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老いた竜

他の更新もあるので完結まで時間がかかるかもしれません!

書きたくなっちゃったので、勢いで書き始めてしまいました(笑)



「我が名は、彗星竜フォルティス! 愚かな人間どもよ! 我が彗星の吐息、とくと味わうがよい!」


 この洞窟に根づいて幾星霜。


 我は毎日、ここを訪れては、無惨に散っていく運命さだめの人間どもの相手をしてきた。


 時には、数百人の軍勢が押し寄せ、我は彗星のごとき岩石を放ち、奴らを散らす。


 またあるときは、数人の強い魔力を持った者共が寝首をかきにきたが、我の鋼の鱗は傷ひとつつくこともなく、頭からペロリといただいてやった。


 人間どもは、手を変え品を変え、我に挑戦してくるのだ。


 けれども、我の膨大な力は、奴らの矮小な策を軽々と踏み潰す。


 そして、日々、戦いに明け暮れていたら、気づけば自慢の黒髭は白くなり、かつては精悍だった眼は、まぶたが下がり、威厳の欠片もありはしない。


 黒く、艶やかだった鋼の鱗も、今ではすっかり萎びた茄子のような見た目だ。


 それでも、我は、我の命を狙う人間どもを蹴散らしていた。


 体が軋み、関節も痛くなってきたが、人間なんぞブレス一撃で昇天だ。




 そんなある日、我はふと疑問に思った。



 なぜ、我は人間と戦っているのだろう。


 そもそも、なぜ人間は我の命を狙うのだろう。


 日に日に膨張していく疑問に、ついに我は耐えきれなかった。


 その日も、数人の人間の雄と雌が、我に挑んできた。


 我は、一人を指で弾き、気絶させた後、残りを食った。


 戦いというにはあまりに一方的な、単なる食事を終えた我は、気絶した人間に、洞窟の奥の泉から手のひら一杯にすくった水をもって、頭にかけてやった。


「ぶわっぷ! お、溺れるううう!」

「落ちつけ」

「びゃあああ!? す、彗星竜!?」

「落ち着けといっているだろう」

「お、お願いだから食べないで! 私なんて胸も小さいし骨ばってて全然おいしくないんだから!」

「食わんから! もう落ち着けと言っているだろが!」

「しゃべったあああああ!」

「今更そこか!?」


 人間というのは、群れているときはここぞとばかりに強気なくせに、一匹になるとなんと脆弱なことか。


「あ、あわわ。み、みんなは……?」

「食った」

「びゃあああああ!」

「ええーい! うるさいわ泣くな! これでも食え!」

「これは?」

「人肉だ」

「びゃあああああああああああ!」


 この人間を残したのは間違いだっただろうか?


 だが、他の者と違い、この娘だけがどんくさい動きだったので気絶させやすかったのだからしかたがない。


「おい、娘。なぜ、我の命を狙う」

「うう、えぐ。ぐす……」

「なぜかと問うておるのだ。聞こえんのか」

「ひっく、それは、あなたが悪だから、です」

「悪?」


 悪だと? 我が? まぁ確かに、人間からすれば、何百人もの命を奪った極悪かもしれん。


 だが、そもそも我は、この洞窟でひっそりと過ごしていたのだ。


 それを、突然人間どもが入り込んできて、我は自分の寝床を守るために戦った。


 その結果、人間が死んでしまったかもしれないが、それは自然の摂理というものだろう。


 悪、というのは、いささか失礼ではないか?


「なぜ、我を悪という。我の寝床に押し入ってきたのは、お主らではないか」

「うえぇ、あなたのせいで、何日もひでりが続いたり、洪水が起きたり地震が来るんだって、神父様が言っていたんです。だから私も、シスターとして、邪竜を倒しにここまで来たのに……」

