第一章 聴音(奏汰視点)
「2年C組、天使真白と言います。」
目の前の女子が自己紹介として言った名前は見覚えがあった。
確か、クラスの名簿に……。
天使に真白で、天使真白……だっけ。
頭の中で漢字を当てはめた時、前にアホ(友達)に聞いた話を思い出す。
『放課後に聴こえてくるピアノの音、それを弾くのは…。』
____真っ白な、天使。
…そのまんまだと思った。
馬鹿みたいだと思った。
そして多分、あいつはピアノを弾いている人物を知っていて、わざとそういう話をしたのだとわかった。
クラスに行けない俺を、クラスメイトに少しでも関わらせようとしているんだ。
兄貴面に少しの不満と、昔から変わらずに隣にある優しさに、少しだけ安心した。
「あなたの名前、聞いてもいいですか?」
天使が言う。
「2-C、立城奏汰。」
俺が答えると、天使は本気で驚いていた。
「同じクラスだったの!?」
それもそうだろう。
「俺は教室で授業は受けないから。」
不思議な感覚だった。
今まで聞いたこともないような、静かな声。
遠くの山から微かに聴こえる鳥の声のような。
俺が嫌っている騒がしい人の声の中にはこんなにも静かな声が隠れていたのか。
まるで、探し物が見つかった時のような感覚に口角があがる。
「あんたの声は、静かでいいな。」
気付くと俺は、自分の事を話していた。
耳が聞こえすぎる事。
聴覚を抑えるこの機械を、更に強くしようと思っていた事。
……それが何を意味するのか、天使も察したらしい。
天使は、笑っていた。
目にうっすらと涙を浮かべながら、強がりの笑顔。
天使が俯く。
なんとなくそれが気に食わなくて、天使の頭を掴み顔を上げさせる。
口が勝手に動いた。
「放課後、この教室でならこれ無しで話せるだろ。」
頭の中は真っ白だった。
「…外してたほうが楽なんだよ。」
「だから…。」
(だから…そんな顔するなよ…。)
自分の頭に浮かんだ言葉に自分で驚く。
そして、脳内の誰かが言う。
___『偽善者』と。
天使に、誰かの姿が重なる。
俺が✕したあいつの黒髪が目の前で揺れた。
きょとんとした顔で俺を見上げる天使。
(落ち着け。)
こいつをあいつの二の舞にしたくないだろう。
ため息を吐く。
さっきから聞こえていた足音は、真っ直ぐにこちらに向かって来ていた。
いつもの場所に居ないからか、騒ぐ声が聞こえてくる。
本当にうるさいやつだ。
音楽室の扉を開け呼ぶと、大型犬のように走ってくる。
「居た奏汰!めっちゃ探した!!」
…本気でうるさい。
耳を塞いで、顔をしかめると少しも反省してない態度でへらへらと笑って謝ってくる。
いつもと何も変わらないその笑顔に少し落ち着く。
頭の上に温かい感触。
「誰か居たの?」
全てを見透かしたような目。その上で安心させるように笑うそいつは『兄貴』のようで…。
同い年なのにその余裕にいらっとする。
「別に。」
ぶっきらぼうに返せばそいつはまた兄貴面で余裕そうに笑った。