疑問の竜
すこしずーつかいていきますよー!
※ ※ ※
「お主が、この雨の原因か?」
雨の中、気配を察知した我は、東の空へと飛び立った。
東に行けば行くほど、横殴りの風と雨が襲い、背に乗っているミーシャは今にも滑り落ちてしまいそうだ。
ふと、雨の中に、一匹の青い子龍がいるのに気がついた。
細長い体に、二本の腕。東洋の竜、いや龍か。
「そうかもしれないし、違うかもしれない」
「なんだそれは、謎かけか?」
「僕は、この世界で死んだものを雨にして、また世界の流れの中に戻しているんだ。肉は大地に、魂は雨になるんだよ」
「そうか。しかし、毎年ここに来られると、困るのだ。死の雨が、洪水をおこし、さらに死を増やしてしまう」
「僕は、そうしないと生きていけないんだ。この雨は、僕の食事にもなっているから」
子龍は、悲しそうにうつむいた。
「だがしかし、せめてここではないどこかへ行ってくれないか?」
「嫌だよ。世界中が僕を嫌う。いつだって追い出されてしまう。もう、誰かに指図されるのはこりごりなんだ。どうしても追い出したいなら、力づくでやりなよ」
子龍は儚げな印象とは裏腹に、ずいぶんと好戦的なようだ。
年上として、躾けてやらねば。
そう思ったとき、一筋の光線が、我の視界に入った。
「ぐ!? があああああああああ!」
肩が、熱い。なにかが、我の肩を貫いた。
これは、圧縮された高圧の水、か?
「きゃあああああ!」
ミーシャが振り落とされ、泥の上にしぶきをあげて着地した。
「あいたた……。私は大丈夫ー! 気にしないで!」
……誰が心配などするものか。
「僕の名前は、水雲龍、ミツハノメ。かつては、泉を作っていた神にして、魂を喰らう龍。おじさんの体からも、真っ赤な泉を湧かせてあげるよ」
「なめるなよ小僧。だが、我に傷をつけたことだけは褒めてやろう」
「バカにしてるの?」
再び、高圧の水が飛んできた。
どうやら、雨に紛れて発射しているようで見えづらい。
ならば、
「やっぱりバカにしてる。そんな正面から突っ込んできたら、撃ってくださいって言ってるようなものじゃない」
「撃てばいい。だが、それで我が死ななければ、負けるのは貴様だ」
我は、手で顔をかばいながら、ミツハノメへと突っ込んでいった。
翼も、体も、そこら中に穴が開いて血が噴き出す。
熱い。体が熱い。
しかし、それでも、我の勢いは衰えることはなかった。
「なんで? どうして止まらないのさ!?」
「気合いだ!」
「そんなのって! 嘘でしょ!?」
我は、ミツハノメの首を掴み、ぐんぐん上昇していく。
「は、はなせ! はなせよ!」
手の中で暴れ、腕に巻きついたり、噛みついたりしてくるが、もはやそんなものは気にならなかった。
やがて、厚く、暗い雲を、抜けた。
「こ……れは……」
「太陽だ」
「はじめて……みた……」
「だろうな。お主の根性にはカビが生えとる。その目に焼きつけて、とっとと自分の国へ帰れ」
しばしの間、我らは太陽を眺めた。
不思議と、ミツハノメの瞳に、太陽の光が宿ったように感じた。
「あれは、僕の姉さんなんだ。でも、あの子は父さんと母さんが愛しあって生まれた子で、僕は母さんのいらない部分から生まれた子。痛い痛いと泣く母さんに、僕は何もしてあげられなかった。それが悔しくて、悲しくて」
「……子は、子だ」
「……ありがとう」
ミツハノメは、東の空へと帰っていった。
なんとか地上に降りるも、思った以上の出血で、視界が歪む。
「フォルティス! 大丈夫!?」
「寝れば、治る」
「嘘つかないで! ちょっと、フォルティス!? フォルティス!」
小うるさい娘だ……。
今、とても、眠いのだ……。
※ ※ ※
気がつくと、町の広場にいた。
翼や肩に巻かれている白い布はいったい?
「ああ、目が覚めたんだね」
「これはなんだ? 動きづらい」
「とっちゃだめだよ! それは包帯。血を止めるために巻いたんだ。それにしても、君をここまで運ぶのはすごく大変だったよ。急に雨がやんだと思ったら、全身泥だらけのミーシャが泣きながら走ってきたから何事かと思った」
「貴様等が、我を助けたのか? なぜ?」
「なぜって、君はこの町を救ってくれているじゃないか。そんな恩人を、みすみす死なせるわけにはいかないよ」
「ついこの間まで、我を殺そうとしていたのにか?」
「それとこれとは、話が別なのさ」
「わからん……」
なんなのだ、人間とは。
ついこの間まで殺しあっていたというのに。
なぜ、我に優しくする? そして、なぜ我は、嬉しいと感じているのだ。
なぜ。なぜ……。
「あ、ほら、ごらんよ」
ペテロが指さす方向を見ると、そこには七色の橋が渡っていた。
虹、か。見たのは、いつぶりだろうな。昔は橋の根元を探そうと飛び回ったものだが、ついぞ見つけることは叶わなかった。
だが、今はなぜだか、そんなことがどうでもよく思えていた。