第二章 消音(奏汰視点)
「奏汰ってさ、好きな人とか居るの?」
珍しく悩んでいる様子の輝に話しかけると、そう聞かれた。
それが輝の悩みとどう関係しているのか聞くと、また言い淀む。
だからきっぱりと答えてやった。
「居ないよ。」
一体何を隠しているのかわからないけれど、俺達に話すつもりもなさそうだ。
話すつもりがないのなら関わらない。
だってそうすれば俺は傷つかないから。
中途半端に関わってしまえば、傷つくのはこっちなのだから。
考え込む輝を一瞥し、俺は下を向いた。
一瞬過ぎった姿から目を逸らすように。
その日の放課後、俺達は音楽室に行かなかった。
輝の部活が休みだったから。
でもその本人は先生に呼び出され、俺は一人で帰る。
昇降口に着くと、天使が居た。
外は雨が降っていた。
天使は俺を見つけると小さく手を振る。
(今日は一人なの?)
スマホのメモ画面で、天使が聞いてきた。
「いや、ここで待ってる。」
(そっか。)
話が一区切りついて、でも天使はその場から動かない。
「……帰らないの。」
(傘忘れちゃった。もう少し雨宿りして帰るよ。)
少し時差のある会話。
片方だけの声が響く。
彼女がスマホの画面を差し出す度に、息が苦しくなる気がする。
そこで、通知音が響いた。
輝からだ。
『もうちょいかかりそう!先帰ってて。』
ごめんねとスタンプが続く。
okとそれを返して、天使に向き直る。
「先帰っていいらしい。」
(そっか!じゃあまた明日ね!)
「……傘、入る?」
無意識に口からでた言葉に驚く。
けど、このまま天使を置いて帰るのはどうかと思う。
俺達は一緒に帰ることにした。
会話の無い帰り道。
傘に跳ね返る雨の音だけが聞こえる。
ちらちらとこちらを見る天使の視線に気付かないふりをする。
……さっきから、よく分からない苦しさがある。
息が、心臓が、喉から胸にかけてが、ゾワゾワと落ち着かない。
苦しくて、怖い。
今まで感じたことの無い違和感が怖くて仕方がない。
(大丈夫?)
と、俺の顔を覗き込んで、音の無い声で問いかける彼女。
その顔は本気で心配しているようだった。
それさえ耐えきれなかった。
「……先、帰る。」
そう言って、天使に傘を押し付けて走り出す。
雨は激しさを増していた。




