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となればマスターはカードを召喚する  作者: もふもふ太郎
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第1章【Homemade Berserk~ミル(人形)と名付けられて~】その8

 


 第1章 3話『決戦アンドロイド!! リオ対ディスミル』



 





 その男。その男に付け加えるのは、『恰幅(かっぷく)の良い』……で有る。


 履き潰してスリッパになったスニーカー。

 パンパンに膨らんだジーンズ。

 胸囲と腕回りが伸びきった白いTシャツ。

 特注サイズの大きなエプロン。


 これらから連想しても、その恰幅の良い男がただの肥満(デブ)では無く、トレーニングにより鍛えられ膨れ上がった筋肉……いわゆる格闘家に近い身体だと結論を出せる。


 オールバックに整えられた黒髪、顎の下に蓄えられた黒いヒゲ、どちらにも白髪は混じっておらず、41歳と言う実年齢よりも僅かに若く感じさせた。

 その男、数年前までは騎士団に所属しており、引退した今となっても瞳の奥の鋭さを消す事はできない。


「んっ、おおっ!? いらっしゃい、久し振りだな『ジョウ』」


 だが元々は商いの方が向いていたのか、引退してすぐに始めた店は繁盛し、今では近隣国からも客が買い物に来るまでになっていた。

 日用品から家具、雑貨や骨董品、旅に必要な道具や武器まで、だいたいの物がここで揃う。


「おっと、言わなくても分かってるよ。いつものを見て行くんだろ? 着いてきな」


 だがこの店は、有名……にしてもおかしくないこの店は、今日を最後に客が来る事は無くなってしまうのだった。




「実は、あの骨董品、やっと全部揃ったんだぜ? 武器には使えねぇが、アンティークとしたら相当に珍しい代物よ……本物の『テンカゴケン』はな」


 夜。閉店間際の店内。二人が店の奥に向けて歩く。男と、女性。女性と呼ぶよりは少女と呼ぶのがシックリくる、少女。

 燃えるような長い灼髪に、同じくレッドメタルで鍛えられた赤い鎧を身に纏う。


 男を先頭に向かうのは店の奥、の一角、の頑丈な扉で仕切られた、更にその奥。隠し部屋に設定された場所。

 窓は無く、日は当たらず、天井に付けられた物足りない数の電灯だけが、この広い隠し部屋を照らす。



「どうだいジョウ? スゲェだろ、このラインナップは?」



 その部屋の一面。一面の壁に、骨董品は立て掛けて有った。骨董品を種類で言うならそれは……刀。

 幾年も大昔に、『天下五剣(てんかごけん)』と名をはぜた究極の人斬り武器。





 霊験御剣・小烏丸こがらすまる

 入鹿簒奪・天叢雲あめのむらくも

 綱の愛刀・鬼切おにきり

 帝守護の剣・獅子王の太刀ししおうのたち

 義経異名・薄緑うすみどり

 二大妖刀・青江下坂あおえしもさか千五村正せんごむらまさ




 いずれも劣らぬ歴戦の名刀達。

 だが、どれも及ばない。

 どれも、天下五剣には及ばない。




 大典太光世おおてんたみつよ

 鬼丸国綱おにまるくにつな

 三日月宗近みかづきむねちか

 数珠丸恒次じゅずまるつねつぐ


 そして……


 童子切安綱どうじぎりやすつな


 元は名のある剣豪が担い、巨大な悪鬼を斬り殺した稀代名刀。

 この童子切安綱を含めた五本を総称して、天下五剣。





 が、天下五剣と持て囃されたのは遥かな昔。むかしむかし……で始まる昔話しより遥かな昔だ。


「なるほど。これがヴァルキュリアの欲しかった物か? 確かにこれなら……惹かれるのも頷けるな」


 ここでやっと、入店してからやっと、やっとここで灼髪の少女が言葉を発した。

 童子切安綱を手に持って鞘から半分ほど引き抜き、刀身に映る乱れ波紋に口元を綻ばせる。



「んっ、どうした店主? まさか、『わたしイメチェンしたの~♪ きゃぴっ☆』とでも、言うと思ったのか? 軽率だな……ヴァルキュリアを良く知ってるのだろう? 髪の色を染たりはしない奴だって知っているのだろう? なら普通……別人だって思うだろ、オレを見てもさ?」



 ヴァルキュリアはたまにこの店を訪れて、骨董品を眺めて行った。


 しかし最近は来ておらず、この少女をヴァルキュリアだと間違った。


 男は数年前までグランパレスの騎士団に所属しており、主に幼かったヴァルキュリアの警護と剣術の訓練などを担当していた。


 だから、ジョウ。ヴァルキュリアお嬢様、お嬢様、お嬢。そこから簡略化と愛称を込めて『嬢』、ジョウ。

 そのジョウが久し振りに来たと間違えた。遠くからでも見分けれる髪の色は、銀髪と灼髪でまるっきり異なるのに。何故か?