「おい、なぜ我がひでりやら洪水やらを起こすのだ。というか、我にそんな力はない。あるのは岩を吐き出すくらいなものだ」

「え、ええ? そんな、だって神父様がそういっていたから私たちは!」

「その神父様とやらの口車なのだろう。理由のつかめぬ災害に、何かのせいにして、皆の意思をまとめる。お主ら人間は、まっこと矮小な生き物よ」

「そんな……、そんなはずない! それなら、その証拠を見せて!」

「しょ、証拠?」


 証拠と言われても、我、本当に心当たりがないしな。


 しかし、ここで、この娘を納得できなければ、また人間どもがやってくるだろう。


 エサが自分から来るのだからそれはそれでいいのだが、歳のせいか、いささか油が辛い。


 最近はもっぱら苔ばかり食べているのだ。それに、寝ているときにチクチクと刺されるのも、別に痛くはないが、腹が立つ。


 さて、どうしたものか。


「困った。証拠と言われても、そんなものはない」

「なら、あなたが災害をとめてくれればいいのでは?」

「なに?」

「あなたが、私たちの町の災害を止めてくれればいいの。春の嵐、夏の日照り、秋の大雨、冬の大雪。それを全部解決してくれたなら、私たちはきっと、あなたのことを信じると思うの」

