第1章【Homemade Berserk~ミル(人形)と名付けられて~】その6
第1章 2話『夢と欲望のディスミル』
アリス、イルマ、カトル、クリス、サシュ、セリス。この六名が、六体が、ディスミルと同じスペシャルアンドロイドで在る。
ただそれは、同じなのは呼び方だけで、この六体とディスミルは全く異なる過程で完成されていた。
六体のベースはあくまでも人間で、臓器の一部、骨格の一部が弄られただけのアンドロイド。痛ければ涙を流すし、ケガをすれば血液も流れる。
それとは対極にディスミルのベースは機械。科学と禁忌魔術で完成されたアンドロイド。悲しくて目から流れるのは涙……に限り無く近い純水。ケガをして流れるのは血液……に限り無く近い『オイル』。
見た目は六体と、人間と何ら変わらない。豊かな表情、暖かい体温、柔らかい肌、抱き合えば心臓の鼓動だって聞こえて来る。
だが、それでもディスミルは何者か? と問われれば、ディスミルは人間だとは答えられない。体内に至るまで全てが人間としか思えないのに、人間ではないのだ。
例えば誕生。他の六体は母親から産まれ、毎年、毎年、歳月を重ねて今の姿になったのに、ディスミルは産まれた瞬間から今の姿。
例えば死。他の六体はみんな寿命を迎えれば老いて朽ちて行くのに、ディスミルは周辺の元素をエネルギーに代える自給自足の器官により、半永久的に今の姿のまま生き続ける。
他の六体よりも完全で、完璧で、完成されたスペシャルアンドロイド。しかしだからこそ人を知ろうとする、人を知りたい。
人で在った事が無い故に人へ憧れ、次第にディスミルは『ヒト』になりたいとさえ願うようになった。
何故か? その切っ掛けは何だったか? その切っ掛けはディスミルの誕生にまで遡る。たった一人の科学者が成し遂げた夢と偉業にまで……
科学者の名はシュラーク=ディス・ヘルツェン。世界の南東に位置する田舎町育ちで、有名な人形師を親に持つ青年。
幼少の頃より親から人形の作り方を叩き込まれ、教わり始めてから僅か三年でその親よりも精巧な人形を作り上げてしまう。こと人形製作に関してシュラークは天才だったのだ。
種類は、ぬいぐるみ、ロウ人形、他にどんな物でも。外見は、手のひらサイズ、人と同じサイズ、どんな形でも、どんな重さでも、どんな大きさでも。
デフォルメか、リアルか、可愛くか、美しくか、インテリアにしたいのか、抱き枕にしたいのか、その全てを、客の要望通りに仕上げた。
シュラーク自身も人形作りが、人形が好きで、だが……既に自分が『いきすぎて』いる事を気付いていない。
それは青年と呼ばれる歳へ成長した時、一段階高みの望みを欲してしまった時、シュラークに人形師をヤメさせた。
作られた人形の気持ちを知りたい。
どうしてもその夢を捨てられなくして。
人形の気持ちを知るにはどうしたら良いのか?
嬉しいのか? 悲しいのか?
製作者の自分をどう思っているのか?
知りたいのなら、人形から直接伝えて貰う他に無い。
では、どうすればそれが可能なのか?
どうしたら人形の想いが分かるようになるのか?
そんなものは、人形から直接伝えて貰うしか無い。
人形に命が宿れば。
人形が言葉を発すれば。
この結論に達したシュラークは、人形師から科学者へと歩く道を変えた。そして……道を踏み外した。
町の近く、平原の地下に巨大な研究所を構え、優秀なアシスタントを数多く雇い、超額のサポート資金の元、新たな人形作りが始まる。
この研究所とサポート資金は無論、親が出したモノでも、資金を募った訳でも、ましてや自分の金でも無い。
出したのはその国の王。シュラークが王に直接掛け合い、全面的なバックアップを受ける手筈を勝ち取ったのだ。
優しい王。優しい王? 言い換えれば臆病な王。隣国の挙動に敏感な王。もっと国を豊かにしたい、もっと領地を広げたいとは思っていても、思うだけで何もできない王。
市民にも徐々に見抜かれ、『ハリボテ王』と陰口まで叩かれる始末。何かとてつもない事をしたいが変化は怖い。だが何かをして王の威厳を取り戻したい。そんな葛藤に、シュラークは付け込んだ。
シュラークにしてみれば、生命の宿った人形を作れれば構わないのだから、どんな用途に使われるかの是非は問わない。
ならば、王から資金をできるだけ引き出せる口上で交渉するだろう。
戦闘用人造人形を製造する為に、どうか援助をしていただけないでしょうか?