「なぁ、ネーチャンよ? お前は誰だ?」


 確かに髪の色は異なる……異なるが、それ以外は全く一緒だから。顔も、体型も、泣きぼくろの位置も、ヴァルキュリアの完全コピー。

 だから初見こそ多少ビックリはしたものの、別人だとは疑わずにここまで連れて来てしまった。


 グランパレスに店を構えていたならば、『ヴァルキュリアが幽閉されている』、『ヴァルキュリアが2人居る』、その情報が耳に入っていたのに、まだ対処法も有ったのに。



「ガーネット……まぁアクアマリンでも良いが、宝石には本名ってのが存在するよな? ガーネットなら石榴石(ざくろいし)。アクアマリンなら人魚の涙。そして、ピンクダイヤモンドの本名は……恵麗舞石(えれむせき)



 富を示す恵麗舞に、外見そのまんまで名付けられたピンクダイヤモンド。


 百年周期で一年だけこの世へ姿を表し、それを手にすれば願い事が叶うと言われている伝説の鉱石。

 そして実際、恵麗舞石は願い事を叶えるのだ。子供の居ない夫婦が『子供を欲しい』と願えば子供を与え、『莫大な金が欲しい』と願えば莫大な宝石、札束、金貨を与える。



 では、それで、幸せなのか?



 恵麗舞石が与えるのはネジ曲がった結果だけで、そこまでの過程は一切問わない。


 例えば、五百年前に初めてピンクダイヤを発見し、願いを叶えて貰ったのは中年の夫婦。お互いに若くして結婚、愛し合いって暮らして来たが、残念ながら子供には恵まれなかった。

 そんな時に畑の土の中で見付けたピンクダイヤ。手にした途端に話し掛けて来る不思議な鉱石。神からの贈り物と……誤解するには充分すぎる。





 二人の子供が欲しい。





 夫婦の願いに対し……





 しばらく待て。





 これが恵麗舞石の答え。魔法のようにすぐさま目の前へポンと出すのでは無い。時間が掛かる。


 子供を、『持って来る』、時間が掛かる。


 この国の、どこかの、誰かの、夫婦の、子供を持って来るのだ。

 夫婦を殺し、身内を殺し、遠い親族まで皆殺し、完全な親無しになった子供の、新たな親にして願いを叶える。



 それなら、それから百年後、二人目の願い、若者の願い……





 莫大な金が欲しい。





 の結末も、容易に想像が付く。


 富豪の死亡数50

 鉱山の枯渇数3

 王族の誘拐数11

 各地の窃盗数106


 全てが一年の間に恵麗舞石の力で行われて、青年は億万長者になって、その2日後……強盗に寝ている所を襲われて死んだ。


 誰も、叶えて貰った本人でさえ幸せになれない。

 誰かの、不幸を糧に美しく輝きを増すピンクダイヤモンド。

 更に百年後、三人目は小さな村の長。





 日照りが続き作物が育たず困っている。





 その村は翌日、大火災により全焼した。

 長も、村人も、一人残らず焼け死んだ。





 これで、悩まずに済むだろう?





 もはや災厄、災害。百年周期で訪れ、不幸な方法で願いを叶える大天災。




「え~っと、オレの名前だっけか? オレは恵麗舞(エレム)。今はヴァルキュリアの姿をしているからヴァルキュリアエレムか……あ~っ、長げぇな。まぁ可愛く、エレムちゃんで良いぜ?」



