因縁の竜
ゆっくりゆっくり更新ですー
今回、ちょっと長めに書いたので、さらにゆっくりになるかもしれませぬ
※ ※ ※
しんしんと雪が降る。
白く、淡く、穢れのない雪。肌に触れると、それはまるで、魔法のように溶けてなくなってしまう。
家々の屋根に降り積もったそれは、幻想的な景色の対価に、この地の温度を奪っているようだった。
「寒い! なんなのだこの雪は! ここは元々、南国だったはずだろう!」
「えへぇ~、だ~か~ら~。これが冬の大雪なんらよ~」
「おい、小娘。貴様、酒を飲んでいるな?」
「えへへぇ~、そーらよー。あったかくて~、きもちいいんら~」
「まったく…。そこらで寝るんじゃないぞ」
急に、ミーシャの表情が変わった。
緩み切った頬は、きゅっと引き締まり、なにかに驚いているようだ。
「ええ!? フォルティスが、私の心配をしてくれた!?」
一瞬の静寂。
舞い落ちる雪だけが、時間の流れをあわらしている。
「……心配などしておらん」
「ええー? 本当ー?」
「本当だ。我が人間の心配などするものか。……馬鹿馬鹿しい」
「ふーん。てっきり、町の子供たちからポンチョをプレゼントされたから、機嫌がいいのかと思ったわ」
「……」
我の体には、真っ赤なポンチョが着せられていた。
なんでも、町の子供たちが寄り集まって作ったらしい。
こんな物は、なんの防御力にも貢献しない上に、動きづらくてしかたがないのだが……、ミツハノメから受けた傷が冷えるので、仕方なく着てやっているのだ。
仕方なくだ。傷が、冷えるからだ!
「ちょ、ちょっと。そんなに睨みつけなくてもいいじゃない。フォルティスってば、本当に素直じゃないんだから」
「我はいつだって素直だ」
「自分に、でしょ」
「うむぅ……」
ミーシャめ、初めて会ったときは泣いて命乞いをしていたというのに……。
我が恐ろしき竜だということを知らしめてやろうか。
…………またにするか。今日は、寒い。
その時、我の頭に、ずぅんと重圧がかかるような感覚がした。
これは……。
「……今日は何もないようだ。我は帰る」
「え? ずいぶんと急ね? いつもだったら、日が暮れるまでいるのに」
「寒い」
「あら、そう……」
我は、適当な返事を返した後、翼を広げた。
まだふさがったばかりの傷が、突っ張るような感覚がする。あの子龍め、なかなか手ひどいダメージを残してくれたものだ。
「……ねぇ、フォルティス」
ふと、足元に立つミーシャを見た。
ずんぐりとした白いコートを着込んだこの小娘は、まるでスノーマンだな。
「なんだ?」
「嘘……、ついてないよね? 洞窟に戻るんだよね?」
「もちろんだ」
「そう……、なら、いいの」
変なところで鋭いな。
だが、今回は、我一匹でいかなければならん。
我ですら、死ぬかもしれないのだから……。
「さらばだ。……ミーシャ」
「へ?」
我は、羽ばたき、暗く淀んだ空へと飛びあがった。
目指すは、北の地の竜。
奴の名は、……氷塊竜ジェド!!
