内側と外側の表出と人間関係と
ネタざんまい
という動画にはまり暇さえあれば聴きながら(密かに尊敬しながら聴き続けているYouTuber様です)
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人の一生は、時代が変わっても、悩みは、やはり、変わらないもの……という、雑文をこちらでかなり前に書き込みましたが、それを最近、更に思います。
私は、大した人生を送ってはいないけれども、それでも、関わってきた方々が存在します。30代で死ぬつもりだった私は、出来るだけポジティブな人間関係を作らないように意識した上で生活をしていました。
その癖が未だに完全に抜けておらず、私の人間関係はやはり、少々、表出の仕方の制限など、内側と外側の人との関わりで分けてしまっている(無意識レベルで)ところがあります。
その為、内側を表出した上でリアルで関わろうとするには永続が難しくなってしまい、関係が継続出来ない状態を繰り返してきました。それは、ポジティブな関わりを前提にしなければ、そして、関係の距離が近すぎれば、微妙なバランスで継続されていた心地よい時間が壊れてしまうからです。
外側の表出で関わる方など、30代までは完全に意識的に表面的に関わればよいと思っていましたので、私の内側を知っている方々は、内側を表出してきたこのようなネットの場しか存在しません。(かえって、その方が、関係が継続しますね。とても皮肉な話です)
私が外側の方々に距離を置こうとし続けたのは、死ぬ時に、大事な方が存在すると、その分、迷惑をかけてしまったり、傷つけてしまうからです。そのような苦労を他者に負わせてはならない。そう思った私は、少4の帰り道夕日を見ながら、30代で死ぬことを決めた日に私は決めたのでした。友達はもう作れないと。
……30代をこえても、死ぬことが出来なかった日、私は、精神的なゆりもどし、生まれ戻しを思ったように思ったのですが、それから2年。……全く変わっていないところも、ほんの少し変わったところも、あるのかもしれません。ただ、どのような思いで生きていたとしても、やはり、関わりは生まれていくものなのですね。私は、自分の今までを思って、……そう、思えてしまいます。
外側の表出と人間関係を作り上げようと少しずつこの2年気持ちを変えようとしてきて、少しずつ少しずつ、私は、変化してきていると良いなと思います。
これから先、寿命で死ぬまで残されている時間が、長すぎると思ってはいても、自分で死ぬことが出来なかったのだから、腹をくくって生きるしかありません、
……何を書こうとしたのか、解らなくなりました。汗
皆様も、どうかご自愛下さいませ。
失礼致します。