 愉快。通快。ケラケラケラケラ。エレムは口元をつり上げて笑ったまま刀を壁に戻すと、じっくり時間を掛けて男の問いに答える。


「そうか、エレム……して、その目的はなんだ?」


 何だ、とは述べているが、これからの行動は決まっていた。自分が成すべき事は確定していた。

 男は後ろ手に隠し部屋の扉を閉めて鍵を掛けると、一角に有る腰当てを身に付けてエレムを極上の殺意で睨み貫く。



「目的なぁ。色々と有るっちゃ有るんだが、一言で済ませんなら……まぁ、かる~く





 ──死んでくれ。





 抵抗しろよ? 悔いを残すなよ? 成仏しろよ? さぁ、さぁさぁさぁさぁ、さぁっ!! 来いっ、ニーベルンリング!! ニーベルンエクスティア!!!」



 左手の五指を広げて自らの頭上に掲げ、叫ぶのは灼髪の少女。『来い』と呼ぶのはヴァルキュリアの為に製造された最新科学。

 少女の声に反応して掲げた腕の指先から肘までが赤く発光し、一瞬だけ強くフラッシュしたかと思うと、次の光景では掲げた腕の指先から肘まで……その部分を白銀の籠手(ガントレット)が覆っていた。


 手の甲の部分に巨大なルビーが埋め込まれ、表面には様々なルーン文字が浮かび上がる。



「どうした? どうしたんだよマルコイ? ただ突っ立ってるだけとはお前らしくもない。商いに身を置いて腑抜けたか? ほらっ、一対一の団長戦で無敗を誇った『二刃抜刀(にじんばっとう)』……オレにも見せてくれよ」



 次は右手。五指を広げて男……マルコイに向けて腕を伸ばし、その手首をガントレットで覆った左手で添えるように掴む。



「言葉も吐けないかマルコイ? それとも……死ぬ前に女でも抱きたいってんなら、オレの処女をくれてやっても良いんだぜ?」



 赤く輝く光が左手から右手へとゆっくり移動して行き、その光は右手の指先まで到達して消える。


 そして、そして、そして、グッ!! と、握った。『掴んだ』。右手で掴んだのも最新科学。

 何も無い空間を掴み、再度のフラッシュ。するとやはり次の光景には異変が起きた。何も無い空間を掴んだ筈の右手には、突如にして現れた一振りの剣が握られている。



「くっ……もはや、語るまい!! エレムとやら、その容姿で、その声で、これ以上ヴァルキュリア嬢を侮辱するのならば、ここで斬らせて貰う!!」



 こちらも次に。腰当ての上へ更に金属製のベルトを巻き、左右の腰位置にそれぞれ刀を取り付けた。

 三尺半(100cm)を超える長い鞘に、一尺(30cm)を超える長い柄部分。それが左右に一本ずつ。



「このマルコイの剣技、たかだか数年で錆び付いているとは思わない事だなッ!!」



 マルコイは二刀の柄に手を置き、エレムへと身体を正対に向けて僅かに重心を落とす。

 左の柄には左手。右の柄には右手。置かれた手はどちらも逆手で、標的に正対するこの立法こそ、一対一の敵将戦で無敗を誇る二刃抜刀の構えで在った。


 幾年前の武器を、幾年前の剣術を、幾年の時を経て進化させた天賦の才。


 誰も思い付かなかった発想で完成させた技に、それをただひたすら繰り返し磨きを掛けた努力。

 マルコイを天才と努力の両立家だとするなら、マルコイに学術と剣術を教え込まれたヴァルキュリアはその逆。



「古いぞマルコイ? お前の武器も、技も、センスも、スタイルも。『これ』と比べちゃあ時代錯誤よ……行くぜエクスティア、フィニッシュブロー、レディッ!!」


『フィニッシュブロー、チャージスタート』



 人より魔力が高いだけの、人並みの才能に、人並みの努力に、人並み外れる恵まれた環境。


 左手を覆う白銀の籠手(ニーベルンリング)と、

 右手で掴む白銀の人機魔剣(ニーベルンエクスティア)も、


 その恵まれた環境の代表例。恵まれた……いや、恵まれたと言うよりも『カリスマ性』と言う方がこの場合しっくり来る。


 この人に着いて行きたい、と思わせるのでは無く、この人の為に何かしてあげたい、と無意識に刷り込み思わせる、カリスマの名を借りた異常体質。

 それがヴァルキュリア専用の武具、ニーベルンリングと、ニーベルンエクスティアを作らせた。



「お前の切り札とオレの切り札、共に今の一度も破られた事は無く、たったの一度も敗れた事は無い。無敗と不敗……ではこの切り札同士が激突したら? この矛盾をさっそく解決しようじゃないか」



