【54】Maria-5
いつも騒がしいライブハウスの中が静かに水面の様に広がり。その中にマリアのギターの音がポチャンと落ちると、その波紋の様にマリアは歌い始めた。
その歌声は柔らかいけれど大きく人々の耳に確実に入ってきた。唾を飲み込む音が聴こえる程静かな中に、マリアのギターと歌声が自分の記憶の様に頭と心の中にまで響く。
気が付けば、あの小さいマリアがこの会場の中で一番大きな存在に成り。何処にそんなパワーが有るのか解らない程、力強い心の支えとなっていた。それはあまり音楽を知らない僕にまで伝わった。日頃忙しく動くスタッフやオーナーも立ち止まり。PAエンジニアすらこの会場でマリアの音しか聴こえないように静かに止まった。
マリアが歌が終わっても観客はマリアから目を離さずに。千香子がその中で拍手を送ると、まるでダムが決壊するかの様に。拍手は広がりマリアを更にステージよりも高い所へ持ち上げた。マリアは照れ臭そうにしながらも大きな声で
「アッシいつもストリートでライブしてるから、それをそのまま持ってきちゃった感じで。お客さんと近くて嬉しいっす。最後まで聴いてください!」
そう言うと激しくギターを掻き鳴らして。激しい調の歌を歌い出し、更に観客はマリアに惹かれて行く。そんな時間がアッと言う間に過ぎていき。マリアはギターの手を止めてチョコチョコっと後ろのステージドリンクを取ると飲み。ギターをチューニングし直して。
「それでは最後の曲に成りました。アッシの思い!皆さんに届け!『宇宙の彼方から』!」
そう言うとマリアは以前作った歌詞カードをバーッと投げ。それはヒラヒラと舞い散り床に落ちるとみんなそれを拾い、静かにマリアに注目した。するとマリアはギターを柔らかく鳴らし始めた。
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『宇宙の彼方から』
遠く遠く彼方の宇宙に君に似てる星を見付けた
弱い光で瞬いていて それでも何か気になる星が
この広い宇宙は途方も無くて
消えてしまいそうな黒い暗闇
陽も当たらない冷たい風が
君の声を掻き消していく
それでも君は瞬いている
誰の目にも止まらなくても
今日も私はその星を
空を見上げて探すでしょう
燃え尽きる事を恐れず
この宇宙の彼方から
私に会いに来てね
私も貴方を見ている
この広い宇宙とこの町は似てる
忘れ去られた星もそこに居て
陽も当たらない冷たい風が
君の声を掻き消していく
それでも君は命を燃やして
決して人目に付かなくても
それでも誰かが望んでいる
幸せを作っているのでしょう
届かない事を恐れず
宇宙の彼方で
私の方を見ていて
貴方に届くよう歌を歌う
この宇宙の彼方で
会いましょう
必ず会えると
信じよう
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マリアは、只一つ光る所で小さい身体を真っ直ぐに立ち。遠くを見詰めて最後のコードを弾くとそのまま頭を下げて、客席を優しい笑顔で見渡し。手を振りながらマリアはステージの袖へと下がっていった。
余韻の残った観客達は静かな中から。誰も居ないステージへと拍手を送った。それが誰に向けての拍手かは一人一人の心の中でハッキリと解っていた。そしてライブハウスは明かりがつけられてライブは心の中で余韻を残し震えながら終わりを迎えた。
マリアはライブハウスオーナーのトミーさんに設備の不良を詫びられながらも。それでもステージをこなし拍手喝采を得たマリアを称えた。そんなマリアの成功にやはりURICOは苛立ちを見せて舌打ちをしていた。この後にトミーから打ち上げが有ることを告げられたが。マリアはこの後に予定がある事を説明し、頭を下げて。ギターやアンプを片付けて帰り仕度を始めると岳大から電話が掛かりマリアは表で合流することを約束し。マリアは大きな荷物を抱えてライブハウスの外へと出た。




