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となればマスターはカードを召喚する  作者: もふもふ太郎
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第1章【Homemade Berserk~ミル(人形)と名付けられて~】その11




 聞こえる。






 近付いて来る。






 がむしゃらな足音が。





 焦り、憤り、怒り、様々な感情が交錯して乱れる心臓の音まで、聴覚器官を魔力で補助すれば、そんな音まで拾い上げる。


 そんな音が、そんな鼓動が、そんな本物が、偽者のディスミルは許せない。

 普段は気にも止めない事……少なくとも気にも止めないようにしている事だが、今日は意識して気に止める。



 憎い、憎い、人間が、憎い。



 思い込む。そうやって気を高めて置かないと、とてもじゃないがこれから初めて会う『子供を殺す』なんて出来そうになかったから。





 ──今日の私よ、非情になれ。





「カトル……マスターがこのフロアに入ったら、地上に魔力が漏れないよう、待機してるサシュとセリスに結界を貼れって伝えてちょうだい。それとイルマとアリスには私の声をダイレクトに繋げて」



 負け、つまり敗北は無い。『幾億の孤独(ミリオンダラー)』が有る限り、ディスミルは膝も着かない。



「はい、了解です」



 その証拠に、これまでどれだけ数多くのマスターとサーヴァントを打ち負かして来ただろうか?

 戦いとは極めれば弱点の突き合いで、『相手の弱点を全て保持している』ディスミルは、大前提で大幅に有利なのだ。



「クリスは、『万が一』の状況になるまで私の後ろへ」


「ん、わかった」



 火、風、水、地、全ての基盤となる四大属性から、雷、氷、光、闇、と言った派生属性まで、生物なら必ず持っている属性の、その真逆の弱点属性で攻撃できる。


 これが戦いに置いて、どれだけ有利と呼べるか……そして攻撃方法は主に二通り。

 自分自身の魔力に属性を宿し、攻撃時に属性魔力を上乗せしてダメージを与えるか、それとも『幾億の孤独(ミリオンダラー)』の名が示すように、掴むか。


 この世界、この世界の理、見上げれば空、見下ろせば大地、それぐらい当たり前の常識。

 例えば大気中に、例えば砂に混じり、例えば深海の奥底、この世界のどこにでもそれを織り成す『元素(マナ)』は存在し、マナの数を密度で表すなら10cm四方に約一億。


 幾億の孤独は、その1/100000000。たった一つのマナを掴み取る技。火に触れれば火のマナを、水に触れれば水のマナを、自身の魔力を媒介に思い通りの形へと作り変える事ができる。


 だからこそ、どんな状況でも、どんな環境でも、どんな戦場でも、ディスミルは生き残り勝ち続けて来た。


 だからこそ、余裕を持って小さな足音の主をもてなす。



 ダクセルダクセスからギフトされた百戦錬磨の美貌と強さ、シュラークが組み込んだ数多の知識と技術。


 完成されたディスミルの力は、紛れも無く本物だから。



「おいでませリトルマスター。どんな感動的なセリフで、この私を説得してくれるのかしら?」



 通路を抜け、息を切らし、膝に手を着いて肩で呼吸するマスターに、ディスミルは自らのスカートを摘まんで軽く持ち上げ、微笑みながらちょこんと礼をして出迎えたのだった。





 何て事は無い。






 ツマラナイ。






 逃げ(エーヴィヒカイト)を失った(マスター)など、目をつむっていたって簡単に狩れる。


 強者で在るディスミルには、

 強者で在り続けたディスミルには、

 ライオンで在り続けたディスミルに取っては、


 弱者で在る(ウサギ)は、退屈をまぎらわす暇潰しにもならない。



 故に……無意識に『遊び』を求めるのだ。惰性から解消される為の刺激。

 すぐには殺さず、いつでも追い付けるのに追い付かず、必死で逃げ惑う様を眺め楽しむ、『ベテランのライオン』のみが行う強者の娯楽。



「しない……しないよ説得は。貴女も僕の事を『たかが子供』って思ってるもん。そんな奴に「人間になるのを諦めて」って言われても「子供のクセに」ってムカつくだけでしょ?」



