「……いる?」
「……」
「いないの!?」
「いるってば!!」
「返事してよ!!」
志人から5mほど離れ、木の傍でしゃがみこんで待つ。
「あの……ありそう?」
志人は、首吊り自殺の死体から食料を漁っている。
基本的に食料は見つかることは稀だが、その人が死体になる直前まで食べていたものや、食べずに自殺した人のものがあったりするらしい。
「よし、二人分確保出来た」
「ほ、ほんとっ!?」
運良く一人目で見つけられたが、いつもは三、四人目くらい探さないと見つけられないことなんて、ざらにあるらしい。
「じゃあ帰ろうか」
「うん、でも、どこに帰るのか分かるの?」
「……むしろなんで分からないの?」
今夜歩いた時間は10分ほど。その間、真っ直ぐに歩いた訳でもないのに、なぜ分かるのか。
「まあ、こういう土地勘的なものは、女性より男性が強いって言うしね」
「へぇ〜」
「……そんなんで良く生きてこられたね」
「必要ない知識だもん!」
感情を表し、顔を背ける。その目線の先には闇が広がり、誘い込むような錯覚を覚える。
「ほら、行くぞ」
背後から投げかけられた声に、意識を戻して振り返る。既に志人は歩き出しており、少なからずの距離が生まれていた。
「ま、待って!」
髪を引かれるような感覚を覚えながら、闇に浮く志人の背中を追いかけて走り出した。
☆☆☆☆☆☆
食材の香りと、埃の匂いが入り交じり、鼻で呼吸をすることをやめたくなる気持ち悪さを感じる。
「いつもこんな感じなの?」
「あ? 何の話?」
月明かりを受け、志人の顔が幻想的なほど美しく、闇を裂く。
「え……えっと、この、匂いって言うか、その、なんて言うか」
頬に熱が生まれるのを感じながら、疑問をぶつける。
「あぁ、そうだよ。換気をしたって、この埃くささが消えないんだ」
「なんで?」
「……さぁな」
そんなことがあるのだろうか。樹海とは言え、森のようなものだ。マイナスイオンとかイオンモールとか、そんな感じのがありそうなものだが。
「この部屋じゃなくてさ、他の部屋に何か溜まってるとかじゃないの?」
立ち上がり、部屋を出る。窓から差し込む僅かな光が、廊下を照らし続けている。
リビングを除き、この家には、あと二部屋存在する。一つは、先程まで寝ていたベッドがある部屋。
もう一つの部屋の前に立つ。
ドアノブの上には埃が溜まり、しばらく開けられていない事を示している。
「この部屋なんっ!?」
伸ばした右手がドアノブを掴む瞬間、更にその上から右手で包まれる。
「その部屋は……開けないでくれ……」
後ろやや上からかけられた声に、心臓が痛いほど、強く鳴る。
「志人……び、ビックリした……」
音もなく背後に現れた志人は、手を掴んだままドアノブから外し、後ろを向かせる。
硬直した私は、志人の顔を見上げることも出来ずに、ただ首筋を眺めていた。
「あ、あの……えっと……」
「ご飯、まだ残ってるよ」
「あ、うん」
部屋の前に立ったまま動かない志人を見つつ、リビングへと戻る。
あの部屋に何があるのか、何故志人は入って欲しくないのか。
私には分からなかった。
口に入れた鶏肉は、冷たく硬く、苦い味がした。
☆☆☆☆☆☆
「シャワーは……?」
「あると思うの?」
「……」
思ってはいなかったが、ないとも思っていなかった。単に、そこまで頭が回らなかっただけだ。
「そ……うだよね〜あはは〜」
「じゃ」
「あ、うん」
志人がベッドがある部屋へ入る。
……私はどこで寝れば良いのだろう?
リビングへ行くが、もちろんベッドはない。そして、入るなと言われたもう一つの部屋。残るは。
「あ、あの……」
ベッドがある部屋の扉を開け、中に入る。
「なに?」
「私はどこで寝れば……」
「……あー、このベッド以外は無いんだよね」
そんな気はしていた。
「……半分にするしかないな」
「えっ!? いや、それはちょっと……」
「じゃあ、床で寝てね」
「……」
水気を吸い、少し歪んだ床で寝る。考えるだけで、背中が痛くなってくる。
かと言って、今日出会ったばかりの男子と共に寝るのは……さすがに抵抗がある。
「その……えっと……」
「おやすみ」
「すいません! 半分下さい!!」
志人は面倒くさそうな顔をし、ベッドの右側へ寄る。
ベッドのスプリングを縮ませながら、左手と左膝をつく。その後、身体を滑らせ、肩が当たらないように寝転ぶ。志人はこちらに背を向け、壁を向いたまま寝ている。
「まだ何かあるの?」
「えっ!? いやっ!?」
心を見透かされていたようだ。
思春期の男女が一つ屋根の下、同じベッドで寝転んでいる。色々な意味で心臓がドキドキしている。
グッと手を握る。
右側から聞こえる呼吸音が心地よく、それでいて、気持ちを煽る。
志人が寝返りを打つ気配を感じ、志人に対して背を向ける。
「む、志人……あのね、私さ……」
「……」
「こ、この生活も嫌いじゃないかな〜って、思ってさ。志人の足引っ張ってばかりだけど、それでも楽しいの。今が、凄く楽しいの」
「……」
「ひ、独りよがりかな? ダメかな? だ、ダメだよね〜志人の邪魔しかしてないしね〜あはは〜」
「……」
「……でもね、い、一緒にいたいのっ!!」
頬が熱くなるのを感じつつ、志人の方に勢いよく向き直る。
「ダメかな……って……寝てるのか……」
瞼はしっかりと閉じられ、上下する肩が、呼吸のリズムを伝えている。
「……はぁ」
志人を起こさないように、ベッドから抜ける。一晩で凄い目にあったものだ。
軽く伸びをして、ベッドがある部屋を抜ける。月明かりのみを頼りに、廊下をゆっくりと歩いていく。
その先には、あの部屋がある。
何の気なしに向かっただけだ。何があるのか、何をしたいのか。何も考えずに、ただ、足が止まった。
「ちょっとくらい、いいよね」
ドアノブに手をかける。時計回りに1/3回転させ、ゆっくりとドアを奥に押す。
簡素な部屋だった。必要最低限の家具は揃えてある部屋。机の上に置かれた食器。その上には、黒い何かが置かれている。
何年も前に人がいなくなったような。それにしては生活感があるというか、あった気がするというか。
急に生活していた人が亡くなったような、そんな違和感を感じる部屋だった。
奥にはカーテンがかかっており、奥を見ることは出来ない。
歩いていき、カーテンに手をかける。
ゆっくりと開いた先には。
※この小説は、怖さを求めない方向けの小説です。