第7話「ボス戦・後編」
『私達が子供だからといってなめないでよね』
いつでも毅然としていた少女。
『すぐ側に居て……。一人は、こ、怖いの……』
本当は強くなんて無いのに、
大切な者を守るために、必死に強がっていた少女。
『私は弱虫の弟を強くしないといけない。
あの子を一人前の男に育て上げないといけないの。
だって、私はあの子のお姉さんなんですもの』
彼女が失われたという現実。
その現実に、ルークの精神は耐えられなかった。
「アアアアァァアアァァァァァアアアア――――――ッッッ!!!!!!」
戦う用意をしてテントから出てきたルーク。
彼はそこで目にした姉の亡骸を前に、狂ったようにわめく。
その目には涙はない。
ただ、…………全ての光が失われていた。
理性も、知性も、意志も、何もかも。
このおよそ受け入れがたい現実を、見たくないというように。
ルークの目はもう、なにも映してはいなかった。
『なんで、だよ……っ』
俺は、呻いた。
『神様! なんでだ! アイツが飛べるって、どうしてあのとき俺に教えてくれなかったんだ!』
『……ごめんね。それが私達のルールなんだ。
私達は人間が自らの行動を選ぶのに必要最低限の情報を提供するだけ。
レンヤたちの運命を大きく変えてしまうような重要なことは教えられない。
そういうのは、君たち自身が気づき、行動するしかないんだよ』
『くそ……! なんだよそれ……!』
俺には理解出来ない理屈だ。
俺は、神様じゃないから。
だから、ただただ悔やむしかなかった。
自分がリルルを守れなかったことを。
そして未練がましく考える。
なにか、今からでもリルルを助ける方法が無いのかと!
どんなことでもいい!
どんな細い可能性でもいい!
なにか、まだ繋がっている可能性はないのかと!
それとも、――もう、本当に、どうすることもできない、のか……。
『あるよ』
『……え?』
『まだ、リルルを助ける方法はある。糸のように細い可能性だけど、まだ切れてはいない』
『ど、どういうことだよそれは!』
『レンヤ。リルルのHPを見るんだ』
『そんなの、もうとっくに『-3』に――』
いや、待てよ。…………マイナス?
どうしてマイナスなんだ?
死亡したのなら、『0』でいいじゃないか。
大抵のゲームがそうだ。
HPにマイナスなんて存在しない。
存在するとすればそれは、――その事実そのものに意味がある場合。
『まさか――』
『そう。今のリルルは確かに死亡している。だけど、ロールワールドの世界では、
死亡した人の『次の手番』までに、HPを+に戻せば蘇生させることが出来る』
『な、なにッ! それは本当か!』
『本当だよ。それにも失敗した場合に訪れるのが、……目覚めることのない本当の死だ。
でも、3ターン目のリルルの手番がくるまでは、彼女の魂はまだ彼女の身体に留まっている。
つまり、次のリルルの手番が来るまでに彼女の身体を修繕できれば、リルルの命は助かる』
『なら俺の回復薬で……!』
『いやそれは出来ない。回復薬は飲んで使う薬だよ。
ただ無理矢理死体の口に流し込んでも、身体機能が生きていなければ効果がない。
……蘇生ロールが行えるのはこの場でただ一人。
回復魔法『ヒール』を使うことが出来る、ルークだけだ。だけど――』
言って、神様はルークを見る。
錯乱し、喚き叫ぶルークを。
『唯一の肉親の死を目撃してしまったルークの精神は今乱れに乱れている。
当然、冷静に魔法を唱えられるような状態じゃない。
ヒールの発動目標値は普段なら8。
だけど今回の場合は目標値に非常に大きな上方修正が掛かることは避けられ――』
『そんな必要はねえええええぇぇ!!!!』
『っ!?』
俺は神様の言葉を途中で遮った。
これ以上聞く必要なんて無い。
それがわかったからだ。
ルークが錯乱している?
だから魔法が上手く唱えられない?
そりゃそうだろう。当たり前だ。
目の前で……いつも自分を守ってくれていた姉を失ったのだから。
だけど、
いや、
だからこそ、――俺は叫んだ。
「ルークゥゥゥ――――ッッ!!!!」
「ッッ!?」
「ラリってんじゃねえぞ! シャキッとしやがれえぇええええ!!
