わざわざ言うまでもないこと。お帰りなさいっ、お兄ちゃん!
いつもありがとうごじゃあます!」
アインツベルン邸を出て、俺らはまだ比較的明るい時間に帰路についていた。
夏恋は俺の後ろをトボトボと歩きながらも無言。何かしたかったんじゃないのか、そう聞こうとすると、夏恋は少ししてから口を開く。
「あ~用ってのはさ」
「ん?」
「さっきの話なんだけど……私が好きっていうのは本気のことだから」
「だから――――」
「分かってるっ! 言わなくても分かってるよ……」
夏恋は少しだけ遠い方を見つめて、俺と視線を合うのを避けていた。
それが言いたかったのだろうか? でも、それだけならもうあの場で答えは出ていたのだし、わざわざ二人きりの場所では言う必要ないだろう。
「だからさ、せめて潤一と会話がしたい。いつか誰かと付き合うっちゃうまでは、姉として近くにいたいの」
「はっ。そんなことが言いたかったのかよ。最近は離れてたけどさ、一緒にいた時はずっと会話してたじゃんか。今更言うようなことでもないだろ?」
仕方なく付き合っていた部分と、俺がそうしたいから会話をしていたことは確かにある。
だからいちいち言うまでもないことだ。俺と夏恋はずっと姉弟なのだから。
「うぅ~……潤一っ!」
「おわっ!? 抱きついてくんなっ! そこは昔とは違うんだよ!」
色々育った胸とかさ。夏恋は気にしないのかもしれないが、残念ながら俺はそうじゃない。
まず女の子に抱きつかれたことなんて早々ない俺は、たったそれだけでも心拍数が上がってしまう。
止まれと言い続けるほど俺をからかうように激しく動き続ける心臓を落ち着かせるのは、容易なことではない。
「もしかして恥ずかしいのぉ~?」
「ああ、俺は姉貴の常識の無さが恥ずかしいよ」
「潤一!」
「はいはい。すいませんでございましたー」
キャッキャウフフな様子で俺は夏恋を送って、今日は遭遇することなく自宅への道を歩きだした。と言っても、そうな距離があるわけでもないので、すぐに自宅に到着する。
「ただいま~」
「お帰りなさい! お兄ちゃんっ」
そう言ってぴょんと跳ねた女の子は、恥ずかしそうに俺を見つめてきた。だが、待ってほしい。
誰だこの子は。今朝鍵をかけ忘れたとか以前に、そのことが気になってしまう。
「だ、誰?」
「そうでした! 自己紹介を忘れてました! 私は詩葉煉夏といいます! 気軽に煉夏とお呼びくださいっ」
「そ、そう……じゃあ煉夏、君はいったいどこから来たの?」
煉夏は何度もその場でぴょんぴょんと跳ね――――少し鬱陶しいが、気長に待つことにする。
「お兄ちゃんのお父さんから頼まれましたっ! 「潤一が一人だと寂しいから、世話してやってくれや」と、そう言われて、ここに来た次第でございます!」
「寂しいって……あの親父が?」
怪しい商売にでも手を出しているのか?
