第三章 変調(輝視点)
奏汰から連絡が来たのは日曜日の事。
内容はこうだ。
『好きって何?』
…思わず笑った。それを俺に聞くのかと。
そのまま返すと、彼は電話をかけてきた。
相変わらず無駄に考えては身動き取れなくなっている友人は、小さな声でこう言った。
「どうしたら良いのかわからない。」
「前川は時間をかけて良いからしっかり応えろと言った。」
「それがどういうことか、解決できない。」
弱虫な君は本当にわかっていないのだろうか。
どうするべきか。
どういう意味か。
わからないわけがないじゃないか。
君は誰よりも人の事を考えて、理解できる優しいやつだろう?
前川が何を求めているのか。
天使さんが何を思うのか。
俺がお前に何をしてほしいか。
本当はわかっているんだろう?
「…奏汰はどうしたい?」
意地悪な俺は君にそう聞いた。
君はもう気付いてる。
後は怖がらずにそれを出すだけなんだから。
そろそろ前に進もう奏汰。
「大丈夫だよ奏汰。お前が思うより、世界は怖くないよ。」
「さあ、耳の良い奏汰君。君には何が聞こえてる?」
遡って金曜日の放課後。
保健室のベッドに座る彼女と話をした。
彼女はやっぱり少しだけ気まずそうな顔をしていた。
それは俺のせい…。
あの時…彼女が苦しそうに泣いていた時。
そんなに苦しいのなら諦めてしまえばいいのに。
ただただ、そう思ってあんな事を言ってしまった。
彼女のことは良い子だとは思ったけれど、そういう感情は持っていなかった。
…そのはず、だった。
ただ笑っていてほしくて、そんな顔をするならそんな感情なんて捨ててしまえと思った。
俺には人を好きになる感覚なんてわからなくて。
言い寄ってくる女子は俺を好きだというけれど、その感情はとても汚く見えて。
気がつくと別の男に愛想を振りまいている女子たちに、『好き』という感情なんて本当は無いのではなんておもったりして。
純白な彼女にそんな汚い感情を持っていてほしくなかった。
でも、いつの間にか俺の中にはその汚い感情が生まれはじめていて。
なんとなく…怖くなった。
「輝くん。」
小さな声が転がった時に、保健室の中が真っ白になった気がした。
カーテンの隙間から射し込む光に照らされる彼女はやっぱり綺麗で。
彼女の中の汚いはずの感情も、綺麗なのかと思わず見惚れた。
俺の中の感情も、綺麗だったら良かったのに。
「俺、やっぱり天使ちゃんの事好きだわ。」
俺の今の顔、きっと引きつってる。
初めて、上手く笑えてない自分が居た。
笑うことだけは、上手いはずだったのに。
それに…また彼女は少し悲しそうに笑った。
「…ごめんなさい。私…。」
「私は、園田くんの気持ちに答えられない。」
悲しいはずなのに、少しだけ軽くなった心に不思議に思った。
でも、そうか…。
これでやっと進めるのか。
「ありがとう。ちゃんと応えてくれて。」
言うと、彼女は俺の顔を見て安心したように笑った。
やっぱり綺麗だ。
「天使ちゃんは、天使だよ。」
彼女はふと笑って答える。
「だったら輝くんは…ヒーローかな。」
「え?なんで?」
「だって、輝くんは出会ってからずっと…私の事を助けてくれているから。」
「…助けられていたかな?」
今日はなんだか、弱気だな。
俺らしくない。
けど、彼女はそんな俺の手を掴み言った。
「もちろんですよ。」
温かな、小さな手。
それでもその手はしっかりと俺の手を掴んでいた。
自信を分け与えるように。
綺麗な笑顔は初めてみた頃と何も変わらず、『好き』って感情も嫌なものじゃないと気付けた。
だって、彼女は今もこんなに綺麗なのだから。
後は、あいつが進む番。
俺は背中を押してやるだけ。
きっとあいつなら大丈夫。
俺の自慢の『弟』だから。




