異常事態
公式システムブックも同時連載していきますので、分からないことがありましたらそちらに飛んでいただくようお願いします。
「どうしたもないっすよ! レベル60がレベル80を倒したんです! 」
リンが必死に説明しようとするが、ユーヤと斬月にはリンの言っていることが理解できなかった。
「いや、無理だろ」
理論的には10程度のレベル差ならばスキルの使い方やアイテムによって埋めることも出来る。しかしレベルが20も開くとそうはいかないのだ。思わずユーヤが笑うと、リンが顔を真っ赤にして叫んだ。
「だってこの目で見たんです! 信じて下さいよぉ…… 」
「どうせステータス隠蔽スキルだ。ほっときなさい」
斬月が諭そうとするもリンは斬月の手を振り払った。
「いいからマスターも斬月さんも来て下さい!! かなり面倒な事になってるんですって!! 」
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「おいおい…… 」
秋葉原の街を抜けた所にある広大な平原の入り口に到着したユーヤたちは驚かざるを得なかった。エリアの端を木々が覆う和やかな風景にはあまりにも不釣り合いな光景がそこにあったのだ。
とてもではないが初心者には手が出せない高ランクの防具を纏い、最上級ボスの素材で作ったであろう武器を手にしたプレイヤーが7人、防具の「ぼ」の字も見当たらない格好をした男にねじ伏せられている。アイテム使用の形跡もなく、男は間違いなくレベルは62である。
「信じられん…… まさかチートか? 」
これには斬月も驚いた様子だった。上級プレイヤーとしてこのゲームを長年やってきてもこれほどの事態はなかったようだ。なんと言っても袴に胴着という男の格好が更に目を引いた。種族はヒューマンだと分かるが本人の趣味なのかはたまたリアルに合わせているのか相当年季が入った外見をしている。
「一応注意はしておくか」
「そうですね。すまん、少しどいてくれ」
ユーヤと斬月がすでにその戦闘を取り囲む様にしていた人の群れに割って入る。ユーヤの銀色に整えられた甲冑を見て、人々は一斉に道を作った。
「あいつ、銀狼だよな? 」
「えぇ、何をしようっていうのかしら…… 」
前回のランクマッチの際に話題になったこともあり、その装備の色からユーヤは巷から『銀狼』と呼ばれている。野次馬の声でユーヤの存在に気付いたのか、男はこちらに振り向いた。
「どなた? 」
「俺はギルド『探求者の集い』のマスター、ユーヤだ。こっちはサブマスターの斬月だ」
「おぉ! これはどうも」
男はおもむろに相手を踏みつけていた足をのけてユーヤに向き直った。
「これはどうも、私は駿河、駿河 孝一と申します。以後よろしゅう」
男がいきなり頭を下げる。見るからに悪いというわけでは無さそうだ。
「一つ良いかい駿河さん」
斬月がユーヤを押し退けて前に出る。古参プレイヤーとしてはこの事態が相当深刻らしい。
「どうやってこれだけの最高ランクプレイヤーを倒したんです? あなた、まだレベル62なんでしょ? 」
「うん? 」と駿河は後ろで伸びている相手の一人を叩き起こした。
「君らはあれかい? 個のゲームでは最上位のプレイヤーさんなのかい? 」
「あ、あぁ…… 」
相手が恐怖にひきつった顔で首を縦に振ると、駿河は握っていた相手の襟首を放り投げた。
「弱者に手ぇ上げたんかこの愚か者がぁ!! 」
高く投げられた相手が宙に舞ったその瞬間、駿河が刀に手をかけた。
「え? 」
その光景は流石のユーヤも驚いた。抜刀の瞬間が見えなかったのだ。風切り音一つ立つこともなく、気付けば敵は空中で二つに分かれ、ポリゴンエフェクトを残して霧散した。芝生が続く地面に残った刃の跡が斬撃の威力を物語っていた。
「おいおい…… 」
見えないほど速い抜刀、それはこのゲーム内においてはレベル65以上の『サムライ』系ジョブのプレイヤーが手に入れられるスキル『閃光』だけで、まだレベル62である駿河に使えるはずもない。
「チーターですか? 」
たった一度の斬撃で相手が真っ二つになるスキルはこのゲームには存在しない。それが起きる可能性は一つ、『システム書き換えによる攻撃力の異常上昇』だけである。
「はぁ? 俺はただいつも通り抜いて切っただけなんだが…… 」
その時、駿河が握っていた刀が折れた。それには流石の野次馬たちも声が出なかった。次の瞬間、斬月が拳を握り締めた。
「無茶苦茶過ぎるだろうが! 何で武器の耐久力が一撃でゼロになるんだよぉ!! 」
唾を飛ばしながら激怒する。最上位ボスを撃破しても武器の耐久力がゼロになることなど滅多にない。いかにレベルが20も上の相手を7人切った程度で刀が折れるなど聞いたこともなかった。
「そりゃああれだ、この刀は鋼が悪いからだ。鍛冶師の腕がわるいんじゃろな」
駿河は斬月の怒りをどこ吹く風で受け流して刀の柄をぶん投げた。投げた柄は最後の一人であるエルフのアーチャーの眉間に直撃して砕け散った。