※ ※ ※
一寸先も見えぬ猛吹雪。白いはずの雪は、まるで暗闇の粒子のように視界を遮っている。
北の山の、少し開けた台地。そこに、奴はいた。
「おお、久しぶりじゃのぉ。フォルティスか」
「ジェド! 貴様、いったいなぜこの地に来たのだ!?」
俺の視線の先には、一匹の老竜がいた。我よりも遥かに年老いたその竜は、白い、毛長の体毛に覆われ、地面を掃くようにのそのそと雪原を歩いている。
「儂がこの地に来た理由じゃと? ふん、そんなこともわからんとは、お主もまだまだ未熟者よ」
「理由など、もはやどうでもいい。即刻この地をされ」
「ずいぶんな言い草じゃのぉ。まぁそれも仕方がないか。なんせ儂は、お主の妻を殺した張本人なんじゃから」
ずきん、と、頭が痛くなる。
かつて、我はこの地で一匹の竜と恋に落ちた。
名は、石化竜ラーミア。ラーミアは、岩石を糧とする竜で、見たものを石に変える力を持っていた。
岩を吐く竜と石にする竜。中が深まるのは、自然なことだった。
なにより、彼女は、美しく、気高かったのだ。
しかし、ある冬の日。寒さをしのぐために、互いによりそいあっていた我らに、一匹の竜が襲い掛かってきた。
それが、今我の目の前にいる竜。ジェドだ。
ジェドは、突如我らに攻撃してきた。ただ、強さを追い求める浅ましい精神は、いともたやすく我の半身たるラーミアを……殺したのだ。
ジェドの目的は、強い竜の血肉を喰らうこと。そうすることで、己自身が強くなると信じているのだ。
我は、ジェドと戦った。そして、引き分けた。
重傷を負った我は、傷と、悲しみを癒すために、洞窟に住むようになったのだ。
体は癒えたが、この胸に残る憎しみだけは、今もまだ燃えている。
しかし、
「ジェド! 俺は貴様を、今でも憎んでいる。だがしかし! 貴様が、すぐにこの地を離れるというのなら、手出しはしない」
「ほ? どういう風の吹き回しかのぉ? てっきり、儂を殺したくて殺したくて仕方がないと思っておったのじゃが」
「確かに、憎い。だが、憎しみに溺れるのは恥だ! 我には、成さねばならぬことができてしまった。我にちょっかいをかけに来ただけであれば、すぐに去れ!」
ジェドは、長い首をのそりと持ち上げ、天を仰いだ。
「なんじゃぁ、つまらんのぉ。じゃがの、目的はお主ではない。儂は、お主よりもよほど面白そうな気配を感じてここに来たんじゃよ」
「面白そうな気配……だと?」
「うむ、感じぬか? この空にある、巨大な力の塊を。それはもうすぐやってくる。そして、それを喰らうのが、儂の目的じゃ」
「力の……塊……」
空を見るが、そこには、分厚く張った雲しかない。我には、力の塊など、感じぬ。
「世界中の竜が、この地を目指して移動を開始しておる。この力を感じ取った者もおれば、本能で向かってくる者もおるじゃろう。まぁ、力なき竜からすれば、逆にこの地から離れようとするかもしれんがの」
「……インティやミツハノメがここに来ていたのは、その力とやらが原因だとでも?」
「さーぁのー。他の竜のことは知らん。ふぅ、それにしても、小腹が空いたのぉ。メインディッシュの前のオードブルでも、いただくとしようかのぉ!」
ジェドの周りに、鋭いつららが浮かび上がった。
そして、切っ先をこちらにむけて、まっすぐに飛んでくる。
「小癪な!」
飛んでくるつららに、我は岩を吐き出して、ぶつけた。
甲高い音を響かせながら、空と陸の間で、煌く氷の結晶と、くすんだ岩の欠片が舞い散った。
「遅いわ」
「っつ!?」
気が付いたら、目の前にジェドがいた。まさか……、自分の放ったつららよりはやくこっちに移動したというのか!?
そう思った刹那、我は腹に、凄まじい衝撃を感じ、後方へと吹き飛ばされる。
「ぬあああああああ!? ふん!」
なんとか体を捻り、衝撃から逃れ、地上に落下した。
しかし、またもや目の前にはジェド。
「バカな!? 早すぎる!?」
「主が遅いんじゃろ。どんくさい、岩の竜よ」
ジェドの、氷の刃のような爪が、我の翼を貫いた。
ミツハノメにやられた傷が、まだ治りきっていなかったか……。
翼を貫かれた痛みと、凍るような冷たさが、傷口に広がっていく。
「このまま、お主を氷像にしてやろう。そして、この世の終わりまで、冷たき雪の中ですごすがよい!」
翼から、徐々に体が凍りついていく。
我は、死ぬのか?
この何もない、ただただ白い雪に包まれながら。
時の止まった世界を、この先ずっと、過ごしていくのか?
あまりの力の差に、半ばあきらめかけた時、それは起こった。
ズドォォォォオオオオオオオン!
「なんだ!?」
とびそうだった意識は、再び体に戻る。
そして、目の前のジェドが、まるで水のように……溶けた。
「次弾装填まだかああああ!?」
「準備できました!」
「ってええええええええええ! 我らが守護竜を守るのだああああ!」
あれは……、町の人間どもか!?
