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となればマスターはカードを召喚する  作者: もふもふ太郎
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第1章【Homemade Berserk~ミル(人形)と名付けられて~】その9





 ベストコンディションの条件は、それぞれ個々によって違うもの。


 リオに限って言えば、それは『夜』なのだとイルマは気付いた。


 日が暮れるほど、人通りが少ないほど、街灯もろくに無い危険とされる場所ほど、リオの力が満ちて行くのが傍目(はため)で分かる。

 100の力が倍になったり、ましてや唐突に上昇するのでは無く、100の力が101や102に増える、いわゆる『調子が良い』……ベストコンディションの状態だと見て取れた。


 時刻にすれば夜の11時を回った処。

 場所は簡単に言えば華やかな街。


 高級レストランが列を成し、高級ホテルが客を旅人を持て成し、高級売春嬢が一晩限りの愛を育む。

 街灯は消えずにメインストリートを照らし続け、星々の自然光を逆に掻き消す。



 そんな、街の、外れの、表通りを三本もズレた道。



 時刻にすれば夜の11時を回った処。

 場所は簡単に言えばスラム街。


 酔っ払いの喧嘩声が聞こえる飲み屋が列を成し、電球の切れ掛けた看板が旅人を持て成し、酒に負けたのか、薬に負けたのか、飢えに負けたのか、男も女も大人も子供も、路上の隅へまるでゴミのように何人も転がっていた。

 街灯は星々の自然光。家から漏れる僅かな電灯。そんな弱々しい光じゃ、この街の裏側を何も照らせやしない。


 そう、弱々しい月明かりでいい。照らせなくていい。闇でこそ、闇だからこそ、この少年……リオ=ストナーは光り輝く。



「やっぱり『アレ』じゃ、誰にも声を掛けられないでしゅね?」


「気づけないわよ普通は……しっかり確認してなきゃ、私だって見失いそうだもん」



 ポツリと呟き、少年の後ろを少し離れて歩くのは二人。二人のアンドロイド、アリスとイルマ。

 暗闇の街を、道を、堂々と両手を振ってリオは歩み進み、二人はその後を静かに付いて行く。



 ──Going on



 真っ直ぐ、真っ直ぐ。自信の有る笑みと胸を張った歩き方で、邪魔する障害とはノーエンカウント。

 こんなに治安の悪い場所で、こんなに暗い夜道で、こんなに幼い少年は、しかし厄介事には巻き込まれない。


 何故ならそれは、リオを見てれば気付く事。『ボヤけたリオ』を、『完全武装のリオ』を、見つけられれば気付く事。


 リオのカード。

 リオを守ってる四枚のカード。


 蜘蛛が霧で、

 百足が不可視で、

 悪魔は影で、

 残りの一枚は気配遮断。


 ラヴィ達を除く全てのカードが、弱いマスターの力を格段に水増ししていた。

 だが四枚のカードが守っていたとしても、実際に見えるのはリオだけで、リオ本人すらも余所見をすれば暗闇に消えてしまう。


 いつもはリオの傍にくっつくいてるエーヴィヒカイトも、一時的に契約方法を『ディスタンス』から『フュージョン』に変え、カードの中で力を急速に回復させていた。



「え~っと、あそこの家で良いの?」



 まだ午前中。まだ小屋の前。そこで聞いた「好きです」の告白。そして聴いた少女達の願い。

 ディスミルの、夢と、希望と、力と、過去。その全てを余さず聞き届けた。余さず聞き届けて、エーヴィヒカイトはアリスとの戦いで消費した力を回復する事を選んだ。


 夕方までは体力の無いリオと30分間隔で休憩を挟みながら歩き、日没と共にカードの中へ、蜘蛛と、百足と、悪魔が、マスターの中へ消える。



「そっ、突き当たりの家で良いんだけどさ……そろそろ、私らが近付けるようにしてくれない?」



 しかしカードを正式に召喚していなくとも、リオの安全は高い水準で確保されていた。

 例え命を狙われたとしても、霧で視界が歪み距離感が取れず、足音も気配も無くなって聴覚すら役に立たず、飛来物は不可視の刃に叩き落とされ、掻い潜れても『勝手に動く影』に身体を掴まれてタッチアウト。


 だが、これは普通のマスターでは殆ど起こり得ない現象なのだ。普通、マスターは自分の手に負えない者をカードとして契約しないし、される方も自分より遥かに弱いマスターとは契約などしない。


 力の弱いマスターがとんでもなく力の強い者と契約しても、リオのように意思とは関係無くカードから出て来られてしまうから。

 完璧にカード化ができず、一部分が漏れてしまい、その漏れた一部分にマスターが殺されてしまう可能性が有るから。


 リオの場合はそれが特別にプラスの方向へ働いているだけ。リオが戻れと言えばカードに戻るし、出てこいとは言わなくても危険を察知すれば一部分の形で現れてマスターの身を守る。