 リオは息を整えて、ディスミルはそれを待つ。


 悪い癖だ。いつでも殺せると余裕を見せて殺さない。兎を見慣れたせいで兎は兎としか見れてない。

 まだ初々しかった頃、ライオンに成り立ての頃なら、相手が兎でも慎重に観察し、念には念を押して行動した筈だ。


 しかし、もはや油断。容姿だけに捕らわれて、どんな兎かを見抜こうとしなかったディスミルの迂闊。



「そう、じゃあ、じゃあ、その子供は、この私に、何て言いたいの?」



 ただただ、真っ直ぐに、率直に、正解の問い掛けをして来る子供に、若干の不快感を募らせるだけ。



 ライオンを目の前にしても、このウサギは怯えない、慌てない。


 そもそもこのウサギは自分をウサギだと分かっているのか? 狩られる側だと、殺される側だと理解しているのか?

 そもそもこのウサギはこちらをライオンだと分かっているのか? 命を弄ぶ側だと、泣いて許しを乞われる側だと理解しているのか?


 そう考えて、考えたら、不快感が、苛々が、イライラが、イライラが、膨らんで行って……



「戦いのルールを教えて。貴女との戦いに勝って、その上で説得するよ」



 このウサギは、自信有り気に、自信満々に、ライオンを、見下していた。





 ──はぁっ。





 思わず、息が漏れる。

 ディスミルの口から短く一言だけ声が漏れる。


 そして徐々に、徐々に、魔力が高まり、殺意が磨かれて鋭さを増す。

 数メートル離れた位置に立つリオへ向けて、視線を逸らさずに見つめて来るリオへ向けて、研ぎ澄まされた殺意が矛先を向ける。





 ──ああ、今の私は厭らしい顔で笑っているでしょうか?





