第1章【Homemade Berserk~ミル(人形)と名付けられて~】その7
「夢……夢を見たわカトル」
ベッドの上、ゆっくりと開いた瞼がおぼろ気に天井を捉える。
本当に長くて、悲しくて、ツラくて、苦い、『夢を(データを)、見た(ロードした)』。
「おはようございます……それは、悲しい夢でしたか? それとも、楽しい夢でしたか?」
白いペンキ一色で塗られた、真っ白な壁に、真っ白な床に、真っ白な空間。
まるで病室を思わせるように余計な物は無く、だだっ広い白の室内に有るのは、中央の白いベッドが一つのみ。
その白いベッドの上で薄いシーツを羽織り、白い肌の二人の少女が産まれたままの姿で横たわる。
「苦い(にがい)記憶よ……とってもビターな夢ね。きっとこれからも、何回だって見るわ」
一人はディスミル。夢を叶える為に作られたのに、夢を叶えてあげられなかった、シュラーク最後の機械人形。
『あの瞬間』はいつだって甦り、いつだって後悔する。そしていつだって、ヒトだったら……そう思うのだ。
外見は人間でも、人形だったから、機械だったから、気持ちを伝えられなくて、夢を叶えてあげられなくて、ずっと引きずって。
もう少し時間が有ったら、きちんとシュラークの夢を理解していたら、そんな言い訳ばかりが浮かんで消えて。
「そう、ですか……ではこうしたら」
──少しは甘くしてあげられますか?
もう一人はカトル。シルバーブロンドのショートヘアで、薄い水色と紫の左右異色の瞳を持ち、僅かに上体を起こすと隣で横たわるディスミルの顔を見詰め……そのまま、ゆっくりと、唇を重ねた。
母親が子供の頭を撫でて不安を取り除くかのように、優しく、優しく、唇を押し付け合って互いの吐息も交換し合う。
「ちゅっ、んっ……ミル、さん」
カトルが特別と言う訳では無く、『カトルの日』だからカトルがディスミルとベッドを共にし、女同士でしかできない方法で身体を慰め、頬を赤く染めてキスをする。
今夜になれば『クリスの日』になり、次は彼女がディスミルの隣で眠りに着く。アンドロイド六人全員が、日替わりで寂しがりなディスミルの相手をするのだ。
「んっ、はぁぁっ……ありがとうカトル。おかげでちょっぴり、楽になったわ」
自分達を助けてくれたディスミル。
自分達を育ててくれたディスミル。
そのディスミルがずっと抱えている闇を、僅かな間でも忘れさせてあげたい。
カトルを含め、六人の少女達が、六人のアンドロイド達が、ずっとずっと、心の一番に置いてある事。
「い~えっ、今からもっと……っとっと。アリスさんから映像が届きました。ミルさんにも送りますか?」
スルリと、カトルの手がディスミルのヘソまで滑り、すぐに肩元へ戻る。
左右異色のオッドアイは同色のブラックに変わって、その瞳の中を極微小の数字群が流れていた。
カトルが『いじられた』のは瞳。幼い内に両方の眼球をくり貫かれ、特別な素材で作られた擬眼が代わりを果たす。
戦いでの役割は『指揮』と『統率』で、他のアンドロイドが見た情報を受け取り、更に別のアンドロイドへ送る事ができる。
「ええ……頼むわカトル」
それをディスミルは一瞬だけ声を途切らせると静かに目をつむり、転送されて来た『状況』と『情報』を瞼の裏側に映し出した。
敵の種別。敵の種族。敵の能力。敵の人数。アリスの体験した事が、カトルを経由してディスミルに流れ込む。
「アリスさん負けちゃったんですね……それに、私達のことを全て教えちゃったみたいです」
「子供のマスターに、悪魔に、蜘蛛に、百足に、後は戦力外。教えたのは私達……ってよりも、主に私の事みたいだけど」
二人が『見ている』のは同じ場景。相手に対して圧倒的なスキルを保持しながらも負けた戦いと、まだまだ幼い子供に仲間を助けてくれと頭を下げた場面。
「アリスさんも、私に負けないぐらいディスミルさんを大切に思ってますから」