この結果で……
研究が上手く行けば、王の指揮と援助が有ったから完成できたと公表する。
上手く行かなければ研究所ごと破棄する。
戦争に撃って出て勝つ事ができたなら、それは全ては王の判断力のおかげ。
量産化も可能とした場合、人間の兵士すら必要としない、つまりは国民の血が一滴も流れない戦いが可能となるでしょう。
確かに金。莫大な投資金と時間が必要となるのは理解していても、半ば強迫観念とノイローゼに犯されていた王へ対し、『隣国を見返せる』。『国民から尊敬を受けられる』。その『とてつもない変化を与えてくれるかも知れない可能性』は、何よりも甘美で耐え難い蜜だった。
人は誰しもが褒められたい、称賛されたいと思っているが、殆どは満足にスポットすら浴びていない。それが本来は満たされている筈の王だったのなら、称賛されたい……その欲求は計り知れない。
しかも、レジェンドカードを保有しない国が、レジェンドカードを保有する国に勝てたとしたら、国民だけでなく世界全土に向けての『凄味』になる。
そして、シュラークの新たな人形作りが、本格的に始動したのだった。
最初の一体はこれから量産化される人形の基盤になるのだから、ありとあらゆる機能が搭載されて組み上がって行く。
必要か? 不必要か? そんなのはお構い無しに取り敢えず機能は追加されて、完成した後に不必要だと判断された機能が、量産化の際に削られてスリム化を図られる。
と、言う、建前。
王から派遣された部下達が居るから、王本人も進行具合を見る為に視察へ来るから、仕方無しに様々な戦い方や殺し方をプログラムしてアピールしちゃいたが、それよりも何倍も大切なモノが数多く加えられた。
例えば、『考える』……と言う行為。
例えば、『眠たい』……と言う生理現象。
例えば、『調理する』……と言う動作。
例えば、『恋をする』……と言う感情。
人に。人に。限り無く人に近付けるコンセプトで研究は続けられ、フルマシンボディでは構造的に不可能な『魔力を持つ機械』の開発にまで至った。
これが何を意味しているのか? これが意味しているのは『禁忌』。魔力は生命にしか宿らないのだから、魔力が宿った身体は機械だろうと生命でしかない。
つまり、新たな『生命を造り上げて』しまったのである。もはやシュラークの底知らぬ欲求は末期症状で、当然そうなれば思うだろう。もっと、もっと人間らしくしたい、と。
科学だけではもう限界。技術だけでももう限界。だとしたら頼るのは科学でも技術でも無いモノ。科学や技術とは真逆の人智を超えたモノ。
神術か、魔術か、はたまた精霊か。シュラークが選んだのは魔術を使う精霊。二つの死を貰って一つの生を与える不平等な死の権化……精霊ダクセルダクセスの力。
願いは果てしなく人間に近い人形の完成。
血……に見えるオイルで良い。
骨……に見えるコードの塊で良い。
見て、触れて、感じて。本物にしか思えなければそれで良い。
元来、精霊は表に姿を現さず、人、機、魔、どれにも属さず肩入れせず、公平な半神のスタンスを保っている。
そして全十七精霊の内、十六は気紛れか余程の事が無い限り現界しないのに対し、死の精霊だけはいつでも会う事ができた。
いつでも、誰でも、会える。その場所まで辿り着けたならば……
ディバインライフと呼ばれる光をまともに通さない大樹海。そこに巣食うのはコカトリスやバジリスク、強さのランクとしては低くとも『一撃必殺』を持つ生物達。
すっとろい動きにひ弱な躯で、しかし咬まれればたちまち細胞が石化を始めて死に追いやられる。
そんな森の、奥の、奥の、奥。古城の中に精霊ダクセルダクセスは居た。
他の精霊が元素と神での半神だとしたら、ダクセルダクセスは機械と女神での半神。
