第三章 変調(奏汰視点)
小さな頃から耳が良かった。
原因なんて知らないけど、そのせいで大きな音が苦手でよく泣いていたらしい。
雷。
花火。
運動会のピストル。
祭りの太鼓。
子供がふざけて鳴らす爆竹。
皿の割れる音。
誰かの怒鳴り声。
小さい音にも苦手なものがあった。
水道の水が一滴ずつ落ちる音。
コンセントからする電子音。
人の囁く声。
誰かを蔑む汚い声。
急に変わる声色。
口の中で反響する舌打ち。
……嫌いだった。
仲の良いふりをして誰かを貶すその声が。
誰かに向けて飛ばす鋭い言葉が。
届けるつもりもない小さな小さな悪口が。
耳を塞いでも聞こえるケンカの声が。
最初のうちはその誰かを助けようとしていた。
「そんな人たちと居ない方がいい」
「そんなこと口にしない方がいい」
でも、俺が助けようとしていたその子は……。
「そんなこと言われなければ気付かなかったのに」
「君のせいで気になるようになってしまった」
「君が言わなければ悪化しなかったのに」
『お前のせいだ』
俺は耳を塞いだ。
何も聞かなくていいように。
もう誰も傷付けないように。
でもその言葉は耳に入ってくる。
耳に機械を付けた。
『耳が平均より良いのは事実ですが……。』
『でも教室で頭が痛くなると本人は……。』
『……精神的なものでしょう。』
別室の親と医者の会話も聞こえていた。
……聞かないふりをした。
全部本当は気付いていたのに。




