【26】polcadot611-3
千香子はドーナッツを噛りながら僕に向い
「そう言えば。尚吾くんに聞いたけど聖母ちゃんと同棲してるんですって?やるじゃない。」
と言うので。僕はコーヒーを吹き出して、口を拭いながら
「勝手に荷物持ってきて無理矢理住み着いたんですよ。」
戸惑い千香子へそう言い返した。確かに家の無いマリアに僕は同情こそすれ恋愛だなんてそんな感情起こるはずもない。そう僕が思ったその時に全てのテレビチャンネルで緊急速報が流れた。
≪緊急速報≫
S区S駅構内にて通り魔発生
15人の死傷者
≪緊急速報≫
F県F市令和銀行に立て籠り強盗
死傷者3人
≪緊急速報≫
H県K市造船所管内にて爆発事故
死傷者11人
≪緊急速報≫
S県K市商店街で通り魔発生
死傷者7人
≪緊急速報≫
S区センター街で爆発事故発生
死傷者24人
≪緊急速報≫
K県Y市アリーナにて火災発生
各局別の速報が流れ始め。今では出た速報は各局交互に回るように放送され各事件現場の映像がそれぞれ映し出され緊急ニュースへと切り換え始めた。水谷と千香子はこの状況に立ち尽くしモニターの前で茫然としている。僕も突然の事に何も言葉が出ない。そんな喧騒と静寂の入り乱れた混沌の中で水谷は搾るような声で
「こんな...」
と何か言いたいが表す言葉が無くつっかえている。人の命をただの数字の羅列へと変えられてしまいながらも。自然現象とは違い憎むべき対象の有る出来事のはずで有りながら心は散漫となり足場を無くす感覚。僕は冷静で有るのに慌てたそぶりをしてTube Lineでポルカドット611の動画を探し再生した。
宇宙船の中の様な背景の真ん中にフリーと呼ばれる水玉模様の猫のキャラクターが立っている。何も喋らない。何も動かない。そのまま動画は終わった。僕は水谷へ
「ポルカドット611はさっきの動画を削除して別の動画に切り換えています。」
「そうですか。」
水谷は心の無い相槌を打ち。千香子は
「人なのに心が動かない。」
そう言うと床にペタンと座り込んだ。水谷もデスクの椅子に腰を下ろすと溜め息を吐き。コーヒーを飲みながらモニターを見ている。
「幸島岳大君。今日のお仕事は終わりです。家に帰って良いですよ。明日また連絡します。」
そう言うと中折れ帽を深く被った。僕は千香子に手を差し伸べて引き起こすと、僕の座っていたソファーに座らせ。水谷へ一礼して事務所を後にした。
僕は商店街を通り。アパートに向けて歩いた。この通り行く人々に命が有り、大切な人が居て、そんな当たり前の事が僕の中で乖離していく感覚に襲われた。商店街を抜けて喫茶店『水玉』の前を通り。駅へ向かう陸橋が目に入り。8月12日にGreen Shark Challengeで飛び降りた少女の事を思い出した。
不安と言うべきか。不安定な心が僕の中を徐々に侵食し始めて。僕は少しよろけながらも歩いた。僕は重たい空気を背負う様にアパートへと辿り着いた。自分の部屋のドアの前に立つと部屋の中からギターの音色が。そして透き通る様な優しい歌声が。
僕は少し笑えて来てドアを開けるとギターの音色は止み
「タケ。お帰りっす!とマリアが僕に抱き付いてきた。ご飯作ったから一緒に食べよ!ポトフとオムライスだよ!」
と満面の笑みでマリアは僕に飛び掛かってきた。何だかそれに救われた様な気持ちになった僕は、マリアの頭をポンと撫で
「ありがとう。何か腹減ってきた。」
と鼻で笑ってベッドへと腰を下ろした。僕はマリアに
「テレビ見なかった?」
そう訊ねると。マリアは
「次の撮影の為にギターと歌の練習とタケの餌でそれどころじゃないよ。」
そう言うので。僕は
「餌って言うな!」
と突っ込むとマリアは二又に別れた舌をチロリと出して笑った。僕も一緒に笑い。それから一緒にご飯を食べて。どっちが先にお風呂に入るかでケンカして1日が終わって行った。