 この密室……音の発信源は三ヶ所。


 マルコイと、

 ヴァルキュリアエレムと、

 ニーベルンエクスティア。


 見た目は幅が広く刀身の長い白銀の剣で、用途も剣らしく何かを斬る為で。

 しかし剣らしくない細かな『電子音』を絶え間なく鳴らし、これは『機械』なのだと決定付けている。


 見た目も剣、用途も剣の、機械。


 魔力は高いが魔法の使えないヴァルキュリアを補助する為に作られた、ヴァルキュリアの弱点を補うヴァルキュリアの為の機械。

 刀身の根元部分には丸く窪みが存在し、この窪みにニーベルンリングのルビーを押し付けるようにして嵌める事で『様々な力』が発揮される。


 筋力増強/パワーアップ

 俊敏上昇/スピードアップ

 魔力の盾/マジックシールド

 魔力爆発/マジックバースト


 そして、

 トドメノイチゲキ/フィニッシュブロー



 自身の魔力を全て消費して放つ不敗の技、『クライマックス・オーバードライブ』。


 それぞれヴァルキュリアの声紋により起動し、それぞれ異なった準備時間を経て発動する。

 先の四つは0.3~0.8秒で、フィニッシュブローに関しては別格に30秒。ヴァルキュリアの全魔力を、クライマックス・オーバードライブ用の力に変換する必要時間。


 エクスティアにリングのルビーを接触させ、使用したい力をヴァルキュリアが名唱、それに反応してエクスティアがオペレート音声で復唱、起動開始、『溜め時間』の後に発動。これが一連の流れ。


 これが、人の作った、機械の、魔力を媒介とする剣。故に人機魔剣。





「その技、何度も見てはいるが厄介なのでな……完成する前に斬らせて貰うぞ、ヴァルキュリア嬢の紛い物よ!!」



 対するは百の戦場を越えて未だ無敗の剣聖。


 剣聖が、マルコイが、ニ十年近くもひたすらに磨きを掛けた唯一の剣技。

 負ける事の許されない、必勝を求められて産まれた二刃抜刀。



「厄介? 防ぎようが無い、の間違いだろ? それに前置きなんざ要らないさ……今、すぐに、掛かって来いよ!? ハリー、ハリィアップ、カモンッ、マルコイ!!!」



 が、必勝の剣技を前にして、相も変わらずケラケラケラケラ。少女は見下すような目付きでベーっと舌を垂らす挑発までしてのける。

 左手の親指だけを立て、首を掻っ切るジェスチャーをすると、そのまま下に向けて落とした。



 つまり……ジゴクニオチロ。



「ふっ、ならば尋常に、推して参るッ!!!」


 ゆらり、と。マルコイは静かに殺気を放ちながら少女を死線で捕らえ、視線で捉える。


 残るのは切っ掛けだけ。必勝のタイミングを待ち、エレムの呼吸する間隔を計り、その三度目。

 挑発から三度目の呼吸、二酸化炭素を吐き出し、酸素を吸うその瞬間、その瞬間にタイミングを合わせた。






 ──覇ッ。






「はああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁアアッ!!!」



 マルコイは両膝をグッと折り曲げて屈み込むように姿勢を沈ませると、そのまま足をバネにして偽りの戦乙女へ向かい踏み切った。


 床の役割を担っていた木の板は軋んで激しい音を響かせ、老兵の咆哮は更に激しく音を上書きする。

 音と音の間。瞬きさえ許さない……百分の一、千分の一、そんな世界で振るわれるのは、剣聖と唄われる男の二刃抜刀。



「成敗ッ!!!」



 全身の稼働スピードが音速にまで跳ね上がり、マルコイの早さは人の目測範囲を裕に超える。



 音速。


 音速。


 音の速さ。


 でも、それだけ。


 早いだけ。



 音の速さ、そりゃあ間に合わない。


 何も知らない、何も準備してない、と言うのなら、突然に鳴った音を防ぐ手立ては無い。

 だが、誰だって防げる筈だ。例えば『三秒後に音が鳴る』と言うのを知っているなら、手で耳を塞いでしまえば良い。準備しているのなら耳栓をしてれば良い。


 これはそれと同じ。二刃抜刀……大層な名前をしてはいるが、それが剣技などでは無く、トリックにトリックを重ねた単なるテーブルマジックだと知っていれば、音を防ぐのと何ら変わらないのだ。

 それにどうせ音速なんて追えないし、見えない。追おうとすれば、速さにビビるだけ。動きが鈍るだけ。なら、いっそ……



「カッ」



 笑い飛ばして、すっ、と目を閉じる。五感の神経を全てシャットアウトし、ただただ、只々、自分が成すべき決められた行動を。





 ──ガキィィン!!!





 抜刀から切り上げられる、右手に握られた『小太刀(こだち)』の側面を、目をつむったまま右足の爪先で外側へと蹴り払う。





 ──ガキィィィィン!!!