「いくら我が、竜といえども、自然にはかなわん」

「いいえ、きっとなにか理由があるはずなのよ。だって、ここ何十年もずっとおこっているんだもの。誤解を解きたいのなら、力をかして」

「ううむ。仕方がない。少しだけ力をかしてやろう」

「本当!?」



 我はこくりと頷き、そして立ち上がった。


「さっさといってすぐにかえってこよう。おい、娘、我の背に乗れ」

「背中、乗っていいの?」

「かまわん。お前の足では遅すぎる」


 背に、かすかな重みを感じ、我は数十年ぶりに洞窟の外へと出た。


 外は、カンカン照りの熱い日差しが照り付けていた。


 かつては、緑が生い茂り、鳥が歌い、風が踊っていたこの土地は、その姿をすっかり変えてしまっていた。


 草木はやせ細り、そこら中に動物の死骸が転がっている。


 鼻をつく腐臭が、ひどく不快だ。



「こんなことになっていたとは」

「いきましょう、町は東です」



 娘の声を皮切りに、我は、羽を広げ、羽ばたいた。


 乾いた土から、ぶわりと砂煙が浮き上がり、あたりを白く覆い隠す。


 そしてわれの体が浮き上がり、遥かなる大空へと舞い上がった。



「きゃあああああああ! お、落ちる落ちる!」

「しっかりつかまれ。落ちても拾わんぞ」

「いやあああああああ!」


 小高い丘を越えた先、そこに町が見えた。


 木と煉瓦でできた家々が立ち並ぶ中、町の中央の広場に、我は着地する。


 あたりは騒然となり、逃げ惑う人々、槍をもって我を取り囲む者、ひざまずいて神に祈る者など、みな様々な反応を見せた。


「落ち着けい人間どもよ! 我は貴様らを食ったりはせぬ!」

「みんなー! おちついてー! 大丈夫だから! この竜は大丈夫だからー!」


 娘の声が届いたのか、槍を持った兵たちはから、少しずつ警戒の色が薄れていった。


「マリア! そんなところで何してるんだ!?」


 先頭に立っていた兵士が、叫んだ。


 マリア、というのは、この娘の名だろうか。


「ペテロ! 聞いて、この竜は、私たちを助けに来てくれたの!」


 ミーシャはさっそうと我の背から飛び降りると、盛大に尻もちをついた。


 この娘は、最初のどんくさい動きと言い、あまり動くのが得意ではないようだな。


 そして、ペテロと呼ばれた兵士が一人、娘のもとに駆け寄り、手を握った。


「ミーシャ。ああ、無事でよかった。でもまさか君が、竜の背中に乗ってあらわれるなんて、どんな魔法を使ったんだい?」

「魔法じゃないわ。ただ、運がよかっただけよ」

「ふん、そんな話はあとにしろ。さっさと事情を説明せんと、あの兵士どもの心臓が口から飛び出すぞ」


 我がそういうと、ミーシャは緊張と困惑で固まった兵士を見て、ようやく自分のすべきことが分かったようだ。


 ミーシャは、再び我の背中に(勝手に、了解も得ずに)よじ登り、もろ手を広げ、広場全体に伝わるような元気な声で、事のあらましを伝えた。


 兵士どもは、はじめこそ信じられないといったふうだったが、一人が槍を置くと、あとはもう、つられるようにして全員が武器をしまったのだった。


「そんな話は信じられん! 竜が人を助けるだと!? 竜とは古来より孤高の生き物。万物の長。自然の化身。けして、人の言葉に耳をかすことなどない!」


 我を迎え入れようとする雰囲気の中、黒いローブを纏った老人が一人、我を糾弾するように喚き散らした。


「人間よ、我はそもそも、お前たちを助けようと思ってきたのではない。我は、もう歳ゆえ、お前たちの相手をするのに疲れた。いい加減、安眠と、苔だけを食べて生きていきたいのだ」

「ワシは騙されんぞ! 竜はずる賢い! 我らをたばかり、何を企む!」

「おい、娘。あの人間はなぜあんなにも頑ななのだ」

「彼はこの町で唯一の神父様ですから。万が一のことを考えて、あんなことをおっしゃっているのよ」


 人間とはまっこと理解しがたい。なぜありのままを受け入れられないのか。


「あの人間が何を言おうと、我は我のなすべきことをなすだけだ。まずはこの日照りを止める」

「止められるの?」

「ああ、この日照りは、竜の力だ。我と同じ、力を持った竜がこの地に来ているのだ」


 洞窟の中は、我のつばで固めてあったのでわからなかったが、久々に浴びた太陽の光に、なにか不穏な気配を感じる。


 その気配の原因はどうやら、この町から南にあるようだ。


「さて、ではさっそく行くとしよう」

「そうね、善は急げというもの!」

「……なぜ降りん」

「私もついていくわ! あなたを巻き込んだのは、私の責任だもの。ちゃんと見届けたいの」


 ミーシャは、ひしと我の鬣を掴み、飛び立つのをいまかいまかと待っているようだった。


 さっきまでは、跳ぶことをあんなに怖がっていたというのに、人間の考えていることはまるでわからん。


「勝手にしろ。落とされても……」

「拾わないんでしょ? わかってるわ」


 我は、ふんっと鼻を鳴らし、翼を広げた。


 そして、羽ばたき、ぬける青空の中、南へと飛びたったのである。




※   ※   ※




 南の地は、あまりにも悲惨だった。


 ひび割れた大地に、水分という概念を消し去ったかのような乾燥した空気。


 白い太陽は、それでも地を照らし、命の灯を燃やし尽くそうとしていた。



「あ、熱い……」

「陽炎が見える」

「そうね、これだけ熱ければ見えてもおかしくないわね」

「よくみろ、あの陽炎は、大地よりもはるかに高いところで起きているではないか」

「それのなにがおかしいの」

「陽炎は、大地によって暖められた空気と大気の冷たい空気とが混ざり合い、光が屈折しておこる現象だ。あのような高い場所ではおきん」

「へーそーなのー」

「もし起きるとすれば、あそこになにか、熱いものがあるのだ。それも、中空まで熱気が届くようななにかが。ゆくぞ」

「へ? きゃああ! 急に動かないで!」


 我は、その場所へと向かった。


 たどり着くのは、あっという間だった。


「これはこれは、珍しい。同胞に出逢うとは」

「貴様が、この日照りの原因か」

「日照り? なんのことかわかりません。太陽はいつも通り、私をてらしているだけですが」

「どうやら貴様は太陽に惚れられているらしいな。それとも憎まれているのか。貴様のいる場所には、日が照り付け、すべての命を燃やし尽くしてしまう」

「その通り、だから私は一定の周期で土地を移動するのです。この時期はいつも、この土地の果物を食べに来ていましたが、今年はどうも実りが少ないですね」

「お前が来るせいで、土地が痩せているのだ! 今すぐここから出ていけ!」

「私に指図するのですか? あなたのような老いた竜が? 笑わせる。年寄りは穴倉にでも籠っていなさい。私は太陽を背負いし竜。太陽竜インティ。私に言うことを聞かせたいのなら、自然の摂理にしたがいなさい」