お前の姉ちゃんはッ、リルルはッ!
どんなに怖くても、どんなに辛くて、絶対に目の前の現実から目を逸らさなかった!
いつだって毅然と前を見て、辛さも怖さも押し殺して、
ずっと、ずっと、お前を守ってくれていただろうがああッッ!!」
「ぁ、ぅ…………レンヤ、さん」
「今度はお前がリルルを守る番だッ!
お前がやるんだ! お前にしか出来ないんだッ!
今お前がやらなきゃ、リルルはもう戻って来れないんだぞッッ!
だから、毅然として立ち向かえッッ!!
男をみせろォッッ!!!!」
「――――ッ」
そうだ、そうだよルーク。
今なんだよ。今リルルを守らなくて、いつ守るってんだ。
だから、目を閉ざしている場合じゃないんだ。
そう俺が叫んだ言葉は、……確かにルークの耳に届いた。
ルークの目に、光が戻る。
揺るがぬ強い意志の光がっ!
『レンヤ、君の言う通りだよ』
『神様?』
『君の言う通り、絶望を打ち破る希望は前を向いている者にしか見つけられない!
その希望はいつだって、絶望の先にあるものなのだから!
そして、――私達はそういった人間の勇気を全力で応援する者だ!
レンヤの声によりルークの状態異常『錯乱』は強制解除ッ!!
2ターン目、ルークの手番! 唱える魔法は当然――』
「うん、……守るよ。今度は、ボクがお姉ちゃんを守るんだッ!」
・ルーク
白魔法:ヒール
目標値『8』消費MP『5』
回復量:1d6(六面ダイス一つ分)
判定:ヒール発動ロール
目標値:8
能力値:3
実行値:『1,1,4』――出目『4』!
『だ、ダメだ! 1たりねえ……ッッ!』
『いいやそんなことはないッ!』
『なにッ!?』
『ダイスロールの結果は『4』!
しかしここでルークの特性が発動するよッ!
特性『博愛』! 戦闘中、他人のHPが5以下になったときに効果発動!
その戦闘中の【すべてのダイスロール】に『+1』の補正が掛かるッ!
これによりヒール発動ロールの合計値は『3+4+1』で『8』! 魔法発動成功!
続いて回復値のダイスロール!』
判定:回復ロール
1d6:6
『ダイスロールの出目は『6』! 『博愛』の特性によりこちらにも『+1』の補正!
総回復量7ポイントがリルルのHPに加算!
リルルのHP4! おめでとう、リルルの蘇生は成功だッ!』
『よっしゃああああああああ!!!!』
『でもまだ意識は戻らない。次の手番までリルルは気絶状態だよ』
『それでもいいさ! 生きていてくれるんならな!』
「良くやったぞルークッッ!」
「う、うんッ!」
本当に良くやってくれた……ッ!
なら、次は――俺だ!
俺が、毅然として立ち向かう番だッ!
俺は目の前の巨大な怪物を見て、臍を固める。
そして、自分に念じる。
考えろ。
――あのとき、敵の跳躍力の情報はちゃんと渡されていたんだ。
でも、俺の考えが浅かった! そこまで考えが及んでいなかった!
一度したミスは、しっかり反省して二度としない!
それは俺が昔居た世界、会社でも同じことだ!
だから、精一杯考えろ。
神様は言った。必要な情報は与えると。
なら、必ずあるはずだ!
俺がロールワールドで過ごして来た短い時間の中に……、この窮地を切り抜けるヒントが!
その瞬間だった。
俺の脳裏に、ある情景が過ぎる。
それは、何気ない食事の中での会話――
――……それならいい方法があるわ。
――これをお肉に捲いて食べてみなさい。
――ナトリという植物の葉よ。
これだ……ッ!!!!
『神様ッ! 確かアンタ言ったよな!
場所や魔物、植物などの博物学の知識を判定するダイスロールがあるって!
そのロールでこのゴリラの弱点を暴き出すことは可能かッ!?』
閃きを得た俺はすぐに神様に尋ねる。
対し神様は、――その顔に微笑みを浮かべた。
『…………いったよね。希望はいつだって、絶望の先にある。
前を向いている者にしか、それを見つけ出すことは出来ないって。
そして私達神は、そんな人間を全力で応援し、――心から尊敬する!