 継いで振り落とされる、左手に握られた小太刀を、返す踵で同様に内側から外側へと蹴り払う。



「ぐッ!? なんとっ!!?」



 両腕を大きく弾かれる形となったマルコイはバランスを取り切れないのか、靴の脱げた足底で数歩も床を蹴って後退し、二刃抜刀を放つ前まで距離を戻した。

 そして再び少女は目を開く。しかし今度は強気な表情では無く、悲しそうな、苦しそうな、涙さえ滲み出しそうな瞳。



「避けれる、避けれるよ。なんせ、他の誰でも無い……実の父よりも父と慕い、教師で有り、師で有り、尊敬し、敬愛する、そんなお前が、たった一度だけワガママを聞いて見せてくれたんだもの。

 子供の頃だって、十三年も昔の事だって、今も目を閉じれば思い出す……心に焼き付いた光景は、決して忘れはしないさ」



『フィニッシュブロー、チャージアップ』



 エクスティアが両手で持ち直され、全体から赤い輝きを発光させて部屋中を照らす。

 頭上に掲げるように構えられ、振り上げられ、たった一つ……少女の『決めセリフ』を待つ。



「だから『この涙』も、オレじゃ無く、ヴァルキュリアの記憶が流させてるんだ。数週間前に、ヴァルキュリアの姿で誕生したオレはな……それまでの記憶を共有してる、共有してるから、お前がこれから死ぬと思うと涙が止まらない」



