【76】Transparent dot-3
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲
被害者の中に零士が居ない事を祈った僕達の気持ちも虚しく、水谷探偵事務所の仲間であった。冨永零士は若くして命を失った。
可燃性の液体が散布された後に、激しい爆発を見せる仕組みの爆弾であった。零士は判別が不能な程に焼けていたらしく、真っ黒く炭化した皮膚と為って筋肉の収縮により内側に丸くなっていたらしい。
僕はその事を想像させられ吐き気を催しながらも、零士の屈託の無い笑顔と『兄弟子』と呼ぶ声が頭で反響して目頭が熱くなった。
零士が運ばれた病院の近くの公園で僕と水谷は二人でベンチに座り、正午を回った太陽の下で寒気を帯びた身体を温める様にただ黙っていた。
初めて知人を失った僕の顔を横目で見ながら水谷は近くの自動販売機へコーヒーを買いに向かった。僕は少し一人になる事に不安を感じながらも水谷の背中を見た後に太陽に目を向けた。真冬の青い空気の中に健気に揺らめく陽の光りは何か励ましているかの様に思え、涙を堪えて前を向いた。
公園の外れに在る自動販売機では水谷がホットコーヒーを買ってコートのポケットに仕舞って前を向くと、そこには奇妙な男が立っていた。雨も降っていないのに傘を射し、肌艶を見る限り若いのに真っ白な頭髪、瞳は瞳孔が見えない程に真っ黒く、ただ普通では無いと感じる程に水谷を見つめていた。
「冨永零士君の事は残念でしたね。あんな子供騙しの暗号を解いてしまったがために。」
「貴方が玉田観月であり、Transparent dotなのですね。」
「私は初めから居るのか居ないのか判らない様な存在。そんな事はどうでも良いんです。それよりもポルカドット611を捜す者同士仲良くやりましょうよ。」
「捜す? 存在するかしないか解らない、ミーム汚染の様なポルカドット611をですか?模倣犯の人殺しと一緒にされるのは癪に障ります。」
「存在していないと私がTransparent dotなんて名乗る意味が無いではないですか。居ますよポルカドット611は。ネットを使わない私が言うのですから。」
水谷はスマートフォンを取り出して、Transparent dotの顔を写真に収めた。しかし彼は慌てもせず、笑いながら
「そんな事をしても無駄ですよ。私は居ないのですから。」
そう言ってその場を立ち去って行った。水谷は冷静にそのまま知人の警察官に写真と状況を送信した。しかし顔写真のデータも玉田観月と言う名前も、Transparent dotと言う単語も警察の記録には存在しなかった。水谷はスマートフォンをポケットに仕舞い僕の所へと戻って来た。
僕は水谷から缶コーヒーを受け取り、その温もりにしがみつく様に握り締めた。その時に水谷がTransparent dotと接触した事には気付いて居なかった。その事がいずれ僕に重大な事件を起こすとも知らずに、ただ零士が死んだ事に対する自分の心の整理が着かずに何を話して良いのかも判らずにコーヒーを口にした。
「幸島岳大君はポルカドット611が実在すると思いますか? ネットの中のみの存在では無く。」
「僕は実在はしないのではないかと思います。実在するのであればこんな回りくどい事件を起こさずに自分で手を下すのではないですか? 」
「それですと、何らかの理由で四肢を動かせない人間であれば辻褄は合うので確証は得られませんね。」
僕と水谷はその後に探偵事務所へと戻り、マリアに零士の事を告げた。零士とマリアは性格も似たところがあり、よく意気投合していた事も有り訃報を聞いて泣き崩れていた。僕はどうする事も出来ずにマリアの隣に座って居るだけだった。そんな僕達に気を使い水谷は千香子の所へと出掛けて行った。
僕とマリアは会話も無くただ一晩探偵事務所のソファーの上で過ごした。