これには流石のユーヤも許せなかった。プレイヤー同士の戦闘で死んだ場合はその所持品の全てを奪われる。身に付けていた防具や武器もその対象なのだ。
「駿河さん、あなたどんなチートを使ってスキルを使ってるんです? 」
「おいおい待ってくれ、スキルなど一度も…… 」
「問答無用!! 」
刀に手をかける。同じサムライ系ジョブの使い手の中でもユーヤの『閃光』は最上位の速度を誇り、視認は出来ないレベルに達している。感覚を鋭くするスキルを使えばいざ知らず、これには手が出せないだろうと思ったその時だった。
「動きが堅すぎる、それでは包丁すら腰から抜けぬわ馬鹿者が」
柄を押し出そうとするが全く動かない。それどころか駿河は2m近い間合いを詰めてユーヤの目の前にいる。いくら遮蔽物があったとしてもこんな速度は出せないことは誰から見ても明らかである。
「なっ!? 」
駿河の左手がユーヤの刀の柄頭を押さえている。それもあり得ない程の力で。
「こいつっ! 」
「むぅん!! 」
押さえた柄頭を駿河が引っ張ると、当然ユーヤは前につんのめる形で倒れ込む。駿河は左手で押さえたユーヤの刀の柄を右手に持ち替え、腰の捻りを効かせながら全力で膝蹴りを放った。防御の術もなく直撃した蹴りはユーヤの顔面を撃ち抜く。
「ガッ…… 」
いかに防御力を上げようと、対プレイヤー戦闘で顔面と急所に受けた攻撃はヒットすれば無条件で相手を一定時間行動不能にしてしまう。ユーヤも完全にうずくまってうめき声を上げるしかなかった。
「おいおい、たった一撃でお陀仏かいな、偉くやっすいレベル85やのぉ」
とっさに斬月が弓を引く。流石に駿河が走って詰められる間合いではない。
「くたばれチーターがぁ! 」
駿河が斬月の方を見ると同時に矢が放たれる。矢は一直線に駿河に向かって飛んでいった…… はずだった。
「トォォ!! 」
なんと、服の下に仕込んであった籠手の湾曲を使って駿河は『矢を弾いた』のだ。最初は何をされたか分からずに斬月も呆然とした。
「は? 」
斬月の思考が回復した瞬間、駿河はすでに斬月の懐へと迫っていた。
「外れたらすぐに矢をつがえんかい!! 」
再び、いつ加速したかも分からない踏み込みで駿河はあっという間に間合いを詰める。そして見事な釣り金、『股間蹴り』をお見舞いした。
「ゴォォ…… 」
斬月もその場に転がった。そして、駿河の異常さに気付いた。
「何でスキルの発動モーションがない……っ!?、 まさか…… 」
そこまで言ったところで追い討ちの蹴りを入れられて斬月が完全に動かなくなった。一拍遅れてリンも急いで構えるが、駿河が睨み付けるとすぐに腰が抜けてしまう。一方の駿河は最上級プレイヤーを10人も相手したというのに全くといっていいほどに表情は無のまま変わらない。
「女子に手を出したくない。そこで大人しくしといてくれるか? 」
リンが崩れ落ちた理由はその『目』にあった。その視線は今までのどのプレイヤー、どんなモンスターからも感じられない程の殺気が込められており、少しでも目が会えば魂が吸われるような迫力がある。
「で、でも…… 」
リンがしゃくりあげながら這いずるが、駿河はその前に立ちはだかり、あっという間に懐から手頃な紐を取り出し、リンの両腕を縛り上げた。その縛り方は関節を捉えつつ胴体に巻き付く特殊な結び方で、上半身を縛られただけなのにリンは立ち上がる事が出来なかった。
「ほれ。手荒な真似はしたくないからこれで大人しくしといてくんろ」
いつの間にか増えていたギャラリーからは一言の歓声も悲鳴も上がらなかった。むしろ目の前の状況が分からずに困惑しているといった様子である。
「なんだよこのおっさん…… 」
「え? チートの痕跡がないんだけど…… ヤバくない? 」
観客達からも感嘆というよりかは底知れぬ恐怖の方がより強く感じられた。しかし、その強さや恐ろしさがスキルによるものではない以上、大手を振って『チートの使用』とも断言出来ない、正しく『正体不明』だった。
「さて、貴様ら…… 」
ようやく拘束が解けて立ち上がったユーヤに駿河が再度突進をかける。
「人に刃を向けた以上は己の死を覚悟しておろうな? 」
ユーヤが慌てて構え直すが、それよりも速く駿河が腰を落としてユーヤの間合いに滑り込み、アッパーカット気味に籠手で殴り付ける。見事に脇腹にヒットした打撃はユーヤの鎧を歪ませ、駿河が身に付けていた籠手を木端微塵に砕いた。
「ウゥ…… ガ…… 」
二度も正確な急所への攻撃。しかも表示されている職業がサムライ系統なのに二発とも『打撃』での攻撃、ユーヤたちはこの男がもはやプレイヤーすらどうかすら分からなかった。
「他人に容易く武器を向けるその腐った性根、復活のついでに神殿で反省せい」
予想外過ぎる拳打に驚き取り落としたユーヤの刀を拾い上げ、駿河は上段の構えを取った。




