第一章 聴音 (真白視点)
放課後の音楽室。
大好きなピアノを弾きながら呟いた。
「今日も…だめだったなぁ。」
私は小さい頃から、大きな声を出す事が出来ませんでした。
どんなに頑張っても喉に引っかかってしまうように、小さな声になるのです。
それはどうしてなのか。
それは、私が弱いからだと思うのです。
私は前に一度、友達を怒らせてしまったことがあります。
……この声のせいで。
その子は私が文字でお話するのをいつも笑って許してくれました。
いつも
「大丈夫だよ。」「ゆっくりでいいよ。」
と、言ってくれました。
でもやっぱり、だんだんと待つのが嫌になってしまったのです。
…元々、嫌だったのかもしれません。
彼女はいつからか、笑ってくれなくなりました。
私がお話したくて彼女の肩をとんとん、と叩いても、その手を振り払って他の子の所へ行ってしまうようになりました。
私が我慢をさせてしまっていたから…。
その時の事を思い出していると、だんだん涙が出てきました。
それをそのままにして歌います。
いいのです。
だってこの部屋には私とピアノしか……。
……。
!!?
振り返ると、男の子がいました。
怒ったように、眉間にしわを寄せて睨んできます。
何故怒っているのでしょう…。
……あ!
きっとピアノを弾きたいのです。
なのに私が下手くそなピアノと歌で独占してしまっていたから。(歌は聞こえてないけれど)
私がさっと立ち上がって「どうぞ」と席を譲るとその男の子は「はぁ?」と言いました。
…怖いです。「ごめんなさい」と謝りました。
きっと、もっと怒らせてしまいます。
だって、私の謝る声も
彼には届いてないのだから。
「声、小さ…。」
私は耳を疑いました。
信じられなかったのです。
でも彼は今確かに言いました。
私の声が、『小さい』と。
私は気付くと男の子の手を取り、迫っていました。
「私の声…聞こえるの!!?」
鼻がくっつきそうな距離に彼の顔。
…近付きすぎました。
彼が後ずさります。
必死すぎてつま先立ちをしていた私は彼を巻き込んで床に転がりました。
それでも、私は彼に聞きました。
だって、初めてだったのです。
私の声を『小さい』と言った人は。
今までずっとずっと、声が出ない人だと言われてきました。
筆談しかできない、面倒な子だと。
こんなに…
こんなに出しているのに。
お願い。
お願いします。
聞いてください。
聴いてください。
私の声…聴いてよ。
彼は何も答えませんでした。
…やっぱり。
「やっぱり、聞こえてないよね…。」
「聞こえてなかったら、こんな時間に、こんな教室になんて来ねぇよ。」
ぶっきらぼうな言い方。冷たい声。
でもしっかりとそう言った彼は、どんな表情をしているのでしょうか。
どんな気持ちで言ったのでしょうか。
ぼやけた視界では確認できませんでした。
ただ、彼の声はどこか温かく、私の心に響きました。
涙が溢れます。
さっきまでとは違った涙です。
嬉しくて嬉しくて、彼にこの気持ちがどう表現したら伝わるのかわからなくて、私は笑いました。
彼は私の顔を見ると一瞬動きを止め、目をそらしました。
…そんなに変な顔だったのでしょうか。
「何で、泣いてたわけ?」
目をそらしたまま興味のなさそうに聞いてきます。
でもその声はやっぱりどこか温かくて、心配の色が浮かんでます。
私は、彼に自分の事をお話しました。
彼は私の話を、眉間にしわを寄せたまま黙って聞いてくれました。
お話が終わったあと、彼は特に何も調子を変えずに「それで?」と言いました。
「それで、俺に何してほしいわけ?」
怒ったように言います。
私は謝ります。
怒らせるつもりはなかったのです。
でも、思い返すと私、失礼な事ばかり…!!
反省する事がたくさんあって私は頭を深く深く下げます。
「なんで謝ってんの?」
顔を上げて彼の顔を見ると、本当に不思議そうな顔をして私を見ています。
…あれ?
「怒って…ないです?」
聞くと、彼は首を傾げて「なんで怒るんだよ。」と言います。
眉間はしわが寄っていて、明らかに怒っています。
…あれあれ?
「怒った顔…?」
言いかけた私に被せるように「元々だ。」と返します。
その言葉に安心したのと同時に、普通に会話が出来ていることに気付きます。
それがなんだか嬉しくて、新鮮で、私は笑いました。
彼は変わらず目をそらします。
そこで私は、彼の耳についている物に気付きました。