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第三章 変調(奏汰視点)






放課後の音楽室でピアノが鳴っている。


そのピアノを弾くのは天使(てんし)だとか。


そんな噂本当は無くて、馬鹿で優しい幼馴染が作った話だった。


でも、そんな話に騙されて行った音楽室には本当に天使が居て。


それからいろんなことがあった。


人の嫌な部分ばかり気にしてしまう俺が、真っ白な天使の事を気にして。


あの雨の日、何故だか怖くなって逃げ出した。


心臓が爆発してしまいそうで。


落ち着かなくて。


頭の中が真っ白になって。


周りの音も耳に入らなくて。


とても怖かった。


でも、本当は一緒に居たくて。


離れていきそうなのも嫌で。


本当はずっと気付いていたんだ。





ピアノは止まない。


あの日のピアノと、今日のピアノは違っていた。


あの日、ピアノと一緒に聴こえていた歌声はとても悲しそうで、消えてしまいそうで。



でも、今聴こえているピアノと歌声は楽しそうで、どこか力強くて。




耳から機械を外す。


もう必要ないのだ。


こもっていた音は鮮明に聴こえだす。


音楽室の扉を開くと、その音はもっと大きくなる。


遠くにはグラウンドから聞こえる運動部の掛け声。


そして教室に残って騒ぐ生徒たちの声。


でも、今はピアノと天使の歌声しか耳に入らなかった。


相変わらず天使は俺が入ってきたことに気付かずにピアノを弾いている。


体を横に揺らしながら、本当に楽しそうに。


その光景が少し間抜けで思わず笑う。


そこでやっと天使は俺に気付いた。


「立城くん。」


なんで笑ったの?と不思議そうに。


「後ろから見てたら、すごく間抜けだったから。」


そう返すと、顔を真っ赤にして俯く。


全部見られてたんだ…。と独り言。




少しして、天使が落ち着いてから話しだす。


普通のこと。


今日のあの授業のアレがわからなかった。


あの授業は楽しかった。


お昼のお弁当が美味しかった。


今日は天気が良くて暖かかったから眠たかった。


特別なことは何も無くて、ただ楽しかった。





「奏汰くん。」


突然名前を呼ぶ天使。


驚いてそちらを見ると、楽しそうに笑う。


「…って呼んでもいいかな?」


「…別に、好きに呼べば。」


照れ隠しでそう返したのに気付いているのだろう。


天使はまた楽しそうに笑う。


「奏汰くんは、私のことなんて呼んでくれるの?」


首を傾げて、顔いっぱいにワクワクを広げて聞いてくる。


「…天使でいいだろう。」


そう返すとやっぱり不満そうにする。


でも、俺がそれ以外に呼ぼうとしないのを察して諦めた。




「耳、もうつけなくて大丈夫なの?」


少し心配そうに聞いてくる。


俺は頷いた。


うるさい教室はやっぱり苦手だけど、今は少しだけ楽しくなった。


こそっと授業中に話しかけてくる天使や輝、前川に授業を邪魔されたりもするけれど。


たまに話すようになった前の席のやつとも、音楽の話をしたりする。


前川は突然クラスの女子に頭を下げて、そのあとは天使に向かって頭を下げさせていた。


それから少しずつクラスの女子とも馴染んでいるみたいだ。


輝は相変わらずうるさいし、最近では天使と一緒に居るとにやけながらからかいに来るようになった。


教室の中を飛び交う小さな悪口が無くなった訳でも、聴こえなくなった訳でもないけれど、気にはならなくなった。


案外静かな世界は耳を澄まさなくなれば普通の世界だった。




じっと俺を見てくる天使を押し退け、ピアノを奪う。


わー、わーと文句を言っている天使を無視して弾き始める。


弾き始めると黙って聴きだすのだ。


変なやつ。





俺のピアノはどんな風に聴こえているだろうか。


聞かなくとも、天使の表情でわかる。


楽しそうで、輝いている笑顔。




きっと今、ピアノも笑ってる。



________第三章 変調 完




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