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私達は、まだ生きている。  作者: シラクサ
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第一話 出会い

第一話

暗い。


寒い。


痛い。


苦しい。


膝下まで伸びた草をかき分け、進み続ける。


どこへ向かえばいいのか。


どこまで進めばいいのか。


「もう……無理……」


目の前に木が見えてくる。まるで全てを理解してくれるかのように、しっかりと支えてくれる木に背中を預け、思考に耽ける。


この場所に来て、初めての夜のことを、忘れることは無いであろうその夜を、思い出していた。


★★★★★★


「肝試し行こーよっ!」


言い出したのは、サークルの中心的存在の女の子。


花の大学生活を送りたい訳では無かったが、少しでも楽しく過ごしたいが為に入ったサークル。そのサークルに入り、すでに一年が経過しようとしていた。


肝試し。その言葉に中々に興味は引かれた。問題は場所だ。


「言うて、どこよ?」


大学特有の、少しはっちゃけている系男子が、先の女子に向けて問う。


問われた女子は嬉しそうに、人差し指を立てて言う。


「富士の樹海!」


☆☆☆☆☆☆


富士の樹海。正式名称は、富士山の青木ケ原樹海と言うらしい。何故わざわざそんな所に……


車は部長が出してくれた。国道139号線をしばらく走り、西湖ネイチャーセンターに到着する。


案内人を入れてツアーも出来るらしいが、今回は肝試しだ。サークルメンバーのみで樹海に入っていく。


サークルメンバーは5人。くじの結果、私以外は2人のグループ、私は1人となってしまった。


遊歩道をしばらく歩き、皆で輪になる。


「じゃあ私とりょー君が先に行くね? 取ってくるのはこれ。オッケー?」


札のようなものを2枚見せてくる。最初の2人グループが札を置き、続くグループと私は1枚ずつ取ってくる、ということらしい。


「ちなみに携帯は没収ね。じゃあしゅっぱーつ!」


ウキウキで歩き出す最初の2人。私は怖いのは苦手だ。男子だとしても、誰かと一緒の方が良かった。


歩いて、取って、帰るだけ。歩いて取って帰るだけ。


「なーにしてんのっ」


背中を叩かれ、現実に引き戻される。


「ひゃっ! へっ?」


「まいまいの番だよっ」


いつの間にか、みんなは終わっていたらしい。


心の準備もろくに出来ないまま、歩き出す。


「そのまままっすぐね〜」


後ろから掛けられた声が聞こえているのか、いないのか。自分でも分からないまま、足だけが土を踏み続ける。


降り積もった木の葉を踏みしめる音。小枝が足の下で折れる音。風の音のような、聞くものを誘うような、そんな不思議な音までしてくる。


「くっそ〜っ! 今ごろあのリア充共はズッコンバッコンしてんだろうなぁ……くそっ!」


寂しさを紛らわせるための独り言。それは反響することなく、闇に溶けて無くなる。


足が太めの枝を折り、体が一瞬の硬直後、お目当ての札が見つかる。


思わず小走りになり、札を取る。どこから持ってきたのか、木の台のようなものの上に置かれていた。この台は持って行けそうにもないし、いいか。


「やっだぁぁぁ……後は帰る……?」


規則正しい音がする。何かが揺れているような。


少し歩き、音がする木を目指す。私が見ている反対側からくだんの音は聞こえている。


木に右手をかけ、反対側の覗くと、木から何かがぶら下がっていた。


暗闇に未だに慣れていない目を細める。人くらいの大きさの、何かがぶら下がって……


「あ、い、いや……」


腰を抜かす。人間くらいの何かではない。


人間だ。


誰かに触られたのか、ゆっくりと左右に揺れ続けている。


立ち上がらなければ!