淡い緑色の腰まで伸ばされた痛み無い長髪に、たれ目ぎみの大きく黒い瞳、赤くぽってりとした唇に、人間の女性として見たなら抜群のプロポーション。身に纏うのは白いワンピースドレス一枚で、ここがディバインライフで無ければその微笑みは百戦錬磨。
これがダクセルダクセスの『神の部分』で、『機械の部分』は晒せば外見から全てが変わる。
ジャグラーの仮面で顔を覆い、鮮黒き道化師の身なりにドレスアップし、生を狩り取る巨大な鎌を持つ。関節が駆動する度に『繋ぎ目』からガチャガチャと鈍い金属音を響かせ、ダクセルダクセスの力を頼りに来た憐れな子羊達を嘲笑う。
おお、死を司る精霊よ……どうか私の作った人形に、清らかな命を授けたまえ。
機械の姿で二つの命を奪い、神の姿で一つの命を与える。
差し出す二つの命は決まっていて、一つは自分が最も長い時間を共にした人物。これはダクセルダクセスが命を与える力を使う為の『コスト』。
もう一つは対価で、こちらは願いを叶えて貰う本人の命。ダクセルダクセスに願いを叶えられたなら、ディバインライフから、古城から、生きて脱出する事は叶わない。
シュラークは数人の騎士とアシスタントを引き連れて古城まで辿り着くと、外に皆を待たせ、自分だけでダクセルダクセスの居る王間へと向かう。
完成寸前の人形を背負い、ゴメン、ゴメンと、頭の中で父親に何度も謝罪しながら……人形師と、精霊は、対峙した。
最新の科学技術が詰まったマネキンを横たえると、豪華な装飾の施された王座に腰掛ける女神に向かって、シュラークは片膝を着き頭を下げる。
精霊ダクセルダクセスよ、どうか……
そして願い事を唱え終わり、顔を上げて、道化師に変わった精霊を覗く。
──貴方の場合は父親を、今から殺します。良いですね?
はい。
──人形を限り無く人間に昇華させた後は、貴方も殺します。良いですね?
はい。
──ゴトンッ。
ゴロゴロ、ゴロゴロ。
視界の全てが赤く染まる。悲しくて、泣きたくて、これは夢だと頬をつねりたくて、けれども醒める程に赤い現実は現実逃避を許さない。
ハネラレタ。何を? 首を。誰の? 父親。目の前に……父親の『頭部だけ』が降って来た。
叫びたい。悲鳴を上げたい。泣き出したい。胃の中から何かが食道を逆流して焦がし、全て嘔吐して楽になってしまいたい。しかしそんな資格も無い。この結果を望んだのは己自身なのだから。
両手で口を塞ぎ、何とか胃液を飲み込んで呼吸を整えて行く。ゴメン、ゴメン、ゴメンナサイ。有名な人形師の家系は、シュラークの代を以て血が途絶える。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。すぐに会いに逝くから……会って謝り続けるから。だから死の精霊よ、人形師の滅亡と引き換えに人形の命を!!
気紛れなものだ。
精霊はどいつもこいつも相当な気分屋で、ダクセルダクセスも例外無く一流の気分屋。
そしてこの光景を眺めるダクセルダクセスの気紛れは、ベストと呼べる良い方向へと転がった。
父親は死に、シュラークも死ぬ。これは変わらないが、マネキン人形へ与える命にちょっとしたサービスを付け加える。
淡い緑色の腰まで伸ばされた痛み無い長髪に、たれ目ぎみの大きく黒い瞳、赤くぽってりとした唇に、人間の女性として見たなら抜群のプロポーション。
身に纏うのは白いワンピースドレス一枚で、ここがディバインライフで無ければその微笑みは百戦錬磨。これがダクセルダクセスの神の部分で、神の部分そのまんまの姿へ、命を与えられたマネキン人形は進化を果たす。
つまり、ダクセルダクセスは自分自身の外見を『サービス』して、最後の仕上げを完終させたのだ。
ほらっ、
ほらっ。
ディバインライフの白雪姫が、この世に生を受けていま目を覚ます。
身体の末端から体温が宿り、ぴくっ、ぴくっと指先が微かに動き出し、心臓そっくりの器官は血液そっくりの成分を全身に行き渡らせる。
──人形!! 命を貰ったのか!?
