第一章 聴音(真白視点)
同じクラスの園田輝君。
とっても明るくて、クラスのムードメーカーで、サッカー部の次期キャプテン候補で…。
彼のファンである女の子たちはすごく熱心にアピールしているらしいです。
でも当の本人はその女の子たちのアピールに気付いていないみたい…。
前にクラスメイトと「みんな優しいよねー。」と話しているのを聞いたことがあります。
天然?って言われてました。
しばらく立城くんと話していた園田くんが、ふと私の方を振り返りルーズリーフとペンを渡してきます。
私は声が出ないと思われているから。
頭を下げてそれを受け取りました。
「奏汰は鞄取ってきな?もう帰るよー。」
園田くんが立城くんに言います。
小さく「あぁ。」と言って立城くんが出ていきます。
すると園田くんが話しかけてきました。
「天使さんはさ、奏汰のことどう思った?」
「私は、」
『私は立城くんの事、天使だと思いますよ。』
彼と出会った瞬間、そう感じた。
根拠はないけど、確信したんだ。
この人は、地獄のような毎日から私を引っ張りあげてくれる天使さんなんだと。
園田くんとか、お母さんとかお父さんとか、その優しさとは違う。
不器用に優しい彼。
それはとても温かくて、すごく幸せな気持ちです。
ぽかぽかと、胸の奥から温まるのです。
園田くんを見上げると、驚いた顔で固まっていました。
そして、しばらくすると体を大きく震わせて笑いだします。
「奏汰が天使…!?天使さん変なこと言うね…!」
声も震わせて、途切れ途切れに言われます。
『変なこと言いましたか!?』
慌ててそれを見せると、それにも笑う園田くん。
私が困っていると、立城くんが帰ってきました。
「……輝、何で笑ってんの?」
……不審者を見るような目でした。
私にもよくわからないのでとりあえず首を傾げました。
「あー、笑った笑った。」
涙を拭いながら園田くんが言います。
「……。」
その口が何かを呟きました。
私には聞こえませんでした。
立城くんには聞こえたみたいで、でも聞こえないふりをしています。
何を言ったんでしょう。
そして園田くんは立城くんの顔をみてまた噴き出しました。
それを見て立城くんが蹴ります。
……仲良いなぁ。
「さーてと、そろそろ帰ろっか。天使さんも途中まで一緒に帰る?」
園田くんが誘ってくれました。
立城くんは何かを考えている様子です。
園田くんが来る前も、何かを言うのを止めて辛そうな顔をしていました。
やっぱり何か抱えているのだと思います。
私はお誘いを断りました。
立城くんは今のような表情を見られたくないように思ったからです。
園田くんは「そっか、じゃあ気を付けてね。」と笑います。
立城くんはそんな園田くんのことを引っ張りながら音楽室を出ていきます。
「また明日。」
ぶっきらぼうに、そう言い残して。
『また明日。』
その言葉がこんなに嬉しいものだと知りませんでした。
たった一言。
それなのに顔も体も熱くて、頬が緩みます。
ピアノの椅子に座り直して、床に着かない足をバタバタと動かします。
落ち着かないのです。
早く明日にならないかな。
彼ともっとお話がしたいな。
もっと彼のことを知りたいな。
彼を笑わせたい。
彼の笑顔が見たい。
もっともっと、彼の優しい、温かい声が聞きたい。
心臓が落ち着かない。
明日が待ち遠しい。
その気持ちをピアノにのせてみました。
今の気持ちは彼と出会う前とは180°違いました。
今のピアノの音も、自然と出る小さな歌声もさっきまでとは違うはずです。
また明日……。
小さな小さな声が響きました。
その声は、声を持たないとされた天使の声。
喜びに染まった天使の歌声。
(私は楽しくても、彼は違ったかもしれない。)
…私が浮かれてなければ、彼の変化にも気付けたかもしれなかったのに。
________第一章 聴音 完