その人間が絶望に抗うために自分の経験から必死に導き出した答え……
拒む理由なんか無いねッッ!!!!
もちろん出来るとも! 知識ロールを許可しよう!!』
『よ、よしッ!』
『ただしッ!』
『な、なんだよ! まだなにかあるのか!?』
『テラゴリラはクエスト難易度・低の、君たち新米ハンターに討伐を任されるようなモンスター。
狩られている数は多く、当然その生態の殆どは解明されていてしかるべき!
それを加味して知識ロールの目標値は5! そしてレンヤの『かしこさ』は6!
よってこの知識ロール、ダイスロールの必要なし!
レンヤはテラゴリラの腹部には分厚い筋肉の鎧と剛毛の防御力が及んでいないことを思い出すよ!
つまり、腹部への攻撃にはテラゴリラの装甲は働かない!
ダメージは減衰無しでそのまま内臓に突き刺さる!』
腹部……! それがこのゴリラの弱点っ!
そうか。そういえばさっきは心臓狙いで胸を切りに行ったんだっけ。
でも分厚い胸筋に弾かれちまった。
当然だ。あんな激しいドラミングしてんだから。
だけど、これでようやく俺の剣も届く!
『さあそれでは運命の3ターン目開始だ!
一番手はレンヤ! 君の行動だ! 君は何をする!?』
『決まってる! ゴリラの腹部目掛けて攻撃する! 土手っ腹に風穴開けてやらああ!』
『オーケー! では攻撃ロールどうぞ!』
・レンヤ
判定:ダメージロール
能力値:5
実行値:『3,4,5』――目なし『チャージ+1』
くっ、目なしかよ!
だけどチャージは大助かりだ!
リルルは3ターン目のリルルの手番まで気絶状態。
つまり、俺の次に来るゴリラの手番では完全に無防備だ!
出来ればこの一手で、俺の手番で倒してしまいたい。
このゴリラに次の手番を回したくねえ!
頼むぜ、俺の運命ダイス!
判定:ダメージロール二回目
能力値:5
実行値:『6,1,4』――目なし『チャージ+2』
『運命が……、絶望と希望の狭間でせめぎ合っている……ッ!
このダイスロールはどちらにも転びうる!
レンヤ、ここが正念場だよ!
君の力、君の魂の力で、希望をつかみ取って見せてくれッッ!!』
「お、おぉおぉおおおおおおおおおおおおぉぉぉおぉぉおぉぉおおおおおおお!!!!!!」
判定:ダメージロール三回目
能力値:5
実行値:『6,2,2』――出目『6』
結果:『5+6+2=13』――ダメージ『13』
・テラゴリラ
判定:防御ロール
能力値:3
実行値:『1,4,1』――出目『4』
結果:『3+4=7』――命中ロールの目標値『7』
・レンヤ
判定:命中ロール
目標値:7
能力値:2
実行値:『4,3,3』――出目『4』
結果:『2+4+1(武器による『きようさ』補正)』――命中力『7』 攻撃命中
裂帛の気合いと共に突きだした剣先。
俺の全体重と全加速を叩き込んだ一撃。
それは巨大なモンスターの腹部を深々と貫き――
「ギャオオォオアオオアオアオオアオアオアオオオアオオ!!!!!!」
モンスターは一際大きな叫び声をあげ、
そして、膝から地面に崩れ落ちると…………動かなくなった。
俺は血に濡れた剣を引き抜き、肩で荒い息をつく。
あまりの緊張に頭がジクジクと痛む。
その痛みの中で――、俺は神様の声を聞いた。
『テラゴリラのHP0
戦闘終了。おめでとう。――君たちの勝ちだ』
「あ、う、うおおおぉぉおぉおぉぉおぉおぉぉおぉおおおおおおおぉおお!!!!!!」
俺は、あまりの歓喜に叫んだ。
剣を天に突き上げ、言葉にすらなっていない雄叫びを。
叫ばずにはいられなかった。
経験したこともないような質量をもった巨大な感情が、それを求めていたから。
そう、俺は――
俺は、勝ったんだ。