ただ、ただ、寝そべったまま天井のシャンデリアを見上げ、静かに瞬きを繰り返して何かを確かめるように頷く。
プログラムされたデータが、知識が、物凄い早さで身体に馴染み染み込み……すると、聞こえた声が誰のものかも理解する。ならば、答えなければならない……これが、この人の夢だったのだから。
はじめまして シュラーク博士
短い距離を駆け寄って来るシュラークに向かい、未だに力の入らない上半身をゆっくり起こして返答すると、ニコリ。微笑んで見せた。
もう時間が無いのも知っている。これが製作者と製作物の、言わば親と子の、結末を飾る『ひととき』だと知っている。
だから微笑む。貴方の子は、命を与えられて幸せです。嬉しいです。そんな風に装う。シュラークが死ぬ間際に焼き付けた子供の表情は、いつまでも笑顔でありますように。
「名前……考えてあるんだ」
シュラーク=ディス・ヘルツェン
俺の名前と、
俺が産まれた田舎町の方言で、人形をミルって呼ぶ。
それを合わせて、『ディスミル』。
この名前を、最初で最後に君へ贈るよ。
ディスミルは急かすように語るシュラークの言葉を黙って聞き届け、強く身体を抱き締めるハグにも優しく抱き締め返して応じる。
だって、後少し。後少しでシュラークは消えてしまう。徐々に近付く精霊の足音が、二人を別つカウントダウン。
でも叶った。
正しいかどうか、幸せかどうかは関係無く、シュラークの願いは叶ったと……ディスミルは『誤認』していた。
人間そっくりの人形を作ろうとして、実際こうやって人間そっくりの自分が産まれたのだから、願いは叶った、と。
しかし後に続く言葉が、その勘違いを徹底的に晒け出す。
──なぁ、ディスミル? 今の君の気持ちを、教えておくれ?
そう。人間そっくりの人形はあくまでも過程。シュラークの夢見た夢は、『人形の気持ちを知る』事なのだから。
簡単だ。本来ならその質問は、卵を割って目玉焼きを作るより簡単な質問。
ハカセって結構カッコいいんですね。
大きなお城ですね。
お腹が空きました。
早く帰ってシャワーを浴びたいです。
何だって良かった。ディスミルがそう思って、ディスミルの口から発せられた言葉なら、シュラークの夢は成就していた。
だが、考えてしまった。与えられた知識から、プログラムされたデータから、人間らしくない方法でシュラークが最も喜びそうなセリフを導こうとした。
いつしか笑顔も消えて、答えを導く事だけに集中して考えて、無表情で、動かないで、人間にして貰った筈なのにまるで人形みたいで。
ごめんな? 急にそんな事を言われても困るよな?
だからシュラークに、人形の気持ちを知りたいと言う夢を諦めさせてしまった。
ディスミルの代わりに微笑み、でもどこか少し寂しそうに、少し残念そうに、未だ口を閉ざす人形の頭を、「もう考えなくていいよ」と撫で下ろす。
答えを待つ時間は、これ以上なさそうだから……
──カキンッ。
背後に立つ死神の気配。背後で腕を振りかぶる精霊の気配。背後から迫る、黒く巨大な鎌の気配。
「待ってください!! まだ……」
ディスミルはいつの間にか目の前で鎌を振り降ろそうとするダクセルダクセスを慌てて呼び止め、慌てて呼び止めようとして、して、して、止められなかった。
首が 落ちて
もう一つの首まで 転がって
止まる。
ダクセルダクセスは止められなかったのに、シュラークは止まった。
これが人形師の家系の末路で、これが意思を持ち言葉を話す人形の誕生。