君たちはまだ知らない
「本気かい? その刀は人気がないから売れ残っているんだぜ? 」
ノックスが疑わしそうに駿河を見る。確かにその刀は大抵のボス戦にも耐えうるだけの物理攻撃力をもってはいるが、属性攻撃がない分扱いにくいことは容易に想像できる。
「駿河さん、流石にそれは…… 」
ユーヤも自分の経験上その刀を薦めることは出来なかった。しかし駿河はそんな二人の言葉を一笑に伏した。
「あほぬかせ、それはお前さんらが『正しい切り方』を知らんだけじゃよ。まぁ知っていたら知っていたで問題なのだがな」
そう言うと駿河はノックスの制止を振り切って白鞘の太刀を袴の内側に巻いた角帯に差し、試し切り用の小さな空間へと歩み出た。当然店内のプレイヤーはその刀が何であるかを一目で察し、あっという間に人だかりが出来上がった。
「あれ、傲慢の竜の太刀だよな? 」
「あんな攻撃力ガン振りの刀使いにくくてしょうがないのに…… 」
観衆は皆口を揃えてそう言った。そして再びちゃんと駿河のステータスを見たユーヤは驚いた。
「レベルが上がってる…… 」
それもそのはずだった。レベルが20以上も上のプレイヤーを10人以上倒したのだからレベルが上がるのも仕方がない。それでもレベルは71、恐らく巻き藁を切った分だろうと理解した。
「今から面白いものをお見せしよう。店主、この店で『これぞ』という名刀はあるかい? 」
「あるにはあるよ、あれだ」
ノックスが指差した方を見て観衆は一斉に声を上げた。「神刀アメノハバキリ」、過去最高難易度のボス『黄泉の王:閻魔』を倒した際の特別報酬である。ドロップ確率の低さからほとんど入手出来ず、閻魔の降臨も終了したため恐らく最後の一本なのだろう事は誰もが理解できた。
「あれか、ちゅうことは数打ちか」
「数打ち? 」
その場にいた全員が同じ事を口に出した。すると駿河はとんでもない一言を口にした。
「複数落ちるっちゅう事は量産品じゃろ? 大したことないのぉ」
「!!!! 」
目が点にならざるを得なかった。最高難度の入手武器を「量産品」と片付けてしまったのだからその驚きはいかばかりか理解できるだろう。
「人が打った刀の方が信用できる。その証拠をお見せしよう 」
巻き藁に向かい合う駿河、その構えを見てユーヤは次の瞬間起こることを容易に想像できた。
「ほれ、この通り」
全員の口があんぐりと開かれたまま停止した。「抜刀が見えない」どころか「自分達では無理なレベルの切り口」で藁が両断されているのだから当たり前といえば当たり前の事ではある。
「では、次はこっちをやってみるかの」
駿河はウエストポーチ状のマジックバッグから竹を二本取り出した。片方はちょうど駿河の腰の高さほどの長めの竹、もう一本は節間一つ分程度の短い竹である。
「そしてだ、ネットを用意して…… 」
続けざまにネットとポールを取り出し試し切りコーナの外周にネットをかけ始めた。あまりに突拍子過ぎる行為に誰もついていけなかった。
「これでよし、そしたらば軽く据物斬りの基礎の基礎を伝授するとしようか」
そして駿河はあらかじめ出しておいた竹の長い方を床に立て、その上にまだ青々としている短い方の竹を置いた。それを見て観衆は揃って呆れた表情を見せた。駿河のしていることが分からないから仕方がないし、観衆も大半が呆れている。
「あれを切るの? 」
「え? いや、無理だろ」
確かに無理があった。台が付いているわけでもなくただ置かれただけで、たとえ剣を振り下ろしたとして竹に接触した瞬間に衝撃で竹が飛んで行くのは予想できる。なのに「切る」とはどういう事か、何の冗談だと呆れをこらえていた観衆が笑いだした。
「無理と言ったな? その言葉忘れるなよ。その上でそこで見とれよ」
「無理だ」と言い放ったナイト系のプレイヤーを睨み付け、今度はゆっくりと太刀を抜刀して中段に構えた。流れるように上段に振りかぶりながらも駿河は話を止めない。
「本来、台で固定された物を切ることなど実戦の場においては皆無」
太刀を振り下ろしたが、竹はネットのどこにも接触しない。静かに下の竹が倒れた。
「だから本来、その場に据えるだけ。だから『据物斬り』な訳よ」
駿河の足元を見て、誰もが驚いた。なぜなら短い方の竹が『切られて二つになって』落ちていたからだ。
「え、いやチートでしょ? 」
ナイトが思わず声を上げた。この世界では『固定されていない物を斬る』ためのスキルなど存在しない。チートと認識されるのも仕方がないことである。しかしその場の誰もチート使用時に発生するエフェクトのズレやステータスの誤植などが確認できない限りこれは『駿河自身の技術』であるのは明白であった。
「だったらわしがどんなチートを使ったのか当ててみなさいな」
ナイトが黙った。勿論チートではないのだから反論も出来ない。
「ほ、ほら課金スキルだよ課金! 」
「馬鹿にしとるんか貴様」
観衆が一気に静かになった。明らかに格下だと思っていた相手が自分達に出来ないことを平然とやってのける事に驚いたのか、それとも駿河の身体から溢れる『人間としての』オーラに気付いたのかは分からない。
「じゃあどういう原理か説明しろよ!! 」
「じゃから据物斬りの基礎を解説すると言ったのが聞こえんかったか? 」
更に怒りを込めながら駿河がナイトを睨み付ける。ユーヤはその目が『リンを釘付けにしたあの視線』であることに気が付いた。その野獣に近い眼差しは人を無力にしてしまう力があることはその場にいた誰もが感じられた。
「これが殺気…… 」
確かに眼光が鋭く、非常に厳格な空気を纏った師範の面々をユーヤは10人以上挙げられた。だが目線だけで命の危機を感じるレベルの殺気を放てる者はその内一人もいない。
「さて、そろそろ解説してもええか? 」
駿河が太刀を納めてノックスに太刀を返した。いまいち状況が理解できないままノックスはその刀を恭しく受け取った。声を上げるものは一人もいない。
「ユーヤさん、それに決めた。勘定頼みます」
「は、はい! 」
すぐにノックスに代金を支払い刀を受け取った。今から駿河の語ることを聞き逃したくなかったからだ。
「見て聞いたからと言って出来るものではない。下手な猿真似はせず、習いたければ我が『天元撫心流』の門を叩かれよ」
好奇心からか恐怖からか、駿河に反論する者はいなかった。