なぜ、あんなところに?
我の視線の先。先ほど、ジェドと遭遇した地点に、赤い爆炎がいくつも上がった。
「フォルティス!! 本体はこっちよ!」
ミーシャの声が聞こえた。我が、竜だからこそ聞こえるものの、普通この吹雪の中で聞こえるとは思わんだろう……。
それとも、あの小娘は、我なら聞こえるとわかっていたのだろうか?
なんにせよ、ようやく合点がいった。
我は、痛む翼を広げ、上空へと舞い上がる。そして、そのまま滑空するように、人間たちの元へと向かった。
「小うるさい人間共め! 儂の邪魔をするな!」
ジェドが、人間達に向かって、氷を放とうとしていた。
いかん、間に合わん!!
「私たちはあきらめない! 私たちの土地は、フォルティスと一緒に守るの!」
ミーシャの声が聞こえた。
そして、放たれる一発の砲弾。
砲弾は、ジェドの胸に直撃した。
あんなものでは、、到底、奴にダメージを与えられるはずがない! そう思ったが、予想外なことに、ジェドはよろめき、氷を放つのをやめた。
「なるほど! そういうことか!」
我は、進路を変更し、人間共のいるところに着地した。
そして、砲弾の入った木箱をつかみ、中に入っている弾を全てのみこんだ。
「ふぉ、フォルティス!? なにしてるの!?」
「ふぉんふぁいなふぃ」
「何言っているかわからないよ!」
「……ごくん。問題ない。これで、我の勝ちだ」
我は、ジェドに向き直った。
「ふぉっふぉ、勝ちじゃと? お主は、儂に近づくことなく死にゆく定めよ」
「そんなに、近づかれるのが恐いのか?」
「……なに?」
「貴様の弱点は、わかった。火だろう? 貴様の体は、常に冷えていなければ生きていけない。違うか?」
「……ふん。その通り。そして、今、お主は砲弾を喰らった。それを、岩とともに儂にぶつければ、おそらく儂は死ぬじゃろうな」
「ずいぶんと素直だな」
「当然じゃろう。お主は、儂に、近づくことさえできないんじゃから」
ジェドがそういった直後、奴の周りに、何体ものジェドがあらわれた。
いや、実際には、ジェドではなく、氷で作った偽物だ。
先ほどから、目の前に出現していたジェドは、皆偽物だったのだ!
「ふん、まがい物の壁か」
「さあ、これをどう突破する?」
「決まっている! 我は彗星竜フォルティス! 星は、まっすぐにしか流れんのだ!」
「えええええ、ちょっとフォルティス、本気!?」
ミーシャの悲鳴にもにた叫び声が聞こえた。
当然だ。我はこの方法しか知らん。そして、この方法以外、いらん!
「ゆくぞ!!!」
我は、地を蹴り、駆け出した。
「愚か者めが! 死に急ぐというのなら、それも良し!」
ジェド達は、一斉に鋭い氷の槍を吐き出した。
ミツハノメほどの貫通力はないが、次々と我の体に突き刺さっていく。
そして、突き刺さった部分から徐々に体が凍り始めていた。
「なぜだ! なぜとまらないんじゃあああ!?」
我は決して止まらなかった。
軋む四肢を懸命に動かし、瞳はまっすぐにジェドを見つめている。
痛みは、ない。
感覚もない。
あるのは、後ろにいるおせっかいな、人間共を守るという、信念のみ!!