「我と牙を交えるというのか」

「ちょーっとまってぇー!」


 背に乗ったミーシャが突如として叫んだ。


「あなた! どうしてそんなに我儘なの!?」

「私が、我儘? そんなことはありません、私はただ、自分の食料を捜しているだけです」

「そのこと自体は、なんの罪もないわ! けど、あなたがここに居座り続けると、草木が種を植える前に枯れてしまうの! だからお願い、また、この土地が緑でいっぱいになるまで、この土地には来ないで!」

「ふ、何を言い出すかと思えば。くだらない。なぜ私が、人間の言うことを聞かねばならないのです」

「けど、ここに草木がなければ、あなただってこまるでしょう!?」

「その時は、もっと北の地に向かえばいいのです。そうして、常に緑生い茂る場所を目指し、移動するのが私の生き方なのです」

「無駄だ娘。竜は孤高の存在。己の価値観こそが全て。それは本能に刻まれた、絶対の矜持。我とて、はじめから話で解決するなどとは思っとらん」

「そんな」

「降りろ娘。戦いにまきこまれれば、お主は死ぬ」


 我は地上に降り立ち、尾を地面にそわせた。ミーシャが、地面に降りるのを確認し、再び空へと舞い上がる。


「どうか、負けないで、フォルティス」

「負けんよ。我がこの歳まで生き永らえた理由。それは単純に強いからだ」

「大した自信ですね。死の間際、その自信を後悔するといい!」


 インティの口から激しい炎が噴出した。いや、炎というにはあまりにも美しい白い光。赤色よりもはるかに高温のそれは、揺らぎもせず、まっすぐに向かってきた。


 我は、ただじっと迫りくる炎を見据え、受け止める。


「フォルティス!」

「フハハハ! その自信の理由はわかりませんが、避けることもできないとは! このまま、太陽に抱かれて蒸発してしまうといい!」


 熱い炎の中、我は上空柄向かって飛翔した。


「なに!?」

「どうした若造。お前の炎はそんなものか。それでは我の鱗一枚溶かすことはできんぞ」

「ふ、やせ我慢を」


 インティの口が、再び我に向き、白い炎が光線となって迫りくる。


 まるで、獣が絶命するときの絶叫にもにた音が響く中、我はその炎に向かって飛んだ。



「バカな! 炎の中を……向かってくる!?」


 自分の炎によほどの自信があるのか、炎をかき分けて進む我を避けようともせず、インティはただじっとその場で炎を吐き出し続けていた。


 やがて、我の手が届く距離まで近づき、インティの口を手でつかみ、顔を引き寄せる。


「おい、若造。こんなぬるい炎では、肩こりも治らん。おとなしく他の土地へ行け」

「ふぁ……ふぁい」

「そして、二度とこの地に近づくな。ここは我の土地。彗星竜フォルティスの地だ」

「ふぉ、ふぉるてぃす……さま」


 手を離すと、インティは一目散に南の空へと飛び去って行った。


「すごいすごーい! フォルティス! あなた強いのね!」


 地上に降り立った我の足に、ミーシャが抱き着いてきた。


 危うく踏みつぶしそうになるも、気が付いてよかった。


 まぁ、こんな人間一匹。踏みつぶしたところでどうということはないが。


「当然だ。我は竜の中でも特に頑強な鱗を持つもの。これは、歳を重ねるごとに、硬く、強くなる。今の我には、生半可な攻撃など通用しない」

「すごいすごい! あ、見て! 太陽が!」


 ふと、空を仰ぐと、先ほどまで怒り狂ったように燃えていた太陽がみるみる小さくなっていった。


 そして、我の記憶にある穏やかで優し気な光が差し込んできたのだった。


「これで、日照りは解決ね!」

「次は、秋の嵐だったか? まだしばらく時間もあることだ、我は洞窟に戻ってひと眠りするとしよう」

「ダメよ!」

「なんだと?」

「これから、日照りが収まったパーティーをするんだもの! あなたはその主役なのよ?」

「なんだそれは。そんなもの誰が出るものか」

「でるのよ、ちゃんとあなたが解決したってみんなに伝えなきゃ! でなきゃ、またあなたの誤解は解けないままよ」