「そっ? それじゃあ……戦いから、殺し合いに変更しましょう。ルールは一つだけ……私かマスター、どちらかが死ぬ事」



 このウサギの、恐怖に染まった表情が見たい。


 珍しく産まれた欲求を満たしたくて堪らない。





 ああ、嗚呼、早く……

 泣き叫びながら逃げ惑う、貴方の恐怖を私に見せて。





「そっ、そんなのヤだよ!! どうしてそこまでしなくちゃイケないの!? 負けたと思った方がゴメンナサイするだけで済むでしょ!!?」



 ビクリと兎の肩が跳ね、ゾクリとライオンの肩が震える。

 二人が対してから初めてリオの声は荒げ、その反応を見てディスミルの口元は綻んだ。



「私と殺し合いをしたくないと言うのなら、私と殺し合いをしたいと言ってもらうしかないわね」



 まだ、驚き、戸惑い、そんな感情だろう。けれど『入り口』はこれで充分だ。恐怖への入り口は、驚き、戸惑い、そんな感情から始まるのだから。

 もう少しでこのマスターの膝が笑い、崩れ落ちて泣き崩れる。崩れて、崩れて、小さな身体もバラバラに崩れて。


 その光景を見れたならきっと、その光景は極上の恐怖だからきっと、その時に恐怖を知る事がきっとできるだろう。

 もはや確信だ。この幼い子供を殺せば、マスターを殺せば、外道に成り下がれば、必ず(きっと)恐怖を知るのだと。



「ミル……さん。繋げました」



 ディスミルから数歩も後ろの位置、そこで佇む少女の声。囁くように、小さく、小さく、紡がれた言葉。

 左右異色の(オッドアイ)を持つカトルの、それでも確かな覚悟の籠った言葉。

 子供を殺すと教えられたのに、否定しなかった。止めなかった。それでもディスミルに付いて行くと決断した信念の言葉。



 否定しないのは見殺しと一緒だ。

 子供を見殺しにして、ディスミルと共に外道へ落ちよう。





 だってどうせ


  誰にも止められないのだから……





 コネクト。



「イルマ、悪魔の羽を片方むしり取っちゃいなさい」



 顔は歪に微笑んだまま、視線はリオに向けたまま、指示は離れた自身の仲間へ。

 一時的に視覚を共有した、エーヴィヒカイトを押さえ込んでいるイルマへ。





 ──羽を、引き抜け。





「えっ……でぃしゅみる?」



 脳内に届くパルス信号。羽を引き抜けば悪魔は死ぬかも知れないと言うのはディスミルも分かってる筈で、自分は殺しを指示されたのだとイルマは気付いた。


 小さくノドを鳴らして横に立つ人物を見上げれば、どうしたの? と心配そうに見つめ返してくれる仲間の姿。

 ついさっきまで今日を共に行動して来た者を殺す……せめて人の形をしていなければ悩まなかったのに。



 まだ幼くて、子供で、純粋で、力は有っても大人のようには簡単に割り切れなくて……



「やってイルマ」



 しかし、どうせここで断っても、代わりにアリスが執行するだけだと理解はしてる。

 理解はしてるのだから、自分を助け育ててくれた、自分が最も尊敬し敬愛するディスミルの『悪に』、汚れ役を承諾して加担しよう。


 だから、だから。今は敵なのだから。

 深く、深く、息を吸って、息を吐いて。エーヴィヒカイトの左肩甲骨付近から生えている羽の根元を、ニヤリと笑い両手で強く握り締める。



「はっ……アクマ? 左側の羽、引っこ抜いちゃいましゅけど、悪く思わないでくだしゃいょ? もし死んじゃったら、私を怨んでくだしゃ」



 返事は待たない。と言っても慈悲の心はまだ有った。

 出来るだけ痛みを感じないように、運が良ければ生き残れるように、一瞬で……終わらせる。



「ヤメっ……ひぃ、ぎャぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァアア!!!」





 ぶちっ、ブチブチッ、ベリベリベリッ!!!





 まるで、まるで。赤い血が噴水を思わせて。


 羽を千切られ引き抜かれた場所から勢い良く溢れ出し、イルマの身体を赤く、赤く、赤く、染めて行く。

 ゴシックドレスも、肌も、悪魔の血液が少女を汚し、足元に出来た血溜まりは、どう考えても致死量に到達していると知らせていた。



「にゃは、は、ぁ──」



 フッ……と、そこで突然イルマの意識が途絶え、エーヴィヒカイトの背中から転げ落ちて仰向けに倒れる。

 まだ純粋だからこそ、大量流血を見ての気絶。例え原因を作ったのが自分だったとしても、その光景は幼いイルマに取って余りにも衝撃的だったのだ。



「頑張ったねイルマ……後は休んでて」



 見守っていたアリスはイルマの脇の下に手を入れ、静かに語り掛けながらこれ以上汚れない位置までズルズル引っ張り始める。

 そして壁に背を預けて腰を下ろすと足を伸ばして床に座り、自らの太ももにイルマの頭部を乗せ、顔に付着した血液をハンカチで優しく拭き取って行った。


 もう、この戦いは終わったようなものだから……完全にエーヴィヒカイトから視線を外し、アンチイヴィルのスキルも解除する。

 もはや虫の息。血と共に魔力が超スピードで減少してるのは感じ取れるし、ここから万が一にギリギリで生き残ったとしても、この傷、この魔力、回復するまでどれだけの日数を費やすのか検討も付かない。





 それまでに悪魔の傷は深く、それまでに悪魔の悲鳴は大きかった。




「エーヴィ!!?」




 ならば届く。幾ら離れていようとも、悲痛な叫びはそのマスターにまで。

 リオはギッと歯を噛み締め、ようやく負の感情を込めてディスミルを睨む。悔しそうに、腹立たしそうに……



「ふふっ、次は、角か、尻尾か、そうね……アリス、長い爪が邪魔そうだから、全て剥ぎ取ってあげなさい」



 その直接的な感情が、ディスミルはどうしようもなく嬉しかった。やっと、やっとなのだから。やっとこのウサギはライオンを前にして、やっと余裕が消えたのだ。



 ここから、ここから。このマスターの恐怖を楽しむのは、今、この瞬間から始まる。

 ペロリと上唇を舐め、絵に描いたような悪役の言動だなぁと小さく自分を笑う。



「待って!! わかったよ……僕と殺し合いをしたいって本気の心、しっかり届いたよ」



 既にマスターがここまでに召喚したカードのスペックはほぼ理解していて、蜘蛛と百足を同時に相手した場合の脳内シミュレートは様々な展開を想定して128回ほど繰り返したが、致命的なダメージを受けたのは僅かに1回だけだった。

