第三章 変調(奏汰視点)
「君には何が聴こえてる?」
兄貴面して輝は言った。
(本当は全て気付いているんだろう?)
そんな言葉を裏に隠して。
やっぱり輝はずるい。
同い年で、小さい頃からずっと一緒に育って。
いつも思っていた。
どんな感情をむき出しにされようが。
どんな言葉を投げつけられようが。
俺は俺だと言わんばかりに堂々としていて。
そんな彼が俺には眩しくて。
いつも羨ましいと思っていた。
俺がそんな事考えてるなんて知ってか知らずか。
あいつはいつも俺の背中を押す。
嫌なことも、嬉しいことも、
何にでも尻込みしてしまう俺の背中を、
無理やり後ろから突き飛ばすんだ。
そして俺は突き飛ばされたままの勢いで、
そのまま前に進むことになる。
その先がどんなものだろうと不安になる間さえ与えられないまま俺は、
気付いた時には進んでて。
あいつはいつもそのあとを顔色ひとつ変えないでまた追いつくんだ。
本当に、ずるい奴。
月曜日の放課後。
俺は前川を呼び出した。
「案外早かったね。」
何故だか全て分かっていると言わんばかりの余裕の表情で、前川は言った。
「…それで、答えは見つかった?」
俺は頷く。
前川も、頷いた。
それを見てゆっくりと俺は息を吸う。
ごめん。
俺、また逃げようとした。
どうしたらいいかなんて、輝に聞いてから応えるべきことじゃなかった。
前川は最初から、『俺に』返事して欲しかったのに。
ずっと、前川のことは好きだった。
いい友達として。
きっとこれからもそれは変わらない。
でも、別の『好き』を見つけた。
その人のことを考えると、
すごく苦しくて、
すごく恐ろしくて、
逃げたくなるほど不安になって。
手が触れそうになるのさえ怖くて。
となりにいるだけで死んでしまいそうで。
でも…。
逃げようとしてから、輝の所に行ってしまいそうだと知ってから。
もっと苦しくなった。
今になって気付いたんだ。
あの日、『天使』に出会った日からもうすでに。
俺は_______。
「そっか。」
前川は、笑った。
いつも通りに。
「逃げないで応えてくれてありがとね。奏汰。」
一筋だけ、涙を零して。
「奏汰は、自分のことを低く見過ぎだよ。」
「大丈夫。私が好きになったんだよ?」
「奏汰は充分、強い奴だよ。」
「私が、保証する。」
自信満々の表情で、腰に手を当てて彼女は笑った。
その姿に、俺は堪えきれずに笑う。
それを見て彼女はまた嬉しそうに笑って、
「無期限の保証だよ!安心しな!」
なんて言うものだから、笑いが止まらなくなる。
ほら、また前に進めた。
だからあともう一歩。
きっともうすぐゴールが見えてくるよ。