 だから今日は、召喚されてマスターの近くに誰も居ないだけで心配になり、四枚は日没からずっと過保護に守っていた。



「えっ!? あっ、ごめんなさい……は~い、みんな~っ、戻って~っ、解散、かいさ~ん!!」



 リオはアリスの言葉に慌てて謝罪して頭を下げると、手をブンブン振り回しながらその場を行ったり来たりして走り出す。

 するとすぐに可愛らしい足音が響き、姿もくっきりと見え初め、影も本人の動きに戻り、最後に青色の光が上空から落ちた。



「ふ~ん……さすがはマスター、って事でしゅか? でも甘えてばかりで弱いままだと、いつかカードに殺されちゃいましゅよ?」



 そこまでを確認してイルマはリオの隣に並び、顔を睨むように見つめて苦言を呈す。

 その考えはアリスも同じだったようで、イルマとは反対側に並ぶと少年のマスターを無表情で見下ろした。



「あははっ……うん、そうかも知れないけど、いいよ。殺されてもいい。僕はみんなが好きだから、好きなみんなになら殺されてもいいんだ」



 二人の、予想とは掛け離れた返答。静かに、悲しそうに、けれどもニッコリと笑って照れくさそうに。

 リオは本心を述べると右手を正面の暗闇に翳し、何もない空を下地に指先で五芒星を描く。


 そして、すぅぅぅっ。大きく息を吸い込んだ。



「bottom of Judecca...calling……ドロー!!」





    第四地獄の

      底より歌え完全悪





「エーヴィヒカイト、召喚ッ!!」



 描いた五芒星に右手を二の腕まで突っ込み、この場に現界させる下僕を選び、人差し指と中指でカードを挟み持って、一気に腕を引きずり出す。

 すると次に起こるのは紫色の光、紫線光。紫に輝く光の線で作られた半径数メートルの五芒星が、リオのすぐ前の地面に浮かび上がり、その中央から鎖に巻き付かれた二本の腕が生えて来る。