目の前の煉夏は本当にちっこい小動物みたいな子だ。小学生にも見えてしまうルックスな子を、あの親父が利用していることを考えると、どうしてもそういう危険な方向で物事を考えてしまう。
大体この子の服装も問題物だった。何故なら、メイド服を着ているから。
一体全体どういう理由で彼女はこんな服を着ているのか。この子の趣味? はたまた親父の残念な趣味なのかは知らないが、とにかく聞いてみるしかない。
「理由は分かった。じゃあ何故煉夏はメイド服を着ているんだい? そもそも、よくそんな小さいサイズのやつがあったね」
「それはお兄ちゃんの専属メイドになってくれとお願いされましたから! こう見えても私、家事とか得意なんですよっ! 任せておいてくださいっ」
「わーそれは助かるなぁー」
俺は急いで玄関まで行き外を確認する。が、幸い警察は外にいなかった。
「どうしたんですかっ?」
「いや……あの親父と煉夏間で接点が思いつかなくて」
「それなら簡単な話しですっ! 私達は、ブログ仲間、なんですよっ! ちなみに、私は二十歳なので、欲情してしまっても何ら問題ありません! 寧ろ、私はメイドなのですから溜まった性欲は私がお世話してあげます!」
「あーうん、助かるよ。あはは……」
その見た目で二十かよぉ!。内心でだけで驚いてみせた。しかも欲情しても構わないって……。
煉夏が仮に二十だとして、そのロリボディに手を出したら絶対に社会的に終わってしまうだろう。
てか、自分からそんなこと言ってくる女の子に手を出せるかよ。
「聞きたいことやお願いしたいことがあるなら私に言ってくださいね! ……まだ時間は早いですが、何なら今からでも――――」
「あ、それはいいから。じゃあさ、帰ってほしいと言ったら?」
「それは無理ですね! 私は既にお兄ちゃんのお父さんからお金を貰っていますのでっ! まさか何もせずにお金だけ貰って退散、何で事は仁義に反しますっ!」
親父はどんだけブログで金稼いでるんだ。しかもブログ仲間にこんなに可愛い子がいるなんて。
ひょっとしなくても煉夏は親父の顔を見たことがないのかもしれない。もし見ていたら「あなたの息子さんのお世話なんてとてもとても……」と、言うはずだ。
「煉夏、親父の顔って見た?」
「はいっ、見ましたよ? 物凄くダンディな方でしたね!」
「ダンディ? そうかなぁ……」
親父の印象はむさ苦しいという表現があっていると思う。
胸元にも大量の毛が渦巻いているし、腕毛やすね毛など剛毛だ。逆にそれがダンディズムというのだろうか。
「ところで、それがどうかしましたか?」
「あ、いや……普通俺の親父の顔を知ってたら、俺の元へは来ないかな~って思ったんだけど」
「なるほどっ! でもですね、私は逆に期待していたんですよっ? お父さんがあんな感じですから、その息子さん――――お兄ちゃんはどんな感じなのかと! そして、こうして直面した結果!」
期待はずれ、とでも言うつもりだろうか。俺と親父はそんなに似ていないからな。
煉夏はニヤニヤと笑みを浮かべ、ついでに口をまごまごさせてから、言った。
「最高ですっ! まずあのお父さんの息子さんだというのに、実に可愛らしい感じっ! 全体的に線が細い感じもしますが、よく見てみると筋肉もしっかりついています! 正に、私好みっ!」
「そう? そう言われると嬉しいもんだね」
二三(仮)の女の子だけど、直接褒められたら悪い気はしない。
「じゃあ煉夏。悪いけど今から飯作ってもらっていいか?」
「了解しました! ちなみに、食べたい物ってありますか?」
「……うーん、今そんなに食材無いと思うから、煉夏が作りたい物を作るって感じで頼むよ」
「分かりました! 少々時間がかかるので、お兄ちゃんはくつろいていてくださいね!」
ふむ。中々悪くないのかもしれないぞ?
俺らの家から出ていった夏恋と母がいなくなったことで寂しくなったこの家。
親父もろくにいない空間で、自分の飯を己で作り続けるのは実に虚しい作業だった。
だが。だがである。もし煉夏が当たり前のように家事をしてくれたら、帰った時「お帰りなさい」と再び言ってくれるのなら、どことなく寂しさが漂っていたこの空間にも、光が戻るのではないだろうか。
けれど、それは良いことばかりではない。煉夏は金を貰ってるからここにいると言っていた。
ならば、いつか絶対に別れがくる。それは仲を深めれば深めるほど、ダメージが増す必殺魔法だ。
線引が難しい。かといって、優しくしてくれる煉夏に素っ気なく対応などできるはずもない。
「悩みがあるなら聞きますよっ?」
煉夏はフライパンを器用に煽りながら、そんなことを言ってきた。
人が纏うオーラに気づくことができる力などが備わっているのだろうか。
俺は素直に、煉夏に己の内で考えたことを吐露していた。
……前書きで少しだけふざけてみました。
今回はかなり高速タイピングでやったつもりなので、誤字とかあるかもしれません……。