 厄介な悪魔はリタイア済み。ラヴィ達は戦力にならない。残るのは、会話から聞き、未だに種族のヒントも無いラストカードのみ。


 だが、ある程度の予想は付く。ラストカードは強いからマスターが勿体ぶって召喚しない……と勘違いしてしまいそうだが、それは全くの逆で、召喚しても大して強くないから召喚しない……いわゆる、役立たずだと。

 こんな絶体絶命な状況に陥っても召喚されないカードなど、どんな価値が有ると言うのか?



「それなら七枚目のカードを召喚しなさい。それが切り札なのでしょう? ハッキリ言って、蜘蛛と百足じゃあ同時に召喚しても私に勝つ確率は1%に満たないわ」



 そう、ラストカードは召喚されない。それは目の前の少年を見ていれば分かる事。

 少年の左腕はバチバチと雷気を纏い始め、少年の右腕はまるで霧に覆われたように消え始める。だからこれから召喚されるのが、蜘蛛と百足(ツマラナイ相手)だと分かるのだ。




 しかし、勘違いしていたのはどちらの方か?

 大した事の無い相手と思っていたのはどちらの方か?

 リオとディスミル、果たしてライオンはどちらだったのか?




「1%? 誰が、誰に、勝つ確率?」




 少なくともリオに関しては、ディスミルをライオンなどとはこれっぽっちも認識していない。

 だって恐怖を感じないのだから。怖くないのだから。リオがディスミルに対して思うのは、家族同然の仲間を虚仮(こけ)にされ、傷付けられて静かに着火した、灼熱に燃え上がる『怒り』だけ。



「ッ……ディスミル!! マスターの魔力が上昇してる」



 そして、向かい合う二人の光景を、客観的に、僅かだが離れた位置から見ていた造形少女は異変にいち早く気付き声を掛ける。

 声を、掛けずにはいられなかったのだ……二人の光景を見ていたクリスには、例えプライドを汚す事になろうとも声を掛けるしかなかった。



「ええ、アリがシロアリになるぐらいにはね。もちろん、ゲテモノ二匹がこの私に勝てる確率よマスター?」



 ただ、その結果は伴わない。ディスミルは顔を後ろに向け、目線だけで「安心しなさい」と伝えるとすぐにまたリオの方へ向き直してしまう。


 だからクリスは理解した。きっと、いや確実に、『ディスミルは今の自分を理解してない』と。



 余裕の表情。

 余裕の言葉。

 でも、でも。





 ──ディスミルは何もわかってない!!





「違う、そうじゃないディスミル!! もしかして、自分でわからないのか!?」



 ならば、今度こそ気付かせなくてはいけない。

 気付かないまま『ヨーイドン』されてしまったら、ディスミルは間違いなく負けてしまう。



「はっきり言いなさいクリス、だから何だと……ッ!?」



 お前の膝が震えている、と。気付かせなくてはいけないのだ。



 ディスミルの反論は最後まで語られない。クリスへ振り返り、一歩……ただ、普通に、一歩。一歩、足を動かしただけで、膝がガクンとよれてバランスを崩してしまったから。

 慌てて自分の太ももを平手でパンパンと叩き、渇を入れて震えを止め、地面を強く踏み締め立ち直す。



「こんな雑魚を相手に、私の身体は何を感じてると言うのっ!? こんな、こんな、こんなっ……子供あいてにッ!!」



 そして瞬く間に魔力を限界まで爆発させてマスターを睨むと、『未知の感覚の正体』に気付き、「嘘だ」、「嘘だ」、と自らを否定する。


 知りたいと思っていた。知りたいと思っていた筈だ。願っていた筈だ。

 足りないモノはこれだけだった筈でしょ? なら、人間に成れた? 生まれ変われた? 


 そんなのわからない。実感もない。ただ一つ確かにわかるのは……




「まだ、勝てるって言うなら、それなら……お前の頭脳はバグだらけだよドーリィ」




 目の前で睨み返して来るこの少年が、どうしようも無く恐怖を駆り立てる原因になってると言う事だけ。


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