 まるで動物の出産シーンを連想させて……何かを掻き分けるように、喰い破るように、ゆっくりと……悪魔はこの世に生を成す。



「ぎゃはははははははっ!! フルパワー、フルパワー、フルパワァァッ!!! 短時間でこんなに力が回復するなんて思わなかったよ」



 腕に巻き付いた鎖を引き千切りながら、身体に巻き付いた鎖を引き千切りながら、完全悪(パーフェクトクライム)が闇夜に吠える。

 多分に魅了効果を及ぼす金色の瞳に、ダラリと垂れる長い舌に、男女両方の性を自在に操る特殊変体。蝙蝠に似た羽を広げ、スラム街の汚れた風を吹き飛ばす。



「ねぇ、エーヴィ……」


「ねぇ、リオ……ボクが完全回復!! これがどう言う事だか、わかる?」



 そして地に足を着けて軽く伸びをすると、何かを確かめるように手を開閉させて言葉を遮った。

 目を細めて微笑み、一歩、一歩と近付いて顔を寄せ、右手の小指を首筋に押し当て、左手はリオの右手首を掴む。


 舌の根も乾かないうちに……


 もしエーヴィヒカイトの行動を表すとしたら、これ以上に適切なものは無いだろう。



「えっ、あのっ、わ……わかんない」



 今日。今日だ。土下座までして許しを得ようとして、「信じて」、「信じて」、と必死に連呼していたのは今日。

 それなのにリオを壁際まで追い込んで、柔らかい首筋に指を押し当てて笑う。



「お前みたいなガキなんて、小指一本で『首チョンパ』できるんだぜ?」



 考えたいのに、答えたいのに、展開の早さに頭が着いて行かない。

 何を考えたいのか分からなくて、何を答えたいのか分からなくて、揺れて泳ぐ瞳で艶やかな唇を見つめるだけで。



「うそ、だよねエーヴィ?」



 目は合わせられず、小さなリップノイズよりも更に小さな声で、ボソリと呟くのがやっとこさ。

 しかしそんな不安な想いは、気持ちは、言葉は、誰よりも目の前の小悪魔が最も聞きたくない事。



「ウソ、だよリオ……ちゅっ♪ 大好き」



 すぐに不安を振り払い、気持ちを受け止め、優しく微笑み、頬へと口付けて否定する。

 そしてそんな茶番を繰り広げている間、リオがどうしようか考えている間、リオの頬にキスした瞬間、エーヴィヒカイトはリオの右手からカードを抜き取った。



「あっ!?」



 ここまで来れば、いくら子供だって小悪魔の思惑を理解する。

 気付いて声を上げた時には手遅れで、カードはエーヴィヒカイトの中にスゥーっと入り込み消えてしまった。



「ゴメンね? でもこうでもしないとさ、ボクをディスタンスに戻さないでしょ?」



 再び契約はフュージョンからディスタンスへ。エーヴィヒカイトは満足そうに身体を離すと悪びれもせずに軽く頭を下げる。


 だが、だからと言って下僕を責める事はできない。

 ディスタンスの契約ではマスターが死ぬと自動的に下僕も心中してしまうから、リオは機会が有れば契約をフュージョンかビームに変えたいと考えていた。



「ボクを助けたいって思ってくれるのは嬉しいけど……ダメだよ、それはダメ。一緒に死なないと、リオを地獄に連れて行けないじゃん」



 それでも、エーヴィヒカイトはディスタンスを選ぶ。これは願い……初めて契約した時に望んだ二つの願いの内の一つ、『リオを地獄に連れて行く』。

 誠心誠意尽くす代わりに、真心込めて尽くす代わりに、死んだ後は天国へ行かせない。


 リオの魂は、リオの身体は、カイーナよりも、トロメアよりも、ジュデッカよりも地の底の底。第四地獄より底の深淵までエーヴィヒカイトが連行し、そこでそれからの永遠と呼べる時間を共に過ごすのだ。



「はぁっ、ケンカはもう良いかな? そろそろ本気で覚悟を決めて、本気で気合いを入れて、本気で……戦って貰うんだけど?」



 しかし、そんな主従関係の約束事など、少女達にしたら知ったこっちゃない。

 あからさまに大きく溜め息を吐いて二人を睨むと、右手の人差し指をクイクイ折り曲げて早くしろと催促する。



「ふ、ふぅっ、でぃしゅみるは強いでし。四大元素を操る『ミリオンダラー』って技に、それに、それにでしゅね……悪魔、たぶんお前は戦う事もできないでしゅ」



 アリスの指クイを見てカッコいいと思ったイルマも、咄嗟に溜め息を吐き指をクイクイさせて言葉を繋げ……

 更にそれを見たアリスはパコンとイルマの頭を叩くと、さっきよりも深い溜め息を吐いて腕組みをするのだった。



「あっ? なんだそりゃ?」



 そんな少女達の警告も、悪魔は鼻で笑い飛ばす。

 ゆっくり振り返って首をコキコキと鳴らし、一秒後、一秒後に開始のゴングが響いても問題ない……それぐらいに全身の気を張り詰めらせ、ドス黒い魔力を隠さず滲ませている。



「とにかく、ディスミルに勝てる可能性を探すなら、そのマスターが勿体ぶって未だに召喚しない、『七枚目のカード』しか無いって事よ」



 アリスはエーヴィヒカイトの疑問には敢えてはぐらかし答えず、背を向けると先ほど示した民家へ歩き出し……

 イルマも叩かれた自身の頭をさすりながら、暗闇の道を同様に真っ直ぐ歩き出した。



「ん~っと……勿体ぶってるんじゃないんだけどね。それでも……うん、勝てるよ。僕は、お人形さん(ドーリィ)に、勝つ!!」



 ディスミルの技を聞いた。ディスミルの能力を知った。ディスミルのスペックを分かりやすく教えて貰った。


 だけれどもリアクションは「ふ~ん、そうなんだぁ」で終わり。反応が薄い、でもない。少ない、でもない。妥当。


 リオは怖さを感じる器官が『故障』しているから、『イカれて』いるから、どんな反応をして良いか分からないから、当たり障りの無いリアクションになる。

 したがってこの場合、「ディスミルと戦って勝って欲しい」……それを求められたから、深く考えずに「勝つ」、と答えた。他に意味はない。



「ディスミル、よ。ここから先、ドーリィは禁句。無駄に怒らせたって良い事はないでしょ?」


「どうして……とか聞くんじゃないでしゅよ? 省いてたけど説明がめんどくせーんでしゅ」



 これが、これがリオと、エーヴィヒカイトと、アリスと、イルマの、平和と言える最後のやりとり。

 リオが必勝を宣言して胸を張り、エーヴィヒカイトはその後ろに位置を変えて腕を回し抱き着き、アリスは僅かに先の民家の前でドアノブを掴み、イルマはその隣でぺったんな胸を張り返す。



「じゃ、覚悟は決めたね? この扉を開けたらマジックトラップが発動して、ディスミルの場所まで自動的に転送されるから」



 ギィィ。錆び付いた重い音を響かせて、玄関に当たる部分の扉が開く。

 いざ、戦いの地へ。いざ、ディスミルの元へ。



「魅せてやれよリオ、見せてやれよマスター、その知識で、その力で、どうして唯の一度も負けて来なかったのかさ」



 

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