 少女は先ほどとは打って変わり優しい言葉遣いで語り、再び納刀し二刃抜刀の体制を取るマルコイを見つめ、左右の目尻からツーっと雫を溢す。

 終わりの時は近い。マルコイの剣は、無敗を誇っていた技は、自らの娘で有り、生徒で有り、弟子に、その偽者に破られた。



「ジョウ、ヴァルキュリア嬢……貴女を最後まで守れず、こんな所で朽ち果て、先に逝くこのマルコイをお許し下さい」



 剣聖。戦場での役割は一騎当千で、扱う武器はどれも体格以上。鉄塊にも見える巨大な剣、クレイモア。槍ならハルバート。戦斧ならフランシスカ。

 どれもが規格外に大きく、雑兵を次々と薙ぎ倒す姿は、豪快、怪力、無双、そんな座右の銘を連想させる。


 大雑把な、力任せに、膨れ上がった筋肉で……と、誰もが思うのだ。しかし真逆。ここ一番、敗北の出来ない場面、必勝で迎えなくては行けない場面では、全くの真逆。



 信頼を置いて頼るのは、極限まで研磨され、極限まで鍛え上げた、極限の小手先(こてさき)技術。必勝のみに特化した二刃抜刀。即ち、王道では……普通では無い。


 外道で、邪道で、だからこそ必勝の剣技。


 種明かしは一度だけだ。この技と対して、この技に斬られて、そこから死に逝くまでの僅かな間、斬られた本人だけが技の本質に気付く。


 外道で、邪道で、だからこそ必勝……にするしかない剣技。


 これに「次」は無い。二度目は無い。二度目は、通用しない。


 故に、全てが必勝への布石。

 俊敏な動きは苦手……と思わせる重い筋肉も、

 どんな力技で来るのか……と思わせる巨大な武器も、

 二刃抜刀……なんて偉そうな名前も、

 音速の踏み切りスピードと、短く質素な武器と、小手先の技を、相手に悟らせ無い為。


 二刃抜刀とは、三尺半の長い鞘に収められた、一尺半にも満たない小太刀。鞘と刀身のアシンメトリーで制空権を誤認させる、『先入観』を逆手に取る技。

 踏み込む位置、抜刀速度、そこから派生する動きを完璧に誤認させ、100cmオーバーの鞘に収められる、40cmに満たない刀身がトドメを刺す。


 故に『初見効果』で、

 故に『二刀』を許し、

 故に『逆手』で持ち、

 故に『一動』で放てる。


 相手に向かい飛び掛かり、切り捨て、着地と同時に刀を鞘に戻す納刀。これがワンセット。


 このワンセットの流れだけを、マルコイは気の遠くなるような歳月を賭けて繰り返し鍛練して来た。



 この技を放つのは、敵団長クラスとの負けられない戦いだけ。

 一人対一人の、他の兵達には手を出させない、将対将の、名誉と、プライドと、国の行く末を負った戦いでだけだ。

 お互いの配下の兵達は、離れた場所からお互いの将の勝利を祈る。


 そんな戦いで繰り出される二刃抜刀。刀を抜くのは斬る瞬間だけで、瞬間だけ見えた『刀の長さ』なんて、見方の兵を含めて誰にもわからない。

 わかるのは、マルコイが、長い鞘に納められた刀で、敵将に勝った。その結末のみ。


 マルコイはとにかく、『必勝』……ただそれだけに拘って(こだわって)いたのだ。


 戦で敗れれば国が敗れる。敗れた国が、国の民が、どんな扱いを受けるかなんて想像も容易い。

 勿論、それは民だけでは無く、むしろ王族は更に酷い扱いを受けるだろう。


 そんな扱いを、そんな酷い仕打ちを、そんな悲しい未来を……






 ねぇねぇ、マルコイ、あ~そ~ぼぉ~♪






 生涯で唯一人だけ愛した少女には……歳の離れた、身分さえ違う、決して結ばれない、ヴァルキュリアには、絶対に味合わせたく無かった。



「だがな、天下五剣で終わりじゃない。魔剣スティルヴァーレ、聖槍グングニル、そして……『神弓ヨイチ』。他にも、まだまだ、まだまだ、殺して、奪わなきゃなんねぇもんは山ほど有るんだ。最初にお前を殺す事で、オレの中に残ってる人間らしさを、全部ここへ捨てて行く」



 光の精霊の加護を授かって産まれたヴァルキュリア。しかしどれだけあやされても、物を与えられても、決して笑わず、両親にさえなつかなかった。


 初めて大声で笑ったのは二歳の時。国王で在る父親に抱っこされてあやされていた時。まだ新米兵士だったマルコイが、緊急の連絡を伝えるべく、ヴァルキュリアを抱えたままの王へ近付いた時。

 王の耳元に口を寄せて……ギュッ、と髭を引っ張られた。油断していたマルコイは思わず声を上げ、身を仰け反らせ尻餅を着いて、驚く。


 そして驚いたのは、マルコイ以上に驚いたのは、他ならぬ国王で有った。産まれてから毎日あやし続け、様々な物を与え続け、それでも叶わなかった娘の笑顔が、たった今、しかも目の前で叶ったのだから。

 ヴァルキュリアはマルコイの反応が気に入ったのか長い時間キャッキャキャッキャと笑い続け、その父親は長い時間ずっと嬉しさで泣き続けた。



 ヴァルキュリアが五歳になってからは遊び相手の他に、マルコイが教育係を努め、拙いながらも食事やダンスなどの作法や、歴史や科学などの文学、基礎の体力訓練や剣術などを、ほぼ十年掛けて指導した。

 やがてベテランと呼ばれるようになった騎士は思い知る。自分が……いつの間にか少女を愛してしまっている事に。



「それと、さっき処女をやるって言ったが、アレは言葉通りの意味だったんだぜ? お前の事は身近過ぎて男としては見れないが……それでもお前が「好きだ」、「抱きたい」、そう言ってくれたなら、本当に抱かれていたよ」



 お世辞にも若いとは言えない年齢。ピークを越えて弱っていく身体。それとは反比例して募る少女への想い。老兵の決断は、あまりにも唐突で極端だった。



 グランパレス総騎士団長 剣聖のマルコイ 退団。



「もう念仏なんぞ要らん、さっさと斬るが良い……とは言っても、手土産に腕の一本も貰って行くぞっ!!」



 戦乙女、と民や兵から慕われるまでに成長したヴァルキュリア。

 そのヴァルキュリアから、マルコイが最後に守ったのは、気持ちが抑え切れなくなっていたマルコイ自身。



「さよならマルコイ……私を守り続けてくれたナイト様。さよなら、さよならっ……さぁっ、この技を魂に刻めッ!! 神技(しんぎ)、ニーベルンエクスティア」



 マルコイは強い男だ。数多くの女性から言い寄られ、引退した後もそれは変わらない。

 しかし結婚せず、妻を持たず、子を作らず、童貞のまま隠れた愛を貫き通した。


 今の今まで……命が燃え尽きる最後の瞬間まで、マルコイは左右の刀の柄に手を添えて、己の愛を貫き通す。




「我が生涯、我が人生、我が愛を、この剣に込めよう……我が奥義」




 剣聖のマルコイ。その生きざまは正に、『(おとこ)』で在った。




「クライマックス、オーバードライブッッ!!!」


「二刃抜刀ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっッ!!!」




 




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