「ううむ……」


 その後、なし崩し的に町の宴に出席した我は、花飾りを全身につけられ、広場の真ん中に座らされた。


 神父様とかいう男が、妙に長ったらしい祝いの言葉を言ったあと、町の住人たちはいっせいに食うや飲む矢野大騒ぎだった。


「あんたすげぇな。ほんとにこの町の問題を解決しちまうなんてよぉ」


 なんだこの赤ら顔の男は。なぜそんなに馴れ馴れしく我に話しかけるのだ。


「我はただ、我の土地を守ったにすぎん。お前たちのためではない」

「へっへっへ、でもよぉ。ってーことはだぜ? あんたは、この土地に降りかかる災厄を退けてくれんだろ? それってつまりよぉ、俺たちも助けてくれるってことじゃぁねーのか?」

「お前たちのことは知らん」

「うぇっへっへ。まぁなんでもいいけどよ。おれたちゃ、あんたに感謝してるぜ。あんたは、この町の守り神だ」

「感謝、だと?」

「ああ、いっけね、もう酒が空だ。おーい、俺の分の酒はまだあるかー?」


 そのまま、男は人の群れの中に混ざってしまった。


 感謝。我が、感謝されたのか。人間に。


「うっへっへー。どーしたのよフォルティスぅ~。そんな怖い顔しちゃっれ~。あんたも飲みなさいよ~」

「娘、お前、飲みすぎではないか?」

「えへへ~? そんらことないらよ~。うげ!」


 ミーシャはそのまま、我のつま先に倒れこみ、動かなくなった。


 その様子を遠くからみていたのか、最初に槍を置いた兵士。ペテロ、といったか?


 ペテロが、ミーシャを抱きかかえ、申し訳なさそうに我を見上げた。


「フォルティス。ミーシャが迷惑をかけたみたいですまない」

「いや、かまわん。我には取るに足らないことだ」

「ありがとう。この町の人たちは、だいぶ君のことを信用し始めている。けど、神父様と、神父様に近しい人たちは、いまだに君を疑っているようなんだ。まぁ、彼らが何かしたって、君には些細なことかもしれないけど、けど! 君がもし、この町に降りかかる四季の災厄を解決したなら、彼らも君を受け入れると思うんだ! だから!」

「心配せんでも、我は我のなすべきことをする。お主らの事情はどうでもいい。ただ、我が洞窟にいる間、この地を他の竜が好きに出歩いていたとわかった以上、野放しにはしておけん。ここに我ありと、知らしめねばならんのだ」

「フォルティス……。ありがとう」


 そう言い残して、ペテロはミーシャを連れてどこかへ行った。


 ありがとう、か。さっきの赤ら顔の男もそうだが、人間どもはなぜ、我に感謝するのだ。


 太陽がただそこにあるように、風が勝手に吹くように、木々が思い思いに根を張るように。


 我もまた、自分のために、害悪を取り除いたというだけなのに。


 人間は、本当にわからん。




※   ※   ※




 それから、しばらくの月日が流れた。


 夏の暑さはすっかりとなりをひそめ、夜には肌寒さを感じるほどの秋の日。


「また、雨……」


 広場に、雨具を着たミーシャがやってきた。


 我は、町から雨の気配を探るために、ここ数日の間ここに滞在していたのだが、この娘は毎日、時間の許す限り我の足元でうずくまっていたのだった。


「おい、娘。なぜ、毎日ここに来る? 人間は、体が冷えると体調を崩すのだろう?」

「あなたが、また戦いに行くときに、ついていくためよ」

「必要ない」

「私がそうしたいのよ」


 ミーシャをみると、唇を紫色に変色させてぶるぶると震えているようだ。


 なにが、この娘をそこまでさせるのだろう。


 我は、羽を開いた。



「ありがとう」

「ふん。羽が凝っただけだ。偶然、お前が羽の下にいただけのこと」

「でも、嬉しいよ」

「……ふん」



 雨は、いつまでも降り続けた。




 




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