不思議と、胸の奥が熱くなった。
ラーミアの、笑い声が、聞こえた気がした。
「ぐうううう! 放せ! 放さんかあああああ!!」
気がつくと、我は、ジェドの頭をがっしりとつかんでいた。
我は、凍りついて、うまく開けない口を、ゆっくりと開いた。
「よ、よせ、やめろおおおおおおお!!」
「おわりだ。ジェド!!!」
我の口から、真っ赤な光線が放たれ、ジェドの頭を焼いた。
「ああああああああああ!」
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」
暴れまわるジェド。
我の体に、さらに突き刺さる槍。
しかし、もはや、奴に我を止めるすべはなく。やがて、互いの攻撃は止み、二匹の竜は、柔らかな雪の上に倒れた。
「うぅ……」
意識が飛び誘うな中、ジェドのうめき声が聞こえる。
奴は、顔を真っ赤にただれさせて、こちらを睨みつけていた。
「み……ご、と。儂の……負け……じゃ」
「ふん……。引き分けだ……、我も……死ぬ」
「ふは……主には……救い、救われる者達がおる! お主がどこまで行けるか! あの世でしかと見届けよう!」
ジェドは、全身を震わせながら、立ち上がった。
そして、自分自身に、冷気を纏わせる。奴の体は、徐々に凍り始めていた。
「儂は、永遠を手に入れる! 儂が、この世にいたという事実! それを永遠のものに!」
「ジェ……ド……」
ジェドは、死んだ。自分を氷漬けにして。
これが、奴の望んだ永遠なのだろうか? それは、わからない。
だがしかし、威風堂々たるその氷像は、心を滾らせる何かを感じさせた。
まるで、『ここにジェドあり』と、言っているかのようだ。
そう思いつつ、我の意識は、暗闇に落ちていった。
※ ※ ※
ーーーー数週間後。
「おい、なんだこれは」
「これは、靴下よ! それと帽子!」
我は、生きていた。
あの後、人間共に引きずられ、再び町まで連れてこられ、治療されたのだ。
まさか、あの状況から生還できるとは思っていなかった。
「なぜ、こんなものを着なければならん! 動きづらいではないか!」
「だって、フォルティスったら、全身の鱗がはげちゃって、今はつるつるでしょ? なにか着ないと、痛いじゃない!」
「むうぅ……。しかし、これは……」
我の凍りついた鱗は、丁寧に剥がさ、今は、白い素肌が丸見えの状態だった。
というのも、治療した人間共によると、ジェドの氷は解けることがなく、鱗事はがさざるをえなかったというのだ。
こんな生き恥をさらすくらいならば、死んだ方がマシだ……。そいった翌日から、ミーシャ達が何か縫物をはじめ、そしてできたのがこの帽子と靴下というわけだ。
前にもらったポンチョも、戦いによってボロボロになってしまったので、再び作り直しているらしいのだが……。
「なぜ、こんなに装飾品をつけているのだ!? 無駄ではないか!」
「そんなことないわよ! あなたは、この町の象徴なのよ!? これくらい派手じゃないと、示しがつかないわ!」
そういってもだな……。ピンクやら黄色やら、いろんな宝石をつけた服など、着たくないのだが……。
どうせなら、もっと武骨な、鎧でも作ってくれればいいものを……。
……いや、それよりも、この娘、今何と言った?
「我が……象徴?」
「ええ、あなたは、この町の守護神! いえ、守護竜なのよ! そう決めたの!」
「誰がだ?」
「私よ!」
我は深いため息をついた。
「な、なんでため息をつくのよ!」
「別に、なんでもない。我をどう扱おうと好きにしろ」
「なら、今度こそ本当に決まりね!」
ミーシャは、我のつま先にすとんと座った。
こんなにも小さき者の癖に、なんとも大胆な娘だ。
「ところで、なぜ、我が洞窟にいないとわかった?」
「あなたが、私の名前を呼んだからよ。普段は小娘としか呼ばないのに、怪しすぎだわ」
なるほどな。これは、迂闊だった。
……いや、もしかしたら、我は気がついてほしかったのだろうか。
強大な敵に向かうのが、ほんの少し、心細かったのだろうか。
この者達には、またしても助けられてしまった。二度も助けられては、感謝せざるをえない、か。
「ミーシャよ。……ありがとう」
「……へ? えええええええええ!? フォルティスが、お礼を言ったああああああ!」
ミーシャは、驚きの声を上げた後、町の中へ走り去っていった。
しきりに、『フォルティスが! フォルティスが!』と、叫びながら。
……実に、やかましい娘だ。
空は晴れ渡り、暖かい陽光が我の体を照らしつける。
今までは、鱗に阻まれていたが、太陽とはこんなにも、暖かかったのだな……。
穏やかな冬の日の午後、我は、町の広場で昼寝することにした。
ここは、我を受け入れてくれる。
そう、思いながら、眠りについたのだった。