地面についた手を強く握る。爪の間にまで落ち葉が入り込む。


笑うように震える膝を叩き、なんとか立ち上がる。早く帰ろう。後ろを向き、来た道を戻ろうとした瞬間、目の前に何かがいた。


水の塊のような、空間がねじ曲げられているような、そんな錯覚におちいるほどの何か。男性のようにも見えるが、別の何かにも見える。そこまで考え、一つの結論へといたる。


これは恐らく霊と呼ばれるもの。死後の人の魂だけの存在になってしまったもの。霊体、幽霊、人魂に、ゴースト。名は多々あれど、近づいて良いものではない。


見なかったふりをし、横を通ろうとする。一歩近づくごとに自分の心臓の音が大きくなる。


踏みしめる葉の音は遠くに消え、やがて無音が訪れる。


その『何か』の真横を通った瞬間、


「××××××××」


声が聞こえ、走り出す。


足が浮くような感覚すら覚えながら、ひたすらに、がむしゃらに前へと伸ばす。


木の根に右足先がぶつかり、顔面を強打してその場に倒れる。


「っはぁ……っはぁ……っはぁ……」


なんの言葉かは分からなかった。しかし、あの時に吹き出た汗は、死を直感したものだった。


「いっつ……」


右膝ひざを抑え、うずくまる。指の先から黒く反射した光が見える。出血してしまっているようだ。


だがそんなことよりも、


「……ここ、どこ?」


来た道を戻ったはずなのに。右も左も前も後ろも、どこもかしこも木だけしか見えない。


唯一、痛みによって生きている事を伝えてくれる右膝をさすり、立ち上がる。


進まなければ。


このままでは死を迎えるだけだ。


★★★★★★


誰かが咳き込む音に、目を勢いよく開ける。


後ろから聞こえる咳は、だんだんとこちらに近づいてくる。サークルの誰かだろうか。


木の横から、相手に見られないように顔を出す。黒い服に身を包んだ人。あれは、生きている人と考えていいのだろうか。声をかければ助けてくれるだろうか。


静かにしゃがむ。こんな場所に夜中に出歩くのは不審者以外いない。殺されるかもしれない。


恐怖で鳥肌が全身に立つ。両手で両肩を抱き、息を静かに吐く。


月明かりを受け、黒服の人の影が足元へ伸びている。


黒服はどんどん近づいている。目だけはまっすぐ前を向け、息を止める。心臓の音が相手に聞こえそうなほど、耳の奥から鳴り響く。


そして、影は止まる。


生まれた手汗が服に染み、肩を熱く濡らす。


「……ええと」


青年の声だ、と感じて顔を上げる。黒いフードの奥で目が光っている。


「ああ、あ、あの、私……え、えっと」


「なにしてんの?」


フードを取りながら、バカにしたように言う青年。幼くも見えるが、あまり歳は離れていないようにも見える。


「きき、きもだめ、し、してでまよって」


「……はぁ。帰り道わかんないのか」


青年は一瞬だけ期待したような目をしたが、それもすぐに消し、またバカにしたような話し方をする。


「そっそうなんです……」


「あっそ」


そう言って青年は遠ざかっていく。


「ま、まって、まってください!」


「ちょ、なに? 離してほしいんだけど」


「た、たすけて……ください……」


話せる人に出会えた安心か、見放されそうになった不安か、目から自然に涙がこぼれる。


「……僕はこれから食料集めなきゃいけないから」


「食料?」


青年は私の手を掴み、服から剥がす。負けじと掴み返す。それも泣きながら。


「ちょ、ちょ……はぁ、分かったよ。ただし邪魔はしないでね」


「ありがどうございまず……」


年下に泣きながら命乞い。今後一生これ限りにしたいものだ。


☆☆☆☆☆☆


「だっ! だっだずげでっ!!」


「大声を出すな! ただ前見て走れ!」


後ろから迫る『何か』から全力で逃げる。


足音はしない。音が出る足がないのだろう。胴体の部分は透けて『何か』の後ろの景色が見えている。明らか人間ではない。


りむいた右膝ひざが痛む。コケてしまいそうなほどに足を早く動かし、吐き出される息は肺の全ての空気を入れ替えているのでは、と錯覚するほど喉を長く通る。


「こっちだっ」


鋭く吐き出された言葉に反応出来ず、足がもつれる。倒れそうになり投げ出された右足を、限界まで動かす。


斜面を走る。いっそ死んだ方が楽なのでは、と思わせるほど速く。


体温は高く、耳の後ろは燃えているようだった。汗をまとった前髪が鼻に張り付き、頬を流れた汗は首をつたって後ろへと流れていく。


やがてゆったりと走るようになり、歩き、止まる。


嫌な汗が服を張り付かせる。目の前が白んで、酸欠を起こす。ガクリと倒れ、土の匂いで胸がいっぱいになる。


私を助けてくれた彼が、何かを言っている。音は遠く小さく、何を言っているかは聞こえない。


先ほどまで汗だくだった体は冷たく、手足の先は感覚はなくなっている。


必死に手繰たぐり寄せていた意識を手放す。


願わくば、全て夢でありますように。

超短めになります。理由は、書いてる途中で「絵代わりがないな」と思ったからです。

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