「あらっ……その言い方だと、カトルの方がアリスより私を思ってくれてるの?」
最後まで展開を確認するとカトルは視界のコネクトを外して微笑み、ディスミルもまた嬉しそうに微笑んで目を覚ます。
二人で微笑み合い、二人は見つめ合い、二人の距離が再び縮む。
「当然ですっ。証拠……見せますか? ふっ、んっ」
乙女達の吐息が部屋中を甘ったるくデコレートし、白い風景をピンク色に錯覚させて行く。
カトルはディスミルの顔の横に手を着き、覆い被さるようにして顔を落とすと、僅かに浮き出た鎖骨を優しく咥えて甘噛む。
赤子が母親の乳房を頬張るように、ちゅーちゅー音を立てて吸い付き、舌を這わせ、やがてそれは舌裏でなぞりながらバストトップを目指し始める。
柔らかくふっくらとした丘の頂上へ登り……
「ふふっ、その前に、私の思いを聞いてちょうだい」
後少しのところで動きを止めた。止められた。突然ディスミルに頭部を抱き締められ、驚いているのに声さえ上げれない。
はい……と、胸の間で目を細く閉ざし、迫り来る安らぎと眠気に、肯定するのが精一杯で。
「次のマスターを倒したら、私……みんなと離れようと思うの」
続く子守唄は感情無しに。視線は天井へ、言葉は胸元で虚ろになるカトルへ。
この距離でもやっと聞き取れるぐらいの小声で、淡々と台詞は紡がれる。
「もう、限界なのよ。どんな奴と戦ってもね、強いって感じない。だから次は……『国』と戦おうと思ってる。もちろん最後には力尽きて死んでしまうけれど、死ぬ間際の一時なら……私はきっと恐怖を感じてると思うから」
内容は本当の意味での『恐怖体験』。そしてオマケで必ず貰える自殺願望。
出来る限りの事、思い付く限りの事をやり遂げ、切羽詰まったディスミルにはこれしか考えられなくなっていた。
「だから、だからね? 次をケジメにするわ。次に戦うマスターには今までのように手加減しない!! 汚い言葉で罵って、罵倒して、馬鹿にして、たぶん子供だろうと……殺してしまう。そうしたら、みんなとはサヨナラ」
今さら恐怖を知ってどうなる?
シュラークが居ないのにどうなる?
恐怖を知っても人間に成れなかったらどうする?
普通なら、普通なら分かるだろ?
今さら恐怖を知っても意味が無い。ましてや、感情一つで人に進化するなんて有り得ない。そもそも、人になれたとして伝えたい気持ちが浮かんでも、シュラークが知りたかったのは『人形の気持ち』で、人の気持ちじゃない。
シュラークの夢を叶えたい、と。人になりたい、は。矛盾でしかないのだ。
ただ、もしディスミルの心情を一言で表すのなら……
──理屈じゃない!!
これで片が付く。これが理由で、これだけが理由。
当然のように、他のアンドロイド達も分かってる。ディスミルの人になりたいと言う夢を、希望を、無理だと分かってて協力していた。
すぐにじゃなくて良い。いつか、いつか……ディスミルが人になりたいと言う夢を諦めてくれるまで。その後の人生を共に穏やかに過ごす為に。
みんなが大好きなディスミルと、元は人間だったみんなを助けて育ててくれたディスミル『ママ』と、いつまでも一緒に暮らす為に。
ヒト 二 ナリタイ
その欲望が枯れるまで、出会った頃から変わらないディスミルを、今度は自分達が助けて上げたいのだ。
「ミルさん……今の、みんなに教えてもいいですか?」
「良いわよ。どうせこれから言おうとしてたし、それに……私みたいな歳を取らないロボットからは、そろそろ乳離れをしてもらおうかな……ってね」
結末は神のみぞ知る。
アリスとイルマが連れてくるマスターと戦って負けてくれれば、ディスミルが恐怖を感じてくれれば、恐怖を知っても人に成れないと自覚してくれれば、ハッピーエンドは残されてはいるが、ディスミルの敗北……
「イヤです!! ミルさんのおっぱいは私のなんですっ!!!」
そんな姿がどうしても、どうしても予想できなくて、カトルはギュッと強くディスミルの胸へと顔を埋めるのだった。